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医原性の疾患(HCG投与によりOHSSの増悪及び脳梗塞の併発)における発症責任と治療責任 広島高裁平成15年6月27日判決

医原性の疾患については,一般に,発症責任と治療責任が問題になります.
広島高裁平成15年6月27日判決(裁判長 鈴木敏之)は,HCG投与によりOHSSの増悪及び脳梗塞の併発を来した事案について,発症責任と治療責任をともに認めました.
同判決が「入院加療は標準的な治療方法であることなどからすると,入院によって脳梗塞の発症を完全に防止できたとまではいえないにしても,これを回避できた蓋然性は十分認められるのであって,前記過失と脳梗塞との因果関係も認めるのが相当である。」と判示したことは,因果関係認定の手法として参考になります.

広島高裁平成15年6月27日判決(裁判長 鈴木敏之)は,不妊治療の副作用で発症したOHSSが増悪し,血液濃縮を来して,脳に血栓を生じ脳梗塞を併発したと認定しました.
発症責任について,「C医師は,平成7年3月27日の時点で,控訴人がOHSSを発症したとの診断をしたのであるから,それ以降は超音波検査を頻繁に行って腫大卵巣の変化を観察し,OHSSが増悪傾向にあれば,直ちにHCGの投与を中止すべきであったものというべきであり,すでにOHSS発症後の平成7年3月31日に超音波検査をしないまま,漫然とHCG5000単位を追加投与したことは医師の過失である」と認めました.
治療責任について,「控訴人が帰宅を希望したことや被控訴人病院に空室がなかったことは,被控訴人病院の過失の認定を左右するものではない。」とし,諸症状から平成7年4月3日時点での入院治療の措置を採らなかった過失を認めました.
同判決は,「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構の支給決定は,賠償の責任を有する者があることが明らかでないとの認定に基づくものであるとはいいえても,医師の過失がなかったことまでを法的に認定するものということはできないのであって,同支給決定があったことをもって医師の過失を否定することはできない。」と判示しました.
同判決は,OHSSの増悪及び脳梗塞の併発は,この2つの過失によって引き起こされたものと認定し,因果関係を認めました.同判決は,薬剤と副作用の発現についての過失,因果関係について参考となります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「イ HCG製剤の過量使用,その追加使用(前記第2の2(1)ア(エ))及び検査(同イ)について
同月31日のHCG製剤の追加使用及び検査の点について検討するに,前記(1)によれば,次のとおり医師の過失が認められる。
排卵誘発法であるHMG-HCG療法を行う以上OHSSの発症を完全に防止することはできないところ,控訴人は,OHSSを発症しやすいとされるPCOとして臨床上扱われる患者であった上,平成4年に同療法による不妊治療を受けた際(ただし,当時はOHSSの発症防止に効果的とされるGnRHaは用いなかった。)にもOHSSに発症したことがあったのであるから,控訴人の治療にあたっては,OHSSの発症防止及び発症後の対処に十分な注意が必要であったというべきである。そして,C医師は,平成7年3月27日の時点で,控訴人がOHSSを発症したとの診断をしたのであるから,それ以降は超音波検査を頻繁に行って腫大卵巣の変化を観察し,OHSSが増悪傾向にあれば,直ちにHCGの投与を中止すべきであったものというべきであり,すでにOHSS発症後の平成7年3月31日に超音波検査をしないまま,漫然とHCG5000単位を追加投与したことは医師の過失であるといわなければならない。
被控訴人Aは,控訴人のOHSSは軽症で,同月31日は腹痛は低下していたこと,同年4月3日の卵巣腫大の状況からみても,同月31日時点の卵巣腫大は軽度であったことが明らかであること,控訴人の場合,前回もOHSS発症後のHCGの追加投与によって妊娠しOHSSの本件におけるような急激な増悪はなかったこと,妊娠の結果を得るためにはHCGの追加投与は必要であり,それにより症状が多少ひどくなることは控訴人も承知の上で追加投与を希望したことなどから,同月31日に超音波検査をする必要はなかったし,HCGの追加投与も過失にはあたらない旨主張する。
しかしながら,控訴人は,平成7年3月27日にOHSSの診断を受けたのち,腹部膨満感,腹痛,気分不良などの症状が持続していたこと,同月27日と同年4月3日の超音波検査の結果を比較すると,同月31日は同月27日よりも卵巣腫大は進行しており,OHSSが増悪傾向にあったものと推認できること(前記(1)カ(ウ)のとおり,同年3月27日は4.4㎝×6.2㎝,5.0㎝×6.8㎝であったが,同年4月3日は6.0㎝×7.8㎝,7.7㎝×7.0㎝であった。)などからすると,同年4月3日時点での卵巣腫大の程度が中等症に至らないものであり,控訴人本人が自覚症状が軽快した旨述べたからといって,超音波検査の必要性がなかったことにはならない(同月31日に超音波検査を実施していれば,その時点でOHSSが増悪傾向にあることは明らかになったものというべきである。)。また,妊娠の結果を得るためにはHCGの追加投与が必要であり,追加投与に本人の同意があったとしても,OHSS発症後はHCGの投与を禁止すべきことは前記(1)イのとおりであるし,控訴人の場合臨床上PCOと扱われる注意が必要な患者であったのであるから,前回の追加投与の際OHSSが増悪しなかったからといって安易にHCGを追加投与したことが過失にあたることは否定できない。
この点,F医師は,原審において,同月31日にHCGの投与を中止してもOHSSの増悪の可能性はあった旨の証言をするが,一方において,同医師は,少なくともHCGを投与する際は必ず超音波検査をし,OHSSが発症すれば,原則としてHCGの投与を中止しているところ,F医師は重症例の経験がない旨証言していることからすると,頻繁に超音波検査を行い,OHSS発症後HCGの投与を中止することは標準的な医療措置であるということができるのであり,このような措置を講ずることによってOHSSの増悪を回避することが一般的に期待できたというべきである。
そして,以上の諸事情に照らすと,医師の前記過失(追加使用及び検査についてのもの)があったことにより,控訴人にOHSSの増悪をもたらした蓋然性を認めることができるというべきである。

