弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

C型慢性肝炎患者についての血小板数検査,腫瘍マーカー検査,腹部超音波検査義務違反と死亡との因果関係,民訴法248条  東京地裁平成17年11月30日判決

東京地裁平成17年11月30日判決(裁判長 金井康雄)は、「被告Cは,Dについて,平成4年2月10日ころ,C型肝炎との確定診断をしたのであるから,当時の開業医の医療水準を前提にしても,肝細胞癌の早期発見のために,定期的に血小板数検査及び腫瘍マーカー検査を行い,更には腹部超音波検査(少なくとも年に2回)及びCT検査(少なくとも年に1回)を実施し,その結果肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていたというべきである。」と注意義務を認定し,「被告らは,Dは,平成4年にインターフェロン療法について説明した後17回受診しているが,そのうち診察を受けたのは2回であり,残りの15回は投薬のみの受診であるから,肝癌の発見が遅れた責任は被告らではなくDが負うべきである旨主張する。しかし,C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群であり,被告Cはそのことを認識していたのであるから(被告医院代表者兼被告本人,弁論の全趣旨),仮にDが投薬のみの受診を希望していたとしても,上記各検査をすべき義務を免れ得るいわれはない。」と判示し,注意義務違反(過失)を認めました.  

「3 争点(被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか)について

肝細胞癌の早期発見のためにすべき検査

上記1摘示の事実によれば,被告Cは,Dについて,平成4年2月10日ころ,C型肝炎との確定診断をしたのであるから,当時の開業医の医療水準を前提にしても,肝細胞癌の早期発見のために,定期的に血小板数検査及び腫瘍マーカー検査を行い,更には腹部超音波検査(少なくとも年に2回)及びCT検査(少なくとも年に1回)を実施し,その結果肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていたというべきである。

被告Cが行った検査の状況

ア 血小板数検査
被告Cが同検査を全く行っていないことは当事者間に争いがない。

イ 腫瘍マーカー検査
証拠(乙A1,乙B5,被告医院代表者兼被告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,被告Cは,AFP検査を平成8年5月1日,平成9年3月24日,平成10年10月30日及び平成12年2月16日に行ったことが認められる。
この点に関し,原告らは,平成9年,平成12年のものは検査票が貼付されていない旨指摘するが,保険点数も計上されており,異常なしの判定だったので添付しなかったとの被告Cの供述もただちには排斥できないので,上記のとおり認定することができる。
上記認定によれば,被告Cは,AFP検査を,約10年の間にわずか4回実施したにすぎないのであるから,これをもって,上記摘示の肝細胞癌の早期発見のための定期的な腫瘍マーカー検査ということはできない。

ウ 腹部超音波検査(エコー)
証拠(乙A1,2,被告医院代表者兼被告本人)によれば,被告Cは,腹部超音波検査を,平成6年6月18日及び平成7年11月11日に実施し,また,後者の検査結果を前提にして,赤心堂病院に対しCT検査を依頼したことが認められる。そうすると,平成4年当時においても,少なくとも年2回の腹部超音波検査をすべきであったのであるから,被告Cは,腹部超音波検査を定期的にすべき注意義務に違反したというべきである。
この点に関し,乙A1(被告医院の診療録)には,平成10年11月6日に「エコー」との,平成12年3月1日「25日エコーを予定。都合ヲ後日返事スル由」との,同年4月12日に「エコーを」との各記載があり,被告らは,被告Cにおいて,Dに腹部超音波検査を勧めたが,Dにおいてこれに応じなかった旨主張する。
しかし,腹部超音波検査は,極めて侵襲の少ない検査方法であり,上記2認定のとおり健康に気を遣っていたDが,同検査の前に食事をしないことを要する程度の理由でこれを拒むことは想定しがたい。仮にDが腹部超音波検査を受けることに消極的だったとしても,上記2に説示したことにかんがみると,被告Cの定期的に腹部超音波検査をすべき注意義務違反が否定されるものではない。

