弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

砂嚢2㎏を約17時間大腿部に置きその間一度も体位変換しなかった止血措置について過失と肺血栓塞栓症発症との因果関係を認めた例 新潟地裁平成15年12月26日判決

新潟地裁平成15年12月26日判決(裁判長 片野悟好)は,当時43歳の女性が平成11年2月に被告病院において肺血栓塞栓症に基づく肺梗塞により死亡した事案で,「本件では被告病院内科もしくは外科病棟の砂嚢についての従前の取扱い例が実施されていれば,本件肺塞栓症の発症を回避でき,Aの死亡は避けられた可能性が高いと認められる。」と認定し,「本件肺塞栓症と被告病院医師,看護師らがした砂嚢2㎏を約17時間大腿部に置きその間一度も体位変換しなかった止血措置との間には因果関係があると認められる。」と判示しました.
同判決は,「C医師及びD医師において,本件検査後の止血処置としての砂嚢の圧迫が過度にわたる場合は肺塞栓症を発症し得ることについて予見可能であったもので,それぞれが医師としての注意義務を十分尽くしていれば本件の結果を回避できたものであり(C医師は,血栓発生の危険性を考慮してヘパリン等の投与をするなどの処置をした上で安静を解除したはずである。),また,看護師らも,砂嚢の圧迫により肺塞栓症を発症し得ることについて予見義務があったもので,看護師らもそれぞれが担当看護師としての注意義務を十分尽くしていれば,Aの死亡は避けられた可能性が高いと認められる。換言すると,本件では被告病院内の横及び縦の情報伝達に不備があったと言わざるを得ず,本件は,被告病院医師及び看護師らの注意義務違反があったため惹起された医療事故であると言わざるを得ない」と注意義務違反を認めました.
複数の医師,看護師の注意義務違反を認めた点で参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「3 争点(1)(砂嚢による圧迫と本件肺塞栓症との間の因果関係の有無)について

(1) 前記1の(1)で認定したことを総合すると,医学的知見は以下のとおりであると認められる。すなわち,
まず,血管造影検査終了後の穿刺部の圧迫方法・圧迫時間及び砂嚢の重さ等については,強すぎる圧迫により静脈に形成された血栓が肺塞栓を起こす可能性もあるので,圧迫包帯は強すぎないようにし,3ないし6時間(穿刺部の圧迫は原則として6時間を超えないし,翌朝まで持ち越さない),1ないし2㎏程度の砂嚢(0.5㎏との文献もある。)を載せ,ベッド上安静は12ないし24時間(翌日の朝までベッド上安静とか,6ないし8時間の床上安静でよいとする文献もある。)とすること,大きな圧迫帯は出血の有無を分かりにくくしたり,血腫の増大を発見するのを遅らせる可能性があるので大きな圧迫帯や砂嚢は必ずしも必要ではないとか,5Fのシースやカテーテル使用の場合は,より短時間(4時間ないし6時間程度)の安静でもよいとか,3時間はフラットで絶対安静でよいとの文献もあること,さらには圧迫自体不要であるとの文献もあること,次に,肺血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症,PTE,PE)は,深部静脈に形成された血栓等が肺循環に進入し,肺動脈を急激に閉塞することで,呼吸困難やショック等の急性右心不全の病態を呈する重篤な疾患であること,発症早期の死亡率が高く,早期診断,早期治療が難しい疾患であり,手術後や血管造影検査後にベッドから起きあがった直後あるいはトイレなどに移動したときに胸痛,呼吸困難などを訴え,ショック状態になり肺血栓塞栓症が判明することもあること,肺血栓塞栓症の重要な発生要因は深部静脈血栓症(DVT)であること,肺血栓塞栓症の日本での発生頻度は米国の約50分の1とか,人口100万人あたり28人の発生頻度であるとかの報告があるが,肺血栓塞栓症の発症が食事・栄養状態・環境などに左右され,1965年に比較すると1986年では3倍強まで増加したと報告されていること,肺血栓塞栓症の背景因子としては,心疾患,長期臥床,術後,血栓性静脈炎,悪性腫瘍,血管造影検査後,慢性肺疾患