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経過観察を行う際の注意義務(急性喉頭蓋炎事件) 大阪地裁平成16年1月21日判決

大阪地裁平成16年1月21日判決(裁判長 角隆博)は,急性喉頭蓋炎の事案で「D医師は,8月13日午後9時20分ころから午後10時ころまでの時点で,原告A1の呼吸困難の原因が扁桃腺の腫大によるものではない可能性を視野に入れつつ,原告A1を看護する看護師に対して,原告A1の呼吸状態等について厳重に経過観察し,もし原告A1の呼吸困難の程度が進行したのであれば,速やかに詳細をD医師に報告するように指示すべきであり,さらには,遅くとも同月14日午前6時の時点までには,原告A1を自ら診察し,原告A1の呼吸困難は,C病院で対応できるような通常の口蓋扁桃炎によるものではないと診断して,気道確保の準備を整えるか,あるいは呼吸困難の原因の鑑別,原告A1の呼吸状態の改善及び気道確保等を目的として,耳鼻咽喉科の専門医がいる和歌山医大病院等への搬送を実施すべきであった。」と判示し,経過観察を行う際の注意義務を認定し,注意義務違反(過失)を認めました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「2 争点2(D医師の経過観察義務)について

(1) 前記のとおり,経過観察の措置自体は不適切であったとはいえないが,経過観察を行うに際しては,D医師には,以下のような注意義務があるというべきである。
すなわち,前記第4,2の医学的知見によれば,口蓋扁桃炎のうち扁桃周囲炎・扁桃周囲膿瘍については,喉頭蓋,声門に炎症が波及した場合には,呼吸困難をきたす可能性があるが,急性扁桃炎については,呼吸困難や気道閉塞を生ずる可能性はほとんどないとされているところ,D医師が診察した時点では,扁桃の軽度の腫脹にとどまり,中等度の呼吸困難をおこすような扁桃の状態ではなかったことがうかがえる。そして,D医師自身,診察できた範囲では扁桃腺の腫脹しか確認できなかったので,感冒,扁桃炎,咽頭炎と診断したが,診察できない喉頭部の炎症性疾患も念頭にあったというのであるから(乙A5,証人D),D医師は,原告A1の呼吸困難の原因が扁桃炎によるものではない可能性も視野に入れて,看護師に対し,原告A1の呼吸状
態等について注意深く観察し,原告A1の呼吸困難の程度が進行したような場合には,速やかに詳細を報告するよう指示し,その報告如何によっては自ら診察すべき義務があったというべきである。

(2) そこで,D医師が上記の注意義務を尽くしたか否かについて検討するに,別紙診療経過一覧表(C病院)に,証拠(甲A3,乙A1,5,証人N,同D)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告A1は,8月13日午後10時ころに入院した直後から,ヒューヒューという狭窄様の呼吸音を伴う強い呼吸困難と咽頭痛があり,D医師は,看護師に対し,バイタルサインのチェックを指示したこと,同月14日午前0時ころ,ナースコールにより看護師が訪室したところ,強い咽頭痛の訴えがあったことから,D医師の指示によりソルコーテフ200㎎の点滴を行ったが,その際,体温を測ったところ,37.1°Cであったこと,原告A1は,上記点滴が行われた後には,少し呼吸状態が楽になるものの,すぐに元の呼吸困難の状態に戻り,同日午前1時45分ころ,再びナースコールにより看護師が訪室したところ,狭窄様の呼吸で,強い呼吸困難の訴えがあったことから,D医師の指示によりソルコーテフ200㎎の点滴を行ったこと,同日午前2時30分ころにもナースコールがあり,強い呼吸困難と咽頭痛の訴えがあったことから,D医師の指示によりボルタレン座薬を投与したが,ボルタレン坐薬によっても,咽頭痛は軽快しなかったこと,原告A1は,一時的にまどろむことはあったが,息苦しさから飛び起きることを繰り返すような状況にあり,同日午前6時ころのナースコールにより看護師が訪室したところ,狭窄様の呼吸で強い呼吸困難の訴えがあったため,D医師の指示によりボルタレン座薬を投与したこと,D医師は,ナースコールにより訪室した看護師からの電話連絡で原告A1の状態について報告を受けていたが,自ら訪室して原告A1を診察したことはなかったこと,が認められる。