ウ 平成7年4月3日時点で控訴人を入院をさせなかったことが過失にあたるか(前記第2の2(1)ウ)
控訴人は,平成7年3月27日にOHSSの診断を受けたのち,遅くとも同月30日ころ以降,腹部膨満感,腹痛,気分不良,食欲不振等の症状が持続し,卵巣腫大の傾向は進み,同年4月3日には,朝から吐き気などの症状も加わり,午前中に被控訴人病院で受診した際の超音波検査の結果によれば,卵巣腫大の程度は6.0㎝×7.8㎝,7.7㎝×7.0㎝であり,血液検査の結果が,ヘマトクリット値50.6%,白血球(WBC)2万1900/μl,赤血球551万/μl,ヘモグロビン16.6g/dlであったことは,前記のとおりである。卵巣腫大の程度のみをみれば控訴人のOHSSは軽度に属するにしろ,卵巣腫大の傾向は進み増悪傾向が認められたのであるし,OHSSの症状の程度を判断する重要な指標(血液濃縮の程度を示す。)であるヘマトクリット値のほか,白血球,ヘモグロビンの数値からは,控訴人のOHSSは重症に属し,しかも,控訴人には腹部膨満感,食欲不振,吐き気,腹痛,気分不良等の諸症状もあったのであるから,卵巣腫大の程度,腹部膨満感の低下(しかも,低下したとはいえ,前日は眠れないほどひどかったというのであり,他の症状にも照らして考えると,同月3日時点で大きく症状が改善したものとは認め難い。)を考慮しても,控訴人の諸症状を総合的に判断すれば,当時の控
訴人のOHSSは重症で,直ちに入院管理の必要な状況であったというべきである。実際,控訴人は,同日帰宅後も寝たきりで,家事などはできず,夫の作ったお粥も茶碗に半分程度しか食べられなかったのであって,控訴人の前記諸症状はかなりひどかったものと容易に推認することができる。したがって,同月3日の時点で控訴人に対して入院治療の措置を採らなかったことは医師の過失といわざるを得ない。なお,控訴人の当時の前記OHSSの症状の程度からすると,控訴人が帰宅を希望したことや被控訴人病院に空室がなかったことは,被控訴人病院の過失の認定を左右するものではない。
被控訴人Aは,卵巣腫大の程度や腹部膨満感の低下,腹水貯留が顕著でないなどの症状からOHSSが軽度であったこと,基礎体温も低下しており妊娠の可能性が低く,そのまま症状が改善するものと予想されたこと,ヘマトクリット値,白血球,ヘモグロビンといった血液濃縮の程度をOHSSの症状の程度を判断する上で重要な指標とする旨の知見は本件医療事故以前にはなかったこと,同月4日深夜入院した時点で,控訴人のヘマトクリットは48.5%と低下しており,同月3日午前の輸液の治療効果が示されていることなどから入院の必要はなかったとして,医師に過失はなく,また,控訴人を入院させても,治療としては安静と輸液のみであり,脳梗塞の発症を防止できたとはいえないことから因果関係がない旨主張する。
しかしながら,前記イのとおり,卵巣腫大の程度自体,同年3月27日時点に比較して増悪傾向を示し,ヘマトクリット値は本件当時の指標によっても中等症以上であった(この点午前中の輸液後の同月4日午前0時ころも48.5%であり,大きく改善したとは到底いえない。)。本件医療事故当時においても,「HCGB2」の添付文書〔甲10の1〕に血液濃縮,血栓症のリスクについての記載があるように,ヘマトクリット値は無視しえない要因であることは明らかである上,症状によって入院が必要な状態であったことは前記(1)イのとおりである。そして,控訴人の場合,食欲不振,吐き気,腹痛,腹部膨満感といった症状があったのである。また,OHSSの程度の判断や治療方法の選択に当たっては,一つの指標のみを基準とすべきではなく,他の症状等も考慮して総合的に検討しなければならないとされている(前記(1)イ)。このようなことからすれば,卵巣腫大の程度や腹部膨満感の低下のみから軽度であるとして入院は不要であると判断することはできない(前記(1)イのとおり,F医師は,卵巣腫大が軽度であっても,症状が進行したり,痛みがあったら入院させるとしている。)。また,入院した場合の治療が安静と輸液であるとしても,入院すれば,自宅におけるよりも一層の安静が保たれることは容易に推認できるし,症状の経過観察によって時機に応じた輸液ができるなど症状に応じた迅速かつ適切な対応が可能になることが明らかである上,OHSSが重症である場合入院加療が必要なことは前記(1)イのとおりであり,この場合入院加療は標準的な治療方法であることなどからすると,入院によって脳梗塞の発症を完全に防止できたとまではいえないにしても,これを回避できた蓋然性は十分認められるのであって,前記過失と脳梗塞との因果関係も認めるのが相当である。被控訴人Aの主張はいずれも採用できない(なお,F医師は,原審において,控訴人が脳梗塞を発症したことは,交通事故のようなもので,予期できない不運な出来事であったという趣旨の証言をするが,一方において,同医師の場合,卵巣腫大の程度が軽症でも,痛みがあったり,OHSSの症状が増悪傾向にあれば入院させている旨証言しており,同医師にあっては,重症例の経験はないというのであるから,前記のとおり,控訴人のような患者に対しては入院治療を行うのが標準的な治療方法であって,このような措置を施していれば,脳梗塞の発症を避け得た蓋然性はこれを十分認めることができるのであって,これを怠った以上過失を否定することはできない。)。

