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分娩監視義務違反 青森地裁弘前支部平成19年3月30日判決

青森地裁弘前支部平成19年3月30日判決(裁判長 加藤亮)は,新生児仮死出生した児が低酸素性虚血性脳症後の脳性麻痺等となった事案で,「低酸素症・代謝性アシドーシスに陥った原因については,午後3時から午後5時までの間においてCTGによるモニタリングが施行されなかったことも相まって,いくつかの想定が可能であるとしても,特定は甚だ困難であるといわざるを得ない」としたが,「午後3時前から本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できず,その後,その状態が更に悪化するおそれがあったこと,及び,原告Cの子宮口全開大から分娩までに約2時間を要したことに照らすと,原告Aの脳性麻痺の原因となった低酸素状態が相当な長時間にわたって継続した可能性が高いというべきであるから,被告Eが,モニタリングにより本件胎児の状態が悪化していることを認識した時点で,速やかに吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術等の急速遂娩術を施行して,本件胎児を早急に娩出させていたならば,原告Aが脳性麻痺を発症しなかったという高度の蓋然性があったものと推認するのが相当である。」と判示しました.
モニタリングが行われていない事案における認定について参考になります.
なお,これは,私が担当した事件ではありません.

「2 争点2(被告Eの善管注意義務違反又は過失の有無,因果関係)について

(中略)

(2) 原告らの主張イ(本件モニタリングに関し)について

ア 証拠〈乙A1の29~31頁,鑑定人〉によると,本件モニタリングの計測結果につき,次のとおり認められる。

(ア) 本件胎児には,午後2時21分から22分にかけて,25分から26分にかけて,27分から28分にかけて,41分,44分及び46分から47分にかけての各時点において,一過性徐脈が出現した。それらの徐脈は,子宮収縮曲線が明確に描出されていないものの,心拍数下降から最下点に達するまで30秒以内であることから,変動一過性徐脈であると考えられる。
ただし,基線からの下降幅は約30であった上,持続期間も60秒以内であるので,高度変動一過性徐脈ではなく,中等度変動一過性徐脈と考えられる。

(イ) また,FHR基線が160を超えており(なお,午後2時41分以降には,170を超えていたとみる余地もある。),本件胎児は,頻脈(軽度頻脈)を呈していた。
頻脈を呈する場合としては,胎児の低酸素症,母体の発熱,アトロピン等副交感神経遮断剤の投与,絨毛膜羊膜炎,胎児心奇形,子宮収縮抑制剤であるβ-刺激剤の投与などの要因が考えられるところ,本件では母体の発熱は考えづらく,胎児心奇形も認められず,薬剤の投与もない。さらに,母体の発熱,子宮の圧痛,羊水の混濁・異臭が見受けられないことからすると,絨毛膜羊膜炎も否定的と考えられる。
そして,正期産児の場合には,母体が不安,不穏状態などで頻脈を呈すると,胎児も頻脈を呈することがあるが,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性も否定できない。

(ウ) ただし,心拍数図上,基線細変動が減少,消失していない上,上記(ア)記載のとおり,変動一過性徐脈の程度が中等度であり,かつ,必ずしも頻発していたとまではいえないことからすると,本件胎児は,本件モニタリングの時点においては,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったものと考えられる。
イ 上記認定によると,本件胎児は,本件モニタリングの際には,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったというのであるから,その後直ちに急速遂娩術により本件胎児を娩出させる必要性があったとは認められないが,他方,FHR基線が160を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していたことから,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できないというのであるから,被告Eとしては,原告Cが午後3時に分娩室に入室した後,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察し,その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細変動が消失しているおそれがあると認めたときは,児頭の下降の程度いかんによって,吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術といった急速遂娩をすべき注意義務を負っていたというべきである(この点に関し,鑑定人は,尋問に代わる回答書(6~7頁)において,仮に,子宮口全開大後も本件胎児のFHR基線が160~170又はそれ以上の状態が続いていたならば,本件胎児が低酸素症(急性期)に陥っていた可能性があるとの見解を示している 。)。
なお,被告らは,本件モニタリングの際,原告Cの体動が激しかったとし,そのことが本件胎児に影響を与えて頻脈を呈した可能性が高いと主張するが,仮に,本件モニタリングの際の原告Cの体動が激しかったとしても,それが軽度頻脈の唯一の原因であって,本件胎児が低酸素状態に陥っていないと断定することができたというのであれば別論,そうでなかった以上,被告Eの上記注意義務が軽減されるわけでないことはいうまでもないところであり,被告らの上記主張は,被告Eの注意義務の有無を判断する限りにおいては,有意でない。
また,被告らは,本件モニタリングはF助産師が施行したものであるところ,同助産師はその計測結果を被告Eに報告しなかったとも主張するが,原告Cの分娩を管理していたのは担当医である被告Eであって,その点にかんがみれば,F助産師が本件モニタリングの計測結果を被告Eに報告しなかったとしても,それは被告病院における分娩管理にかかわる内部事情にすぎないから,その点が被告Eの注意義務の有無を左右する事情であるということはできない。

