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弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

妊婦の出血性ショックに対して必要な処置を実施するための人的及び物的体制を有する高次医療機関への搬送を決断すべき注意義務 名古屋地裁平成18年9月14日判決

名古屋地裁平成18年9月14日判決(裁判長 加藤幸雄)は,被告Dが開設するE産婦人科・眼科において,Fが,原告Aを出産した後,出血性ショックに陥り,死亡した事案で,「17時45分にI助産師がFの状態を観察した結果を聞いた18時の時点において,被告Cは,Fの出血量が1000ml 前後であると認識することが十分可能であり,その他の症状からも,Fが出血性ショック状態にあったことを把握できたと認められる。これらの事情に,出血性ショックに対しては,早期の治療が重要であることを考え併せると,たとえ,出血量が確実に1000ml を超えたと断定できずとも,同時点において,Fに対し,輸血を行う必要が生じたことは,被告Cも認識し得たと認められる。上記輸血の必要性に対し,被告診療所には輸血用血液が準備されていなかった(争いのない事実)。さらに,上記認定のとおり,本件では,Fの全身状態の改善(循環管理)と出血原因の特定及び止血とを並行して行う必要があったが,これを医師一人で行うのは困難であるところ(甲A17号証7頁),午後7時以前の時点では,被告診療所にはすぐに対応できる医師が被告C一人しかいなかった(甲A10号証の3,21及び22頁)。これらの事実に加え,上記に認定した出血性ショックの診断項目である各種検査も一部しか行われていないという状況も併せ考えると,個人診療所である被告診療所には,Fに対し,必要な処置を実施するための人的及び物的体制が整っていなかったといわざるを得ない。そうであれば,被告Cには,遅くとも18時の時点で,上記体制を有する高次医療機関への搬送を決断すべき注意義務があったものと判断するのが相当である。」と判示しました.
出血性ショックにおける高次医療機関への搬送について参考となる判決です.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「2 争点(2)ア 高次医療機関への搬送義務違反の有無-搬送を決断すべき時期について

ア 出血性ショックに関する一般的知見として,以下の事実が認められる。

(ア) 出血性ショックの定義

出血に起因して,貧血,血圧低下,脈拍増加,尿量減少などのショック,症状を呈するものを出血性ショックという(甲B19号証1706頁)。一般に,出血量が800ml以上になると,ショック症状が出現することが多い(甲B18号証615頁)。

(イ) ショックの診断基準

ショックについては,おおむね以下の項目により診断される(甲B18号証613及び614頁)。

a 血圧
収縮期圧70mmHg以下。又は平常より25パーセント以上の血圧下降。 脈圧(収縮期圧と弛緩期圧の差)は減少する。 収縮期圧60gmmHg以下は重症のショックである。

b 脈拍
100/分以上。

c 呼吸
呼吸数が増加。浅く呼吸困難を訴え,ときにチアノーゼが見られる。

d 尿量
20ml /時以下。30ないし50ml /時以下は危険である。そのほか,尿比重,尿沈さ,クレアチニン,BUN ,血清カリウムを測定する。

e 中心静脈圧(CVP)
正常は5ないし10cmH2O である。 2cmH2O 以下は循環血液量低下。15cmH2O 以上は心不全又は過剰輸液。

f 血液像,凝固能
Hb(ヘモグロビン)10g/dl 以下,Ht(ヘマトクリット)30パーセント以下は輸液・輸血を考慮する。赤沈15㎜/時以下,血小板数10ないし15×10 /㎜ 以下,FDP(フィブリン分解産物)404 3μg/ml 以上の場合はDICを疑う。

g 動脈ガス分析
過剰塩基が-4mEq/ 以下及び+4mEq/ 以上,そのほかPO2 70mmHg 以下もO2 投与の治療が必要となる。

(ウ) ショック症状
ショックの際に現れる症状としては,以下のものが挙げられる(甲B18号証613頁)。

a 妊婦の訴え
気分不快,嘔気・嘔吐,精神不安,全身虚脱

b 臨床症状
口唇蒼白,発汗・冷たい皮膚,反応の遅延・筋力低下,低血圧,頻脈・脈拍微弱,呼吸は浅く促進,意識障害

(エ) 出血性ショックに対する処置

a 早期治療が産科ショックの場合の基本原則であり,治療時期を失すると重篤になる危険性が高い(甲B18号証615頁)。プレショック状態(ショックに至る前段階。甲B8号証5頁)での診断,早期治療が最良の方法である(甲B18号証613頁 )。

b 産後出血に対する措置としては,呼吸及び循環の確保等による全身管理と,出血源の検索及び治療(止血操作)を,並行して迅速かつ的確に行う必要がある(甲B26号証276頁,乙B12号証319頁)。

c 分娩後出血量が1000 ml以上では輸血が必要になる(甲B18号証615頁,甲B19号証1708頁)。800 ml以上であれば輸血 の準備を行うことが望ましい(乙B12号証319頁)。

