弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

高エネルギー外傷患者に速やかに胸部超音波検査を実施する注意義務 大阪高裁平成15年10月24日判決

大阪高裁平成15年10月24日判決(裁判長 太田幸夫)は、 高エネルギー外傷患者が外傷性急性心タンポナーデによって死亡した事案で,「高エネルギー外傷患者の経過観察としては,超音波検査をはじめ,呼吸循環動態,理学的所見を繰り返し調べるべきであった」とし,被控訴人Eとしては,遅くとも経過観察措置を講じた時点で,速やかに胸部超音波検査を実施する必要があり,それをしていれば,心嚢内の出血に気づき,直ちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し,あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)し,仮に本件病院で心嚢切開又は開窓術を実施できないのであれば,3次救急病院に搬送することによって,救命することができたということができ,被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。」と判示しました.

同判決は医療水準について,「救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。」と判示しました.
同判決は,救急医療に求められる医療水準について参考になります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「第3 当裁判所の判断
1 前提事実に証拠(甲1,9ないし19,21,乙1 ,2,4,7ないし12,21,23,24,26,検乙1(枝番を含む。),原審における被控訴人E本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の各事実が認められる。

1 Fは,平成5年10月8日午後4時23分ころ,Jを助手席に乗せた乗用車を運転中,奈良県五條市a町b番地先路上(県道c線)で,民家のブロック塀に衝突する交通事故を起こした。乗用車は,前バンパー,ボンネット,左右前フェンダー凹損等の状態であり,前部が大破し,ハンドル等の作動実験は不能であった。
現場にスリップ痕が認められないことから,通常走行する程度の速度で衝突したものと考えられ,また,Fはシートベルトを装着しておらず,乗用車にはエアバッグ装置もなかった。
まもなく救急隊が交通事故現場に到着したが,救急隊員の判断によると,意識状態は,3-3-9度方式で,JがI-2(覚醒しているが,見当識障害あり),FがIII-2(刺激で覚醒せず,少し手足を動かしたり,顔をしかめる状態)であり,Jは,胸痛を訴えながらも,自力で救急車に乗車したが,Fは,救急隊員により救急車に収容され,気道を確保されて,本件病院に搬送された。

2 本件病院は,院長ほか33名(定数)の医師を擁し,2次救急病院に指定されている。奈良県内には,高度救命の3次救急病院として,橿原市所在のKと奈良市所在のLがあり,本件病院から救急車で,前者は30分程度,後者は1時間以上要する距離にある。
本件病院は,平成5年10月当時,医師2名(外科系,内科系各1名),看護婦(現・看護師)2名等で当直業務をしていたが,時間外にも,外科医,麻酔科医,看護婦等に連絡し,30分程度の準備時間をかければ手術をすることができる態勢を整えていた。なお,同日の当直は,外科系医師が被控訴人E,内科系が小児科の医師であった。
被控訴人Eは,当時,本件病院の脳神経外科部長であり,日本外科学会認定医及び日本脳神経外科学会専門医の認定を受けていた。また,M医師は,本件病院の副院長で,日本外科学会及び日本消化器外科学会の認定医であり,消化器外科を専門としていた。
なお,本件病院には,救急専門医(救急認定医と救急指導医)はいない。

3 FとJは,同日午後4時47分ころ,本件病院に搬送された。被控訴人Eが両名の診察に当たり,救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷しているとの報告を受けた。
Jは,意識清明で,Fの正確な名前もJが答えたが,胸部痛をしきりに訴えており,胸郭の動きが異常であり,胸部損傷が窺われた。他方,Fは,不穏状態であり,意味不明の発語があり,両手足を活発に動かしており,呼びかけに対しては辛うじて名字が言えるという状態で,意識状態は3-3-9度方式で30R(痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する不穏状態)と判断された。