,ステロイド剤投与中,下肢骨折等が知られているが,性差なくあらゆる年齢で発症し得る疾病であるので,上記のような背景因子を有する患者が,突然,呼吸困難や胸痛を訴えたり,失神したりした場合には,本症である可能性が高いこと,また,肺血栓塞栓症の主要原因の一つであるDVTは,わが国では発生頻度が低いといわれてきたが,最近では,静脈系における血栓症の診断症例数は増加する傾向にあり,有症状のDVT検出率は臨床的にも病理解剖的にも必ずしも高くないこと,DVTの発生原因は,①血流障害(うっ血性心不全や長期臥床など全身性の静脈還流異常によるものと,外傷や腫瘍による圧迫又は妊娠時などの局所的な静脈還流異常によるものがあり,左腸骨静脈は,解剖学的にDVTの好発部位である。),②外傷や炎症により生ずる静脈内膜の血管壁障害,③血液凝固線溶系異常(脱水やショックなどに見られる血液濃縮は血栓形成の要因となり得る。また,手術侵襲による凝固系の亢進及び線溶系の低下は,長時間の術後安静臥床と相まってDVTの要因となる。),DVTの発生部位は,最も頻度が高く,急性肺血栓塞栓症の危険が高いのは,腸骨・大腿静脈であり,下腿静脈血栓(静脈血栓の90%はこれである。)は,無症状で経過することも多いが,時に中枢側へ進展し肺血栓塞栓症の原因となることもあり,一般に急性肺血栓塞栓症と静脈系血栓症との関係では,局所に血栓性静脈炎を起こさないサイレントなものほど急性肺血栓塞栓症を起こしやすいことが知られていること,したがって,DVTの臨床症状は,その急性期には患肢の腫脹・浮腫あるいは運動時疼痛,皮膚色調の変化などであるが,臨床的にはDVT発症例の半数以上が無症状であると報告されていること,以上が認められる。
そして,前記2のAが肺血栓塞栓症に基づく肺梗塞で死亡するまでの経緯等によれば,Aは本件検査終了後である平成11年2月12日午後2時ころから翌13日午前6時40分ころまでの約16時間40分の間,通常の3倍ないし4倍の長時間にわたって2㎏の砂嚢が置かれ,しかも,この長時間にわたる砂嚢の存置は,被告病院の当時の通常の取扱い例に反するものであったこと,すなわち,被告病院内科病棟の当時の取扱いである,当初砂嚢2㎏を3時間,その後1㎏を3時間,合計6時間との取扱いはもとより,被告病院外科病棟での通常の取扱いである,一応2㎏を就寝前(消灯の午後9時)まで,1㎏を安静解除時(翌朝回診時)までとする取扱い例に反する異常に長時間の砂嚢存置であり,置かれた砂嚢の重量も,上記医学的知見からすると,最も重めの2㎏の砂嚢であり,結局,Aの右大腿部に砂嚢2㎏が,数回の看護師による穿刺部の確認の際に一時外すないしずらした以外は,約16時間40分の長時間,継続して存置され,かつ,この間,一度たりとも体位変換がなされずずっとAの右大腿部へ置かれたままであったこと,以上が認められる。
上記認定事実によれば,本件検査後の極めて長時間にわたる砂嚢の存置とこれに基づく長時間にわたる同一体位の保持によりAの静脈内の血流がうっ帯し,静脈内に血栓が発生し(砂嚢の存置とこれに基づく長時間にわたる同一体位の保持によりDVTが発症した。),同血栓が塞栓子となって本件肺塞栓症を発症したものと推認することができる。換言すれば,被告病院における砂嚢による圧迫止血行為と本件肺塞栓症との間には因果関係があると認定すべきである。

(2) ところで,被告は,「大腿部の砂嚢による長時間の圧迫と安静が肺血栓塞栓症を招いたものであるとすれば,大腿部のDVTに伴う下腿の疼痛,浮腫,紅斑や熱感等の何らかの臨床症状が認められるはずであり,本件のように患者の死亡に至るような血栓が砂嚢による圧迫された大腿静脈に生じた場合,同部位では側副血行路が発達していないため,当然に下肢に血流うっ帯による臨床症状が出るはずである。本件では,本件検査終了後に帰室してから翌朝の安静解除後までの間,頻回にわたって被告病院の看護師やC医師がAの下肢の状態を触診等により確認したが,DVTに特徴的な下腿の疼痛,浮腫,紅斑または熱感等は一切認められなかった。このことは,Aに生じたDVTが大腿静脈ではなく,上記のような臨床症状が出にくい腸骨静脈に生じたDVTであることを示すものである。」と主張する。
