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腫瘍マーカー検査や画像検査を怠った過失と肝細胞癌での死亡との因果関係を認め5183万5219円の支払いを命じた例 東京地裁平成18年9月1日判決

東京地裁平成18年9月1日判決(裁判長 藤山雅行)は、被告医療法人社団Aが設置・運営するB総合病院に通院し、被告Cのもとで肝臓疾患の検査及び治療を受けていた亡Dが、肝細胞癌により死亡した事案で、「平成7年から肝硬変となっていた上、平成11年11月の超音波検査で肝内に占拠性病変が3個発見され、腫瘍マーカー値にも異常値があらわれ、平成12年1月5日に実施したMRI検査においても、進行した肝細胞癌は発見されなかったものの、経過観察の必要性が指摘されていたことからすると、一般の肝硬変患者以上に厳密な経過観察の必要性が生じていたと認められ、被告Cは、同日以降、少なくとも一般の肝硬変患者の経過観察措置として要求されている腫瘍マーカーであるAFPやPIVKA-IIを1~2か月に1回測定すべき義務及び3か月に1回の超音波検査を施行し、異常所見が認められた場合には、さらにCT検査ないしMRI検査を行うべき義務があったと認められる。」と判示し、「被告Cには、平成12年1月5日以降腫瘍マーカー検査や画像検査を怠った過失がある」と認め、被告らに5183万5219円の支払いを命じました.
肝疾患は進行し肝硬変を母地に肝細胞癌を発症することがあり、肝硬変患者の検査義務について参考となる判決です.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「3 争点(1)(平成12年1月5日以降、腫瘍マーカー検査及び画像検査を行って、肝細胞癌を発見すべき義務を怠った過失の有無)について

(1)ア 亡Dが平成7年以降肝硬変に罹患しており、それが治癒しないままの状態であったことは被告Cも認めているところ(甲A6〔6上記1〕、(1)ないし(4)で認定した事実によると、同被告がより適切な医療をより安価に提供できるよう亡Dに便宜を図るために、同人の保険病名を慢性肝炎として、長期間診療を継続したことから、同被告及び亡Dはともに平成11年11月ころまでには亡Dの疾患が肝硬変であることを失念し、それが慢性肝炎であると思い込むに至っていたと認められる。
しかし、このように患者の疾患が何であったかを失念し、他の疾患であると誤解すること自体が、医師としての初歩的かつ重大な義務違反に当たると言わざるを得ないし、次のとおり、その後の診療過程において、その誤解を解く機会が十分にあったと認められる。
すなわち、第1に、上記1(4)認定のとおり、平成11年11月17日の超音波検査の結果は、「慢性肝炎ないし肝硬変及び肝内に室間占拠性病変3コ」との所見であり、肝硬変の可能性が示唆されていた。第2に、上記1(5)認定のとおり、同月24日に診察に当たった被告病院医師は、亡Dの疾患について肝硬変と診断し、その旨及び腫瘍マーカーを追加すべきことをカルテに記載したことが認められ、次回以降も同じカルテを使用していることからすれば、このカルテの記載については、当然に被告Cも確認したと認められる。第3に、上記1(6)認定のとおり、被告病院での診察時における被告Cの指示により、平成12年1月5日に行われたE病院でのMRI検査の結果、「MRI上,肝の辺縁は不整で,脾腫も認められ,LC(肝硬変)のpatternと思われます。今回MRI上,Advanced HCC
(進行した肝細胞癌)の像は確認出来ません。経過観察して下さい。」との所見であった。
以上の事実からすれば、被告Cは、平成12年1月5日に行われたE病院でのMRI検査の結果を確認した以降は、亡Dの疾患が肝硬変であったことを思い出し、それに対応した経過観察措置をとるべきであったというべきである。

イ 他方、上記2(2)イ、ウ及びオのとおり、一般に肝硬変患者の経過観察のためには、腫瘍マーカーであるAFPやPIVKA-IIを1~2か月に1回測定する必要があるとされていること、慢性肝炎症例は、6か月に1回の超音波検査、肝硬変症例においては、3か月に1回の超音波検査の施行が必要とされていることが認められる。
亡Dについては、前記認定のとおり、平成7年から肝硬変となっていた上、平成11年11月の超音波検査で肝内に占拠性病変が3個発見され、腫瘍マーカー値にも異常値があらわれ、平成12年1月5日に実施したMRI検査においても、進行した肝細胞癌は発見されなかったものの、経過観察の必要性が指摘されていたことからすると、一般の肝硬変患者以上に厳密な経過観察の必要性が生じていたと認められ、被告Cは、同日以降、少なくとも一般の肝硬変患者の経過観察措置として要求されている腫瘍マーカーであるAFPやPIVKA-IIを1~2か月に1回測定すべき義務及び3か月に1回の超音波検査を施行し、異常所見が認められた場合には、さらにCT検査ないしMRI検査を行うべき義務があったと認められる。
しかしながら、被告Cは、平成12年1月5日以降なんら画像検査を行っておらず、また、腫瘍マーカー検査も行っていない。