4 Jについては,来院時の血圧が180/90mmHgで,容体は安定しており,被控訴人Eは,まず肋骨骨折,肺挫傷,血胸等の有無の確認のため,胸部X線検査を実施したが,その検査途中に,呼吸困難を訴え,呼吸不全,循環不全,意識障害が出現した。このため,被控訴人Eは,当時手術室で他の患者の手術の麻酔管理をしていた脳神経外科のN医師に応援を依頼し,ともに救命措置を講じたが,血圧維持は困難で,措置中に現像ができた胸部X線写真で肋骨骨折,肺挫傷等の重篤な異常が認められたので,Kに転送することにし,午後6時頃,救急車にN医師と看護婦が同乗し,心肺蘇生を続けながら,Kまで搬送した。Kには午後6時30分頃到着し,直ちに蘇生術が試みられたが,外傷性心破裂のため午後6時40分頃死亡した。

5 Fについては,被控訴人Eは,まず頭部の視診,触診をして項部硬直の有無,眼位,瞳孔等の確認をし,振り子状の眼振を認めた。次に,胸部の所見をとり,頬からあごにかけて及び左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲の跡を認めた。呼吸様式,胸部聴診に問題はなかった。腹部の聴診と視診では,明らかな腹部膨満や筋性防御の所見はなく,腸雑音の消失,亢進はなかった。また,四肢の動態に異常な点は認めなかった。
この頃のFのバイタルサインは,体温は不明,血圧は158/26mmHg周辺で推移していた。なお,Fの勤務先の定期健康診断(平成4年10月6日実施)における血圧は,108/78mmHgであった。
被控訴人Eは,その後,Fが頭部を受傷しており意識障害があることから,頭部CT検査を実施することとし,M医師の応援を求めた。FはCT室に搬送され,頭部CT検査が実施されたが,CT室において,採血も行われた。頭部CT検査が終了したのは,午後5時9分であった。
被控訴人Eは,頭部CT検査に引き続き,頭部,胸部,腹部の単純X線撮影を実施することにし,Fは,一般X線撮影室に搬送され,午後5時22分から28分にかけて,頭部,胸部,腹部の単純X線撮影がされた。
なお,FのX線撮影が開始される前に,Jの容体が急変したため,被控訴人Eは,Jの蘇生措置に当たっており,FのX線写真等を検討したのは,午後5時30分をかなり過ぎていた。
被控訴人Eは,Fの頭部CT及び各X線写真に異常な所見がないことを確認し,また,午後5時12分に算定された抹梢血液検査結果(乙1の37頁)では貧血を認めず,全診療経過を通して血尿の所見もなかった。また,午後6時15分頃から30分頃にかけて,被控訴人Eの下に血液生化学検査の結果報告書(乙1の36頁)が届けられたが,CPKの値は197mU/ml とかなり高かった(正常値は10~130mU/ml)。

6 被控訴人Eは,特に緊急な措置を要する異常はないものと認め,Fを入院させたうえ,経過観察とすることが相当と判断した。また,M医師も,午後6時頃,病室でFを診察したが,腹部は触診で軟,筋性防御等の所見はなく,貧血を認めず,X線写真と総合すると,経過観察とするのが相当と判断し,被控訴人Eにその旨伝えた。
このため,被控訴人Eは,Fを経過観察にすることにし,看護婦に,病名を頭部外傷II型,バイタルサイン4時間(最低4時間ごとに血圧等の測定や観察をするという意味)などと記した脳神経外科入院時指示表(乙1の38頁)を作成し,看護婦に交付した。Fは,午後6時30分頃,一般病室への入院措置がとられ,意識障害は継続していたが,呼吸は安定しており,点滴が開始された。被控訴人Eは,本件病院に駆けつけていた控訴人AにFの病状を説明し,同控訴人は,その説明を聞いた後,帰宅した。