ウ しかるところ,前記前提事実3(4)の事実及び弁論の全趣旨によれば,被告Eは,結果的に,原告Cが午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するまでの間,本件胎児について継続的なモニタリングをしなかったというのであるから,特段の事情がない限り,被告Eには,上記認定の注意義務の違反があったものというべきである。
これに対し,被告らは,上記の特段の事情として,要旨,①原告Cは,分娩室に入室した後も陣痛からくる痛みと不安から体動が激しく,F助産師は,本件胎児に対するモニタリングを試みたものの,トランスデューサが原告Cの腹壁からずれを生じたため,モニタリングを継続することは事実上不可能であった,②F助産師らは,モニタリングの代替手段として,ハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを頻回に聴取したところ,午後3時の時点では160と高かったものの,午後4時の時点では140~150,午後4時30分の時点では140台まで下がったのであり,本件胎児について胎児仮死を疑うような所見はなく 速やかに本件胎児を娩出させなければならないという状況になかった,③平成15年8月当時,被告病院には内測法によるCTGがなかったため,本件胎児について内測法によるモニタリングを実施することもできなかった,と主張するので,以下,その主張の当否を検討する。

エ まず,上記の①の点に関するF助産師の証言を検討すると,甚だ不自然かつ不合理な点が見受けられる。

(ア) まず,F助産師は,原告Cの体動が,分娩室に入室した後はもとより,その前の陣痛室にいる間にも激しかったため,原告Cを分娩台の上に乗せると転落するおそれがあると考えて,原告Cを床に敷いたマットレスの上に横臥させたと証言する。
しかしながら,もし,そうであれば,F助産師は,担当助産師であった以上,分娩室入室後も不安や不穏状態から激しい体動を示していた原告Cのそばから離れられなかったはずであるのに,F助産師が,証言において,分娩室を20分間程度離れていた旨自認しているのは,甚だ不自然といわなければならない。
なお,この点に関し,F助産師が分娩室を離れていた間も,原告Bが原告Cに付き添っていたということであるが〈証人F,原告B,同C),原告Bは十分な知識・経験を有しない単なる分娩立会者にすぎなかったことにかんがみれば,原告Cが周囲の者の制止を要するほどに激しい体動を示した場合に,原告Bが医師,助産師あるいは看護師等の指示を受けずに適切な対処ができたはずはなく,このことにかんがみれば,仮に,分娩台の上に上ると転落のおそれがあるという程度に原告Cの体動が激しかったというのであれば,たとえ原告Bが原告Cに付き添っていたにせよ,F助産師がそのそばを長く離れることができたはずはないというべきである。