エ CT検査
この検査が被告医院における診療期間を通じて1回しかされなかったことは当事者間に争いがない。したがって,被告Cが,定期的にCT検査をすべき注意義務に違反したことは明らかである。
以上及びに説示したところによれば,被告Cは,肝細胞癌の早期発見のため,定期的に血小板数検査,腫瘍マーカー検査,腹部超音波検査,CT検査をすべき注意義務を怠ったというべきである。
なお,被告らは,Dは,平成4年にインターフェロン療法について説明した後17回受診しているが,そのうち診察を受けたのは2回であり,残りの15回は投薬のみの受診であるから,肝癌の発見が遅れた責任は被告らではなくDが負うべきである旨主張する。しかし,C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群であり,被告Cはそのことを認識していたのであるから(被告医院代表者兼被告本人,弁論の全趣旨),仮にDが投薬のみの受診を希望していたとしても,上記各検査をすべき義務を免れ得るいわれはない。」


同判決は,「被告Cは,上記イ説示の定期的な検査義務を適切に尽くし,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見するとともに,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行っていれば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができた,そして,そのような段階で,適応する治療法を選択し,手術をすれば,Dが平成14年6月23日の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというべきである。」と判示し,肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死亡との間の因果関係を認めました.

「 肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死亡との間の因果関係

ア 上記基本的事実関係(事実及び理由中の第2の1)の認定事実及び証拠(乙A1,2)によれば,次の事実が認められる。
Dは,被告Cにより,平成3年3月慢性肝炎との,また,平成4年2 月C型ウイルス性肝炎との診断がされ,その後も,引き続き被告Cの診療を受けていた。
被告医院における平成7年11月の腹部超音波検査の結果,胆のう床のやや上方(肝右葉S6)に直径21mm×17㎜のハイパーエコーが認められた。Dは,被告Cの紹介で赤心堂病院で受診し,平成8年1月5日CT検査を受けたところ,肝血管腫の疑いと診断された。そこで,被告医院においてAFP定性検査をしたが陰性であった。
その後,Dは,平成10年10月30日,定量法(RIA法)によるAFP検査を受けたが,その結果11.0ng/mlであり,注意を要する状態であった。さらに,平成12年2月16日,定性法によるAFP検査を受けたが,その結果は陰性であった。
ところで,Dは,平成13年3月8日,胸痛,腹痛を発し,中村外科を受診した。同日のAFP検査では89.8ng/mlの高値を示し,また,CT上肝臓に多発性腫瘤が認められた。そして,中村外科は,同月17日,多発性肝細胞癌の可能性が大であり,継続的な精査,加療を要する旨診断した(なお,D本人に対しては,その旨を次回受診時に説明することが予定されていたが,来院しなかった。)。
中村外科は,平成13年12月4日,前日からの診察及び各種検査結果により,Dについて多発原発性肝細胞癌との診断をした。また,精査及び加療目的で入院した日大板橋病院は,平成14年1月8日,腹部超音波検査の結果,肝臓の右葉に多発性の腫瘍(最大のものは53mmであった)を認め,多発性肝細胞癌と診断した。そして,同月15日には,腹部CT検査の結果,肝右葉全体がびまん性の腫瘍で占められており,左葉にも6cm大の巨大な腫瘍が認められ,治療が困難なほどの末期の状況にあると判断した。

イ 上記ア認定事実及び上記1で認定したC型肝炎患者に対する診療の在り方によれば,次のことが明らかである。
被告Cは,そもそも,DがC型ウイルス性肝炎に罹患していることを知った平成4年以降,上記1説示の検査を定期的に実施し,肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていた。
その後,Dは,平成7年11月の腹部超音波検査の結果,肝右葉に直径21mm×17㎜のハイパーエコーが認められ,赤心堂病院で肝血管腫の疑いと診断され,また,平成10年10月30日のAFP検査の結果11.0ng/mlと注意を要する状態にあったのであるから,被告Cとしては,より一層慎重に検査をすべきであった。
そして,証拠(甲B6)によれば,a 腹部超音波検査を実施すれば,極めて小さな腫瘤も見つけることができる,b それがおおむね1cm未満の場合には経過観察とし,1cm以上となった場合に精密検査をすればよい,c 腫瘤が1.5cm以上になると,癌の場合には急速に増大したり,転移する率が高くなることが認められる。
そうであるとすると,被告Cは,血小板数検査,腫瘍マーカー検査に加え,腹部超音波検査を組み合わせて定期的に検査を実施していれば,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見することができ,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行えば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができたものと推認することができる。
なお,上記認定事実によれば,Dは,平成8年1月の赤心堂病院受診当時は未だ肝細胞癌に罹患していなかったが,平成13年3月の中村外科受診当時には,既に多発性肝細胞癌に罹患していた可能性が高いものと推測されるが,被告医院において定期的な検査がされていないので,その発症時期を確定することは困難である。