ウ したがって、被告Cには、平成12年1月5日以降腫瘍マーカー検査や画像検査を怠った過失があるというべきである。
そして、亡Dの肝臓癌は、上記のとおり平成12年1月時点ではいまだ確認できなかったところ、平成13年6月に発見された際の大きさなどからすると、平成12年中には2㎝以内の大きさにとどまっていたものと認められるから(甲A6〔31、32 、亡Dが約半年間の受診中断の後に〕)受診を再開した平成12年11月8日及びその次の受診時である同年12月13日に上記各検査を行えば、同月27日の受診日にはそれらの結果に基づき、2㎝以内の大きさの肝細胞癌の存在を診断でき、すみやかにそれに対する措置がとれたと認められる。

(2)ア これに対し、被告は、インターフェロンの処方に当たり、健康保険の適用において原告に有利な扱いをするために病名を肝炎としたのを契機に、真実の病名が肝硬変であることを失念したものであり、かかる誤認の下では、平成12年1月5日以降に腫瘍マーカー検査及び画像診断検査を実施しなかったこともやむを得ず、過失はないと主張する。
確かに、被告Cが亡Dの便宜を図っていたことについては、医師としてそれなりに評価されるべき行為ではあるが、そのような行為に起因するとしても、患者の疾患を失念又は誤解することは、前記のとおり医師として初歩的かつ重大な義務違反と言わざるを得ないのであり、しかも、上記のように、平成11年11月及び平成12年1月5日の諸検査の結果等から、肝硬変の可能性が指摘されているのであるから、原告の疾患が肝硬変であったことを想起し、又は、再検討することは容易であったと認められる。
その上、被告らは、平成12年1月5日のMRI検査の結果や本件患者の肝機能の状態等の総合判断から、亡Dの病名について慢性肝炎であるとの認識を変えるに至らなかったと主張するが、慢性肝炎との認識を継続していたとしても、上記2(2)オの医学的知見からすると、肝癌のスクリーニングのための措置をとらなかった被告Cの判断が合理的であるとは認められない。
したがって、いずれにしても、被告のこの点についての主張には理由がない。

イ さらに、被告らは、亡Dの通院先の病院が度々変更になり、被告Cが従前のカルテを確認できなかったこと及び通院期間の間隔が長く本件患者が自分自身の病名を慢性肝炎と申告していたことからも、被告Cが亡Dの疾患をB型慢性肝炎と誤認したことはやむを得ず、過失はないと主張する。
しかしながら、上記の誤認が主治医としての緊張感を欠いていたことによるものであることは、被告C自身が認めるところであり(甲A6〔21ないし23 、さらにその原因が亡Dの便宜のために転院させたことなど〕)にあるとしても、医師としての義務違反は否定できないし、従前のカルテを確認できなかったとの点についても、上記のとおり平成11年11月の超音波検査及び平成12年1月5日の検査の結果等を含む被告病院における記録から、原告の疾患が肝硬変であると想起することが容易であったというべきである。
また、患者である亡D自身が慢性肝炎と申告したとしても、専門家たる医師としては、そのような訴えを参考にしつつも、最終的には診察時までに得られた各所見を精査したうえ、自己の専門的知見をもって患者の疾患につき判断すべきものであって、患者の申告の内容は、被告Cの責任を逃れさせるものではないというべきであり、被告らのこの点についての主張にも理由がない。」


