弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

吸引や鉗子ではなく,帝王切開を選択すべき注意義務 青森地裁弘前支部平成14年4月12日判決

青森地裁弘前支部平成14年4月12日判決(裁判官 佐藤哲治)は,「4時20分頃は,子宮口の開大が7から8cm,児頭の下降位置がステーション+1か2位の段階であったというのであるから,経膣分娩を続行した場合には相当の時間が掛かることが予測されること,X2が初産で,過期妊娠かつ肥満妊婦であったこと,巨大児と予測され児頭骨盤不均衡の疑いがあったこと(前記(1)のとおり,ボーダーライン骨盤胎児不均衡であったものと解される。),羊水が少なく,E3やhPL検査により,胎盤機能不全のおそれもあったこと等を加えて判断すれば,急速遂娩として,吸引や鉗子ではなく,帝王切開を選択すべきであったものと解される。」と判示し,帝王切開をすべき注意義務を怠った注意義務違反(過失)があったものと認めました.
急速遂娩の方法選択について参考になる判決です.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「(2) ダブルセットアップ及び帝王切開を行わなかった義務違反について

① 前記1(5)⑤認定のとおり,4時15分から25分にかけて,分娩監視装置による胎児心拍数図で徐脈が生じた。これが胎児仮死を示すものかどうか争いがある(高度変動一過性徐脈であれば,胎児仮死の徴候といえるが,軽度変動一過性徐脈であれば,胎児仮死とは認められない。)。

② 胎児心拍数図(甲6の3の77頁から96頁に,午前2時20分ころから5時15分頃までのそれがあり,90頁から91頁が,4時15分から25分頃までを示している。)によれば,この頃,分娩監視装置にノイズが入り,上下に大きく振れていて,正確な胎児心拍数が必ずしも明確になっていないものの,分娩に立ち会ったC医師が「分娩監視装置所見用紙(甲6の3,76頁)」の「variable」に丸をして,「severe」と手書きで加えていることからして,同医師が高度変動一過性徐脈であると認識していたこと(なお,4時45分以降の徐脈は,持続性徐脈であってこれとは異なる。),事後的に被告Y2が作成した文書(甲4)に「分娩監視装置の記録から,4時20分の時点では胎児仮死が起こっていたと考えられ」との記載があること,この文書は,被告Y2がD院長と相談して作成したものであること,産婦人科医であるD院長が証人尋問において,4時15分頃のモニターグラフからすると,高度一過性変動徐脈がみられ,胎児仮死の存在が強く示唆される所見であると証言していること(同時に,その時点で,胎児仮死の点を考え帝王切開を選択することは,当然考慮されるべきであったとも証言している。),鑑定書においても,「午前4時15分から25分までの10分間のモニターの示す所見は,放置できない」としていること,鑑定人も証人尋間で,モニターの所見から,その時点で高度変動一過性徐脈が生じていたことを認めていること,被告Y2はその時点で酸素吸入を開始したことが認められ,以上の事情を考慮すれば,4時20分頃の時点で,高度変動一過性徐脈が認められたものと解される。そして,高度変動一過性徐脈は,重症胎児仮死の徴候の一つであるから,胎児仮死に対する処置を行うべきである。

③ これに対し,被告Y2は,本人尋問で,変動一過性徐脈は高度ではなく,中程度であったこと,その後酸素吸入により,徐脈が消失したので,経膣分娩を継続したと供述する。
また,鑑定人は,急速遂娩には帝王切開と経膣的な鉗子又は吸引があるが,胎児の状態,分娩進行状態,その施設の体制すなわち帝王切開を準備し執刀するまでの予想所要時間,手術スタッフ,麻酔医の招集の可能性などを総合的に判断し,担当医が裁量で急速遂娩を選択したものであって,産婦が21才と若年であること,帝王切開を準備する間胎内蘇生で放置することの有効性,児頭がおそらく濶部以下まで下降していること等から,経膣急速遂娩を選択した担当医の判断は必ずしも不当ではなかったとしている。

④ しかし,高度変動一過性徐脈とは,心拍数が減少したときの最小心拍数が60bpm未満のもの又は減少持続時間が60秒以上のものをいうとされているところ,4時20分頃の心拍数図はノイズが入ったため,必ずしも明確ではないが,60bpmに近いところまで減少しているときや60秒以上に渡って減少が持続したとみられるときもみられることや,①記載のような事情に照らすと,高度変動一過性徐脈でないという供述は採用できない。

⑤ また,たしかに,鑑定人が指摘するように,急速遂娩としてどの方法を選択するかは,分娩の経過や当該病院の人的,物的設備等を総合考慮して担当医が裁量で判断するものであるが,母体や胎児に最も悪い影響の生じないような方法を選択すべきものである。高度変動一過性徐脈が酸素投与により消失したとしても,その出現後急速遂娩までの時間が25分以内はアプガー良好,40分以上はアプガー不良になるといわれているところ(甲9),4時20分頃は,子宮口の開大が7から8cm,児頭の下降位置がステーション+1か2位の段階であったというのであるから,経膣分娩を続行した場合には相当の時間が掛かることが予測されること,X2が初産で,過期妊娠かつ肥満妊婦であったこと,巨大児と予測され児頭骨盤不均衡の疑いがあったこと(前記(1)のとおり,ボーダーライン骨盤胎児不均衡であったものと解さ
れ。),羊水が少なく,E3やhPL検査により,胎盤機能不全のおそれもあったこと等を加えて判断すれば,急速遂娩として,吸引や鉗子ではなく,帝王切開を選択すべきであったものと解される。このことは,事後的ではあるが,前記2(2)(4)のとおり,被告Y2やD院長が認めるところである。

