弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

各器具の基本的特徴を認識し接続部において回路閉塞が起こりうることを予見して両器具が相互に接続された状態で呼吸回路として安全に機能するか否かを確認すべき注意義務 東京地裁平成15年3月20日判決

東京地裁平成15年3月20日判決(裁判長 山名学)は,被告東京都が設置・管理する病院において,同病院の医師が,生後3か月の乳児の気管切開術後に,被告アコマ医科工業株式会社製造販売にかかるジャクソンリース回路と被告タイコヘルスケアジャパン株式会社輸入販売にかかる気管切開チューブを接続した呼吸回路による用手人工呼吸を行おうとしたところ,回路が閉塞して本件患児が換気不全に陥り死亡した事案で,被告両社について,指示・警告上の欠陥に基づき原告らに対し製造物責任を負うと認めました.
また,同判決は,「D医師は,本件患児に対する気管切開術に際し,執刀医の指示を受け,本件気管切開チューブを含む12本の気管切開チューブを準備しており,本件気管切開チューブが本件患児の気管切開部に挿入される器具の候補に入っていることを認識していたのであるから,術後の人工換気においてこれと組合せ使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり,本件気管切開チューブは接続部内径が狭い構造になっており,他方,本件ジャクソンリースは新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かって長く伸びている構造になっているという各器具の基本的特徴を認識し,そのような両器具を接続した場合に接続部において回路閉塞が起こりうることを予見して,遅くとも,本件患児に用手人工換気を始めるまでに,両器具が相互に接続された状態で呼吸回路として安全に機能するか否かを確認すべきであった。被告病院の内部で,D医師以外の者によって既に上記の安全性確認がなされていた場合や,被告アコマ社及び被告タイコ社が本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブの接続に関する安全性を確認して明示的に医療機関に報告しているような場合はともかく,本件ではこのような事情がない以上,当該医療器具を実際に使用する医師であるD医師が安全性を自ら確認するほかない。
ところが,D医師は,本件患児の人工換気に使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり,被告病院内に3種類のジャクソンリース回路が存在するのにその中から構造,機能等を比較検討して本件気管切開チューブとの組合せ使用に適合するものを選択するという過程を経ずに,本件患児を管理していた病棟には本件ジャクソンリースしかなかったという理由でそれを手術室に持参し,接続部における回路閉塞の有無について安全点検をしないまま漫然と両器具を接続して使用したために換気不全を引き起こしたものであって,D医師は,両器具が相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務に違反したというべきである。」と医師の過失を認定しました.
同判決は,「医師は,人間の生命身体に直接影響する医療行為を行う専門家であり,その生命身体を委ねる患者の立場からすれば,医師にこの程度の知識や認識を求めることは当然と考えられるのであって,法的な観点からもそれを要求することが理不尽であり,医師に不可能を強いるものとは考えられない。」と判示しました.
同判決は,医師に医療器具接続の安全性確認の義務を認めた点で参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「2 争点(3)(被告東京都の不法行為責任又は診療契約上の債務不履行責任)について

(1) 第2・1の前提事実,証拠(甲B32,33,34,乙A1,乙B21,22,27,証人D,同J,各項に掲記した各書証)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件患児の診療経過について

(ア) 本件患児は,平成12年12月8日に体重1645グラムで出生し, 出生後呼吸障害が診られたため被告病院に入院し,しばらく気管内挿管により人工呼吸療法を受けていたが,主治医であるD医師から声門・声門下狭窄及び気管狭窄と診断され,そのための治療として気管切開チューブを留置する目的で気管切開術を受けることになった。

(イ) 平成13年3月13日,D医師は,同手術の執刀医である被告病院耳鼻科医師G(以下「G医師」という。)の指示を受け,被告タイコ社製小児・新生児用気管切開チューブ6タイプ(気管内に挿入される管の部分のサイズが異なっている)と日本メディコ株式会社(以下「日本メディコ社」という。)製気管切開チューブ6タイプの合計12本を準備した。被告タイコ社製の6タイプの接続部内径(7.00mm)は,日本メディコ社製の6タイプの接続部内径(10.05mm)よりも狭かった。G医師は,気管切開後にそのうちの数本の気管切開チ
ューブの挿入を試み,最終的に,本件気管切開チューブ(シャイリー気管切開チューブNEO3.0)を挿入した。(甲B58)