ウ ところで,証拠(甲B6,21)によれば,肝細胞癌に対する治療について,次の事実が認められる。
肝癌に対する主な治療法としては,肝切除術,肝動脈塞栓術(TAE),経皮的エタノール注入術(PEI)がある。
肝切除術は,単発で肝機能が良好な肝細胞癌が主な適応である。
その手術の予後については,日本肝癌研究会追跡調査委員会がした報告・「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する肝切除症例の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Aと表示した。)(1988年から1999年にかけての21,711症例),最大腫瘍径が2cm以下の症例(Bと表示した。)(4,213症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Cと表示した。)(15,453症例)についてみると,次のとおりである。
(年) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
A 87.4 77.8 69.0 60.3 52.3 45.2 38.6 33.7 29.8 27.3
B 94.7 89.3 83.1 75.2 67.4 59.0 50.8 43.6 37.0 33.9
C 90.2 82.3 74.2 66.1 57.9 50.7 43.9 39.1 35.2 32.5

肝動脈塞栓術(TAE)は,肝細胞癌の栄養血管にカテーテルを挿入し,塞栓物質を注入することにより癌組織を阻血・壊死させる治療法である。結節型の多発例が適応となる。腫瘍縮小効果及び壊死効果に伴う延命効果が認められ,繰り返し治療が可能なため,肝機能が許す限り有効である。また,高度に進行した肝癌であっても,肝機能が良好であれば考慮の対象となる。
その術の予後については,上記「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する肝動脈塞栓術の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Dと表示した。)(1988年から1999年にかけての22,869症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Eと表示した。)(9,131症例)についてみると,次のとおりである。
(年) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
D 77.1 57.9 43.0 31.9 23.6 16.9 12.4 9.8 8.4 6.9
E 82.9 66.9 52.7 40.6 30.8 22.9 18.2 14.8 11.4 9.8
経皮的エタノール注入術(PEI)は,迅速な蛋白凝固作用を有する 純エタノールを,超音波ガイド下に直接肝細胞癌の腫瘤内に注入し,癌組織を確実に壊死させる治療法である。肝細胞癌が3㎝以下,3個以内が適応となる。
その術の予後については,上記「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する経皮的エタノール注入術の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Fと表示した。)(1988年から1999年にかけての12,876症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Gと表示した。)(7,182症例)についてみると,次のとおりである。
(年) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
F 91.5 77.6 63.6 50.8 40.3 31.0 25.2 19.9 19.3 19.3
G 93.2 81.8 69.4 57.3 46.6 36.2 29.9 23.1 21.7 21.7

エ 以上の認定説示を総合すれば,被告Cは,上記イ説示の定期的な検査義務を適切に尽くし,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見するとともに,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行っていれば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができた,そして,そのような段階で,適応する治療法を選択し,手術をすれば,Dが平成14年6月23日の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというべきである。
そうすると,被告Cが肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死亡との間には,因果関係が認められる。」


同判決は.「Dについては,そもそも肝細胞癌の発症時期が明らかではなく,したがって,定期的な検査の実施により,その発症を発見し,適応する手術を実施し得たであろう時期についても明らかではないが,以上の事実を総合的に検討すれば,その発症後適切な時期に適切な治療法が施されれば,Dは,その治療法施行後数年間は生存し得たものと推測することができる。」と認定し,「いずれにしても,損害の額を算定する上で重要な要素をなすDの余命について不確定な点が多く,また,それは,もともと被告C被告医院において定期的な検査がされていないことが大きな原因となっているのである。」と判示し,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき(民訴法248条)に該当するとし,逸失利益相当額の損害額を400万円と認定しました.
また,同判決は,死亡慰藉料2500万円,妻の固有の慰藉料200万円,子の固有の慰藉料100万円計2800万円の慰藉料を認めました.
同判決は,損害の填補33万0853円を引いて,被告らに3924万5390円の支払いを命じました.

