鎖骨下動脈からのカテーテル等の操作において血管の走行を的確に把握しつつ慎重に施術を行うべき注意義務 甲府地裁平成17年10月11日判決
同判決は,「鎖骨下動脈からのカテーテル等の操作においては,当該部位がより心臓に近いことや,カテーテル等が迷入してしまう可能性が高く,その操作においては,進行方向や指先の感覚等に十分な注意を要することが求められていたにもかかわらず,Eは,鎖骨下動脈からカテーテル操作を行った経験が豊富とはいえず,また,Bの腹部の動脈には強い蛇行がみられたのであるから,鎖骨下動脈からの手技に際しても,血管造影を行うなどして,Bの血管の走行を的確に把握しつつ,慎重に施術を行うべき注意義務を負っていたのに,これを怠った注意義務違反があったというべきである。」と注意義務違反(過失)を認定しました.
「 (2) Bの死亡原因(争点(2))
ア Bの死亡が,カテーテルの操作中,大動脈に何らかの理由で損傷が生じ,大動脈解離を引き起こし,その大動脈解離から心タンポナーデが生じたことによって,心肺機能が停止したことに起因することは当事者間に争いがない。
まず,大動脈解離の原因となった血管損傷について検討するに,本件では,カテーテル操作と無関係にBの血管に損傷が生じ,解離が発生したことをうかがわせる事情は認められず,被告もこれを争わない。したがって,大動脈解離を生じさせた血管の損傷は,①カテーテル等によって直接動脈を傷付けて動脈が損傷したか,あるいは,②カテーテル等によって直接血管に損傷を与えたわけではないが,カテーテルないしガイドワイヤーを挿入し,血管の奥に進める操作をすることによって血管に物理的な力,作用を与え,その影響で動脈硬化等で脆くなっていた部分が損傷したか,いずれかによって生じたものであるといえる。
イ この点,原告は,カテーテル操作に際して,Eがガイドワイヤーあるいはカテーテルによって,解離の起始部に当たる上行大動脈の血管内膜に傷を付けるなどし,損傷を生じさせたことによると主張し,Bには,動脈硬化の原因となる病歴や身体症状,生活環境等もみられないから,血管がもともと脆かった可能性は存在しないとする。
他方,被告は,Bには,上行大動脈から腹部下行大動脈の上腸間膜動脈の分岐より上までの範囲に解離がみられるが,その発生部位を推定するのは困難であるし,Eが血管を損傷したとの主張は証拠に基づかない推定である,Bに鎖骨下動脈の血管撮影上,動脈硬化を示唆する所見がないことは事実であるが,Bの腹部大動脈に著しい血管の蛇行がみられたこと,CT検査で動脈壁に軽度の石灰化がみられたこと,加齢による血管の変化が指摘できるのであるから,動脈硬化がなかったとはいえない旨主張している。
ウ 本件においては,Bの大動脈解離の生じた範囲までは特定できているものの,具体的にいずれの部位から解離が生じたか,上下いずれの方向に解離が進展したかについては特定が困難といわざるを得ない。
しかし,大動脈解離の生じていることは明らかであり,その原因は,上記①,②のいずれかであるのであるから,大動脈解離の原因として,いずれの蓋然性が高いかを検討する。
(ア) Bに動脈硬化があったか否かに関してみるに,Bは本件手術当時82歳の高齢であったものの,本件に係る大腸部の癌が発見されるまでは,特段の疾病はみられず,アルコールの摂取や喫煙等の生活習慣もなかった。また,入院時や入院中の血圧や血液検査にも異常はなく,ほぼ正常値の範囲内にあり,本件施術において行われた血管撮影でも明らかな動脈硬化の所見はみられなかった。これに関しては,Eも,Bの腹腔動脈,腹部大動脈にはカテーテル操作が困難であるほどの強い蛇行があったとはいうものの,腹部の血管にひどい不整はなく,腹部の血管に一見して分かるような狭さくもなかったこと,大腿動脈に蛇行はなく,左鎖骨下動脈にも動脈硬化の所見はなかったこと,後日精査したCT検査の結果からも,Bには強い動脈硬化はなかったことを証言している。
他方において,腹腔動脈や腹部大動脈の強い蛇行は,動脈硬化の一所見であるし,Bの年齢に照らせば,加齢性変化による動脈硬化が生じていたとしても不思議ではない。
