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陣痛促進剤投与に当たり能書に記載された使用上の注意事項に従う注意義務 前橋地裁平成15年2月7日判決

前橋地裁平成15年2月7日判決(裁判長 東條宏)は,「被告Dには,陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2やプロスタグランジンF2αを原告Cに投与するに当たり,それぞれの能書に記載された使用上の注意事項に従わなかった過失,すなわち,少なくともプロスタグランジンF2αの点滴を開始するに当たっては,十分な時間を取るか,翌日まで点滴の開始を控えるべきであり,もしあえて十分な時間間隔を取らずに点滴を開始するのであれば,より厳重な監視(例えば分娩監視装置を用いるなど)の下で慎重に薬剤の増量を行うべきであった(鑑定の結果)にもかかわらず,1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心音を計測するだけの監視の下で漫然とプロスタグランジンF2αの点滴を開始し,増量した過失があるものといわざるを得ない。」と判示しました.
陣痛促進剤使用について参考となる判決です.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「第6 当裁判所の判断

1 前記争いのない事実の外,後掲各証拠によれば,以下のような事実が認められる。

(1) 原告Cが分娩した当時における被告病院の状況(証人E)
被告病院の看護師であったEは,16時ころ被告病院に出勤し,17時30分ころから一人で当直勤務を始めた。当日入院患者は13人いたが,出産予定者は原告Cだけであった。Eは2階のナースルーム,原告Cはその隣の陣痛室,被告Dは1階の医局にそれぞれいた。
そして,Eは,原告Cについて,主として以下のような事項を確認(注意)していた。
①陣痛の程度
②羊水の状態
③肛門圧迫感(胎児が出口に近づいたとき頭で臀部が押される感じ)
④胎児心音

(2) 原告Cに対する分娩監視(甲10,証人E(なお後記採用しない部分を除く。))

ア 被告病院では,胎児心音の確認について,時には分娩監視装置を使用することもあるが,主としてドプラーを使用している。ドプラーは,直径3センチメートル,長さ5センチメートル程の丸い棒状の機械がコードで器具につながっており,丸い棒状の機械を妊婦の腹部,すなわち胎児の背中の辺りに当てて胎児の心音を耳で聞くものである。基本的には胎児の心音を5秒間ごとに3回測ることになっており,耳で聞くほか,その記録が機械にも顕出される。
そして,別紙パルトグラム(添付略)(甲10の末尾2枚,分娩の進行状態,陣痛の状態,胎児心音の状態,その時施行した処置を経時的に示した図,乙30,34)には,原告Cについて1時間ごとに1回,胎児心音を計測した旨の記載があり,その記載によれば徐脈などの胎児心音の異常は認められない。

イ なお,被告らは,原告Cに陣痛発作が生じた後,毎回胎児心音を聞いていたが,パルトグラムの記録紙が小さいことから全部記載しきれないため,心音が良好な場合にはパルトグラムには1時間ごとに1回しか記載していなかったと主張し,Eは証人尋問においてこの主張に沿った供述をする。
しかしながら,被告らの上記主張を裏付けるに足りる客観的証拠は何もない。かえって,E自身が証人尋問で認めているように,看護学校において看護記録には看護師が行ったこと,見たことをすべて書くように指導されていたところ,その看護記録にもEの証言に沿う事実は全く記載されていない(甲10)。

ウ したがって,被告病院では,平成10年3月17日における原告Cに対する分娩監視として,7時ころから約30分間分娩監視装置を装着した(争いのない事実)外は,1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心音を計測していたものと認めるのが相当である。