「5 争点(損害額)について
治療関係費 194万8520円
ア 被告医院分 0円
原告らは,Dが,平成4年3月以降,被告病院に自己負担分として支払った28万1230円を損害である旨主張する。しかしながら,被告医院における治療費には,Dの症状から必要性が認められた高血圧症や感冒,風邪等に対するものも含まれていた(乙A1)。また,被告Cがインターフェロン療法を実施しなかったことそれ自体とDの死亡との間の因果関係について,高度の蓋然性があると認めることはできないのであるから,肝庇護薬であるパンパールやウルソの投与も直ちに無意味な診療行為と断ずることはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

イ 中村外科 1万3260円
上記4イ説示のとおり,Dは,平成13年3月の中村外科受診当時既に多発性肝細胞癌に罹患していた可能性が高いものと推測されるが,その発症時期を確定することは困難である。したがって,中村外科関係の治療費については,Dに肝細胞癌が発症した後である同年12月3日以降の分について,本件と相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
そして,その額は,甲C3によれば,1万3260円と認められる。

ウ その他の医療機関 193万5260円
Dは,肝癌と判明した後に受診した各病院での相談,受診,入院において,日大板橋病院で122万1450円(甲C4の1ないし3),埼玉医大総合医療センターで7万4230円(甲C4の18ないし25),帯津三敬病院で500円(甲C4の26),三浦病院で63万5240円(甲C4の4ないし16),新座志木中央総合病院で3840円(甲C4の17)の各支出をしたことが認められる。これらの支出は,本件と相当因果関係にある損害と認めることができる。

自宅療養関係費 37万0543円

ア 自宅付添費 31万5000円
甲B10,B20によれば,原告らは,日大板橋病院退院後埼玉医大総合医療センターに入院するまでの平成14年2月17日から同年4月20日までの63日間,上記4ア認定のとおり末期癌の状態にあるDを自宅で療養看護したことが認められる。これに伴う損害としては,1日当たり5000円の割合で算定するのが相当である。

イ 介護用品費 5万5543円
甲C5の1ないし5によれば,上記自宅療養期間中,Dが使用した介護用ベッド等のレンタル代(ステッキの購入費を含む。)として,上記額の出費をしたことが認められ,これは本件と相当因果関係のある損害と認められる。

入院雑費 15万6000円
基本的事実関係認定のとおり,Dは,日大板橋病院(平成14年1月8日から同年2月16日まで),埼玉医大総合医療センター(同年4月21日から同月24日まで),三浦病院(同月24日から同年6月23日まで)にそれぞれ入院した(合計104日間)。これに伴う入院雑費は,1日当たり1500円として計算すると,上記額が相当である。

交通費 10万1180円
甲C6の11ないし118によれば,Dの入退院時のタクシー代及び家族の見舞いのための交通費(電車賃及び高速道路通行料金)として少なくとも上記額の支出が認められ,これは本件と相当因果関係のある損害と認められる。

葬儀費用 150万円
Dの死亡に伴う葬儀費用としては,150万円をもって本件と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

証拠保全費用 0円
原告請求に係る証拠保全の際の謄写業者への支払14万1034円については,その具体的内容が明らかでなく,その支払を裏付けるに足りる証拠もない。また,証拠保全に係る弁護士報酬については,本件全体を通じて弁護士費用がどの範囲で相当因果関係のある損害であるかを総合的に評価する中で判断するのが相当である。