しかしながら,Bに生じた大動脈解離は,内膜裂口,内腔側の亀裂が上行大動脈にあり,上行・弓部大動脈より下行大動脈に及ぶディバーキーI型であったところ,医学文献によれば,その解離の部位としては,通常,上行大動脈が考えられるというのである。Bには,一般的な動脈硬化の所見がなかった上,Eは,胸部の動脈に,狭さくや蛇行などを認めなかったというのであり,鎖骨下動脈からのカテーテルのアプローチにおいては,血管造影も行っていない。また,解離が上下いずれの方向にも進展する可能性は否定できないとして,仮に下行大動脈から解離があったと考えても,Bには腹腔動脈及び腹部大動脈の蛇行が確認されたのみで,下行大動脈をはじめとした胸部付近の動脈には何らかの異常があることは確認しなかったというのである。Bの血管が特に脆かったことをうかがわせるような証拠も存在しない。
さらに,明確な動脈硬化の所見がみられなかったBについて上記②が原因で大動脈解離が生じたならば,動脈硬化が進んだ患者についてはより一層大動脈解離が生じる可能性は高いはずである。しかし,Eの証言によれば,血管撮影検査をする患者の約9割には動脈硬化があるが,それにもかかわらず,市立病院で血管撮影検査の際に大動脈解離が生じたのはBの例1件だけだというのである。
そうしてみると,Bの大動脈解離が,カテーテル等の操作に伴って,上行大動脈から下行大動脈までのいずれかに存在した動脈硬化部分が剥離して生じたものであると認めるに足りる証拠はないというほかなく,上記②が大動脈解離の原因であると認めることはできない。
(イ) 次に,カテーテル操作の手技につき検討するに,Eは,左鎖骨下動脈からのカテーテル操作において,血管の蛇行や狭さく等は認めず,手技の困難だったことはないし,血管を損傷させた心当たりもない旨証言している。反面,Eは,カテーテル操作は,エックス線透視装置の助けを借りて行うが,血管の壁が見えるわけではなく,半盲目的な作業であり,血管の壁にカテーテルが当たることはあり得ることであり,その結果,血管が損傷することは考え得ることであるとも証言し,本件においてもカテーテル等で血管を損傷させた可能性はゼロではないとも証言している。
カテーテルやガイドワイヤーの粗暴な操作によって血管内膜や大動脈壁の損傷が生じ,大動脈解離に至る危険のあることは,医学文献上も明らかである(甲7ないし9,11,14,乙7の2)。そして,上記のとおり,Bについては,明らかな動脈硬化の所見は見当たらなかったものの,腹腔動脈,腹部大動脈に強い蛇行があったため,急きょカテーテル操作を左鎖骨下動脈から行う方針に切り替えたという経緯があった。
上記各証拠によれば,大腿部動脈から行うカテーテル操作と比較して,上腕動脈から腋窩動脈に進行し,左鎖骨下動脈を経由してカテーテル操作を行う場合などについては,下行大動脈へカテーテル先端を導入する際,大動脈弓から上行大動脈に迷入してしまったり,左心室内へ進んでしまったりすることがあることから,カテーテルやガイドワイヤーの種類の選択に工夫が必要であるとともに,カテーテル等の操作自体もやや難しく,少しの抵抗であっても無理をすることなく指先の感覚に十分注意をしながら進める必要があり,初心者が単独で行うことは避けるべきものであるなどの指摘がなされている。そして,特に動脈硬化の所見があったり,血管の蛇行が強い高齢者等において,上記に述べたとおりの血管への迷入やカテーテル操作に伴う血管損傷を生ずる危険性の高いことの指摘もみられる(甲7,8)。
上記検討のとおり,Bに生じた大動脈解離が動脈硬化部分の剥離によって発生したと認めることはできないこと,そして,鎖骨下動脈からのカテーテル等の操作に伴う困難さ,Eにとっても,左鎖骨下動脈からのカテーテル操作の経験は少なく,大腿部動脈からのカテーテル操作を途中で左鎖骨下動脈からのカテーテル操作に切り替えた手術を行ったのは本件が初めてであったことなどに照らせば,Bの血管内膜等の損傷とこれに基づく大動脈解離の発生は,鎖骨下動脈から実施されたカテーテルやガイドワイヤー等の操作に直接起因して生じた蓋然性が高いというほかない。
エ 次に,カテーテル等の操作の際の血管損傷から大動脈解離,さらに心タンポナーデが発生したといえるかどうかにつき検討する。