(イ) また,F助産師は,原告Cの体動が頻回であったので,一体型のCTGを使用すると,トランスデューサとCTGを接続しているコードが引っ張られて,重いCTGが転倒し,原告Cに危害が及ぶ危険があったので,セパレート型のCTGを使用したとも証言する。
しかしながら,原告Cが,横臥の状態から起きあがって,分娩室内を歩き回ったり,暴れたりするというような極めて切迫した状況であればいざしらず,横臥の状態を続けている限り,仮に頻繁に寝返りを打つなどの体動をしたとしても,トランスデューサとCTGを接続しているコードが引っ張られて,重いCTGが転倒するなどとは,たやすく考えられない(F助産師自身,原告Cの体動が陣痛室にいる間から激しかったとしつつ,その際の本件モニタリングは一体型のCTGを使用して行ったと証言していることは,この点を裏付けるものである 。)。
また,そのような危険を感じさせるほどに原告Cの体動が激しかったというのであれば,原告Cの腹壁に装着したトランスデューサを,セパレート型のCTGの計測装置にコードで接続することすら,危険であったはずである(むしろ,セパレート型のCTGの計測装置が一体型のCTG本体よりも軽いのであれば,コードが引っ張られた際に倒れやすいはずである。)。
それなのに,F助産師の証言によれば,トランスデューサは,分娩直前までの間,原告Cの腹部に装着されたままであって,F助産師が分娩室を離れていた間も取り外されていなかったというのであるから,F助産師の証言の不自然性・不合理性は明らかというべきである(なお,この点に関して付言すると,F助産師は,継続的なモニタリングは,心音がトランスデューサでキャッチできる状態になればいつでも始めようと思っていたと証言しているところ,この証言に照らすと,原告Cの腹壁に装着されていたトランスデューサは,分娩直前までずっとCTGの計測装置に接続されたままであったものと考えられる。なぜなら,そうでなければ,F助産師の上記証言は甚だ了解困難なものとなるからである。)。

オ むしろ,以上の各点のほか,原告らが分娩室入室後の原告Cの体動が激しかったとの点を強く否認していることや,原告Cが,F助産師と手をつなぎながら,陣痛室から分娩室まで歩いていった後,いきなり床の上に敷いたマットレスの上に横臥するよう指示された際,不思議に思い,F助産師に対し,「分娩台に上がれます。」と言ったこと(原告C,本人調書10~11頁)を考え併せると,仮に,陣痛室にいた間の原告Cにある程度の体動が見られたとしても,F助産師及び原告Bが二人で終始原告Cに付き添い,必要な場合には相応な制止をすることができる状況が確保されていたならば,原告Cが分娩台の上から転落するという事態が発生するおそれがあったとはにわかに考え難いというべきであって,それにもかかわらず,F助産師が,分娩室入室直後,原告Cに対し,床の上に敷いたマットレスの上に横臥するよう指示し,原告Cが分娩台の上に上がれると申し出たのに,それに取り合わなかったのは,F助産師が 原告Cを分娩室に入室させた当初から当面の間,原告Cに付き添うつもりがなかったからであると推認せざるを得ない。なお,この点に関連し,F助産師が,本件モニタリングを実施した際も,20分間程度,陣痛室を離れて他の患者の処置をしていた旨証言していることも看過することができない。
そして,上記推認を前提とすれば,F助産師が,分娩立会いのために分娩室に入室した原告Bに対し,予防衣を着用するよう指示しなかったのも,他の患者の処置をしに行こうと気が急く余り,原告Bに対して上記指示をすることを失念し,しかも,原告Bが分娩室に入室した直後に分娩室を離れてしまったため,その後も原告Bにその旨の指示をし損なったからであると推認される(なお,F助産師は,昭和58年から被告病院において助産師として在職しているというベテランの助産師であって〈証人F〉,このことにかんがみれば,よほどの事情がない限り,分娩室に入室する分娩立会者に予防衣を着用させるという,助産師にとって極めて基本的な事項を失念するとはたやすく考えられない。)。