同判決は、「平成12年末に亡Dに腫瘍が発見されたとすると、外科的切除の適応はあったと認められるし、上記2(3)ウのとおり、腫瘍径3㎝以下及び個数3個以下の場合にエタノール注入療法の適応があるとされるところ、上記の亡Dの状態からすれば、エタノール注入療法についても適応があったと認められる。他方、この平成12年末から亡Dの現実の死亡時までは約1年4月が経過しているところ、上記2(4)のとおり、第15回全国原発性肝癌追跡調査報告によれば、肝細胞癌に対する肝切除が行われた症例において、腫瘍の個数が1個で腫瘍径2㎝以下であり、臨床病期Iすなわち肝機能が良好なケースにおける2年生存率が94.2%、5年生存率が75.5%である。また、同様の条件で肝細胞癌に対するエタノール注入療法が単独で行われた症例においての2年生存率は93.7%、5年生存率が67.1%である。以上のデータからすれば、亡Dに対し、平成12年1月5日以降に肝切除またはエタノール注入療法を行っていれば、亡Dの現実の死亡時である平成14年4月18日において亡Dが生存していた高度の蓋然性が認められるというべきである」と認定し、因果関係を認めました.
被告らは、B型肝炎ウィルス関連の肝細胞癌においては、ウィルス量が重要な予後因子であり、亡Dの上記ウィルス値からすると、亡Dの予後は極めて不良であると主張しましたが、同判決はこれを退けました.
また、被告らは、「本件患者が平成14年4月18日に死亡したのは上海における不適切な肝癌摘出手術によるもの」と主張しましたが、同判決はこれを退けました.

「4 争点(2)(被告らの過失と死亡との因果関係)について

(1) 本件では、被告Cが、平成12年1月5日以降に腫瘍マーカー検査及び画像診断検査を実施しなかったという不作為による過失が問題になっているが、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においては、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の当該不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の当該不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解される。
したがって、本件では、被告Cが、平成12年1月5日以降に腫瘍マーカー検査及び画像診断検査を実施していれば、平成14年4月18日の死亡が避けられたかにつき検討することになるところ、上記3(1)ウのとおり、亡Dについては、上記各検査を実施することにより、平成12年末の時点で腫瘍径2㎝以内の肝臓癌を発見できたものと認められる。
そして、上記2(3)アのとおり、肝癌の切除術の適応は、肝機能の程度、癌の進行程度及び病変の径の大きさ等によって決定されるところ、開腹時においても腫瘍は1個であったことからすると、この時点においても腫瘍は1個であったと認められる。また、肝機能についても、平成11年11月17日の被告病院受診時のデータについてであるが、肝機能が十分保たれていることは被告らも認めており、その後も肝機能が大きく悪化したとも認められない。
したがって、平成12年末に亡Dに腫瘍が発見されたとすると、外科的切除の適応はあったと認められるし、上記2(3)ウのとおり、腫瘍径3㎝以下及び個数3個以下の場合にエタノール注入療法の適応があるとされるところ、上記の亡Dの状態からすれば、エタノール注入療法についても適応があったと認められる。
他方、この平成12年末から亡Dの現実の死亡時までは約1年4月が経過しているところ、上記2(4)のとおり、第15回全国原発性肝癌追跡調査報告によれば、肝細胞癌に対する肝切除が行われた症例において、腫瘍の個数が1個で腫瘍径2㎝以下であり、臨床病期Iすなわち肝機能が良好なケースにおける2年生存率が94.2%、5年生存率が75.5%である。また、同様の条件で肝細胞癌に対するエタノール注入療法が単独で行われた症例においての2年生存率は93.7%、5年生存率が67.1%である。
以上のデータからすれば、亡Dに対し、平成12年1月5日以降に肝切除またはエタノール注入療法を行っていれば、亡Dの現実の死亡時である平成14年4月18日において亡Dが生存していた高度の蓋然性が認められるというべきである。
したがって、被告Cの過失と亡Dの死亡との因果関係は認められる。