(3) 平成10年3月17日における原告Cの状態及び投薬状況(甲10,11)
6時00分 陣痛開始
8時27分 破水
8時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
9時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
10時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
11時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
弱い張りと強い張りがあるが,まだ笑っていた。
羊水様のものが少量流出した。
12時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
13時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
14時00分 子宮口の糸の抜糸術施術。脈拍60。血圧130/70。
14時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
張りが強くなってきた。
15時30分 プロスタグランジンE2を1錠投与
張りが少し弱くなってる。
16時25分 プロスタグランジンF2αを毎時15ミリリットルの割合で点滴静注
張りは変わらない。
17時05分 プロスタグランジンF2αを毎時20ミリリットルの割合で点滴静注
つらそうになってきた。メリハリついてきた。
18時00分 押される感じがあり,血性分泌物もある。
19時00分 少し怒責感がある。
20時00分 肛門が開いてきた。
21時05分 プロスタグランジンF2αを毎時25ミリリットルの割合で点滴静注
22時30分 四つんばいになっていきんでいる。陣痛が強度になる。
羊水が流出する。
22時40分 全開大
23時ころ 原告Aを強度の仮死状態で娩出した。アプガースコア1-2-2。

2 争点1(被告Dの過失)について

(1) 被告病院における分娩監視や原告Cの状態等として,上記1のような事実が認められる。

(2) ところで,医薬品の添付文書(能書)の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるものというべきである(最高裁平成4年(オ)第251号同8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁参照)。

(3) 各陣痛促進剤(プロスタグランジンE2,プロスタグランジンF2α)の各能書の記載について

ア 平成10年3月に改訂された科研製薬株式会社作成のプロスタグランジンE2錠(成分はジノプロストン)の能書(乙32)には,以下のような記載がある。

(中略)

また,平成8年2月に改訂された日局ジノプロスト(プロスタグランジンF2α)に関する注意書(乙12の2)にも同様の注意事項が記載されている。

(4) 以上の記載によれば,同じ陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2及びプロスタグランジンF2αはともに,能書上,単独で用いる場合であっても,過強陣痛となり,胎児仮死状態になるおそれがあることから,分娩監視装置などを用いて十分な監視のもとで慎重に投与することが求められているものといえ,プロスタグランジンE2を使用した後にプロスタグランジンF2αを使用する場合には,過強陣痛,胎児仮死の可能性がより高まることから,更に十分な分娩監視を行いながら,慎重に投与する必要があるものといえる。

(5) ところが,被告Dは,前記争いのない事実2(4)記載のとおり,原告Cに対し,大量の陣痛促進剤(プロスタグランジンE2とプロスタグランジンF2α)を投与した。
つまり,被告Dは,原告Cに対し,まず8時30分ころから15時30分ころまでの7時間に1時間ごとにプロスタグランジンE2を合計8錠投与し,その後,更に16時25分からプロスタグランジンF2αを点滴静注した。
また,上記1(2)で認定したとおり,被告病院では,原告Cの分娩監視について,7時ころから約30分間分娩監視装置を装着した外は,1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心音を計測したにすぎない。しかしながら,間欠的ドプラー法では,胎児心拍数のカウントにばらつきが大きく不正確なため,陣痛がある期間(発作時)やその直後に胎児心音を聴取し,正確な心拍数を測ることは困難であり,胎児心拍の細変動や子宮収縮と胎児心拍の変動との関連を分析することはできない(鑑定の結果)。実際にドプラーにより胎児心音を計測していたEも,証人尋問において,計測につき,「基本的に5秒掛ける3回です。」,「陣痛のときは測れないので,陣痛でないときに測ります。」などと供述する。つまり,5秒間の計測によって1分間の心拍数を算出するものであって,たとえ計測を3回繰り返すとしても,ばらつきが大きく不正確なものである。したがって,陣痛促進剤(プロスタグランジンE2やプロスタグランジンF2α)の投与に当たり,胎児仮死に関する情報がきちんとモニターされていたとは到底いえない(鑑定の結果)。
そのため,被告Dには,陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2やプロスタグランジンF2αを原告Cに投与するに当たり,それぞれの能書に記載された使用上の注意事項に従わなかった過失,すなわち,少なくともプロスタグランジンF2αの点滴を開始するに当たっては,十分な時間を取るか,翌日まで点滴の開始を控えるべきであり,もしあえて十分な時間間隔を取らずに点滴を開始するのであれば,より厳重な監視(例えば分娩監視装置を用いるなど)の下で慎重に薬剤の増量を行うべきであった(鑑定の結果)にもかかわらず,1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心音を計測するだけの監視の下で漫然とプロスタグランジンF2αの点滴を開始し,増量した過失があるものといわざるを得ない。