カ かえって 上記オの推認に加え,証拠〈甲B10,11,乙A1(特に,20,22頁。信用しない部分を除く。),B4(信用しない部分を除く。),B5,証人F(信用しない部分を除く),原告B,同C,被告E(信用しない部分を除く。)〉を総合すると,本件モニタリングの施行から分娩に至るまでの経過については,次のとおり認めるのが相当である。
(ア) 原告Cが原告Aを分娩した8月24日は日曜日であったことから,被告病院産婦人科病棟には,平日あるいは土曜日と異なり,担当医である被告Eが待機していたほかは,助産師3名と看護師1名が勤務するにとどまっていた。そして,その当日,被告病院産婦人科病棟には,分娩進行者が原告Cを含めて2名いたところ,原告Cの担当助産師は,同日朝の段階ではI助産師であったが,上記2名の分娩が重なったため,本件モニタリングを開始した時から,急遽,F助産師が原告Cを担当することになった。ところが,その際,F助産師は,原告Cの分娩介助のほか,他の患者の処置にも当たっていたことから,本件モニタリングを施行している間に20分間程度,その処置をしに行くために陣痛室を離れた 〈証人F,被告E〉。

(イ) F助産師は,本件モニタリングの終了後,原告Cを内診して子宮口全開大を認めたため,午後3時,原告Cに対して陣痛室から分娩室へ移動するよう指示し,原告Cは,F助産師とともに歩いて分娩室に移動した。
F助産師は,分娩室入室後,マットレスを床に敷き,原告Cに対し,その上に横臥するよう指示した。原告Cは,分娩は分娩台の上でするものだと考えていたので,その指示に驚き,不思議に思って,「分娩台に上がれます。」と申し出たが,F助産師が,それに取り合わず,再度マットレスの上に寝るよう指示したことから,原告Cは,こういう出産の仕方もあるんだな,助産師の指示なのだから大丈夫なんだなと思い,その理由を尋ねることなく,F助産師の指示に従って,上記のマットレスの上に横臥(側臥)した。〈甲B11,乙B4(信用しない部分を除く。) ,証人F(信用しない部分を除く。),原告C〉

(ウ) その後,F助産師は,分娩室内に置かれているCTGのトランスデューサを原告Cの腹壁の外に装着したが,本件胎児に対するモニタリングを開始しなかった。そして,分娩室を出て原告Bを探しに行き,約5分後に原告Bを連れて再び分娩室に入室したが,その際,F助産師は,できるだけ早く他の患者の処置をしに行こうと考えて気が急く余り,原告Bに対して予防衣を着用するよう指示することを失念し,そのため,原告Bは普段着のままで分娩室に入室することになった。
そして,F助産師は,原告Bに対し,側臥位の原告Cの臀部のそばの床に座るよう指示し,原告Cが力んだ時に胎児を奥に押し戻すような感じで臀部を押さえるように,と指示し,自らそのやり方をやって見せた。そして,原告Bがそのやり方を飲み込むや,F助産師が他の患者の処置をしに行くために分娩室を離れてしまったことから,原告Bと原告Cは,分娩室に二人きりで取り残されることとなった。なお,F助産師は,原告Bに対し,手袋を着用することすら指示しなかった。
原告Bは,なぜ,まさに生まれ出ようとしている子供をわざわざおなかの中に戻すようなことをするのか,自分がしていることの意味を理解できないまま,F助産師に指示されたとおり,原告Cが力むたびに,その臀部を押し続けた。
そして,F助産師は,二,三十分ほどした後,分娩室に来て,原告C及び同Bに対して声を掛けたが,すぐにまた分娩室を離れた 〈甲B10,11,乙B4(信用しない部分を除く。) ,証人F(信用しない部分を除く ,原告B,同C〉)。

(エ) F助産師は,午後4時ころ,ようやく他の患者の処置を終えて分娩室に戻り,マットレスの上に側臥位で横臥していた原告Cに対し,仰臥位になるよう指示して内診をしたところ,即座に本件胎児の児頭が排臨の状態にあることを認め,直ちに分娩介助の準備を始めた。そして,原告Bに対し,今後は,原告Cの頭の側に座って分娩を援助するよう指示した。その後,I助産師や看護師も分娩室に入室して原告Cの分娩介助に関与するようになった。
ところで,F助産師は,分娩室入室直後,原告Cの腹壁に装着しておいたトランスデューサを使用して本件胎児に対するモニタリングを開始しようと考えて,CTGのスイッチを入れ,トランスデューサの位置を変えたものの,その装着状態が適切でなかったため,本件胎児の心音をとらえることができなかったが,トランスデューサを装着し直そうと試みることなく,本件胎児に対するモニタリングを実施しないままの状態で,分娩を進行させた。