イ 上記知見に照らし,本件における分娩後の経過につき検討する。

(ア) 分娩時出血量については,まず,胎盤受けに溜まったものとして300g があった。この重量について,被告Cは報告を受けていなかったが200ないし300g程度と目測していた(甲A14号証31頁) 。
上記のほかに,分娩台に敷いたホスピタルマットにも一定量の血液が染み込んでいたものと認められる。
すなわち,分娩時に出血があった場合,ホスピタルマットに羊水のみが染み込み,血液が全く染み込まないということはあり得ない。本件においても ホスピタルマットは赤く染まっていたところ(甲A10号証の330頁)。被告Cはホスピタルマット自体を目視しているのであるから(甲A14号証37頁),その重量の報告を受けなかったとしても,その外観から相当量の血液が染み込んでいることは明らかであった。ホスピタルマットに染み込んだ血液量を正確に算定することは困難というほかないが,この点につき,J医師は280g (甲A13号証15頁),N医師は約400g と推定しており(甲B8号証2頁),少なくとも0ml として計算することが妥当でないことは明らかである。
この点につき,被告らは,妊娠末期の羊水量の平均が800mlとされていること(乙B5号証65頁)を理由に,ホスピタルマットに含まれる血液量を考慮する必要はない旨主張する。しかし,Fは8月30日午後8時50分ころから破水があったのであり(争いのない事実),8月31日10時前の時点でも羊水の流出が認められ,前期破水と診断されたのであるから(別紙診療経過一覧表),分娩時に流出する羊水量はその分減少していたと考えられる。とすれば,分娩時に流出した羊水量は,ホスピタルマットに染み込んだ液体の総重量780g(おおよそ780ml)よりはかなり少なく,残りは血液であった蓋然性が高いというべきである。したがって,上記被告らの主張は,上記認定,判断を覆すものとはいえない。
また,被告らは,通常ホスピタルマットの重量は計測されないとも主張するが,仮にそうであるとしても,後記のとおり,本件においては,例外的に同マットに血液が染み込んでいる蓋然性を考慮する必要があることに変わりはない。

(イ) 16時30分には,40g の出血が認められたが,この出血につき,I助産師は,被告Cに報告していない。もっとも,40gの出血のみでは異常とは判断し難いから,I助産師が,16時30分の時点で,Fの状態を問題ないと判断し,出血量について被告Cに報告しなかったことをもって直ちに非難することは相当でないと考えられる。
しかし,上記に認定した医学的知見によれば,出血性ショックの診断やその後の治療において,合計出血量は大きな判断要素となるのであるから,Fに多量の出血及び容態の悪化が認められた17時20分又は17時45分の時点においては,I助産師は,併せてこの40g の出血についても報告すべきであった。
上記報告の欠如を過失と評価すべきか否かはともかくとして,被告診療所では,従前からオロ(胎盤の剥離面から出る出血,甲A14号証43頁)が多いなどの異常な所見がなければ,被告Cに出血量等の報告がされないことになっており,そのことは被告Cも了解していたところ(甲A14号証59頁),そうであれば,被告Cは,報告されていない出血があり得ることを前提に,Fの合計出血量を把握する必要があったというべきである。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)に加え,別紙診療経過一覧表のとおり,17時20分に200g ,17時45分の時点で300g の各出血が認められた。さらに,18時16分に開始された子宮内容清掃術により確認された710gの血液についても,確認された時点より以前に出血し,子宮内に貯留していた可能性も十分考えられる。
そうすると,18時の時点において,確実な出血として840g があり,その他ホスピタルマットに含まれる分及び子宮内に貯留していると考えられる血液を考慮すると,合計出血量は1000ml前後であった可能性が高く,このことは被告Cも認識可能であったということができる。
そして,Fの出血は,被告Cの診断した弛緩出血に対する措置(子宮収縮剤の投与,子宮底輪状マッサージの実施)が講じられたにもかかわらず,止む気配がなく,その後も止血の成功を期待できる徴候は認められないまま推移したものである。

(エ) 加えて,17時45分の時点では,血圧につき収縮期圧60mmHgという症状が見られたところ(別紙診療経過一覧表),上記診断基準によれば,これはショックの中でも重症を示すものであり,脈拍も98/分であって(別紙診療経過一覧表),ショックの診断基準に迫っていたことが明らかである。

