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胎盤剥離前に臍帯を牽引し子宮内反等をきたし子宮摘出となった事例 千葉地裁平成14年9月30日判決

千葉地裁平成14年9月30日判決(裁判長 一宮なほみ)は,「原告の子宮内反は,D医師が臍帯を牽引したことによって発症したと認めるのが相当である。」と認定し,「胎盤が剥離したことを示す剥離徴候をすでに示し,腹圧または軽い子宮底の圧迫を加えてもなお胎盤が娩出されないときは,腹壁上から圧迫を加え臍帯を軽く牽引する胎盤圧出法(ブラント・アンドリュース法もこの1つである。)を行うこととされており,胎盤剥離前に臍帯を牽引すると,子宮内反等をきたすことがあるから決して行ってはならないとされているところから,胎盤圧出法により臍帯を牽引する際には,医師には,細心の注意を払って胎盤の剥離を確認し,胎盤剥離が確認された後も,慎重に娩出を行う注意義務があると認められる。」と判示し,「D医師は,前記認定のとおり,胎盤が子宮から剥離していないことを認識しながら臍帯を牽引し,しかも臍帯牽引時に抵抗があったにもかかわらず牽引を続行したのであり,胎盤を剥離させるために臍帯を牽引したものと認められるから,D医師のした臍帯牽引行為は,上記注意義務に違反したものであると認められる。」と認定し,被告に770万円の支払いを命じました.
なお,これは私が担当した事件ではありまんせん.

「1 争点(1)について

(1) 前記争いのない事実及び証拠(甲1,4,7ないし9,12ないし14,27,乙1,3,5,6,18,被告代表者本人,原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 平成6年2月3日午前10時ころ,原告は,陣痛を感じ,同日午後1時,被告病院に入院した。この時の血圧は,120/70㎜Hgであった。

イ 同日,午後5時30分,原告は分娩室へ入室し,D医師立会のもと,午後5時58分,吸引分娩で男児を出産した。
午後6時10分,D医師は,自然に胎盤が膣内に出て来ないところから,胎盤が癒着していると判断し,子宮を収縮させて胎盤を剥離しやすくするするため,子宮底をマッサージした。
午後6時20分,D医師は,依然胎盤が膣内に出て来ないため,ガーゼを恥骨の上方の腹に当て,左手でそれを押して,その後,子宮体部を上の方に持ち上げるようにし,右手で臍帯を引っ張ったところ,抵抗があったものの,胎盤が圧出された。原告はこの時,強い痛みを感じたことから,体を動かし,看護婦に肩を
抑制された。
胎盤娩出後,子宮口から隆起物が覗いて出てきたため,D医師は,その隆起物に触れたところ,子宮内膜面のような柔らかさがなく,堅く感じたため,筋腫分娩ではないかと判断し,再び膣内に下降しないように,隆起物を内側へ押し込み,子宮口を吸収性縫合糸で縫合し,止血のためガーゼを膣円蓋部に固定した。
D医師はこの経過を分娩記録に「癒着胎盤→子宮反転ぎみ」と記録した。
原告のこれまでの出血量は,800ミリリットルに達しており,血圧は,午後6時20分,80/68㎜Hgであった。
D医師は,原告に対し,輸液に止血剤,昇圧剤,子宮収縮剤を加えて投与した。
午後7時,D医師は,子宮腔内貯留血液除去のため,膣円蓋部に入れたガーゼを取り除き,子宮口の縫合を一度解き,止血を確認し,再び縫合してガーゼを詰めた。原告は,午後8時,病室に帰室した。
この間,原告の血圧は,午後7時,66/36㎜Hg,午後8時,74/40㎜Hgであった。

ウ 帰室後の原告の出血は,同日午後10時30分までに合計500ミリリットルで,翌4日午前2時30分に腰痛を訴えているところから,縫合した子宮腔内にも200ミリリットルくらいの貯留血液があると判断され,同日午前9時に総出血量が1500ミリリットル以上に達していたため,午前11時から午後5時30分まで,濃厚赤血球800ミリリットルの輸血がなされた。
同日午後8時30分,D医師は,原告の膣円蓋部に挿入したガーゼを除去し,超音波検査を実施し,その画像からも,直径約6センチメートルの子宮筋腫が存在すると判断した。なお,D医師は,この後,同月9日,午前11時30分に退院するまで,毎日超音波検査を実施し,直径約6センチメートルの球状腫瘤を子宮内に確認したとしている。