(オ) 被告Eは,午後4時30分ころに分娩室に入室したが,その際,CTGから本件胎児の心音が発せられておらず,モニタリングが行われていないことを認識したが,分娩の進行がまもなく児頭の発露を迎えるという状況であったことから,F助産師らに対し,あえてその理由を問い質すことをせず,また,直ちにモニタリングを開始するように指示することもしなかった。

(カ) 午後5時近くになってJ助産師も分娩室に入室し,その後間もなく,原告Cは原告Aを分娩した。〈甲B10,11,乙A1,B4(信用しない部分を除く。),B5, 証人F 信用しない部分を除く。),原告B, 同C, 被告E(信用しない部分を除く。)〉
以上のとおりである。

キ 上記認定に対し,F助産師は,いくつかの点において上記認定と異なる内容の証言をしているので,そのうち特に重要と考えられる6点につき,その証言の信用性について検討する。

(ア) 第1に,F助産師は,原告Bに予防衣を着用させなかったのは,とにかく原告Cの側に早めに行ってもらいたかったからであると証言するが,前記エ判示のとおり,F助産師がその後分娩室を離れたことに照らすと,その当時,原告Cがそれほど切迫した状況にあったかは疑問であり,この点については,前記オ認定のとおり,F助産師は,他の患者の処置をしに行くことに気が急く余り,原告Bに対して上記指示を失念したものと推認するのが相当である。

(イ) 第2に,F助産師は,分娩室を離れていた時間は20分間ほどであったと証言するが,信用しない。
なぜなら,F助産師が,原告Cが分娩室に入室した午後3時から本件胎児の排臨が確認された午後4時までの間,約40分間(=60分-20分)もの相当な長時間にわたって分娩室の中にとどまっていたのであれば,いまだ普段着のまま分娩援助を続けている原告Bに対し 速やかに予防衣及び手袋を着用するよう指示したはずだからであり,実際にはそうでなかった以上,F助産師は,午後3時から午後4時までの間,ほとんど分娩室にとどまっていなかったものと推認するのが相当である。

(ウ) 第3に,F助産師は,原告Bに対して臀部を押すように指示したのは,直腸の圧迫による怒責を軽減することを目的としたものであると証言するが,信用しない。
なぜなら,原告B及び同Cが,F助産師は上記認定のような指示をした旨明確に供述しているばかりでなく,これまでにもいくつか指摘したように,F助産師は本件訴訟において極めて不自然・不合理な証言を繰り返しているのであって,このことにかんがみると,上記証言もたやすく信用できないというほかないからである。
むしろ,分娩当日が日曜日であって,被告病院産婦人科病棟において勤務していた助産師及び看護師の数が少なかったこと,そもそも,原告Cの担当助産師は,朝の段階ではI助産師であったにもかかわらず,他の分娩が重なったため,急遽,本件モニタリングを開始した時からF助産師が原告Cを担当することになったという経緯,F助産師が,原告Bに対して予防衣や手袋を装着するよう指示することを失念するほど,他の患者の処置をしに行くことに気が急いていたこと,F助産師が午後3時から午後4時までの間,ほとんど分娩室にとどまっていなかったことなど,諸般の事情を考慮すれば,F助産師が他の患者の処置に手を取られていたことから,原告Cの分娩介助を先延ばしにしよう(換言すれば,本件胎児の分娩をできるだけ遅らせよう)と考えて,上記認定のような指示をしたということは,十分にあり得ることというべきである。