逸失利益 400万円

ア Dの逸失利益の算定においては,被告Cが上記4イ摘示の定期的な検査義務を適切に尽くしていたならば,どの程度の期間生存し得たかが問題となるので,以下,検討する。
上記4イ説示のとおり,被告Cは,血小板数検査,腫瘍マーカー検査に加え,腹部超音波検査を組み合わせて定期的に検査を実施していれば,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見することができ,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行えば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができたということができる。もっとも,肝細胞癌の発症時期については,Dは,平成8年1月の赤心堂病院受診当時は未だ発症していなかったが,平成13年3月の中村外科受診当時には,既に多発性肝細胞癌が発症していた可能性が高いものと推測されるものの,被告医院において定期的な検査がされていないので,その発症時期を確定することは困難というほかない。
そして,上記4エ説示のとおり,1cm未満の段階で肝細胞癌の発症を発見し,適応する治療法を選択し,手術をすれば,Dが平成14年6月23日の時点においてなお生存していたであろうことが認められ,その治療の予後については,上記4ウ認定のとおりである。
以上のとおり,Dについては,そもそも肝細胞癌の発症時期が明らかではなく,したがって,定期的な検査の実施により,その発症を発見し,適応する手術を実施し得たであろう時期についても明らかではないが,以上の事実を総合的に検討すれば,その発症後適切な時期に適切な治療法が施されれば,Dは,その治療法施行後数年間は生存し得たものと推測することができる。

イ ところで,Dは,死亡(平成14年6月23日)当時,Bから186万円(甲C7の1),Cから97万6070円(甲C7の2),以上合計283万6070円(①)の年収を得ていた(いずれも嘱託としての年収)。
また,当時,Aの企業年金(厚生年金基金)及び老齢厚生年金を受給していたが,死亡に伴いこれらの支給が打ち切られ,遺族厚生年金が支給されることになったので,これらの年金に関する年間の損害額は,企業年金(128万2200円,甲C7の3)及び老齢厚生年金(194万9400円,甲C7の4)の支給額から遺族厚生年金(190万4500円,甲C7の5)の支給額を差し引いた132万7100円(②)となる。
そうすると,Dの死亡に伴う逸失利益の年額を,生活費の控除を3割として算定すると,上記嘱託としての収入を得ている時期については,次のとおり288万2789円,年金だけを受けている時期については,次ののとおり92万8970円と算定される。
(①+②)×(1-0.3)=291万4219円
(②)×(1-0.3)=92万8970円

ウ 以上認定したところによれば,本件においては,いずれにしても,損害の額を算定する上で重要な要素をなすDの余命について不確定な点が多く,また,それは,もともと被告C被告医院において定期的な検査がされていないことが大きな原因となっているのである。こうしたことを総合的に考慮すると,本件は,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき(民訴法248条)に該当するものというべきである。
そこで,当裁判所は,上記ア及びイの認定説示,特に,肝細胞癌に対する各種治療法及びその療法の予後等並びに弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて,Dがその平成14年6月23日の死亡により喪失した逸失利益相当額の損害額を,400万円と認定することとする。

慰藉料 合計2800万円

以上認定した諸事実,特に,上記2及び3説示の被告Cの過失の態様(なお,上記2の過失については,上記4説示のとおり,Dの死亡との間に因果関係を認めることはできないものの,当時の医療水準にかなったインターフェロン療法を受けていたならばその死亡時点においてなお生存した相当程度の可能性は認め得るところ,Dはその治療を受けることができなかったのである。),さらには,本件に顕れた一切の事情を考慮すると,Dは,被告Cの上記過失により死亡したことに伴う慰藉料として2500万円をもって相当と判断する。
また,原告Aは,Dの妻であり,原告BはDの子であるが,Dの死亡により甚大な精神的苦痛を被ったことが明らかであるから,その固有の慰藉料として,原告Aについて200万円,原告Bについて100万円を認めるのが相当である。

損害の填補 33万0853円

国民健康保険高額療養費として合計すると上記額が支給されたことは当事者間に争いがない。
小計
原告1人の損害は,固有の慰藉料を除いた上記ないしの費目の合計額3307万6243円から記載の填補損害額を控除した3274万5390円に,各自の法定相続分2分の1を乗じ,各自の固有の慰藉料を加えた額になるので,原告Aは1837万2695円,原告Bは1737万2695円となる。

弁護士費用 350万円

本件事案の内容,本件訴訟の審理の経過,本件の認容額等の事情を総合すると,原告Aにつき180万円,原告Bにつき170万円を本件不法行為ないし債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。」