(3) 以上認定の事実によれば,D医師は,看護師から,電話で原告A1の状態について報告を受けていたのであるから,入院後ステロイド剤のソルコーテフを3回に分けて合計600㎎投与したにもかかわらず,入院後8時間経過した8月14日午前6時の時点においても呼吸状態には改善がみられず,ヒューヒューという狭窄様の呼吸音を伴う強い呼吸困難と咽頭痛が8時間以上継続していたことを認識していたというべきである。
そして,以上の点に加え,D医師は,本件当時,扁桃の腫脹は軽度であったことなどから,喉頭部の炎症性疾患も念頭にあった上(乙A5),急性喉頭蓋炎についての教科書的知識はあり,重症例では呼吸困難が急速に進行し,その場合は気道確保が救命の唯一の手段であることを認識していた旨証言していること等を併せ考慮すると,D医師は,遅くとも8月14日午前6時の時点までには,原告A1を自ら直接診察して,急性喉頭蓋炎の診断まではできなかったとしても,同人の呼吸困難はC病院で対処できるような口蓋扁桃炎によるものではなく,その下部にある喉頭部の腫脹による気道狭窄によるものではないかという疑いを持つべきであったといわなければならない(後記認定のとおり,和歌山医大病院のH医師の診察によれば,扁桃には異常が認められなかったというのであるから,この時点で診察しておれば,扁桃炎の程度は,原告A1の上記のような呼吸困難をもたらすものではないと判断し得たと考えられる。)。そして,前述したとおり,ステロイド剤の点滴にもかかわらず,症状の改善がみられないこと等をも併せ考慮すると,さらに症状が悪化すれば,気道閉塞に至る可能性を予見できたというべきであるから,この時点で自ら頸部のレントゲン撮影をして気道の状態を診断し,気道確保の準備をするか,それができないのであれば,呼吸困難の原因の鑑別,原告A1の呼吸状態の改善,気道確保等を目的として,耳鼻咽喉科の専門医がいる和歌山医大病院等へ搬送すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った過失があるというべきである。
これに対し,D医師は,原告A1の入院後の状態について,看護師から,呼吸を苦しがっているとか,咽頭痛が強いなどと電話で報告を受けていたものの,看護師から特に診察が必要であるとの要請もなかったことなどから,看護記録の記載(乙A1p18)程には重症ではないと判断したと証言する。
しかしながら,D医師は,8月14日午前1時45分の狭窄様の呼吸であるとの報告は聞いていないが,他は概ね看護記録の記載どおりの報告があったと証言しており,同医師の証言を前提としても,原告A1の症状の推移に照らすと,呼吸困難の程度は改善どころか進行し,重症化していると考えるのが普通であるから,たとえ看護師から診察が必要であるとの要請がなかったとしても,医師としては,看護師の判断に任せるのではなく,自ら診察して原告A1の状態を把握すべきであったのにこれをせず原告A1が重症ではないと判断したことには,過失があるといわざるを得ない。また,仮に看護師の報告が不十分なため,そのように判断し得なかったとしても,前記(1)のとおり,看護師に対し,原告A1の呼吸状態について厳重に経過観察するよう指示しておれば,看護師から原告A1の呼吸状態についてより正確な報告がなされていたと考えられるから,D医師は,看護師への指示義務に違反していたということになる。
被告Bは,また,E医師が8月14日午前8時35分に診察した時点においても直ちに気管内挿管をしなければならないとは判断しなかったこと及び同日午前9時20分に転送先の和歌山医大病院に到着後も直ちに気管内挿管されることがなかったことから,D医師が直ちに気管内挿管等の気道確保をしなければならない状態に立ち至っていると判断しなかったことが誤りとはいえないと主張する。
しかしながら,後述するとおり,転送先の和歌山医大病院に到着した段階で,一刻を争って気道確保をしなければ窒息するというような状態にまでは至っていなかったというだけであって,原告A1の呼吸困難の程度はそれ程余裕のある状態ではなかったというべきである。そして,前述したとおり,D医師は,原告A1の臨床症状や治療経過等から,呼吸困難が悪化し,気道閉塞に至ることは予見できたのであり,しかも,ひとたび気道閉塞に陥れば,重大な結果が生じることが予想されるのであるから,医師としては,たとえ診察した時点では,直ちに気管内挿管等をしなければならない状態ではなかったとしても,患者の臨床症状や治療経過等から,症状の悪化が予想される場合には,気道閉塞に備えいつでも気道確保ができるようにその準備はしておく必要があるというべきである(乙B1,9〔丙B11も同じ。〕参照)。したがって,D医師は,遅くとも8月14日午前6時の時点までには,気道閉塞して窒息状態に陥ることに備えていつでも気道確保ができるように自らその準備を整えるか,あるいは耳鼻咽喉科の専門医のいる病院に転送すべきであったというべきである。したがって,被告Bの上記主張は採用できない。

