ウイルスによる代償性肝硬変患者の腫瘍マーカー検査,腹部超音波検査の間隔 札幌地裁平成17年11月18日判決
肝がんのリスクの高いウイルスによる代償性肝硬変患者の腫瘍マーカー検査,腹部超音波検査の間隔について参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「(1)争点1(被告Gの過失)について
ア 検査の不履行について
(ア)亡Eは,B型肝炎ウイルスによる代償性の肝硬変であり,肝がん(特に,肝細胞がん)発生の危険性の高い状態にあったのであるから,医師として,肝がんの発生につき,注意を怠ってはならない患者であったというべきである。
したがって,被告らは,亡Eに対して,肝がん発生の早期発見のため,AFP,PIVKA-Ⅱの検査及び腹部超音波検査などの画像診断を定期的に実施する必要があったというべきである。
そして,昭和62年ころの無治療の肝がんの自然経過から発育速度を検討した報告から,当時の腹部超音波検査で確実に検出される2cmから根治治療が期待される3cmまでの腫瘍径の発育期間が平均3か月の経過をたどる例が90%以上という結果を得られていたことや,ダブリングタイムの計算の研究をはじめとする報告からも,発育速度の速い肝がんでもほとんどの例で3か月に1回の腹部超音波検査で腫瘍径2cmから3cmの早期肝がんとして診断され得ること等を根拠として,平成11年当時,肝がんのハイリスクグループに対しては,少なくとも3か月に1度の腹部超音波検査を行うことが一般的となっており,また,AFP及びPIVKA-Ⅱの腫瘍マーカー検査についても,肝がんのハイリスクグループに対しては,1から2か月毎に行われることが一般的となっていたことが認められる。(甲B1,3ないし9,13ないし16,20,23ないし25,原告B)
これらのことからすれば,被告Gは,亡Eに対して,平成11年当時の医療水準として,AFP及びPIVKA-Ⅱの腫瘍マーカー検査については,少なくとも2か月に1度,腹部超音波検査については,3か月に1度の頻度で行う注意義務を負っていたと認められる。
(イ)そこで,平成11年当時,前記の検査が亡Eに対して行われているかにつきみるに,腫瘍マーカーの検査については,平成10年12月24日にAFP検査が行われた後,平成11年7月30日にAFP検査が行われるまで約7か月の間行われておらず,腹部超音波検査については,平成10年10月29日に実施された後,平成11年12月25日にI病院において実施されるまで約14か月の間実施されていなかったのであって,被告Gは,前記注意義務に違反したというべきである。
(ウ)被告らは,この上記3か月に1度という腹部超音波検査の頻度につき,かかる頻度での検査は必要ないと主張し,被告Gは,陳述書(乙B12)において,肝がんのダブリングタイムを90日とした場合,見落としを考慮しても,年2回の超音波検査で平成11年当時に発見可能であった腫瘍径5mmから2cmになる間にかなりの確率で肝がんを発見できると陳述している。
しかしながら,肝がんの発育速度については,症例によって差があるところ,上記被告Gの見解は,発育速度が速い肝がんについて考慮されておらず,採用できない。
また,被告らは,原告らの主張する検査の頻度は,C型肝炎ウイルスによって肝硬変になった患者に対する肝がんの検査基準であり,B型肝炎ウイルスによる肝硬変とそれによるがん化との相関関係はないか,あっても低度であって,亡EがB型肝炎ウイルスによる肝硬変であったことから直ちにC型肝炎ウイルスによる場合と同様の頻回の検査をすべきことにはならないと主張し,被告Gは,C型肝炎ウイルスによる肝硬変については,現在,年4度の超音波検査,2か月に1度のAFP検査を行うべきだと言われているが,亡EのようなB型肝炎ウイルスによる肝硬変患者については,C型肝炎ウイルスによる患者の場合と同様の頻回の腫瘍マーカー検査や腹部超音波検査をすべきということにはならないと陳述する。
