弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

イレウスを念頭においた鑑別診断(扼性イレウスであるか否か)及び治療義務 仙台地裁平成22年5月24日判決

仙台地裁平成22年5月24日判決(裁判長 沼田寛)は,精神発達遅滞のため会話をすることは困難であった19歳の患者の診療について,入院中遅くとも回診時において,イレウスを念頭においた鑑別診断(扼性イレウスであるか否か)及び治療を怠った過失を認めました.
当時は,腸閉塞による「機械性イレウス」も「イレウス」と呼ばれていました.「機械性イレウス」には,腸の血行が保たれているもの(単純性イレウス)と腸の血行が障害されているもの(る絞扼性イレウス)があるとされていました.
現在では,海外と同様に,「機械性イレウス」を「イレウス」とは呼ばず,「腸閉塞」とします。
鑑別診断義務について参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「(2) 絞扼性イレウスとの鑑別診断をすべき義務

ア 鑑別診断の義務について

上記3(5)及び(6)で認定した医学的知見によれば,絞扼性イレウスは早期に治療しなければ致命的になり,直ちに緊急開腹手術が必要とされていることから,イレウスの治療においては絞扼性イレウスとの鑑別が迅速になされなければならない。
そうであれば,上記(1)オで認定説示のとおり,Aの症状について一般的にイレウスを疑うべきであった被告医師は,Aに疑われるイレウスが絞扼性イレウスであるか否かを鑑別診断すべき義務を負うというべきである。

イ 腹部CT検査について
上記2(6)によれば,現実にはAは絞扼性イレウスであったところ,上記3(4)で認定の医学的知見のとおり腹部CT検査においては70パーセント以上の確率で絞扼性イレウスの所見を得ることができることに照らせば,Aについても腹部CT検査を実施することによって絞扼性イレウスの所見を得ることができた可能性が高い。そして,後記5(因果関係)で認定説示のとおり,遅くとも回診時において絞扼性イレウスであると診断できていれば,Aの死亡という結果を回避することは可能であった。
なお,被告は,ドルミカム等の鎮静剤により完全に鎮静させることにより呼吸が停止してしまう危険性があったと主張するが,上記3(11)で認定した医学的知見によれば上記のような副作用が発生する確率は低いことに加え,絞扼性イレウスは発見が遅れれば致命的になるという検査の高度の緊急性及び必要性があることを考慮すれば,被告の主張するような危険性があったとしても,腹部CT撮影を行うべきであったという認定説示を左右するものではない。また,上記1で認定した診療経過のとおり,Aに対して心電図検査が実施されていることから,Aの体動が一時的にせよ収まっている時間もあったと推認されるのであって,そもそも腹部CT検査を実施するために鎮静剤の投与が必須であったか否かについても疑問の余地が残ることから,被告の上記主張は容易に採用できない。

ウ 超音波検査について
回顧的に見れば,入院中もAの絞扼性イレウスは進行していたと考えられることに照らせば,Aの入院中に超音波検査を実施することによって上記3(4)で認定した医学的知見のとおり腸管拡張等の画像所見が得られた可能性が高い。そして,上記アでの認定説示と同様,遅くとも回診時において絞扼性イレウスであると診断できていれば,Aの死亡という結果を回避することは可能であった。
また,超音波検査は,ベッドサイドにおいても実施可能であることからすれば,完全な鎮静までは必要でないと考えられ,仮に,一時的には体動によって超音波検査ができない状態であったとしても,上記アで認定説示したのと同様の理由により,超音波検査を実施することは可能であった。

エ 小括
しかるに,被告医師は,一般的にAのイレウスを疑うべきであった入院中遅くとも回診時において腹部CT検査ないし超音波検査を実施し,絞扼性イレウスであるか否かを鑑別診断すべきであったのにこれを実施しなかったのであるから,鑑別診断の義務を怠った過失があるというべきである。

