狭心症治療薬の変更,中止における注意義務 千葉地裁平成17年5月30日判決
また,同判決は,「アダラートの投与を急に中止した場合,症状が悪化した症例が存在すること,Kはアイトロール錠及アダラートの服用を継続していた期間には1回も発作を生じていなかったにもかかわらず,7月6日にアダラートの服用を中止したところ,直後の同月7日に強度の発作を生じたとの経緯があることからすれば,J医師が従前どおりアダラ ートの投与を継続していれば,8月11日早朝の発作は発生せず,Kの死亡は回避可能であったと認められる」と判示し,医師の過失と患者の死亡との間の因果関係を認めました.
前医からの引き継ぎ,アイトロール(硝酸イソソルビド),アダラート(持続性Ca拮抗剤)という狭心症治療薬の変更,中止について参考になるう判決です.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「2 争点1ないし4(過失の有無)について
(1) 前記認定事実によれば,Kは,7月6日にアイトロール錠及びアダラートの服用を一時中止したところ,同月7日に強度の発作を生じた一方,同月10日から8月8日まで,アイトロール錠及びアダラートの服用を継続していた期間においては,一度も発作を起こしていないこと,発作はいずれも午前中の比較的早い時間帯に生じていることが認められる。上記各症候は,前記第2(4)ア記載の医学的知見における冠れん縮性狭心症の臨床的特徴のうち,①及び⑥に該当するものである。
また,実際の診療経過においても,7月5日時点で,H医師が冠れん縮性狭心症の可能性が高いとの診断をしており,同月19日時点では,G医師も,冠れん縮性狭心症との診断をしていたのであるから,以上の各事実を総合すれば,8月9日時点においても,Kの症状が冠れん縮性狭心症であった可能性が高い。
(2) J医師は,8月9日の診察に先立ち,被告クリニックにおける診療録を確認しているところ,同診療録の7月9日の「傷病名」欄には,「狭心症」及び「不整脈」との記載が,H医師による記載部分には,「Angina(狭心痛の意)」「アイトロール+アダラートで良好」「vasospastic(冠動脈れん縮性の意)である可能性高 い」との各記載が存在したにもかかわらず,J医師の陳述書には,「担当するはずだった医師が重篤な心疾患を考えてないからだろうと」考えて,心疾患の可能性は低いと診断した旨の記載部分が存在する。
上記記載部分が,診療録の各記載を看過したとの趣旨か,記載自体は確認したものの,自らの診察内容とあわせて検討した結果,心疾患の可能性は低いと判断したとの趣旨かは判然としないが,前者であれば,そのこと自体,前任医の診察内容等の確認を怠った過失(争点4)があるといわざるを得ない。
一方,後者の趣旨であった場合,上記前任医の診断を前提として,なお,「ホルター,トレッドミルなど異常所見もなく危険因子もないことから,心疾患の可能性はとても低い」とした判断の適否が問題となるので,以下に検討する。
(3) ホルター心電図検査は,安静狭心症,異型狭心症及び胸痛を伴わない虚血発作(無痛性心筋虚血)を捕らえるのに 最も有用な検査方法とされ,自然発作時の虚血性ST変化において,水平型又は右下りスロープ型の1㎜以上のST低下又は2㎜以上のST上昇が確認された場合,狭心症の確診が可能とされる。もっとも,ホルター心電図記録中に 自然発作を捉えることは必ずしも容易ではなく,自然発作時の心電図変化が記録できない場合は,負荷心電図検査等を行うとされる。
本件では,7月17日から同月18日にかけて行われたホルター心電図検査の結果によれば,-2.00㎜以上のST変化は認められないが,上記検査はアイトロール錠及びアダラートを服用した状態で実施されたものであり,検査中に自然発作が生じたことはないのであるから,前記判断基準を適用すべき前提を欠くことは明らかである。したが って,上記ホルター心電図検査の結果,-2.00㎜以上のST変化が認められなかったとしても,狭心症の可能性を除外することはできない。
また,トレッドミル検査は,負荷心電図検査の一種であり,目標最大心拍数(220-年齢×0.9)まで漸増性に負荷をかけて,ST変化を測定し,1㎜以上のST下降があれば,陽性とされる。本件では,7月5日と同月25日の2回にわたりトレッドミル検査が実施されており,同月5日の検査は75パーセントまで実施した時点で中止されたが,同月25日の検査は終了まで行われ,結果は陰性であったことがそれぞれ認められる。もっとも,冠れん縮性狭心症の場合,負荷中に軽い胸痛と軽度のST上昇が認められたが(Kも,第1回目のトレッドミル検査の際に,運動負荷により胸痛を訴えている。),負荷を継続すると症状が消失し,ST上昇も回復した例もあり,このような場合は,検査結果としては陰性になることもあり得ると考えられるから,トレッドミル検査の結果が陰性であったことをもって,狭心症の可能性を確実に除外することもできない。
さらに,Kには高血圧,喫煙,高脂血症,糖尿病,肥満,虚血性心疾患または突然死の家族歴等,冠危険因子は特になかったと認められるが,上記危険因子が存在しないことから,直ちに狭心症の可能性を否定できるものではないことはいうまでもない。
(4) 以上を総合すれば,8月9日時点で存在した検査結果等からは狭心症の可能性を確実に除外することはできなかったのであり,このことと,前任医がいずれもの冠れん縮性狭心症の可能性があるとの診断をしていたこととを併せ考えれば,J医師は,少なくとも冠れん縮性狭心症の可能性が存在することを前提に治療方針を決定すべきであったの に,これを怠り,安易に本件投薬変更を指示した過失(争点3)があるというべきである。
(5) 加えて,前記争いのない事実等によれば,アダラートについては,投与を急に中止したとき,症状が悪化した症例が報告されているため,休薬を要する場合は徐々に減量し,観察を十分に行うべきとされる。
J医師は,アダラートの投与を中止するに当たり,一時的にKを入院させる等の観察を十分に行ったと認めることはできないから,十分な観察をしながら投薬変更をすべきであったのに,これを行わなかった点においても過失(争点3)があるといわなければならない。
(6) そして,アダラートの投与を急に中止した場合,症状が悪化した症例が存在すること,Kはアイトロール錠及アダラートの服用を継続していた期間には1回も発作を生じていなかったにもかかわらず,7月6日にアダラートの服用を中止したところ,直後の同月7日に強度の発作を生じたとの経緯があることからすれば,J医師が従前どおりアダラ ートの投与を継続していれば,8月11日早朝の発作は発生せず,Kの死亡は回避可能であったと認められるから,その余の争点(争点1,2)について検討するまでもなく,被告は,不法行為に基づき,原告らに対し,Kの死亡によって生じた後記損害を賠償すべき責任がある。」
谷直樹
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