しかし,確かに,B型肝炎ウイルスによるがん化の機序とC型肝炎ウイルスによるがん化の機序は異なることが認められるものの(甲B9,25,乙B12,原告B,被告G),亡EのようなB型肝炎ウイルスによる肝硬変患者の肝がん発生の危険性が高いことには変わりはないのであって,C型肝炎ウイルスによる肝硬変との問で,検査頻度につき異なる基準を設けることが妥当するほどの肝がん発生の危険性に差があることを認めるに足りる証拠はなく,上記被告Gの見解は採用できない。
次に,被告らは,亡Eは,少なくとも平成2年の来院時の10年前からB型肝炎ウイルスの検診でB型肝炎であると言われたが,そのまま治療,検査はしておらず,その後平成2年から10年間にわたり,検査をしても肝がんは発生しなかったのであるから,C型肝炎ウイルスによる肝硬変の患者と違って,頻回に検査をすべきということにはならないと主張する。
しかし,B型肝炎ウイルスによる肝硬変の場合,C型肝炎ウイルスによる肝硬変の場合と異なり,時が経つほど肝がん発生の危険性が高まるとは認められないものの,逆にその危険性が低くなるとも認めることはできないのであって(甲B9,乙B10),平成11年当時においても,亡Eが肝がんの発生の危険性は依然高い状態であったというべきであり,被告らの主張は採用できない。
さらに,被告らは,B型肝炎ウイルスによる肝硬変の患者に対しては,どこの病院でも血液検査や年二,三回のAFP,年2回程度の超音波検査を行って,これにより異常が認められたときに更なる検査を行っているのが実情であると主張するが,この主張を事実と認めるに足りる証拠はなく,かかる主張を認めることはできない。
被告らは,被告Gが平成11年夏に亡Eに超音波検査を勧めたが,断れた経過があると主張し,被告Gは,その本人尋問において超音波検査を同年6月28日に勧めたとその主張に沿う供述をしている。
しかし,このような事実があったことを裏付ける証拠はないし,医師は,患者から必要な検査を断られた場合,患者に対して,その検査の重要性や検査を受けないことによるリスク等を十分に説明すべきであるところ,被告Gが亡Eに対して,そのような説明を行ったとも認められない上,一度検査を断られたことが亡Eのその後の受診等の機会に検査を行わないことを正当化する事由となるものでもない。
イ 肝がん発生の徴候の看過について
(ア)亡EのAFP値は,平成10年12月24日の検査では2.7と正常値であったが,約7か月後の平成11年7月30日では92.8と前回の30倍以上の異常値となっていたところ,被告Gは,平成11年7月30日の次の受診日である同年8月30日までには,この数値を認識していたのであるから,亡Eに対しては,前記のとおり,腹部超音波検査は,平成10年10月29日以降行われていなかったことも考慮すれば,被告Gには,この時点において,肝がん発生の可能性を疑い,速やかに腹部超音波検査,CT検査等を実施する注意義務があったというべきである。
しかしながら,被告Gは,平成11年11月4日にAFP検査等を行うまでの間,肝がんの発生を想定した検査を何ら行っていないのであるから,被告らは上記注意義務に違反したというべきである。
(イ)この点,被告らは,平成2年の亡Eについての検査値を基に,その当時の検査値と平成11年7月30日の検査値が似ており,平成2年のときには,肝がんでなかったのだから,平成11年7月30日の検査によるAFP値の上昇を肝がんの徴候でないと判断したことに過失はないと主張する。
しかしながら,当時においても依然肝がん発生の危険性の高かった亡Eについて,単に過去の検査値と似ているからといって,平成11年7月30日の検査によるAFP値の上昇が肝がんの発生によるものではないとした判断に合理性があるとは認められず,被告らの主張は採用できない。」
同判決は,「ダブリングタイムの計算の研究をはじめとする報告から発育速度の速い肝がんでもほとんどの例で3か月に1回の腹部超音波検査で腫瘍径2cmから3cmの早期肝がんとして診断され得ることが根拠とされていることに照らせば,被告らが,亡Eに対して,平成11年当時において,AFP及びPIVKA-Ⅱの腫瘍マーカー検査については,少なくとも2か月に1度,腹部超音波検査については,3か月に1度の頻度で行うとの注意義務を尽くしていれば,亡Eにつき,肝がんを早期の状態で発見し得る高度の蓋然性があったと認められる。」と判示して,因果関係を認めました.