(4) 以上要するに,D医師は,8月13日午後9時20分ころから午後10時ころまでの時点で,原告A1の呼吸困難の原因が扁桃腺の腫大によるものではない可能性を視野に入れつつ,原告A1を看護する看護師に対して,原告A1の呼吸状態等について厳重に経過観察し,もし原告A1の呼吸困難の程度が進行したのであれば,速やかに詳細をD医師に報告するように指示すべきであり,さらには,遅くとも同月14日午前6時の時点までには,原告A1を自ら診察し,原告A1の呼吸困難は,C病院で対応できるような通常の口蓋扁桃炎によるものではないと診断して,気道確保の準備を整えるか,あるいは呼吸困難の原因の鑑別,原告A1の呼吸状態の改善及び気道確保等を目的として,耳鼻咽喉科の専門医がいる和歌山医大病院等への搬送を実施すべきであった。
しかるに,D医師は,看護師からの報告を受けたにもかかわらず,自ら診察することを怠った結果,その判断を誤り,原告A1を専門医がいる和歌山医大病院等へ搬送するなどしなかったのであり,また,その原因が看護師からの報告が不十分であったことにあるとすれば,それは,看護師に対する指示が不十分であった結果であって,いずれにしてもD医師に過失があるといわざるを得ない。」


同判決は,因果関係と使用者責任を認めました.

「3 争点5(C病院の医師の過失と原告A1の後遺障害との間の因果関係)について

前記2のとおり,D医師の診療行為には過失があるところ,同過失がなければ,原告A1は,少なくとも2時間程度早く和歌山医大病院に転送されていたことになる。そして,G医師が,もっと早期に転送を受けていれば,本件とは違った措置をとることができたと証言していることに照らすと,同病院において余裕をもって気道確保を行うことができたと考えられ,その結果,原告A1が低酸素脳症に陥ることはなかったといえるから,D医師の上記過失と原告A1が現在植物状態となっていることとの間には相当因果関係があるというべきである。
この点,被告Bは,C病院の医師が和歌山医大病院等への転送を早期に実施しなかったことと,原告A1が心肺停止になって低酸素状態に陥り,現在のような状態になったこととの間には因果関係がないと主張するが,前述したとおり,D医師の過失により転送までに時間が経過したことによって,和歌山医大病院において緊急にミニトラックによる気道確保を行わなければならなくなり,その結果,後述するとおり,原告A1が低酸素脳症に陥ったというべきであるから,因果関係がないとはいえない。
以上によれば,D医師は,不法行為責任を負うというべきである。

4 被告Bの使用者責任について

前記認定の事実によれば,D医師は,被告Bの被用者であり,同被告の事業の
執行として診療を行ったというべきであるから,被告Bは,原告ら主張のその余の
過失について判断するまでもなく,使用者責任を負い,原告A1に生じた後記損害
を賠償すべき義務がある。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-03-03 23:25 | 医療事故・医療裁判