ウ 以上によれば,17時45分にI助産師がFの状態を観察した結果を聞いた18時の時点において,被告Cは,Fの出血量が1000ml 前後であると認識することが十分可能であり,その他の症状からも,Fが出血性ショック状態にあったことを把握できたと認められる。これらの事情に,出血性ショックに対しては,早期の治療が重要であることを考え併せると,たとえ,出血量が確実に1000ml を超えたと断定できずとも,同時点において,Fに対し,輸血を行う必要が生じたことは,被告Cも認識し得たと認められる。
上記輸血の必要性に対し,被告診療所には輸血用血液が準備されていなかった(争いのない事実)。さらに,上記認定のとおり,本件では,Fの全身状態の改善(循環管理)と出血原因の特定及び止血とを並行して行う必要があったが,これを医師一人で行うのは困難であるところ(甲A17号証7頁),午後7時以前の時点では,被告診療所にはすぐに対応できる医師が被告C一人しかいなかった(甲A10号証の3,21及び22頁)。これらの事実に加え,上記に認定した出血性ショックの診断項目である各種検査も一部しか行われていないという状況も併せ考えると,個人診療所である被告診療所には,Fに対し,必要な処置を実施するための人的及び物的体制が整っていなかったといわざるを得ない。
そうであれば,被告Cには,遅くとも18時の時点で,上記体制を有する高次医療機関への搬送を決断すべき注意義務があったものと判断するのが相当である。
文献上も,産科の出血性ショックの治療には多くのスタッフを要し,緊急時の対応が可能な大病院で対処すべきであり,中でも,分娩後輸血を必要とする症例は,今後も出血が増加する可能性があるから,大病院への搬送が望ましい旨の知見が存在するほか(甲B19号証1708頁),M医師も,18時に助産師から出血量と血圧の報告を受けた時点で,搬送を決断すべきであったと述べており(甲A17号証),上記判断を裏付けている。

ウ この点につき,被告らは,医師が診察することなく搬送を決断することは相当でないと主張する。
しかし,上記認定・判断のとおり,出血性ショックに対しては,速やかな処置が何よりも重要となるところ,搬送を決断してから実際に患者が高次医療機関に搬送され,処置が開始されるまでに一定の時間を要することは,当然予見されることであるから,医師には,それらの時間も見越した上で手遅れにならないよう早期に搬送を決断することが求められているというべきである。そして,医師による診断ないし処置は,搬送を決断し,その旨の指示を看護師等に出してから救急車が到着するまでの間,あるいは搬送先に到着するまでの間に救急車に同乗して行うことも可能である。仮に,搬送指示後あるいは搬送先で,結果的に搬送を要しない程度の症状であることが分かったとしても,その措置の妥当性が問題となることはない(甲A17号証9及び10頁)。
さらに,分娩時出血量としては,500ml を超えると異常とされているところ(甲B11号証1733頁,甲B13号証361頁),本件に関していえば,上記認定のとおり,遅くとも17時20分に200gの出血の報告がI助産師から被告Cになされた時点で,合計出血量は既に500ml を確実に超えていたのであるから,上記時点で被告Cが診察を行うべきであったとも考えられる。
以上によれば,被告Cの診察が未了であったことは,搬送の決断を遅らせる合理的な理由にはならないというべきである。したがって,上記被告らの主張は採用できない。

エ なお,18時の時点では搬送義務は認められないとする被告らの主張に沿うものとして,L医師の意見(乙B6及び7号証)が存在するので,念のため,これについて検討する。
L医師は,上記意見の前提として,ホスピタルマットに含まれる血液量は無視してよい旨述べているが,前記認定のとおり,本件において,ホスピタルマットに染みこんだ血液量を0ml と推定するのは適切ではない。
すなわち,同医師は,主として,18時16分から始まった子宮内容清掃術で出血を確認した時点で,出血量が1000ml を超えたこと,及び,ショック症状を呈していることを理由に,搬送を決断すべきであったと述べているところ,前記認定のとおり,18時の時点で,出血量が1000ml 前後である可能性が高いこと,及びFが出血性ショック症状を示していることを被告Cは認識し得たのであるから,同医師の意見は,前提とする事実に誤認があるといわざるを得ない。
以上のとおりであり,上記L医師の意見は直ちに採用することはできない。

オ 上記に認定した注意義務にもかかわらず,被告Cは,高次医療機関への搬送をせず,19時00分及び20時40分に至ってようやく輸血用血液の手配を指示し,19時35分に医師の応援要請を指示したのみであるから(別紙診療経過一覧表),被告Cには,上記注意義務に違反して,高次医療機関への搬送を怠った過失が認められる。」<
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同判決は,18時に被告Cが搬送を決断していれば,実際に心停止を起こした時より80分以上早い時点から輸血等の処置を開始でき,Fの死亡という結果を回避できた蓋然性が高いと認定し,因果関係を認めました.

