弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

起炎菌の同定や感受性試験を行わずして抗生物質を再投与した過失,薬剤性肺炎の診断を遅らせ治療を怠った過失 奈良地裁葛城支部平成14年11月27日判決

奈良地裁葛城支部平成14年11月27日判決(裁判官 神山隆一)は,「アジセフの添付文書には,使用上の注意として,必要最小限度の投与,間質性肺炎等の副作用惹起の可能性,高齢者の場合は,副作用が発現しやすいので患者の状態を観察しながら,慎重に投与することが必要である旨明記されていること,Aは,非常に高齢であること,それにもかかわらず,被告は,起炎菌の同定や感受性試験を行うことなく,投与量は途中で減らしてはいるものの,漫然と19日間も投与を続け,10月27日にはメイセリンに変更しているが,その変更の必然性も不明であること,投与途中の血液検査の結果で,アジセフ投与と共に好酸球数が上昇して異常な数値を示し,アジセフからメイセリンに変更後は好酸球数も正常値に戻るなどの顕著な検査所見があるにもかかわらず,これを全く顧慮せず,単に睾丸に炎症が認められたというだけで,今度も起炎菌の同定や感受性試験を行わず,11月9日から再びアジセフを投与していること,そもそもAが尿路感染症に罹患していたとの根拠も必ずしも明らかではないことが認められ,これらの事実によれば,被告のアジセフの投与方法は,およそアジセフの添付文書の記載を全く無視したものといわざるを得ず,少なくとも,血液検査の結果,薬剤アレルギーを疑うべき結果の出た後である,11月9日からのアジセフの再投与は,医療上の過失と評価するのが相当である。」と判示し,過失を認めました.
同判決は,11月17日撮影の胸部X線写真の撮影を11月19日に初めてその読影をしたことについても過失を認めました.
同判決は,「11月19日の11時32分の血液ガス検査でAは著しい低酸素血症の状況であったこと,主治医のC医師もこれまでの経過から薬剤性肺炎を強く疑っていたこと,薬剤性肺炎の治療には一般的にステロイド投与が有効であることが認められ,これらの事実によれば,B病院医師としては,時間を置かずに再度血液ガス検査を行い,早期にリザーバーマスクにより血中酸素濃度の上昇あるいは挿管による人工呼吸を検討すると共に(B病院においてこれらの対応が困難であれば,当然のことながら,より高次の病院への転送をするべきである。),ステロイドパルス療法を試みるべき注意義務が存したものというべきである。」と判示し,過失を認めました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「2 本件肺炎の原因について

上記認定事実及び前掲各証拠によれば,アジセフの添付文書には,副作用の1つとしてセフェム系抗生物質には間質性肺炎を惹起することがあることが記載されていること,抗生物質は一般にアレルギー反応による薬剤性肺炎を起こすことが多いとされ,好酸球数の増加はアレルギー反応の兆候であること,Aの急性呼吸不全はアジセフ投与後に起こったこと,アジセフ投与後に好酸球の白血球数に占める割合と絶対数がともに増加し,アジセフの中止後,メイセリンに変更し好酸球数が減少し(10月27日),アジセフ再投与(11月9日)後に好酸球数が増加し,さらにアジセフ再度中止(11月18日)後好酸球の再減少が見られたこと,Aにはアジセフ以外の様々な薬剤が投与されているが,アジセフ投与中止時に他の薬剤で投与が中止されたものはなく,11月9日にアジセフが再開されてから新たに追加された薬剤も特別にないこと,Aの主治医であるB病院のC医師もアジセフによる薬剤性肺炎を強く疑っていること,内科医師のG医師は,本件肺炎がアジセフによる薬剤性肺炎であると判断していること,D医師は,長期間抗生物質が投与されていたことから,細菌性の肺炎の可能性は低いと判断していたこと,本件肺炎の特徴は,発症前にはほぼ正常のレントゲン像を呈し,その後,急速に進行し,重篤な酸素化障害を特徴とする急性呼吸不全を伴う肺野縮小傾向を伴うびまん性肺疾患であるが,E鑑定は,これらの特徴を満たす疾患は,急性間質性肺炎,急性呼吸促迫症候群,薬剤性肺炎であると判断しており,しかもアジセフは肺炎の原因薬剤としての必要条件は満たしているし,アジセフがAに過敏反応を惹起した可能性を強く示唆するとし,D医師が疑った真菌性の肺炎の可能性は低いと判断していることが認められ,これらを総合すると,Aの本件肺炎は,アジセフが作用して惹起したものであると考えるのが自然かつ合理的である。したがって,アジセフの投与と本件肺炎の発症との間には因果関係があると認めるのが相当である。
これに対しては,E鑑定は,本件肺炎につき様々な観点から検討を加え,アレルギーによる薬剤性肺炎の典型例は斑状の陰影をとり,薬剤中止によって可逆的な経過をとり,肺の収縮傾向は強くない場合が多いが,これらは本件肺炎の臨床像と異なることなどから,本件肺炎の原因は特定できない,薬剤性肺炎と仮定した場合,提示された資料から原因薬剤を特定することはできないとしており,F鑑定も結論において同旨と考えられる。
しかしながら,上記認定事実及び前掲各証拠によれば,薬剤性肺炎の胸部X線写真も多様で特有でないこと,薬剤性肺炎と肺の収縮傾向の関係を明確に論じた医学文献も見あたらないこと,アジセフ投与を中止した時点で本件肺炎は重症化していたのであるから,投与中止により可逆的な経過をとらなかったとしても必ずしも矛盾はないことが認められ,これらの事実によれば,E鑑定が指摘している点も本件肺炎が薬剤性肺炎であることを否定する根拠になりうるものでないことは明らかである。そして,訴訟上の立証は,高度の蓋然性を証明することであり,その判定は「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもの」であれば足りるのであり,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないのである。このような見地に立って考えると,上記の事実関係から,アジセフの投与と本件肺炎との因果関係の立証はされていると認めるのが相当であり,E鑑定やF鑑定は,医学研究と同じ姿勢で対応しているものであり,このような判断は民事責任の確定の見地からは相当とはいえない。