(2)ア 平成12年3月以降の亡DのHBVウィルス値は、1回の計測時を除き、いずれも6.3LGE/mlから7.7LGE/mlであったことについては、当事者間に争いがないところ、被告らは、B型肝炎ウィルス関連の肝細胞癌においては、ウィルス量が重要な予後因子であり、亡Dの上記ウィルス値からすると、亡Dの予後は極めて不良であり、肝切除を行ったとしても、本件患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性は認められないと主張する。
確かに、長崎大学病院におけるB型肝炎ウィルス関連の肝細胞癌患者74名を対象に行った調査では、B型肝炎ウイルスDNA値は、腫瘍の大きさと並び、独立した予後不良因子であったとの結果が報告されている。この調査では、e抗原陰性でB型肝炎ウイルスDNA値が3.7LGE/ml未満の患者は3.7LGE/ml以上の患者よりも明らかに生存率が高かったとしている(乙A11)。
また、大阪市立大学病院におけるB型肝炎ウィルスDNA陽性で肝細胞癌切除を行った患者48名を対象として行った調査でも、ウィルス量が、患者の予後についての危険因子であるとしており(乙A12 、このよう)な報告からすると、B型肝炎のウィルス量が肝細胞癌の予後に有意な影響を与えていることは否定できない。
しかし、これらの調査報告は、いずれも前記2(4)アの全国的な調査報告に比べると、基礎となる症例が極めて少ないことから、ウィルス量の多いことが具体的にどの程度予後に影響するかを明らかにするものではないといわざるを得ない。その上、亡Dについては、上記のとおり、腫瘍径、腫瘍数及び肝機能の点において予後良好な因子が存在するところ、長崎大学の報告においては、このような予後良好因子を有し、かつウィルス量の高い者の予後がどのようなものかというきめ細かな報告がされていないため、同報告は亡Dの予後を予測する資料として不十分といわざるを得ないし、対象者74名中、ウィルス量高値の患者が53名とかなりの割合を占めているにもかかわらず、腫瘍径2㎝未満の患者の中央生存期間は4.9年とされており(乙A11の1〔2666 TableI 、ウィルス量の多い〕)患者を含めても、腫瘍径の小さい患者については、5年程度の余命が期待できることを示している。
また、大阪市立大学の報告についても、予後良好因子を有しかつウィルス量の高い患者の予後について具体的に明らかにされていないし、同報告は全例が手術後の予後に関するものであるところ、前記2(3)及び(4)のとおり、腫瘍径の小さい患者については、手術を行わないまま内科的療法を行うとの選択もあり得るところであるから、亡Dがそのような治療を受けた場合の予後については、同報告は参考にならないといわざるを得ない。
このように、被告の依拠する調査報告が必ずしも亡Dの予後予測に適切でないことに加え、上記のようにウィルス量の多寡にかかわりなく行われた全国的な調査報告において、亡Dのように予後良好な因子を有する者の5年生存率が7割前後と非常に高水準であり、被告の依拠する長崎大学の調査においても、ウィルス量高値の者の割合が高いにもかかわらず、腫瘍径の小さい者は5年程度の余命が期待できることが報告されていることからすると、ウィルス量が亡Dの予後に何らかの影響を与えたとしても、なお、適切な検査及び治療を行っていれば、亡Dは、平成12年末から5年程度の余命が期待できた、すなわち、平成12年末から平成17年末までの5年間生存していた高度の蓋然性が認められるのであって、平成14年4月18日時点で亡Dが生存していた高度の蓋然性は認められるというべ
きである。
したがって、この点についての被告の主張には理由がない。

イ さらに、被告は、本件患者が平成14年4月18日に死亡したのは上海における不適切な肝癌摘出手術によるものであり、肝癌発見の遅れと平成14年4月18日の亡Dの死亡との間に因果関係はないと主張する。
この主張は、被告の過失とは無関係な行為に端を発する因果の流れによって亡Dの死亡時期が早まったという趣旨と理解できるが、上記1(8)及び(9)のとおり、被告Cは、亡Dから中国への出張予定を告げられたのに対し、その期間を確かめず次回診療日も決めないまま、これを許可していること、平成13年7月11日に上海において亡Dが肝切除を受けるに至ったのは、肝細胞癌が進行し、その時点で緊急な措置が必要な状態となったことによるものと認められ、中国においては肝切除の適応が特に問題とされた形跡もないことからすると、被告Cが亡Dの出張を許可した時点において、その後の一連の事態の発生は既に予測可能な状態にあり、被告Cは、上記許可をすることにより、亡Dを被告主張の上記因果の流れに投じたものと認められるから、当該因果の流れによって生じた結果についても責めを免れない。
また、上記主張が採用されるためには、被告主張の上記因果の流れが生じなければ、亡Dが平成14年4月18日には死亡しなかったことが証拠によって認定される必要があるところ、これを認めるに足りる証拠は見当たらないし、むしろ被告らが依拠する上記調査結果(乙A11、12)からすると、その時点の亡Dの病状ではもはや余命は1年を下回っていたと認めるのが相当であり、仮に上海での手術が不適切なものであったとしても、それによって亡Dの死期が早まったとまでは認められない。
よって、この点についての被告の主張にも理由がない。」


同判決は.①被告Cが大学の消化器内科教授として日本肝臓学会においても指導的役割を果たしている医師であること、②このよううな専門家を信頼して治療を委ねていた亡D及び原告としては、そのあまりにも初歩的かつ重大な過失によって信頼を裏切られた精神的苦痛は極めて大きいこと、③本件提起後も被告Cが自己の便宜供与のみを強調して過失を認めないとの態度を維持していることにより、その苦痛はますます増大していることから、
交通事故の損害賠償責任における慰謝料算定基準にかかわらず、死亡慰謝料2800万円、近親者固有の慰謝料200万円合計3000万円を認めました.