被告は,動脈損傷から大動脈解離に発生する頻度,大動脈解離からさらに心タンポナーデが発生する頻度は,これらを推定する資料を合わせて考えてもごくわずかな確率に過ぎないものであるから,カテーテル操作に関連した血管損傷を,大動脈解離,ひいては心タンポナーデと直接的に結びつけることはできない旨主張する。
しかしながら,カテーテル等の操作に伴って血管損傷の危険性があり,これに基づき大動脈解離が生じ得ることは上記のとおりであり,医学文献上も,上肢からの(左鎖骨下動脈を経由して行う)カテーテル操作で最も避けなければならない合併症の一つとして,心臓の近くにガイドワイヤーやカテーテルを通すため,内膜損傷から起こり得る医源性心タンポナーデが指摘されている(甲7)ほか,心タンポナーデは,大動脈解離による死亡の最も一般的な原因とも指摘されている(乙8の2)。Bの大動脈解離は,ディバーキーI型に分類されるところ,同型における解離においては,一般的に,偽腔(解離腔)の拡張・破裂は,中膜最外層ないし中・外膜境界部に生じた解離に多く,心のう内に破裂して,心タンポナーデを生ずることがあるとの指摘もなされている(乙10)。被告においても,確率は低いとはいえ,血管造影に際して大動脈解離が生じ,これにより心タンポナーデを生じるといった症例のあることを把握していたものであり,Bの死亡した日のうちに,CT検査の結果を精査の上,すぐに心タンポナーデが死亡原因であるとの見解を示していた。
したがって,カテーテル等操作の際の血管損傷と心タンポナーデ発生との間に因果関係があるものと認めることができる。
オ 以上のとおり,Bの死亡原因は,動脈硬化部分が解離したことによるのではなく,カテーテル,ガイドワイヤー等の操作に直接起因して胸部血管内膜の損傷が生じ,これによって大動脈解離が発生し,心タンポナーデを生じたものと認めるのが相当というべきである。
(3) 被告の責任原因(カテーテル等の操作に注意義務違反があったか否か。)(争点(3))
ア 上記のとおり,Bの死亡原因がカテーテル等の操作に直接起因するものと考えられるところ,この点につき,被告の被用者たるEらに注意義務違反があったといえるかにつき検討する。
一般に,カテーテルやガイドワイヤーを血管の中に挿入する医療行為は,血管内膜の損傷を引き起こす危険があり,生命や身体に対する侵襲を伴う高度の危険を有するものであるから,当該医療行為を実施する際には,医師は,血管の走行やカテーテル等の位置を的確に把握し,血管の内膜損傷を引き起こすことのないよう施術を進めなければならない注意義務があるといえる。
本件施術についても,Eには,Bの血管の走行を的確に把握し,カテーテル等を押す力の入れ方に十分注意し,カテーテル等の先端によって血管の内膜を傷付けることを防止する注意義務が課せられていたというべきである。また,これに加え,本件施術においては,Bの腹部大動脈に強い蛇行がみられたため,大腿動脈から鎖骨下動脈へカテーテル操作の部位を変更したという経緯のあったことに照らすならば,Eは,より一層,血管の走行の把握やカテーテル等の進行状況を把握しておく必要があったというべきである。
イ 被告は,Bについては,大動脈解離の発生した範囲が明らかになっているのみで,胸部大動脈のどこに,いかなる理由で損傷が生じたのかは全く判明していないから,ガイドワイヤーやカテーテルの先端で大動脈ないしは上行大動脈を損傷した,あるいはシースを内膜下に進行させたという原告の主張は証拠に基づかない推定であるとし,大腿動脈も鎖骨下動脈も血管の走行を把握できず,蛇行の可能性があるという点では同じであって,本件施術の経過に照らしても,Eのカテーテル操作の手技にも,シースの挿入過程にも何ら問題はみられず,注意義務違反はない旨主張する。そして,鎖骨下動脈からのアプローチで腹腔動脈を選択した際にはテストインジェクションを行っており,通常,血液の逆流を確認することで動脈内にシースが入っていることを確認するのであるから,血液の逆流が的確にある場合には,シースの先端が血管の内腔内にあるといえ,ガイドワイヤーやカテーテルで血管の内腔を傷付けることはなく,原告のいうように,テストインジェクションを繰り返しながらシースの挿入を進めるべき注意義務は通常存在しないなどとも主張している。