7 ところが,同日午後7時頃,Fの容体は急変し,看護婦から血圧測定ができないとの連絡があり,被控訴人Eらにおいて,血液ガス分析のための採血を行ったが,その途中で,突然呼吸停止となり,胸骨圧迫式(体外式)心マッサージ,気管内挿管等の蘇生術を施行したが,効果がなかった。また,ポータブルX線検査を実施したが,明らかな異常を認めず,さらに,外傷性急性心タンポナーデであれば,心嚢穿刺によって劇的に状態を改善できると考え,超音波ガイドを使用せずに,左胸骨弓の剣状突起の起始部から6㎝まで穿刺する方法を試みたが,うまくいかず,心嚢で液体を得ることはできなかった。なお,被控訴人Eは,研修医の時の救急救命センターでの研修を除けば,これまで心嚢穿刺をしたことがなかった。

8 Fは,同日午後8時7分死亡した。被控訴人Eの死亡診断は,胸部打撲を原因とする心破裂の疑いであった。

2 上記認定事実を前提として,まず,Fの死因につき検討するに,G鑑定が述べるとおり,Fの死因は外傷性急性心タンポナーデによるものと認めることができ
る。以下,その理由を述べる。

1 証拠(甲4,5,22,乙26,G鑑定)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
外傷性急性心タンポナーデは,心挫傷や心破裂(心室破裂の場合は,現場で即死するのが常であるが,しばしば見られる心房の心耳と呼ばれる先端部の小穿孔などでは出血速度が遅い場合がある。)部から出血した血液が心臓を取り巻く心嚢内に徐々に貯留し,心臓を外から圧迫する結果,拡張期に心臓内に溜まる血液量が減少するために,心拍出量が著しく減少する病態である。心嚢内の貯留血液量に比例して心拍出量が減少するわけではなく,心嚢内の貯留血液量がある一定量(成人であれば200cc程度とされる。)を超えた時から,急速に心拍出量が減少し,症状が現れるのが特徴である(逆にいえば,心嚢内の貯留血液量を症状が現れる前の量以下にすると,症状は急速に回復する。)。
外傷性急性心タンポナーデの特徴的な臨床症状は,突然発症するショックと同時に頸動脈の怒張,中心静脈圧(CVP)の上昇が見られることである(外傷患者のショックのほとんどは出血性ショックであるが,このときには頸静脈は虚脱しCVPは低下するので,急性心タンポナーデと出血性ショックは容易に鑑別できる。)。外傷性急性心タンポナーデの原因である心損傷(心挫傷,心破裂を含む。)を疑わせるものとしては,CPKなど心筋酵素の上昇,12誘導心電図における異常がある。また,院内での医師の目前で起こった心呼吸停止については,直ちに適切な心肺蘇生術が行われた場合には,癌や慢性疾患の末期でそれが原因とな
って心呼吸停止状態になったときを除き,後遺障害もなく,完全に回復するのがほとんどであるが,急性心タンポナーデが原因の場合には,心嚢内で心臓が圧迫され心腔内の血液量が少ないので,胸骨圧迫式(体外式)心マッサージを行っても,有効な血流が得られず,急性心タンポナーデを解除しない限り,蘇生は極めて困難である。急性心タンポナーデについては,胸部超音波検査によって確実に診断することができる。

2 これをFについてみると,Fは,前記認定のとおり,シートベルトを装着しない状態で,ブレーキ痕もなくブロック塀に衝突しており,高エネルギー外傷を受けたと考えられること,血液生化学検査により,CPKの値が197mU/ml と高い数値を示していたこと,受傷後循環動態が安定していたにもかかわらず,午後7時頃に容体が急変したこと,適切な心肺蘇生術を施行したが,全く反応がなかったことなどは,上記の外傷性急性心タンポナーデの特徴と合致し,Fの死因が外傷性急性心タンポナーデであると考えることによって,Fの臨床経緯を最も合理的に説明することができる。
なお,被控訴人Eは,Fの容体が急変した後の午後7時頃に撮影した胸部正面単純X線撮影(検乙1の3)で異常を認めていないが,証拠(G鑑定)によると,胸部正面単純X線撮影では,心陰影の明瞭な拡大としては捉えることができないので,上記X線写真で心陰影が拡大していないことをもって,急性心タンポナーデの存在を否定することはできないことが認められ,上記認定,判断を左右するものではない。
また,H鑑定は腹腔内出血が死亡原因であるとするが,証拠(G鑑定)によると,上記胸部正面単純X線撮影(検乙1の3)で中心陰影が縮小していないことから,急速な出血が死亡原因であるとは考えられず,その可能性は医学的に否定されることが認められ,H鑑定を採用することはできない。