被告らは,Dが,インターフェロン療法を拒否し,腹部超音波検査も積極的に受けようとせず,意識的にこれを回避していたと過失相殺を主張しましたが,同判決は,「被告Cがインターフェロン療法や腹部超音波検査の意義について十分に説明していなかったことは上記認定のとおりであるから,被告ら主張の事由をもって過失相殺事由とすることは相当でない。」と判示し,被告の主張を退けました.
また,被告らは,平成4年5月から約9年間焼酎を1日2合飲むというDのアルコール多飲が肝癌への進展を早めた可能性がある旨主張しましたが,同判決は「Dが焼酎を1日2合ずつ飲んでいたことはもちろん,C型肝炎から肝硬変への進展に寄与する因子とされるエタノール換算で1日50グラム以上のアルコール飲酒(乙B10)をしていたものとも認めることはできない」と判示し,被告の主張を退けました.

「6 争点(過失相殺事由の有無)について

被告らは,Dが,インターフェロン療法を拒否し,腹部超音波検査も積極的に受けようとせず,意識的にこれを回避していた旨主張する。しかしながら,被告Cがインターフェ
ロン療法や腹部超音波検査の意義について十分に説明していなかったことは上記認定のとおりであるから,被告ら主張の事由をもって過失相殺事由とすることは相当でない。
また,被告らは,Dが,平成13年3月8日に中村外科を受診し,原発性肝癌の可能性大,なお精査加療必要と診断されたのに,被告Cに対しその内容を的確に報告しなかったことを問題にしている。
ところで,中村外科のカルテ(甲A2)の平成13年3月27日の欄には,「今回αfeto(AFP検査)のみ高値,原発性肝癌の可能性大,なを精査(継続的)加療必要 次回(同様にムンテラ必要)」と記載されている。その記載内容に加え,同年12月6日の欄には,「HCC(肝細胞癌)の可能性を話す」と記載されていることと(中村外科においては,当日説明をした場合にはこのように明記していることがうかがえる。),また,被告医院のカルテの平成13年3月19日の欄には,「腹痛ニテ,救急車で中村外科受診,胃炎,HP(ヘリコバクターピロリ菌)(+)と」と記載されていることに徴すると,中村外科でのDに対する説明はDが被告Cに報告した範囲に止まっていたものと認められる。なお,肝癌はほとんど無症状であるが,大きな肝癌で鈍痛を生じることがあることにかんがみると(甲B6),Dから上記事実を告げられた被告Cとしては,肝癌の有無についてさらに検査を行うべきであるとは言えても,責任が軽減される理由はない。
被告らは,平成4年5月から約9年間焼酎を1日2合飲むというDのアルコール多飲が,肝癌への進展を早めた可能性がある旨主張する。
日本大学付属板橋病院の外科外来診療録(写し)(甲A3)の44頁の「alcohol」の欄に「焼酎2合/day 去年はのまず」との記載があり,69頁,93頁にも同旨の記載がある。他方,D自身が記載した問診票(甲A3の49頁)には,「アルコールを飲みますか」との問いに対し,「いいえ」に○をした上で,「但し1昨年迄は焼酎を2合位 昨年より禁酒」との記載がされているのみであり,この記載からただちに毎日2合飲んだとは読みとることはできない。
被告医院の診療録(乙A1)には,平成4年4月18日の欄に「酒飲まない!」と,平成8年5月15日の欄及び平成9年2月14日に「酒」との記載(いずれもその右に「指」との記載があり,酒について指導したという趣旨と解される。),同年3月31日の欄に「酒止めた」との,同年5月12日の欄に「酒飲んでない」との,同年10月15日の欄に「酒なし」との記載がある。これらの記載によれば,被告Cが酒について指導し,Dが禁酒に至ったことがうかがえるが,被告C本人の尋問によっても,同人はDが1日2合の焼酎を飲んでいたとの話を聞いていないというのである。原告A及び同B本人の尋問に照らしても,Dが焼酎を1日2合ずつ飲んでいたことはもちろん,C型肝炎から肝硬変への進展に寄与する因子とされるエタノール換算で1日50グラム以上のアルコール飲酒(乙B10)をしていたものとも認めることはできない。
そうであるとすると,被告らの過失相殺事由に関する主張は,いずれも採用できな
いというほかない。」


谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ



by medical-law | 2022-02-23 21:17 | 医療事故・医療裁判