「5 争点(3)(損害額)について

(1) 死亡慰謝料及び原告固有の慰謝料
亡Dは、被告Cが肝癌の発見のための検査を怠った過失により、進行した肝癌により死亡するに至っているところ、その過失は前記のとおり医師として初歩的かつ重大なものであって、その発端が被告Cの好意による便宜供与にあることを考慮しても、その責任はあまりにも重大であるといわざるを得ない。その上、被告Cは、大学の消化器内科教授として日本肝臓学会においても指導的役割を果たしている医師であり(甲B2、3)、このよううな専門家を信頼して治療を委ねていた亡D及び原告としては、そのあまりにも初歩的かつ重大な過失によって信頼を裏切られた精神的苦痛は極めて大きく、本件提起後も被告Cが自己の便宜供与のみを強調して過失を認めないとの態度を維持していることにより、その苦痛はますます増大しているものと認められる。このことのほか、本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡D及び原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、この種事案で通常参考とされる交通事故の損害賠償責任における慰謝料算定基準にかかわらず、合計3000万円と評価するのが相当であり、その内訳は、原告主張のとおり、亡Dの死亡慰謝料2800万円、原告固有の慰謝料200万円とするのが相当である。

(2) 死亡による逸失利益

ア 生存可能期間について
前記4で認定説示したところによれば、亡Dは、適時適切な検査が行われれば、平成12年末に癌が発見され、適切な治療が行われれば、それから5年間、平成17年末まで生存した高度の蓋然性が認められる。
そして、亡Dの現実の死亡時が平成14年4月18日であることからすると、逸失利益の基礎となる生存期間は3年8か月となる。

イ 基礎収入について
亡Dの死亡直前の年度についての年収については証拠上明らかではないものの、亡Dの最終学歴は大学院卒業であり、平成12年6月から有限会社エフ・ティ・ピー企画に勤務し、語学力を生かして貿易に関する業務に従事していたことが認められ、別の会社に勤務していた平成10年度については、763万7105円の収入を得ていることが認められる(甲C2、乙A8〔3〕)。
これらのことからすれば、亡Dは、少なくとも賃金センサスにおける男性労働者学歴計の賃金以上の賃金を得ていたことが認められる。
したがって、逸失利益を算定するにあたっての基礎収入は、上記賃金センサスの金額を基準に考えるべきである。
そして、亡Dは昭和31年7月29日生であり、死亡時である平成14年4月18日には約45歳9か月であったところ、賃金センサス平成13年第1巻第1表・男性労働者学歴計45~49歳の年収額は金686万9300円であることが認められる(顕著な事実)。

ウ 以上より、ライプニッツ式計算方法により年5パーセントの割合で1年8か月(44か月)に相当する中間利息を控除し、生活費控除率を30%として計算すると、ライプニッツ係数は、
={1-1/(1+0.05) }÷0.0544/12
=3.2761(以下切り捨て)
であり、
686万9300円×(1-0.3)×3.2761=1575万3159円(1円未満切り捨て)
となるから、亡Dの逸失利益としては、1575万3159円を認めるのが相当である。

(3) 葬儀関係費用
原告は、亡Dの死亡により、葬儀関係費用として120万円の支出をしたと主張し、これを直接に証明する証拠はないものの、この程度の費用を要するのは通常のことと考えられるから、同主張の金額をもって本件と相当因果関係のある損害と認められる。

(4) 証拠保全費用
医療事件について訴訟提起をするに当たっては、特段の事情がない限り、カルテを対象とする証拠保全をする必要があったと認められ、特に、本件において証拠保全が行われた平成14年当時においては、医療機関が診療録等の記録を開示するとの対応が一般的でなかったことに照らすと、原告が、証拠保全に係る費用として支出した18万2060円(甲C1の1ないし2)は、本件と相当因果関係のある損害と認められる。

(5) 相続
原告は、遺産分割協議により、本件についての損害賠償請求債権につき、全額を取得したことが認められる(甲B1、弁論の全趣旨 。)

(6) 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告と同訴訟代理人間の本件訴訟に関する委任契約の存在を認めることができるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額、その他の事情からすると、被告の過失と相当因果関係にある弁護士費用としては、470万円を認めるのが相当である。

(7) 合計
以上(1)ないし(6)によれば、原告の損害額の合計は、5183万5219円となる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-23 18:28 | 医療事故・医療裁判