⑥ なお,B病院では,本件当時,30ないし60分で帝王切開に必要な麻酔科医,産婦人科医師,看護婦等の呼び出し等や手術室,手術器具等の準備が可能であったというのであるが(証人D,被告Y2),その間は,子宮内蘇生処置(母胎酸素吸入,母胎体位変換,内診等)を行う必要がある。

⑦ 以上によれば,被告Y2は,4時20分頃,帝王切開をすべき注意義務があったのに,それを怠った注意義務違反(過失)があったものと認められる。

(3) その余の過失の有無を判断するまでもなく,被告Y2には過失が認められる。なお,(2)認定の事実によれば,被告Y2は,4時20分頃分娩監視装置で高度変動一過性徐脈,胎児仮死を看過すべきでないという注意義務違反も認めることができる。」


同判決は,「鑑定書では,胎児仮死の時期は不明であるとしているが,(中略)4時20分頃に高度変動一過性徐脈が生じていて4時45分まで順調であったとはいえないこと,その他,分娩の経緯を考慮すると,Aの脳性麻痺は,分娩時の低酸素症によるものとの高度の蓋然性があると認められる(鑑定人がいうその他の原因は漠然としており,具体的に明らかになっているものはない。)。」と判示し,因果関係を認めました.

5 被告Y2の過失とAの脳性麻痺及び死亡との因果関係について

(1) 午前4時20分頃までは順調に分娩が進行していたのであり,胎児仮死をうかがわせる事情はみられなかった。ところが,被告Y2は,その後,高度変動一過性徐脈が生じ,低酸素症による胎児仮死の徴候がみられたにもかかわらず,帝王切開ではなく,4時45分から吸引分娩を施術し,なかなか児頭が下降しない状態で,5時5分頃,クリステレルを並行して施術した上,オキシトシンOを筋肉注射して,5時15分に娩出した。
出生時,自発呼吸はなく,チアノーゼ・蒼白で,筋緊張が全くなく,刺激反応は全くなく,心拍数徐脈という重症仮死(仮死II度)であった。アプガースコアは生後1分後1点,生後5分後3点であった。出産時,左鎖骨骨折があり(肩甲難産であったものと認められる。この事実を被告Y2は認めている。),体便吸引症候群もあり,産瘤と頭血腫がみられた。臍帯血液のph=6.815,BE(酸塩基平衡)=一24.6と重症のアシドーシスが認められた。羊水混濁も認められた。
その後,痙攣,昏睡がみられ,腎不全,消化管不全,気管支炎,結膜炎等の多臓器不全もみられた(甲6の4)。

(2) これら事実によれば,Aの脳性麻痺の原因は,分娩時の低酸素症によるものと解することが相当である。

(3) そして,4時20分の時点で,子宮内蘇生処置をしつつ,帝王切開の準備を行っていれば,4時45分までの胎児心拍数が安定していたこと等からして,新生児仮死に陥らなかった可能性が高く,因果関係は認められる。
なお,被告Y2が行った娩出方法については,吸引分娩が15回も行われ多すぎること(鑑定人も,証人尋問において,15回であれば「常識外」であり,試験分娩が不成功であると証言している。),吸引分娩は原則として子宮口が全開大になってから行うべきところ,それ以前に行っていること,4時45分から5時5分まで20分吸引したにもかかわらず,なかなか児頭が下降していなかったこと,クリステレルを併用していること,左鎖骨骨折を生じていること,原則として点滴で用いるべきアトニンOを筋肉注射で行っていることなど,適切でない方法が散見され,混乱状態であったことがうかがえるとともに,娩出を急ぐあまり,胎児に相当のストレスを生じさせたものと解され,これら娩出方法が低酸素症を悪化させ,重症の仮死を生じさせたものと解される。

(4) 鑑定書では,胎児仮死の時期は不明であるとしているが,その根拠は,4時45分までは順調な分娩進行であったということ,分娩開始前に中枢神経系に「先天的」に微細な出血が既存既発していなかったか鑑別ができないこと,脳性麻痺の原因が分娩時の一過性の低酸素症による仮死がすべてではないことを根拠としているが(証人尋間でも同様の証言をしている。),前記のとおり,4時20分頃に高度変動一過性徐脈が生じていて4時45分まで順調であったとはいえないこと,その他,分娩の経緯を考慮すると,Aの脳性麻痺は,分娩時の低酸素症によるものとの高度の蓋然性があると認められる(鑑定人がいうその他の原因は漠然としており,具体的に明らかになっているものはない。)。

(5) よって,被告Y2の過失により,Aの脳性麻痺が生じ,これを原因として死亡したものと因果関係を認めることができる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-21 22:50 | 医療事故・医療裁判