しかし,上記医学的知見及び鑑定によれば,肺血栓塞栓症の主要原因の一つである深部静脈血栓症(DVT)は,有症状のものは臨床的にも病理解剖的にも必ずしも高くなく,DVTの急性期には患肢の腫脹・浮腫あるいは運動時疼痛,皮膚色調の変化などがあるが,臨床的にはDVT発症例の半数以上が無症状であると報告されていること,それほど頻度は高くないが下腿静脈血栓は,無症状で経過することも多く,時に中枢側へ進展し肺血栓塞栓症の原因となることもあり,一般に急性肺血栓塞栓症と静脈系血栓症との関係では,局所に血栓性静脈炎を起こさないサイレントなものほど急性肺血栓塞栓症を起こしやすいことが知られていることが認められる。
この医学的知見及び鑑定の結果並びにAの上記臨床症状を総合すれば,Aの場合には下肢の血流うっ帯の症状は認められなかったが,Aの右大腿静脈もしくは骨盤腔静脈網内にDVTが発生し,これがAの安静が解除された後の歩行により血栓の一部が塞栓子となって血流によって肺動脈を急激に塞栓したものと認定すべきであり,上記被告の主張は理由がないと言わざるを得ない(鑑定によれば,Aの下肢の細い静脈に血流停滞が起こると,刺激された血小板が下流である骨盤内静脈網・下大動脈・右心房・右心室に流れて,肺動脈に達すると,肺動脈幹がT字型に左右肺動脈に分かれる分岐部に発生する乱流・渦流により再度凝集能が刺激されて急速に巨大血栓を形成する可能性もあることが認められ
る。)。
上記認定のとおり,Aには①血液凝固系に異常がなく,②腫瘍マーカーにも異常がなく,血液造影検査の結果でも悪性腫瘍と断定できる状態ではなく,③長期臥床といえるほどの臥床でもないことは,上記の認定を補強するものと認められる。
また,上記認定事実によれば,Aは,本件検査後,平成11年2月12日午後3時30分に点滴が終了してから輸液が実施されず,同日午後7時の時点で800mlの尿総量であったが,翌朝午前8時30分の時点で1000mlの尿総量であり,13時間30分の間に200ml の尿量しかなく(1時間あたりわずか15ml),Aは脱水傾向にあったものと認められ,このことも砂嚢の存置と体位不変換による長時間の下肢の血流うっ帯に加えてDVTを発症させる要因となったものと推認される。
さらに,被告病院ではA死亡後約1か月経過後の時点で砂嚢を原則廃止し,体位変換を積極的に実施しているが,このことも,被告病院では,Aが本件肺塞栓症を発症した原因が砂嚢による過度の圧迫等と体位変換の不実施にあることを認識していることを推測させる事実である。
(3) 以上認定説示したとおり,本件肺塞栓症と被告病院医師,看護師らがした砂嚢2㎏を約17時間大腿部に置きその間一度も体位変換しなかった止血措置との間には因果関係があると認められる。」

「争点(2)(被告病院医師・看護師らに止血の処置に関して注意義務違反があったか
否か)について

医学的知見については,上記1の(1)及び3の(1)で認定説示したとおりであり,被告病院内科病棟では,当初砂嚢を2㎏とすることを除き,当時,一般的になされていたのと同様の内容で砂嚢を撤去していたが,被告病院外科病棟では,明確な取決めはなく,一応2㎏を就寝前(午後9時まで),1㎏を安静解除時(翌朝回診時)までとしていたこと,本件検査を実施した内科医であるD医師は,上記のとおり砂嚢の重さやこれを置く時間が被告病院内で統一されていなかったことや外科が内科より長めに砂嚢を置くことを知っており,しかも,同医師自身は,砂嚢を置く時間は6時間くらいが妥当性があると認識していたが,本件検査後,特に砂嚢を置く時間等について放射線科の看護師に指示をせず,「いつものとおり」としたこと,また,本件検査実施の指示をし,本件検査の管理責任者であるというべきC医師は,当時,上記外科病棟の砂嚢の重さと圧迫時間は単なる慣習で,同医師自身は,止血のためには圧迫テープだけで十分であり,穿刺部以外も圧迫する砂嚢を置くことは不要であると考えており,従前の方法に疑問を持っていたが,平成11年2月12日午後4時過ぎころ,Aの下腿の診察をし,疼痛や浮腫,紅斑,熱感がなく,足背動脈も良好に触知左右差もないことを確認したのみで,看護師に砂嚢の除去時期等について何