(エ) 第4に,F助産師は,午後3時に分娩室に入室後,直ちに原告Cにトランスデューサを装着し,心拍数の計測を試みたが,原告Cの体動によって,トランスデューサと腹壁にずれが生じて正確な心音をとることができなかったと証言するが,信用しない。
その理由は,前記エ及びオにおいて検討したように,原告Cの体動が激しかったということ自体がにわかに信用できないということに加え,パルトグラム(乙A1の22頁)のCTG欄をみると,午後4時から午後5時にかけての部分に斜線が引かれ,そのすぐ下に「体動著明にてFHR記録不可」という記載があることが認められ,このような記載にかんがみれば,原告Cの体動が著明であったか否か の点はともかく,F助産師が,分娩室入室後,本件胎児についてモニタリングを開始しようとしたのは午後4時(すなわち,F助産師が他の患者の処置を終え,分娩室に戻って原告Cの分娩介助に取りかかろうとした時点)であったと推認されるからである。
しかも,前記(イ)認定のとおり,F助産師が午後3時から午後4時までの間ほとんど分娩室にとどまっていなかったことにかんがみれば,F助産師が,他の患者の処置を終えるまでは原告Cや本件胎児の状態を同時的に観察することができないから,その間はモニタリングをするまでもないと考えたと推認しても,特に不自然・不合理ではないとも考えられるからである。

(オ) 第5に,F助産師は,午後4時以降はハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを30回以上測定したと証言するが,信用しない。
その理由は,次のとおりである。すなわち,上記パルトグラム上の「体動著明にてFHR記録不可」という記載の下には「FHRのみ頻回にチェック FHR良」との記載(なお,F助産師の証言によると,上記の記載をしたのは同助産師であったとのことである。)があるものの,パルトグラムには,午後4時におけるFHRが約150,午後4時30分におけるFHRが約140と記録されているほか,その具体的な測定結果が何ら記載されていない。また,原告B及び同Cは,分娩室にいる間にハンドドップラーが使用されたことは全くない,そもそも分娩室においてハンドドップラーを見た覚えはない旨,明確かつ断定的に証言している。さらに,そもそもハンドドップラーによって本件胎児のFHRが聴取できたのであれば,CTGのトランスデューサをその聴取可能部位に装着し直せば,それで足りたはずであり,また,その方が,連続的に計測ができるという意味でも,FHR基線の高低や一過性徐脈の有無を確認できるという意味でも,さらには,FHRの計測のたびにハンドドップラーを心音聴取可能部位にあてがわなければならないという手間を省くという意味でも,よほど望ましかったはずなのに,F助産師が午後4時ころにモニタリングに失敗した後,CTGのトランスデューサを装着し直そうとした形跡も,証拠上窺われない(なお,この点,F助産師は,ハンドドップラーを使用したのは,トランスデューサが胎児の下降によって腹壁にうまく密着しないことがあったことに加え,ハンドドップラーの方が感度がよいからであると証言するが,たやすく首肯できない。)。
したがって,上記の「FHRのみ頻回にチェック FHR良」という記載,ひいては,パルトグラムにある午後4時におけるFHRが約150,午後4時30分におけるFHRが約140という記録は,信用できないというべきである。
なお,この点に関して付言すると,パルトグラムには,午後3時におけるFHRが160であった旨の記録があるが,F助産師の証言によれば,午後3時の時点でモニタリングを試みたが,計測できなかったというのであり,かつ,ハンドドップラーを使い始めたのは午後4時以降であったというのであるから,上記の午後3時におけるFHRの記載ができたはずはなく,したがって,午後3時におけるFHRが160であった旨の記録も信用しない。

(カ) 最後に,F助産師は,分娩室入室後にCTGによるモニタリングができなかった理由につき,原告Cの体動が激しかった上,原告Cが側臥位になっていたことや,本件胎児が下降してきたことから,トランスデューサと腹壁のずれが生じやすくなったからであると証言するが,陣痛室において原告Cにある程度の体動が見られたというのに,本件モニタリングが可能であったこと,被告Eが,午後4時30分以降に原告Cが暴れたことはなく,CTGによるモニタリングは可能であったかもしれないと供述していることや,これまで検討したところを踏まえると,この点も,たやすく信用することができない。
かえって,証拠〈乙A1の29~31頁〉によると,F助産師が実施した本件モニタリングの際の計測記録においても,心拍数図及び子宮収縮曲線が明確に描出されなかった部分があること(すなわち,トランスデューサの装着が適切でなかったこと)が認められるのであって,このことにかんがみれば,分娩室入室後にCTGによるモニタリングができなかった理由は,むしろ,F助産師の手技に問題があったからであると評せざるを得ないというべきである(この点,証拠〈甲B3〉によると,トランスデューサを適切に装着することは,専門家である産婦人科医や助産師にとっても必ずしもたやすいことではなく,相当に高度な手技であることが窺われる。)。