3 次に,被控訴人Eの過失又は注意義務違反の有無について検討する。

1 前記認定のとおり,Fは,乗用車運転中にブレーキ痕もないままブロック塀に正面から衝突し,車の前部を大破する事故によって受傷しており,事故の態様からして,Fに極めて強い外力が及んだ可能性が高いことを容易に推測することができ,被控訴人Eも,救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷しているとの報告を受けていたことからすると,Fに対し,高エネルギー外傷を受けている可能性が高いことを前提にして,診察等をする必要がある。

2 そこで,高エネルギー外傷を受けている可能性の高い患者に対し,いかなる診察,検査,措置を講じるべきであったかについて検討するに,証拠(甲4,5,8,22,乙26,G鑑定)によると,次の事実が認められる。
受傷機転から高エネルギー外傷が疑われる場合には,まず最初に,血圧・脈拍数の測定(不整脈の有無も確認),呼吸数と呼吸に伴う胸壁運動(上気道狭窄,フレイル運動)の確認,呼吸音の左右差(気胸,血胸,気管支内異物)や心雑音(心損傷)の有無,冷汗(ショック準備状態)やチアノーゼ(肺酸素化障害),頸動脈怒張(緊急の処置を必要とする緊張性気胸や急性心タンポナーデで見られる。)の有無,意識レベル,腹部所見(腹腔内出血,管腔臓器の損傷による腹膜炎症状,圧痛部位),四肢(変形,運動,知覚,血流)の状態を調べなければならない。これらの確認は,2,3分で終えることができる。なお,頸椎を初めとする脊
椎損傷が否定できるまでは,体位交換に際しても極めて愛護的に行わなければならない。また,着衣は,全て取り去り,全身の体表を調べ,外力が及んだ部位を把握する必要がある。その後,心嚢液の貯留,胸腔内出血,腹腔内出血に焦点を絞って,胸腹部の超音波検査をする(この検査は数分あれば可能である。)。その他に,動脈血ガス分析(呼吸機能と循環動態の評価),血液検査(初期は主に貧血の評価),血液生化学検査(基礎疾患,肝損傷,心筋損傷の評価)を実施する。
さらに,その後,胸部と腹部の仰臥位単純X線撮影,頸椎の正・側面撮影をする。
以上の診察及び検査は,高エネルギー外傷患者については,症状がない場合でも必須である。
以上の診察及び検査により,何らかの異常所見が得られた場合には,それぞれに応じて必要な処置及び診断を確定するための精査(CT検査はここに含まれる。)を行う。ただし,呼吸や循環動態が不安定な時には,それらに対する処置を最優先し,CT検査などは後回しにする。
診察及び検査により,特別な異常がない場合でも,高エネルギー外傷患者は,入院経過観察が必要である。このときには,バイタルサインを連続モニターするか,頻回に測定する。また,初回の検査で異常がなくても,胸腹部の超音波検査を初めは1~2時間間隔で繰り返し行う。