(ウ) 本件患児は,術創の安静を保つために術後1週間体動なく管理する必要があったため,気管切開術後に筋弛緩剤が静脈注射され,自発呼吸がないままNICU病棟へ帰室することになった。
そこで,同手術に主治医として立ち会ったD医師は,本件患児を手術台から新生児用ベッドに移し,予めNICU病棟から持参した本件ジャクソンリースを本件気管切開チューブに接続して用手人工換気を開始したが,本件ジャクソンリースは新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かってTピースの内部で長く突出したタイプであり,他方,本件気管切開チューブは接続部の内径が狭い構造になっていたため,新鮮ガス供給パイプの先端が本件気管切開チューブの接続部の内壁にはまり込んで密着し回路の閉塞をきたした。そのため,本件患児は,換気不全によって気胸を発症し,これを原因とする全身の低酸素症,中枢神経障害に陥った結果,同年3月24日,消化管出血,脳出血,心筋脱落・繊維化,気管支肺炎等の多臓器不全により死亡した。

イ D医師の本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブに対する理解と認識等について

(ア) D医師は,ジャクソンリース回路には新鮮ガス供給パイプが付いて いないものと死腔を少なくする目的で新鮮ガス供給パイプが付いているものとがあることを理解していたが,普段,ジャクソンリース回路の機種ごとの構造上の相違を意識して使用していなかった。

(イ) 本件事故当時,被告病院内の小児領域で使用されていたジャクソンリース回路は本件ジャクソンリースを含め3種類あった。D医師が,本件ジャクソンリースを本件患児の手術室に持参した理由は,本件患児を管理していたNICU病棟で使用されていたのは上記3種類のうちで本件ジャクソンリースのみであったからであった。

(ウ) D医師は,本件事故前に,本件気管切開チューブは接続部内径が狭い構造になっていることを認識していたが,それが死腔を減らすためであるとは理解していなかった。

(エ) 本件事故当時,被告病院内には,小児・新生児用の気管切開チューブ として,本件気管切開チューブのほかに,日本メディコ社製のものがあったが,D医師は,両者で死腔量の違いはないと思っていた。

(オ) 小児の人工換気においては,呼吸回路の死腔が大きいと換気効率が低下するため,死腔が小さい器具が用いられることが多いが,死腔を小さくすると換気抵抗が増加する関係にあるから,ジャクソンリース回路と気管切開チューブを相互接続する際には,主に死腔量と換気抵抗に注意を払うことが一般的である。

(カ) なお,被告東京都は,被告病院では,本件事故発生以前に,別の患児に対して,同様の器具の組合せによる換気を600回以上行っているが,原疾患に起因すると考えられる気胸が2回発生した以外は,何の問題もなく正常に換気されている旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

(2) 上記1(1)及び2(1)で認定した事実に基づき,争点(3)ア(D医師に,本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブの接続不具合につき,事前の安全確認を行う義務があり,同医師がこれを怠ったといえるか。)について検討する。

ア 医師は,患者に対する適切な医療行為を行うことをその職務とする。そして,医師が医療行為を行うために医療器具を用いる場合には,適切な医療行為を行う前提として,適切な医療器具を選択する必要がある。また,選択された医療器具は,その本来の目的に沿って安全に機能するものでなければならない。
本件で使用されたジャクソンリース回路や気管切開チューブ等の呼吸補助用具は患者の呼吸管理に用いられるものであって,それらが安全に機能しないと患者の生命身体が危険に晒される可能性の高い医療器具である。また,それらの器具は,通常,単体で使用されるものではなく,相互に接続されて呼吸回路を組成し,一体として人工換気の機能を果たすものであるうえ,そのなかには死腔を減らすという目的から特徴的な構造を有する器具も販売されていたことは上記認定のとおりである。
これらの観点からすると,ジャクソンリース回路と気管切開チューブ等の呼吸補助用具を組み合わせて使用する医師としては,少なくとも,各器具の構造上の特徴,機能,使用上の注意等の基本的部分を理解したうえで呼吸回路を構成する各器具を選択し,相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務を負うというべきである。