ク そして,上記エからキまでの検討を踏まえると,前記ウ記載の特段の事情に関する被告らの主張は,いずれも失当であるというべきである。
すなわち,被告Eの管理の下で原告Cの分娩介助を担当していたF助産師は,分娩室に入室した原告Cにトランスデューサを装着したものの,直ちにモニタリングを開始しようとしなかったばかりか,午後4時までの間,分娩室で原告Cに付き添っていることがほとんどなく,原告Cの様子を観察することすら怠ったのであり,しかも,午後4時になってモニタリングを開始した際,トランスデューサが適切に装着されていなかっために本件胎児の心音をとらえることができなかったのに,それを装着し直そうとせず,本件胎児に対するモニタリングをしないままの状態で,分娩を進行させたものである。したがって,原告Cの体動が激しかったために本件胎児に対するモニタリングが実施できなかったという被告らの主張は,到底採用できるものではない。
そして,F助産師らがハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを頻回に聴取したとの主張が採用できないことは,前記キ(オ)認定のとおりである。
また,被告らは,被告病院には,平成15年8月当時,内測法によるCTGがなかったと主張するが,上記経緯に照らせば,そもそも内測法によらなければモニタリングを実施できなかったという状況が認められないのであるから,この点の主張は,そもそもその前提を欠くというべきである。
したがって,被告Eには,本件モニタリングにより,本件胎児のFHR基線が160を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していることが判明したのであるから,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性を考慮し,原告Cが分娩室に入室した午後3時以降,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察し,その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細変動も減少,消失しているおそれがあると認めたときは,急速遂娩をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,原告Cが午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するまでの間,本件胎児に対する継続的なモニタリングをしなかったという過失があったものと認められる。

(中略)

ウ なお,便宜上,ここで原告Aの出生後のアプガースコアの点について検討する。

(ア) 証拠〈乙A1,2〉によると,原告Cに係る助産記録には,原告Aの1分後及び5分後のアプガースコアがいずれも合計7点 心拍数2点 心拍数が100以上,呼吸2点〈良好〉,筋緊張1点〈四肢やや屈曲〉,刺激反応1点〈顔をしかめる〉,皮膚色1点〈末梢チアノーゼ〉との記載があり,その点数が,被告病院において作成された原告C及び同Aのカルテの各所に引用されていることが認められる。
なお,F助産師の証言によれば,原告Aの出生1分後のアプガースコアを記録したのも,同助産師であったとのことである。

(イ) しかしながら,前記ア(ア)の認定によれば,原告Aは,出生直後,自発呼吸が見られず,皮膚の色も蒼白であったというのであり,また,分娩に立ち会った原告Bが,要旨,出生直後に誰かが原告Aを抱いていった時,原告Aの手足がだらっとしていたのを覚えている旨供述したこと(本人調書40~41頁)を考え併せると,出生直後の原告Aのアプガースコアは,呼吸,筋緊張及び皮膚色の点数がいずれも0点(呼吸はなし,筋緊張はぐったり,皮膚色は蒼白)であったものと認められる。
そして,出生1分後のアプガースコアというのは,要するに出生直後のアプガースコアという意味で理解するのが一般的であると考えられることにかんがみると,心拍数及び刺激反応の各点数を考慮しても,原告Aの出生1分後のアプガースコアは合計3点以下(重症仮死)であったものと推認するのが相当である。