(6) 被告らの反論について

ア これに対し,被告らは,8時30分ころから15時30分ころまでの間にプロスタグランジンE2を1時間ごとに合計8錠投与したことについて,原告Cに対して投与した陣痛促進剤の量は極めて少なく,過強陣痛や胎児仮死を招来することは考えられない,プロスタグランジンE2は効果がマイルドなので,本件では有効な陣痛が発来しなかったなどと主張する。
しかしながら,上記(3)アで指摘したとおり,プロスタグランジンE2の能書(乙32)によれば,その用法・用量は以下のとおりである。
① 通常1回1錠を1時間毎に6回,1日総量6錠(ジノプロストンとして3mg,なお1錠当たりのジノプロストンは0.5mg)を1クールとし,経口投与する。
② 体重,症状及び経過に応じ適宜増減する。
③ 本剤の投与開始後,陣痛誘発,分娩進行効果を認めたとき,本剤の投与を中止する。
④ 1日総量ジノプロストンとして1クール3mg(6錠)を投与し,効果の認められない場合は本剤の投与を中止し,翌日あるいは以降に投与を再開する。
そのため,原告C(身長157センチメートル)が妊娠前(約65キログラム)から分娩時(約80キログラム)にかけて約15キログラム体重が増加していたこと(甲9)の外,前記争いのない事実及び上記1(3)で認定した原告の症状,その経過などを考慮したとしても,プロスタグランジンE2を合計8錠投与した時点で,既に通常用いられる量よりも多い量のプロスタグランジンE2が投与されていたのであるから,決して極めて少ないといえるような量でないことは明らかである。

イ また,被告らは,被告Dが原告Cの子宮緊縮状態を観察しながら,同人に対しプロスタグランジンF2αを毎時15ミリリットルの点滴静注から毎時25ミリリットルの点滴静注まで少量ずつ増量したのであって,被告Dの処置は妥当な処置であったなどとも主張する。そして,被告Dは,本人尋問において,プロスタグランジンF2αを16時25分から毎時15ミリリットルの割合で,17時05分からは毎時20ミリリットルの割合で,さらに21時05分からは毎時25ミリリットルの割合で点滴静注したことについて,原告Cに対するプロスタグランジンF2αの投与量は極めて少量であり,安全限界の3分の1ないし7分の1の量にすぎないなどと供述する。
しかしながら,上記(3)で指摘したとおり,プロスタグランジンE2とプロスタグランジンF2αの各能書(乙32,甲12)によれば,プロスタグランジンE2とプロスタグランジンF2αを相前後して使用する場合には,過強陣痛を起こしやすいので,投与間隔を保ち十分な分娩監視を行いながら慎重に投与することが求められている。
ところが,被告Dは,原告Cに対し,プロスタグランジンF2αを投与する前に,既に8時30分ころから15時30分ころまでの間にプロスタグランジンE2を1時間ごとに合計8錠投与していた。つまり,被告Dは,プロスタグランジンE2を7時間かけて1時間ごとに合計8錠投与した上に,約1時間の間隔しか置かずにプロスタグランジンF2αの点滴静注を開始したのである。そのため,仮にプロスタグランジンF2αだけを見た場合に安全限界の3分の1ないし7分の1の量にすぎなかったとしても,被告DはプロスタグランジンF2αだけを投与したわけではないので,被告Dの上記供述を採用することはできない。それどころか,かえってプロスタグランジンE2の投与量を考えた場合には,プロスタグランジンE2とプロスタグランジンF2αの各能書に記載された許容投与量をはるかに越える大量の陣痛促進剤(プロスタグランジンE2とプロスタグランジンF2α)が投与されたものといわざるを得ない。
しかも,上記1(2)で認定したとおり,被告病院では,原告Cの分娩監視について,7時ころから約30分間分娩監視装置を装着した外は,1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心音を計測したにすぎない。このように原告Cの分娩監視が不十分であったといわざるを得ない以上,不十分な分娩監視に基づいて原告CにプロスタグランジンF2αを投与し,しかも,2回にわたって増量したのが妥当な処置であったということもできない。