イ ところで,本件事故発生の機序は,本件ジャクソンリースの新鮮ガス供給パイプの先端が本件気管切開チューブの接続部の内壁にはまり込んで回路に閉塞をきたし換気不全に陥ったものであるが,被告東京都は,そのような事故の発生については予見可能性がなかった旨主張する。
なるほど,本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブは,いずれもJIS規格上の接続部に関する規定に適合し,かつ,厚生省の承認を得て製造販売された製品ではある。しかし,JIS規格の接続部規定は単に相互接続性を確保するという限度で規格を定めているにすぎず,接続時の安全性までも保障する趣旨のものではない。また,厚生省の承認は個々の医療器具に対し個別にその機能を評価して行うものであって,必ずしも組合せ使用時の安全性を念頭に置いてなされるものとは限らない。したがって,これらの医療器具が規格に合致していることや厚生省の承認があったからといって,接続時の安全性が推定されるとか,接続不具合による事故発生を予見する可能性がなくなるというものではない。また,たとえ医師が本件事故発生前に被告企業2社と厚生省から本件と類似の接続不具合事故に関する安全情報を受けていなかったからといって,上記のとおり各医療器具の接続時の安全性が保障されていない以上,直ちに本件事故を予見できないということにはならない。
小児領域においては,呼吸回路の死腔が大きいと換気効率が低下するため,死腔が小さい器具が用いられることが多いが,他方,回路の死腔を小さくすると吸気・呼気の通り道が狭くなって換気抵抗が増加する関係にあるから,小児科医としては,ジャクソンリース回路と気管切開チューブを相互接続するに当たり,それぞれの器具につき死腔と換気抵抗に注意を払うのが一般的である。そして,本件の場合,本件患児に人工換気を行おうとしたD医師が,死腔を減らすために接続部内径が狭くなっているという本件気管切開
チューブの構造上の基本的特徴及び死腔を減らすために新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かって長く伸びているという本件ジャクソンリースの構造上の基本的特徴を理解し認識していれば,両器具を接続した場合に,上記新鮮ガス供給パイプの先端が上記接続部の内壁にはまり込んで呼吸回路の閉塞をきたし本件事故が発生することを予見できたというべきである。医師は,人間の生命身体に直接影響する医療行為を行う専門家であり,その生命身体を委ねる患者の立場からすれば,医師にこの程度の知識や認識を求めることは当然と考えられるのであって,法的な観点からもそれを要求することが理不尽であり,医師に不可能を強いるものとは考えられない。