エ 原告が同月3日病室に帰室した後から同月9日退院するまでの診療経過は,上記認定の他,別紙診療経過一覧表のとおりである。

オ 同月9日,D医師は,原告を退院させるに際し,原告に「子宮の入口の粘膜にこぶし大の筋腫がある。子宮を全部摘出しなければならないと思うが,小さくなる可能性もあるので,子供の1か月検診まで,1か月間経過を見ましょう。」と説明した。

カ 原告は,退院後,月経2日目時くらいの出血が継続し,痛みも継続していたことから不安に思い,同年3月4日,D医師の診察を受けたところ,子宮筋腫との診断を受け,同医師から,子宮を全部摘出するしかないと説明された。
しかし,原告は,D医師のこれまでの説明に不安を感じたため,第一子を出産したE病院の診察を受けることにした。

キ 同月7日,原告は,E病院でF医師の診察を受けたところ,内診と超音波検査により,子宮内反症と診断され,同日入院し,翌8日,子宮摘出の開腹手術を受けた。
なお,ブラント・アンドリュース法は,剥離した胎盤を娩出させる手技であり(甲29,証人F),分娩記録の「クレーデー」の不動文字に丸印がしてあることについて,被告主張のとおり,この分娩記録の用紙が,G産婦人科で使用していた書式をそのまま借用したため,ブラント・アンドリュース法の項目がなく,被告病院では,子宮底をマッサージしたことを示すためだけに「クレーデー」に丸印をしているのだとしても(D医師は,子宮底をしっかりマッサージする方法をクレーデー法だと考えていたと供述している。),本件でD医師が行った上記認定の手技は,胎盤剥離のために行ったものであるから,ブラント・アンドリュース法とは異なるものであると認められる。

(2) 上記認定事実によれば,D医師が臍帯を牽引したところ,臍帯に抵抗があり,牽引により子宮口から隆起物が出てきたこと,その際,原告は強い痛みを感じたこと,その後,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現していること,D医師自身も分娩記録に「子宮反転ぎみ」と記録していることが認められ,これに,E病院で撮影した超音波写真の診断では,子宮筋腫は一切認められず,F医師が,摘出した子宮を肉眼及び触診で検査した際にも筋腫は一切認められなかったこと(甲24,証人F),本件病理組織検査の結果によっても,筋腫は一切発見されなかったこと(甲18の1)からすると,上記子宮口からの隆起物は,反転した子宮の一部であると認められること,本件症例報告(甲23)及び証人Fの書面尋問の結果を総合すると,原告の子宮内反は,D医師が臍帯を牽引したことによって発症したと認めるのが相当である。

(3) これに対し,被告は,原告の子宮内反は,分娩時に発症したものではなく,同年3月4日にD医師が原告を診察したときからE病院の診察を受けた同月7日までの間に,子宮筋腫から起きたものであると主張する。

ア 被告は,本件病理組織検査結果に,筋腫の存在が記載されていないのは,本件病理組織検査の依頼に際して,筋腫の有無につき検査依頼をせず,検査しなかったためであると主張する。しかし,同月7日にE病院で撮影した超音波写真の診断及びF医師が摘出した子宮を検査した際に,筋腫が一切認められなかったことは,前記認定のとおりであり,被告主張のような直径6センチメートル以上の筋腫が存在したとすれば,容易に発見することが可能であるから,当然,病理組織学的検討がなされるはずであること,本件プレパラートの病理検査によっても筋腫は発見されなかったことからすると,本件病理組織検査報告書に筋腫の存在が記載されていないのは,筋腫が存在していなかったからであると認めるのが相当である。

イ 被告は,E病院が,本件につき,日本産科婦人科学会東京地方部会会誌に報告した本件症例報告について,重要な論拠に誤りがあると批判するが,本件病理組織検査報告書には,「子宮体部から子宮底部に壊死組織(Necrotic tissue)の沈着も見る。組織学的には壊死部には壊死脱落膜組織をみ,壁内の動脈の硬化,血栓形成もみる。」との記載があり(甲18の1,10頁,証人F),同報告書に壊死との記載が存在しないことを前提とする被告の批判は,その前提を欠くことが明らかであり,また,本件症例報告は,本件訴訟(平成11年7月13日提起)が予想されていない平成6年9月25日に報告されたものであり,本件訴訟提起後,原告代理人がE病院に意見書の依頼に行った際,その存在が明らかになったものである(当裁判所に顕著な事実)ことに照らすと,その証拠力に何ら問題はないというべきである。