「3 争点(2)イ(高次医療機関への搬送義務違反の有無-因果関係の存否)について

(1) そこで,上記過失行為(以下「本件不法行為」という。)と損害との間に因果関係があるか否か,すなわち18時の時点で搬送を決断した場合に死亡という結果を回避することができたか否かについて判断する。

ア 名古屋市内においては,搬送依頼があってから救急車が依頼元の病院に到着するまで約5分,救急車が依頼元の病院に到着してから搬送先が決まるまでに約5分,依頼元の病院を出発してから搬送先の病院に到着するまでに約10分,搬送先の病院に到着してから輸血が開始されるまでに約5分を要する(甲A17号証12ないし14頁)。
これによれば,被告Cが,18時にFの搬送を決断した場合,おおよそ18時05分ころに救急車が被告診療所に到着し,18時10分ころに搬送先が決定し,18時20分ころに救急車が搬送先に到着し,18時25分ころには輸血を開始することが可能であったと認められる。
なお,I助産師は,労災病院であれば,被告診療所を出発してから5分で到着する旨述べており(甲A10号証の3,19頁),これによれば,18時25分より更に以前の時点で輸血を開始することができたことになる。

イ 実際の経過としては,19時05分にFから息苦しさの訴え,19時32分に嘔気の訴えがあり,19時35分に意識不明となり,心停止になったのが19時53分であった。なお,18時25分に近接した18時26分に 血圧につき収縮期圧66mmHg,弛緩期圧不明という所見がある(以上,別紙診療経過一覧表)。

ウ 心臓がある程度拍動している状態であれば,救命の可能性は大きいが,心停止が起こった後では,救命は非常に難しい(甲A17号証11頁)。

(2) 上記(1)ア及びイによれば,18時に被告Cが搬送を決断していれば,実際に心停止を起こした時より80分以上早い時点から輸血等の処置を開始できたところ,上記(1)ウに従えば,Fの死亡という結果を回避できた蓋然性が高いと認められる。
この点,M医師は,18時16分に搬送を決断したとしても救命可能である旨,上記認定を裏付ける意見を述べているところ(甲A17号証),同医師の上記意見は,Fの具体的な状態や名古屋市の救急救命体制等を踏まえた上で詳細な理由付けがなされており,信用することができる。
また,その回復の程度についても,障害が残らずに社会復帰できる程度に回復したものと認められる(甲A17号証30頁)。

(3) なお,上記時点において救命可能性はなかったとする被告らの主張に沿うものとして,L医師の意見(乙B6及び7号証)及びO医師の意見(乙B10及び13号証)があるが,以下の理由により,いずれも上記認定を覆すまでのものと評価することはできない。

ア まず,両医師の意見は,基本的に18時16分の時点に搬送を決断した場合の救命可能性に関するものであり,18時の時点で搬送を決断した場合の救命可能性については,十分な検討がなされていない。

イ さらに,両医師は,救命が困難と考えられる理由として,DIC(汎発性血管内血液凝固症候群)発症の可能性を挙げている。確かに,出血性ショックは産科DICの基礎疾患となり得るが(乙B2号証606頁),本件では高次医療機関への搬送がなされなかった結果,産科DICか否かを判断するのに必要な各種検査(乙B2号証606及び607頁)が行われていないという状況にあり,Fが産科DICを発症していたと認定するに足りる的確な証拠はない。
加えて,産科におけるDICの治療は,その病変が早期のうちに診断され,治療されることにより,多くの場合救命可能とされているところ(乙B2号証608頁),FにDIC様の出血傾向が最初に見られたのは21時ころであったこと(乙A1号証9頁並びに甲A17号証17及び18頁)を考えると,18時25分ころに必要な処置を開始していれば,Fを救命できた蓋然性は高いといえる。

ウ その他にL医師が挙げる理由も,結局は不確定要素が多すぎるということに尽き,漠然としているとの印象を否めないから,上記認定・判断を覆すことはできない。

エ O医師の指摘するARDS(急性呼吸窮迫症候群)についても,DIC同様,Fがこれに罹患していたと認定するに足りる的確な証拠はない。

(4) 以上のとおりであり,本件不法行為とFの死亡との間に因果関係を認めるのが相当である。
したがって,その余につき判断するまでもなく,被告Cは,Fの死亡につき不法行為に基づく損害賠償責任を負うと判断できる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-18 01:20 | 医療事故・医療裁判