ウ 次に,D医師に本件事故発生という結果を回避する可能性が存在したかどうかが問題となる。
この点,被告東京都は,気管切開チューブを呼吸回路に接続した場合の接続不具合を点検する方法については,医学専門書に記載がなく,一般に存在しないから,結果回避可能性がないと主張する。
しかし,呼吸回路に接続不具合があると,直ちに患者の生命身体が侵害されるおそれがあるばかりでなく,医療の現場においては,他社製品同士のジャクソンリース回路と気管切開チューブ等の呼吸補助用具を接続して使用するのが常態になっていたのであるから,これらを組合せ使用しようとする医師としては,たとえ医学専門書に接続不具合の点検方法について記載がないからといって,直ちに結果回避の可能性がなかったということはできない。
本件の場合,D医師は,遅くとも,本件気管切開チューブに本件ジャクソンリースを接続して本件患児に用手人工換気を始めるまでの時点で,本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブとを実際に接続させ,回路を通じて自分で呼吸し異常な吸気,呼気の抵抗がないことを確かめるという方法により,その接続時の機能の安全性を確認しておくことは可能であったと考えられる。D医師がそのような安全点検を行えば回路の閉塞を察知し,本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブとの組合せ使用を中止することにより本件事故を回避することができたものと認められる。
これに対し,被告東京都は,本件気管切開チューブが滅菌済みの使い捨て製品であり,一旦患者に装着すると,これを抜去して接続の具合を確認し再挿入することはできないから,組合せ使用についての安全確認ができない旨主張するが,比較表写し(丙8)によれば,本件患児の気管切開術施行に当たり用意した12本の気管切開チューブのうち,接続部内径がより狭いのは,被告タイコ社製の気管切開チューブ6タイプのほうであって,しかも,その6タイプの接続部内径は同一であるから,D医師としては,被告タイコ社製の気管切開チューブのうちのいずれか1タイプと同一の製品を使用して接続不具合の検査をしたうえで廃棄すれば事足りるのであるし,また,その検査は,気管切開術開始前に気管切開チューブを準備した段階で行えるものであるから,被告東京都の上記主張は失当といわざるを得ない。
さらに付言するに,本件ジャクソンリースは無色透明なプラスチック製のTピースであったのであるから,D医師が本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブの構造上の特徴を認識していれば,接続部における回路閉塞のおそれを抱いて接続部を注視するだけで,新鮮ガス供給パイプの先端が本件気管切開チューブの接続部の内壁にはまり込んでいることを発見でき,その段階で上記組合せ使用を回避することも可能であったと考えられる。確実に閉塞が起きていることまでは確認できなかったとしても,当該組合せ使用の安全性に相当程度の疑問をいだくことができる状況であったのであるから,患者の生命身体の安全に係わる医師としては,組合せ使用を中止するという選択も十分可能であると思われる。
いずれにせよ,D医師にとって,本件事故発生を回避する方法は存在したのである。

エ 以上述べてきたところを前提に,本件事故発生につきD医師に過失があったか否かを検討する。
D医師は,本件患児に対する気管切開術に際し,執刀医の指示を受け,本件気管切開チューブを含む12本の気管切開チューブを準備しており,本件気管切開チューブが本件患児の気管切開部に挿入される器具の候補に入っていることを認識していたのであるから,術後の人工換気においてこれと組合せ使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり,本件気管切開チューブは接続部内径が狭い構造になっており,他方,本件ジャクソンリースは新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かって長く伸びている構造になっているという各器具の基本的特徴を認識し,そのような両器具を接続した場合に接続部において回路閉塞が起こりうることを予見して,遅くとも,本件患児に用手人工換気を始めるまでに,両器具が相互に接続された状態で呼吸回路として安全に機能するか否かを確認すべきであった。被告病院の内部で,D医師以外の者によって既に上記の安全性確認がなされていた場合や,被告アコマ社及び被告タイコ社が本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブの接続に関する安全性を確認して明示的に医療機関に報告しているような場合はともかく,本件ではこのような事情がない以上,当該医療器具を実際に使用する医師であるD医師が安全性を自ら確認するほかない。
ところが,D医師は,本件患児の人工換気に使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり,被告病院内に3種類のジャクソンリース回路が存在するのにその中から構造,機能等を比較検討して本件気管切開チューブとの組合せ使用に適合するものを選択するという過程を経ずに,本件患児を管理していた病棟には本件ジャクソンリースしかなかったという理由でそれを手術室に持参し,接続部における回路閉塞の有無について安全点検をしないまま漫然と両器具を接続して使用したために換気不全を引き起こしたものであって,D医師は,両器具が相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務に違反したというべきである。

(3) 被告東京都の責任について

以上検討したところによれば,D医師には,本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブを組み合わせて使用するに当たり,事前に接続不具合についての安全を確認すべき注意義務を怠った過失が認められるから,D医師を被告病院医師として雇用し同病院を管理運営している被告東京都は,同医師の不法行為によって生じた損害につき,民法715条により使用者責任を負うというべきである。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-20 01:03 | 医療事故・医療裁判