エ 被控訴人Aは,賠償の責任を有する者があることが明らかな場合は救済給付は行わない(医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構法28条2項)こととされている医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構が控訴人に対する医療費・医療手当及び障害年金の各支給決定をしたことは,被控訴人病院の医師に過失がないことを認めたものである旨主張する。
しかしながら,同条項が責任を有する者があることが「明らかな場合」としていること,同法30条2項が「救済給付に係る疾病,障害等の原因となった医薬品について賠償責任を有する者がある場合には,その行った救済給付の価額の限度において,救済給付を受けた者がその者に対して有する損害賠償の請求権を取得する」と規定し,支給決定後に賠償の責任を有する者が判明する場合を想定していることからすると,医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構の支給決定は,賠償の責任を有する者があることが明らかでないとの認定に基づくものであるとはいいえても,医師の過失がなかったことまでを法的に認定するものということはできないのであって,同支給決定があったことをもって医師の過失を否定することはできない。

オ したがって,控訴人は,不妊治療の副作用で発症したOHSSが増悪し,血液濃縮を来して,脳に血栓を生じ脳梗塞を併発したものであるところ,OHSSの増悪及び脳梗塞の併発は,被控訴人病院の医師がOHSS発症後,検査によってOHSSの経過観察を怠り,HCG製剤を漫然追加投与した過失及び平成7年4月3日時点で入院治療の措置を採らなかった過失により惹き起こされたものと認められるから,その被用者である被控訴人Aには,本件医療事故によって控訴人に生じた損害を賠償すべき義務がある。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-19 23:37 | 医療事故・医療裁判