(3) 診療契約が手段債務とされていることからの検討
上記3(1)で認定の医学的知見によれば,急性腹症においては,経過観察の際に症状が変化して緊急手術が必要になる場合もある。そうであれば,被告医師としては,再診時の時点でAの腹痛を念頭に置いていた以上,経過観察を行う際にも,Aの症状に変化がないかを注視するとともに,緊急手術の必要が生じていないかという点に十分に留意する必要があった。これは腹痛が日常の診療において最も多く接する症状であるとされていることに照らせば,医師として基本的な対応に属するものであると考えられる。
そして,診療契約がいわゆる手段債務であることに照らせば,上記のような対応として成すべきことを成していたと評価される場合には,不法行為における過失を否定することも十分にあり得ると解される。特に,本件においては,Aの精神発達遅滞によって,十分な問診や諸検査の実施ひいては症状の適切な把握が困難であったという事情があったことに鑑みれば,成すべきことを成したと評価できるような必要かつ十分な検査や治療を行っていたのであれば,仮に悪い結果が生じたとしても,なお過失が否定されることも十分に考えられるところである。
しかしながら,上記1及び2(5)で認定した診療経過によれば,被告医師は入院中わずか1回しかAを回診していなかったことに加え,担当看護師を通じてAの症状や状態の変化を積極的に知ろうとしたり,他の医師への相談等を行っていた形跡も窺われない。
また,Aに入院中に投与された薬剤は鎮静剤のみであるところ,これは専ら体動を抑制する目的で投与されたものであって,鎮静剤の投与によって新たな検査を実施したり,詳細な診察をしようとしたものではないと考えられる。
さらに,Aの入院以後,腹部レントゲン検査,腹部CT検査及び超音波検査等の諸検査を新規にオーダーしたり,実際にそれらの実施を試みた形跡も窺われない。
以上の諸事情を考慮すれば,被告医師に積極的にAの体動の原因を検索し,治療を行おうとした姿勢があったとは評価しがたいのであって, 少なくとも,客観的に見て被告医師が必要かつ十分な検査や治療を行ったとはいえない。
したがって,診療契約の性質が手段債務であることを斟酌してもなお本件において被告医師の過失を否定することはできないというべきである。

(4) 被告の主張についての検討
被告は,腹痛の有無は明らかでないこと,嘔吐はイレウスに一般的に見られるような大量の吐しゃ物が一気に出るというものではなかったこと,排便・排ガスの停止,腹部膨隆,筋性防御及び急速な全身状態の悪化といった症状は認められないこと等を理由として,当時,被告医師においてAを絞扼性イレウスと疑うことはできなかったと主張する。
しかしながら,腹痛については上記(1)アで認定説示のとおり,腹痛と疑うべき激しい体動があったのであるから,腹痛の有無が明らかではなかったという主張は採用できない。
また,嘔吐について見ると,イレウスの場合には常に大量の吐しゃ物が一気に出るという医学的知見は本件全証拠によっても認定できない。また,仮にそうであったとしても,上記1で認定した診療経過によれば,Aは6月12日の昼頃から継続的に嘔吐を繰り返していたのであるから,被告病院において大量の吐しゃ物が確認できなかったとしてもあながち不自然とはいえない。
さらに,排便・排ガスの停止については本件全証拠によっても認定することはできないが,これは,排便・排ガスが停止していたとも,していなかったとも判断できないことを意味するに止まる(仮に,排便・排ガスが健常者と同様にあったのであれば,イレウスであることを否定する所見となり得るが,本件ではそのような事情は認められない。)。
加えて,腹部膨隆及び筋性防御については,たしかに本件においては6月13日20時において軽い腹満があるとされているだけではあるものの,これらの有無は主観的な判断に依る部分が大きく,また,その判定も難しいことから,これらの所見を絶対視することはできないというべきである。
そして,上記3(2)及び(3)で認定した医学的知見に照らせば,全身状態の悪化が認められる以前であっても,絞扼性イレウスと診断することは可能であるし,急速な全身状態の悪化が生じる以前に鑑別診断をすることが重要であるとされていることからしても,急速な全身状態の悪化がなかったことをもって絞扼性イレウスと診断することができなかったという被告の主張は採用できない。
そもそも,イレウスであっても被告が主張するような所見が必ず全て認められるものではないことに加え,イレウスの診断は臨床所見と画像所見の総合で行われるべきものであることに照らせば,被告の主張するような所見が認められなかったからといって,絞扼性イレウスの疑いが直ちに否定されるものではない。
なお,上記3(2)で認定の医学的知見のとおり,Aが若年で,かつ,開腹歴もないことはイレウスの可能性を否定する方向の事情であるから,これらの事情を考慮したことにより,直ちにイレウスであるとの診断ができなかったとしても,それをもって責められるべきものではないが,他方で,若年で開腹歴がなかったとしても絞扼性イレウスが発症する可能性がおよそ否定されるものではないから,上記(1)及び(2)における認定説示を直ちに左右するものではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。

(5) 総括
以上から,被告医師には,Aの入院中遅くとも回診時において,イレウスを念頭においた鑑別診断及び治療を怠った過失が認められる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-21 00:04 | 医療事故・医療裁判