ウ 被告は,D医師及び看護婦が,胎盤娩出直後から原告の退院まで,子宮底の位置を腹部から触知していた,分娩後の超音波写真でも,原告の子宮は正常な形で写っていたと主張するが,上記認定に照らすと,これは,内反した子宮体部を子宮底と判断し誤ったものと推認せざるを得ない。


(4) 確かに,原告の症状は,激痛,大量出血,ショック症状を呈するとされている急性子宮内反症の典型的な症状とは異なり,その発症から,1か月間,何らの治療もせずに生存し,しかも全身状態が安定することは通常考えにくいところである(甲23,乙9,36,弁論の全趣旨)。
しかし,E病院受診の際,原告の子宮が内反していたことは,当事者間に争いはなく,胎盤娩出後,子宮口から隆起物が覗いて出てきたことについても,D医師自身がこれを認めるところである。そして,原告の子宮に筋腫が認められなかったこと,胎盤圧出直後,原告に,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現していたことは,前記認定のとおりであるから,原告の症状が通常考えにくい経過を辿ったことは,前記認定を左右するものではなく,内反部分に絞扼輪が形成され,子宮底部への血液供給を減少させたと推測される(甲23)極めて幸運なケースであったと観るのが相当である。
なお,本件プレパラートの分析によると,1か月にわたる内反状態であれば当然見られるはずの所見である,びらん,潰瘍,壊死,出血,急性炎症性所見や内反によって起こり得る圧痕・絞扼痕などが見られないとする医師の意見書(乙17)が提出されているが,この意見書は,子宮摘出手術時の内反状態は軽度の部分内反であったと推測しているところ,原告の子宮内反は,反転した子宮体部が開大した子宮頚部を通過して膣内にまで脱出したものであったこと(甲18の2及び4),前記のとおり,本件病理組織検査報告書に,子宮体部の壊死組織の存在を窺わせる記載があること,子宮内反症自体,症例が少なく,子宮内反症を発症した後1か月を経過した症例はほとんどないところから,あくまで推論に過ぎないこと及びF医師の意見書(甲24)に照らし,採用できない。

2 争点(2)について

(1) 証拠(甲29,30,証人F)によれば,胎盤が剥離したことを示す剥離徴候をすでに示し,腹圧または軽い子宮底の圧迫を加えてもなお胎盤が娩出されないときは,腹壁上から圧迫を加え臍帯を軽く牽引する胎盤圧出法(ブラント・アンドリュース法もこの1つである。)を行うこととされており,胎盤剥離前に臍帯を牽引すると,子宮内反等をきたすことがあるから決して行ってはならないとされているところから,胎盤圧出法により臍帯を牽引する際には,医師には,細心の注意を払って胎盤の剥離を確認し,胎盤剥離が確認された後も,慎重に娩出を行う注意義務があると認められる。
しかるに,D医師は,前記認定のとおり,胎盤が子宮から剥離していないことを認識しながら臍帯を牽引し,しかも臍帯牽引時に抵抗があったにもかかわらず牽引を続行したのであり,胎盤を剥離させるために臍帯を牽引したものと認められるから,D医師のした臍帯牽引行為は,上記注意義務に違反したものであると認められる。
そして,原告の子宮内反が上記臍帯牽引行為により生じたことは,前記認定事実から明らかである。
さらに,D医師は,原告の子宮口から隆起物が出てきた際,原告が強い痛みを感じ,その後,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現したにもかかわらず,これらの徴候をいずれも看過し,子宮筋腫と診断して,内反状態の整復術を行うなどの適切な処置をしなかったと認められる。

(2) 前記争いのない事実等及び上記認定事実並びに証拠(甲23,24,証人F)によれば,原告は,D医師の過失行為により子宮内反症を発症し,直ちに適切な処置がされなかったことにより,子宮摘出を余儀なくされたものと認められるから,被告には,子宮摘出により原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

(3) 原告は,既に2子を出産しているとはいえ,本件当時,23歳と若年であり,今後,出産することができなくなったことにより強い喪失感を覚えていること,原告は,子宮摘出を契機として夫Aと離婚したが,再婚する場合にも子宮を摘出したことを相手に打ち明けなければならないことは辛いと感じていること(甲27,原告本人),本件の診療経過,本件については,医師会による審議がなされ,日本医師会により被告に責任があるとの判断がなされている(争いがない)こと等本件にあらわれた一切の事情を考慮すると,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は700万円,弁護士費用は70万円と認めるのが相当である。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-02-24 10:18 | 医療事故・医療裁判