「(2)争点2(因果関係について)
ア 原告らは,被告Gが平成11年8月30日の時点で亡Eの肝がん発生の徴候を看過せず,腹部超音波検査を行っていれば,肝がんを発見することが可能であり,その後,肝がんの大きさが2cmを超える前に治療を開始することが可能であったとして,亡Eの延命の可能性が十分にあったと主張する。
しかし上記主張は,亡Eの肝がんの大きさが平成11年8月30日の時点で10mm程度に過ぎなかったことを前提にするものであるが,その事実を認めるに足りる証拠はない。
この点,被告Gは,その陳述書において,平成11年12月25日にI病院において行われた腹部超音波検査において発見された亡Eの肝がんの大きさが9.7cm×7.4cmであったこと,平成12年1月13日に被告病院で行われた腹部超音波検査においては,15cmであったことを前提に,亡Eの肝がんについて,ダブリングタイムを約10日であると計算し,そのダブリングタイムを前提に,平成11年9月1日の時点て亡Eの肝がんの大きさは6.7mmであったと計算している。しかしながら,上記両検査が,同一の機器による検査でないことからすれば,10日というダブリングタイムの正確性には疑問が残る上,そもそも被告Gは,同一症例におけるがんの発育速度が一定であること前提として平成11年9月11日時点の肝がんの大きさを計算していると認められるが,同一症例でのがんの発育速度が一定であるとの事実を認めることはできない(甲B9,15,20,原告B)。
以上によれば,平成11年8月30日の時点で亡Eの肝がんが10mm程度に過ぎなかったことを前提とする原告らの亡Eの延命可能性についての主張は採用できないというべきである。
イ もっとも,当時,腹部超音波検査によって5mm前後の肝がんが発見可能とされていたことや,3か月に1度という腹部超音波検査が必要とされる頻度が,ダブリングタイムの計算の研究をはじめとする報告から発育速度の速い肝がんでもほとんどの例で3か月に1回の腹部超音波検査で腫瘍径2cmから3cmの早期肝がんとして診断され得ることが根拠とされていることに照らせば,被告らが,亡Eに対して,平成11年当時において,AFP及びPIVKA-Ⅱの腫瘍マーカー検査については,少なくとも2か月に1度,腹部超音波検査については,3か月に1度の頻度で行うとの注意義務を尽くしていれば,亡Eにつき,肝がんを早期の状態で発見し得る高度の蓋然性があったと認められる。
仮に,亡Eについて,早期の状態で肝がんが発見されていた場合,亡Eの肝臓の機能が良好に保たれていたことなどから見て,肝切除術も適切な治療法として実施可能であったと認められ,そして,この肝切除術がされた場合の延命の効果については,がんの大きさ等によって異なるものの,亡Eにつき3cmの以下の状態で発見されていたとすると,長期にわたる延命につながる可能性が高かったことが認められる。(甲B12,21,25,原告B)
また,腫瘍の大きさが3cm以下で個数が3個以下の肝がんに治療の適応があるとされるエタノール注入療法も,3cm以下の大きさの肝がんが発見されていた場合,亡Eに対して,有効な治療法として実施可能であったと認められ,かつ,長期の延命の効果が期待できたことが認められる(甲B12,21,25,原告B)。
ウ 以上に対し,被告らは,3か月に1度という腹部超音波検査の頻度は,亡Eのがんのようにダブリングタイムがおよそ10日ないし11日で,AFP値が増加する急速発育型の肝がんを発見することを想定していないとして,被告らが前記注意義務を果たしていても亡Eについては早期の状態での肝がんの発生を発見することはできなかったかのように主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告Gの計算による約10日というダブリングタイムの正確性には疑問が残るものであり,また,がんの発育速度は時期によって異なるのであるから,被告らの主張はその前提を欠くというべきである上,3か月に1度という検査頻度は発育速度の速いがんについても考慮されてのものであるから,被告らの主張は採用できない。
また,被告らは,亡Eの肝臓は肝硬変になっていて予備能が少なく,肝切除術は適当でなく,エタノール注入療法は本件のように急速かつ広範に進行するがんには適応がないと主張する。
しかし亡Eは肝硬変に罹患していたものの,前記のとおり,平成11年11月4日の時点においても,肝機能,肝予備能は良好に保たれていたことが認められる。また,被告らは,約10日というダブリングタイムを前提に亡Eのがんが急速に進行するがんであったと主張しているが,約10日というダブリングタイムの正確性には疑問が残るものであり,また,がんの発育速度は時期によって異なることは前記のとおりであるし,急速に進行するがんについても早期に発見された場合であれば,肝切除術及びエタノール注入療法の適応があると認められる(甲B12,21,25,原告B)。
また,被告らは,亡Eの肝がんが,多発性の肝がんもしくは肝臓全体が無数の小さい腫瘍結節により置換された形態を示すびまん型の肝がんが合同・融合した可能性があり,そうであれば治療不可能であったと主張するが,亡Eのがんが多発性もしくはびまん型のがんであったことを認めるに足りる証拠はない。また,多発性のがん,または,びまん型のがんであっても早期に発見されれば,エタノール注入療法の適応になることが認められる(甲B10,12,21)。
したがって,被告らの主張を容れることはできない。
エ 以上によれば,被告らが,亡Eに対して,平成11年当時において,AFP及びPIVKA-Ⅱの腫瘍マーカー検査については,少なくとも2か月に1度,腹部超音波検査については,3か月に1度の頻度で行うとの注意義務を尽くしていれば,亡Eが,その死亡日である平成12年1月19日後においてもなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があったと認められ,上記被告らの注意義務違反と亡Eの死の因果関係は肯定されるというべきである。」
谷直樹
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