ウ さらに,被告らは,被告Dは分娩監視装置で胎児仮死などの徴候がないことを確認した後,原告Cへの負担が軽い間欠的ドプラー法による胎児心音の観察をしており,分娩監視義務に違反するものではないと主張し,これを裏付ける証拠として乙14(文献)の以下の記載を引用する。
「 すべての産婦に入院時から分娩にいたるまで分娩監視装置を装着する必要は必ずしも要求されていない。FIGO(国際産婦人科連合)の分娩監視専門委員会の勧告によれば,入院時最初の30分間の胎児心拍モニタリングを行い,もしこの間に異常所見がなければローリスクであり,1時間ごとの短期間胎児心拍モニタリングを行い記録をとるだけでよいとしている。」
そして,乙4,被告D本人及び弁論の全趣旨によれば,被告Dは,ネオメトロを挿入した後の平成10年3月16日午後6時と,陣痛発来時の同月17日午前7時に,それぞれ30分間分娩監視装置を原告Cに装着し,胎児心音などのモニタリングを行ったところ,胎児仮死を示す徐脈などの徴候がなかったことが認められる。
しかしながら,上記ア,イで指摘したとおり,被告Dは陣痛促進剤として,プロスタグランジンE2を通常量よりも多く投与した後,引き続いてプロスタグランジンF2αを点滴静注した。そして,既に上記(4)で指摘したとおり,プロスタグランジンE2もプロスタグランジンF2αもともに,能書上,分娩監視装置などを用いて十分な監視の下で慎重に投与することが求められている。そもそも乙14の上記記載はあくまでも一般的なことを述べたものにすぎないのであって(被告D本人),何らかの問題を有する産婦の分娩管理に当たっては,細心の注意を払い,より多くの情報を収集し,いつでも対応できる態勢を用意しておくことが必要である(鑑定の結果)。原告Cは,妊娠初期に流産のおそれがあったため縫縮術が施行された外,妊娠中の体重増加が著しく,また予定日を約1週間過ぎても陣痛がない状態であった(争いのない事実,被告D本人)。このような産婦に対して人工的に薬物を用いて陣痛を誘発・促進するといった処置が行われた本件では,やはり分娩監視装置などを用いた十分な分娩監視が必要であったものといえる(鑑定の結果)。ところが,上記1(2)で認定したとおり,被告病院では,原告Cの分娩監視について,7時ころから約30分間分娩監視装置を装着した外は,1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心音を計測したにすぎない。そのため,被告Dは,プロスタグランジンE2やプロ
スタグランジンF2αの各能書上求められている十分な分娩監視を怠ったものといわざるを得ない。

エ これに加え,被告らは,本件において分娩監視装置を用いたしても,原告Aの仮死を防ぐことができたとはいえないなどとも主張する。
しかしながら,被告らの上記主張は,結局のところ,原告Cの分娩に当たり,被告Dにおいてその義務に反して分娩監視装置などによる十分な分娩監視をしていなかったがために,胎児仮死に関する情報がきちんとモニターされていなかったにもかかわらず,胎児仮死を示す徴候が本件では認められないから,分娩監視装置を用いたとしても原告Aの仮死を防ぐことはできなかったと主張するものであって,到底採用することができない。
そもそも既に指摘したとおり,7時30分ころから23時ころにかけての原告Aに関する胎児心拍などの情報の不足は,被告Dが分娩監視装置などによる十分な分娩監視をしていなかったためであり,その結果胎児仮死などの徴候が認められなかったとしても,それは被告Dの義務懈怠によって生じたものでしかなく,このような事態を当の被告Dの不利益にではなく,患者側である原告らの不利益に帰することは,条理にも反するものと考えるからである。

(7) したがって,結局のところ被告Dには,陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2やプロスタグランジンF2αを原告Cに投与するに当たって,各能書に記載された用法・用量に従い,各能書において要求されている分娩監視装置などを用いて十分な監視の下で慎重に投与するとの注意義務を怠った過失があるものといえる。」

谷直樹

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by medical-law | 2022-02-20 02:33 | 医療事故・医療裁判