の指示もしなかったこと,本件検査後,放射線科看護師から引継ぎを受けたE看護師(午前8時30分から午後5時15分までの勤務)は,放射線科看護師から「病棟で決められている時間でよい」と引継ぎを受け,Aの気分や砂嚢を持ち上げて圧迫テープの上から穿刺部を見たり両足背動脈を触知して良好なのを確認したりしたが,その勤務中,Aの体位を一度も変換せず,準夜勤(午後4時30分から翌朝午前1時15分まで勤務)のF看護師に対し,砂嚢については何の申し送りもしなかったこと,また,F看護師は,E看護師から上記のとおり砂嚢について申し送りを受けなかったが,砂嚢の除去についてE看護師に確認せず,カルテも確認せず,砂嚢存置時間等についてC医師にも確認せず,Aの気分や砂嚢を持ち上げて圧迫テープの上から穿刺部を見たり両足背動脈を触知して良好なのを確認したりしたのみで,その勤務中,Aの体位を一度も変換せず,砂嚢を除去することもせず,砂嚢について失念し,深夜勤(午前0時30分から午前9時15分までの勤務)のG看護師に対し,砂嚢について何らの申し送りもしなかったこと,さらに,G看護師は,巡回時にAの足背動脈を触知し良好であることを確認し,同月13日午前3時の巡回時にはAの穿刺部を見た際に砂嚢が存置されていることに気付き,1年ほど前までいた被告病院小児科では消灯時に砂嚢を除去していたことを知っていたのに,足背動脈を触知し良好であることを確認したのみで特段の措置は取らず,同日午前6時40分ころ,Aから腰が痛くてあまり眠れなかったことを聞いて,始めてこのまま砂嚢を置いておくのは長いし,Aを楽にしてやりたいと思い,砂嚢を除去し,Aの体の向きを変え,Aの足背動脈の触知が良好なことと冷感がないことを確認した上で,G看護師は,日勤(午前8時30分から午後5時15分までの勤務)の看護師に対し,午前6時40分にAの砂嚢を除去したことを申し送りしたが,砂嚢をこの時点で除去したことをC医師に報告しなかったこと,同日午前10時5分ころ,C医師は,朝の回診でAの病室を訪れ,圧迫テープを剥がし,止血綿を除去するなどし,穿刺部に出血や血腫のないことを確認し,またAの下腿を診察し,疼痛や浮腫,紅斑,熱感がなく,足背動脈も良好に触知左右差もないことを確認した上でAの安静の解除を指示し,Aにしばらく座位でいることを指示したが,A本人や看護師に対して何時砂嚢が除去されたかを全く確認しなかったこと,以上が認められる。
以上の認定事実と鑑定によれば,本件では被告病院内科もしくは外科病棟の砂嚢についての従前の取扱い例が実施されていれば,本件肺塞栓症の発症を回避でき,Aの死亡は避けられた可能性が高いと認められる。すなわち,C医師及びD医師において,本件検査後の止血処置としての砂嚢の圧迫が過度にわたる場合は肺塞栓症を発症し得ることについて予見可能であったもので,それぞれが医師としての注意義務を十分尽くしていれば本件の結果を回避できたものであり(C医師は,血栓発生の危険性を考慮してヘパリン等の投与をするなどの処置をした上で安静を解除したはずである。),また,看護師らも,砂嚢の圧迫により肺塞栓症を発症し得ることについて予見義務があったもので,看護師らもそれぞれが担当看護師としての注意義務を十分尽くしていれば,Aの死亡は避けられた可能性が高いと認められる。換言すると,本件では被告病院内の横及び縦の情報伝達に不備があったと言わざるを得ず,本件は,被告病院医師及び看護師らの注意義務違反があったため惹起された医療事故であると言わざるを得ない(鑑定によれば,2㎏の砂嚢の圧は,収縮期動脈内圧の10分の1以下であって動脈の血流を低下させる力はないから,足背動脈の拍動は正常に保たれ,下肢の血行が正常であったのは当然と認められ,C医師や看護師らが,Aの足背動脈を触知して左右差がないことなどを確認したからと言って,その注意義務が尽くされたと認定することはできない。)。
この点についての被告病院医師や看護師らに過失がないとの被告主張は,上記認定の医学的知見を総合すると,理由があるとは到底言えない。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-20 17:53 | 医療事故・医療裁判