(ウ) さらに,前記アの認定によれば,原告Aは,自発呼吸を始めるようになった後も,呼吸(啼泣)は弱く,四肢のチアノーゼも残っていたというのであるから,呼吸及び皮膚色はいずれも1点(呼吸については弱く不規則)にすぎなかったというべきである。そして,心拍数は1分間当たり158回前後であったというのであるから,心拍数の点数は2点であったと認められるものの,助産記録におけるアプガースコアの記載によっても,筋緊張及び刺激反応の各点数はいずれも1点(もっとも,実際には0点であったという可能性は,たやすく否定できないというべきである。)であったというのであるから,出生5分後には既に原告Aが自発呼吸を始めていたと仮定しても,その時点におけるアプガースコアは合計6点(軽症仮死)であったはずである。

(エ) したがって,前記(ア)記載の助産記録その他被告病院において作成されたカルテ等に記載された原告Aのアプガースコアは,信用性が極めて乏しいというべきである。


(4) 原告らの主張エ(因果関係)について

ア これまでの検討を要するに,本件胎児(すなわち原告A)は,出生前には,当日午前のモニタリングの段階での状態は良好であり,また,本件モニタリングの段階でも軽度頻脈を呈し,低酸素状態に至っていた可能性が否定できないとはいえ,基線細変動は減少,消失しておらず,また,変動一過性徐脈の程度が中等度で,必ずしも頻発しておらず,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったというのに,出生後には,低酸素性虚血性脳症に陥って脳性麻痺に至ったというのである。
以上の経過にかんがみれば,原告Cが分娩室に入室した午後3時から分娩に至った午後5時までの間に,本件胎児が低酸素症・代謝性アシドーシスに陥ったことは明らかである。したがって,被告Eは,午後3時以降直ちに本件胎児に対するモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察していたならば,その間に本件胎児の状態が悪化していることを認識することができたものと推認される。

イ そして,原告Aが低酸素症・代謝性アシドーシスに陥った原因については,午後3時から午後5時までの間においてCTGによるモニタリングが施行されなかったことも相まって,いくつかの想定が可能であるとしても,特定は甚だ困難であるといわざるを得ないが,その原因がいずれであったにせよ,前記前提事実3(4)の事実 証拠〈乙A1,2,被告E,鑑定人(鑑定書6頁)〉及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは40週6日で出生した体重3488gの成熟児で,分娩時間も20時間4分にとどまっており,分娩前の母体及び胎児のリスク因子は全く認められず,さらには,分娩直前又は分娩中に子宮破裂,常位胎盤早期はく離,臍帯脱出,母体心肺停止,大量出血を伴う前置血管又は胎児母体間輸血など急性低酸素状態を来すような事象も起こらなかったことに加え,本件モニタリングの計測結果によれば,本件胎児の中枢に障害が生じるまでには至っていなかったものの,午後3時前から本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できず,その後,その状態が更に悪化するおそれがあったこと,及び,原告Cの子宮口全開大から分娩までに約2時間を要したことに照らすと,原告Aの脳性麻痺の原因となった低酸素状態が相当な長時間にわたって継続した可能性が高いというべきであるから,被告Eが,モニタリングにより本件胎児の状態が悪化していることを認識した時点で,速やかに吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術等の急速遂娩術を施行して,本件胎児を早急に娩出させていたならば,原告Aが脳性麻痺を発症しなかったという高度の蓋然性があったものと推認するのが相当である。」


同判決は,被告らの寄与度減額あるいは過失相殺の主張を退けました.

「3 争点3(寄与度減額あるいは過失相殺の当否)について
被告らは,午後3時以降に本件胎児についてモニタリングを実施できなかったのは,原告Cの体動が激しかったからであるとして,その点を考慮した寄与度減額あるいは過失相殺がなされるべきであると主張するが,前記2(2)カ及びキ(カ)において認定したとおり,午後3時以降に本件胎児に対するモニタリングが実施されなかったのは,そもそも,F助産師が午後4時までモニタリングをしようとしなかったことが根本的な原因であり,また,午後4時以降にモニタリングができなかったのも,同助産師に手技上の問題があったと評すべきであるから,被告らの上記主張は,採用しない。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-21 09:43 | 医療事故・医療裁判