ウ Eは,平成3年3月に大学を卒業後,医師として勤務し,カテーテル手技も本件当時までに約660件の経験があったという者で,手技の経験に乏しいといったことは認められないし,その経験の中で,カテーテル手技を受けた患者が大動脈解離を起こしたことは本件1件のみであるというのであり,技術的に劣っていたというような事情は認められない。本件施術におけるカテーテル操作の手技や施術経過をみても,用いたカテーテルやガイドワイヤーの種類,シースの挿入方法,テストインジェクションの方法などについて,医学文献に指摘されている標準的なカテーテル操作と大きく異なる点もみられない。
しかし,本件では,Bの腹腔動脈,腹部大動脈に強い蛇行がみられたため,急きょ,カテーテル等の挿入部位を大腿部から左鎖骨下に変更したという経緯があったにもかかわらず,午前10時58分に,大腿部からのアプローチに際して腹腔動脈の血管造影を行った以降は,鎖骨下動脈からのアプローチに際して胸部動脈などの血管造影が行われた記録は存在せず,Eも撮影を行っていないことを認めている。また,上記のとおり,Eは,鎖骨下動脈からのカテーテルの挿入の経験は少なく,本件のように,施術を開始してから,カテーテルの挿入部位を大腿部から鎖骨下に変更した症例は,本件が初めてであったのである。
そうしてみれば,鎖骨下動脈からのカテーテル等の操作においては,当該部位がより心臓に近いことや,カテーテル等が迷入してしまう可能性が高く,その操作においては,進行方向や指先の感覚等に十分な注意を要することが求められていたにもかかわらず,Eは,鎖骨下動脈からカテーテル操作を行った経験が豊富とはいえず,また,Bの腹部の動脈には強い蛇行がみられたのであるから,鎖骨下動脈からの手技に際しても,血管造影を行うなどして,Bの血管の走行を的確に把握しつつ,慎重に施術を行うべき注意義務を負っていたのに,これを怠った注意義務違反があったというべきである。
エ この点につき,被告は,カテーテル等の操作により血管内膜の損傷を生じることは避けられない危険であり不可抗力であるかのような主張をしている。
しかしながら,仮に被告の主張が正しいのであれば,カテーテルを血管に挿入する場合,常に死亡の危険があり,しかもそれについて医師は責任を負わないということになるから,薬の副作用の場合と同様,患者に対して事前にそのことを十分に説明してその納得を得る義務があるというべきであるが,市立病院においても,また一般にも,そのような説明が行われていることを示す証拠はない。被告の主張を採用することはできない。
オ したがって,Eが鎖骨下動脈からのカテーテル等の操作を行うに当たっては,血管造影を行うなどして,Bの腹腔動脈だけでなく,胸部大動脈等の胸部の血管の走行を的確に把握し,血管内膜の損傷を生じさせないよう手技を行うべき注意義務があったにもかかわらず,血管の走行やカテーテル等の位置,操作に十分な注意を払わなかったため,一連のカテーテル等の操作において,カテーテル等の先端で血管壁や内膜に傷を付け,あるいは,ガイドワイヤーやシースを血管内膜下に挿入させたまま,カテーテル等の操作を行い,内膜を剥離させるなどし,Bの上行大動脈から腹部下行大動脈の上腸間膜動脈の分岐より上までの範囲の血管内膜に解離を生じさせた過失があるものと認めるのが相当である。すなわち,損傷が生じた具体的な部位が明らかでないため,カテーテル操作の誤りに関する原告の第1次的主張と第2次的主張のいずれが正しいのかを確定することはできないが,いずれかが正しいことは認めることができる。本件においては,カテーテル等の手技の際の注意義務違反があったかどうかが重要なのであり,この点に関する具体的事実について当事者双方の主張立証は尽くされているから,このような選択的な過失の認定をもって足りるというべきである。」
谷直樹
ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
↓