3 以上認定の事実に照らすと,被控訴人Eにおいて,高エネルギー外傷による軽度の意識障害を伴ったFに対し入院させ経過観察を決定したことは,妥当な判断であったといえる。
しかしながら,Fに対しては,胸腹部の超音波検査,動脈血ガス分析を行う必要があったというべきところ,胸腹部の単純X線撮影,頭部CT検査を除けば,高エネルギー外傷で起こりやすい緊急度の高い危険な病態(急性心タンポナーデ,緊張性気胸,腹腔内出血,頸椎損傷等)に対する十分な評価が入院前にできていなかったにもかかわらず,看護婦に対し,バイタルサイン4時間等の一般的な注意をしただけで,具体的な経過観察の方法を示さなかったことは,適切とはいえない。高エネルギー外傷患者の経過観察としては,超音波検査をはじめ,呼吸循環動態,理学的所見を繰り返し調べるべきであった。
そして,証拠(G鑑定)によると,Jにみられたように心破裂による外傷性急性心タンポナーデは,出血速度が早いため,現場即死あるいは受傷後短時間で発症するが,Fのように,受傷後2時間半頃に症状が出るのは,心破裂は極めて稀で,ほとんどの原因は心挫傷であること,心挫傷の場合は,心嚢穿刺又は心嚢を切開して貯留した血液の一部を出すことで症状を改善することができ,心臓の手術は必要ではないこと,血液を吸引除去あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)していれば,救命できた可能性が極めて高いこと,Fは受傷から容体が急変するまでの約2時間半は循環動態も安定していたので,この間に重度外傷患者の診療に精通する施設に搬送していれば,ほぼ確実に救命できたことが認められる。

4 以上からすると,被控訴人Eとしては,遅くとも経過観察措置を講じた時点で,速やかに胸部超音波検査を実施する必要があり,それをしていれば,心嚢内の出血に気づき,直ちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し,あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)し,仮に本件病院で心嚢切開又は開窓術を実施できないのであれば,3次救急病院に搬送することによって,救命することができたということができ,被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。

5 被控訴人らは,被控訴人EがFに対し施行した医療内容は2次救急医療機関として期待される医療水準を満たしていたと主張するので,この点を検討する。
証拠(乙11,27ないし29,原審における被控訴人E本人,G鑑定,H鑑定)によると,我が国では年間約2千万人の救急患者が全国の病院を受診するのに対し,日本救急医学会によって認定された救急認定医は2千人程度(平成5年当時)にすぎず,救急認定医が全ての救急患者を診療することは現実には不可能であること,救急専門医(救急認定医と救急指導医)は,首都圏や阪神圏の大都市部,それも救命救急センターを中心とする3次救急医療施設に偏在しているのが実情であること,したがって,大都市圏以外の地方の救急医療は,救急専門医ではない外科や脳外科などの各診療科医師の手によって支えられているのが,我が国の救急医療の現実であること,本件病院が2次救急医療機関として,救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制をとっていたのは,全国的に共通の事情によるものであること,一般的に,脳神経外科医は,研修医の時を除けば,心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく,胸腹部の超音波検査を日常的にすることもないこと,被控訴人Eは,胸腹部の超音波検査が必要と判断した時には,放射線科あるいは内科に検査を依頼しており,自ら超音波検査の結果を読影することはなかったこと,当日,被控訴人Eとともに当直に当たっていた小児科の医師も,日常的に超音波検査をすることはなく,単独で超音波検査をすることは困難であったことが認められる。
そうだとすると,被控訴人Eとしては,自らの知識と経験に基づき,Eにつき最善の措置を講じたということができるのであって,注意義務を脳神経外科医に一般に求められる医療水準であると考えると,被控訴人Eに過失や注意義務違反を認めることはできないことになる。G鑑定やH鑑定も,被控訴人Eの医療内容につき,2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた,あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとする。
しかしながら,救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。
そうすると,2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。

6 以上のとおり,被控訴人Eに注意義務違反を認めることができ,被控訴人奈良県は債務不履行責任を免れない。」



谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ


by medical-law | 2022-02-19 03:30 | 医療事故・医療裁判