3 B病院医師の注意義務違反の有無について

(1) 抗生剤投与における注意義務違反について

前掲各証拠によれば,抗生物質投与による各種感染症の治療にあたっては,血液,喀痰等の培養による細菌学的検査によって起炎菌を決定したうえ,同起炎菌に対する薬剤感受性試験を実施し,その測定結果に基づいて投与抗生物質を選択するのが原則であること,本件においては,起炎菌の同定や感受性試験は行われていないこと,被告は細菌感染による慢性前立腺炎の急性増悪を想定し,アジセフを投与したものであるが,上記のとおり,起炎菌の同定や感受性試験が行われていないため,前立腺炎には適応が取れていなかったことが認められ,これらの事実によれば,本件のアジセフ投与方法は最善とは言い難いものの,他方,前掲各証拠によれば,上記のとおり,被告が前立腺炎を疑ったこと自体は適切であること,Aは高齢であり,尿閉のためバルーンカテーテルが留置されていたことから,尿路感染症の合併頻度は高かったこと,アジセフは,慢性尿路感染症で分離頻度の高い大腸菌,緑膿菌,肺炎桿菌に感受性があることが認められるから,これらの事実によれば,被告が当初アジセフを投与したこと自体は,不適切とまで言い切れず,医師の診療行為としてその裁量の範囲内にあるというべきである。
しかしながら,上記認定事実及び前掲各証拠によれば,アジセフの添付文書には,使用上の注意として,必要最小限度の投与,間質性肺炎等の副作用惹起の可能性,高齢者の場合は,副作用が発現しやすいので患者の状態を観察しながら,慎重に投与することが必要である旨明記されていること,Aは,非常に高齢であること,それにもかかわらず,被告は,起炎菌の同定や感受性試験を行うことなく,投与量は途中で減らしてはいるものの,漫然と19日間も投与を続け,10月27日にはメイセリンに変更しているが,その変更の必然性も不明であること,投与途中の血液検査の結果で,アジセフ投与と共に好酸球数が上昇して異常な数値を示し,アジセフからメイセリンに変更後は好酸球数も正常値に戻るなどの顕著な検査所見があるにもかかわらず,これを全く顧慮せず,単に睾丸に炎症が認められたというだけで,今度も起炎菌の同定や感受性試験を行わず,11月9日から再びアジセフを投与していること,そもそもAが尿路感染症に罹患していたとの根拠も必ずしも明らかではないことが認められ,これらの事実によれば,被告のアジセフの投与方法は,およそアジセフの添付文書の記載を全く無視したものといわざるを得ず,少なくとも,血液検査の結果,薬剤アレルギーを疑うべき結果の出た後である,11月9日からのアジセフの再投与は,医療上の過失と評価するのが相当である。
これに対し,被告本人尋問の結果及びE鑑定の中には,添付文書と異なる医療慣行があるかのような供述・記載がある(もっともE鑑定によれば,メイセリン変更への妥当性については検討されているが,その後のアジセフ再投与の当否については積極的に検討されているとは言い難い。)が,添付文書に記載された注意事項に従わなかった場合は,医師の過失が推定されるのであり,医師が医薬品を使用するに当たって医薬品添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,仮に,一般開業医が添付文書に記載された注意事項を守らず,これと異なる使用方法によるのを常識とし,実践していたとしても,それは平均的医師が現に行っていた当時の医療慣行であるというにすぎないものであるから,これに従った医療行為を行ったというだけでは,医療水準に基づいた注意義務を尽くしたことにはならないのである。

(中略)

(3) 肺炎に対する治療における注意義務違反について

上記認定事実及び前掲各証拠によれば,C医師は,11月17日に胸部X線写真の撮影を指示しながら,11月19日に初めてその読影をしたことが認められ,上記のアジセフの再度投与の危険性や慎重投与の必要性からすると,すみやかに読影して対応するべきであったといえ,上記の診療経過からしても,読影していれば,より迅速に肺炎治療を行うことが可能であったものであるから,この点はB病院医師の過失というべきである。
また,上記認定事実及び前掲各証拠によれば,11月19日の11時32分の血液ガス検査でAは著しい低酸素血症の状況であったこと,主治医のC医師もこれまでの経過から薬剤性肺炎を強く疑っていたこと,薬剤性肺炎の治療には一般的にステロイド投与が有効であることが認められ,これらの事実によれば,B病院医師としては,時間を置かずに再度血液ガス検査を行い,早期にリザーバーマスクにより血中酸素濃度の上昇あるいは挿管による人工呼吸を検討すると共に(B病院においてこれらの対応が困難であれば,当然のことながら,より高次の病院への転送をするべきである。),ステロイドパルス療法を試みるべき注意義務が存したものというべきである。
ところが,現実には,上記のとおり,C医師は2リットル/分の酸素投与を指示しただけで,D医師に引き継ぎ,同医師も14時20分まで血液ガス検査を行わず,その結果十分な酸素投与ができず,ステロイドパルス療法も試みなかったというのであるから,この点においてB病院医師の過失があるものといわなければならない。

(4) まとめ

以上によれば,B病院医師らは,Aに対する抗生物質の投与方法を誤り,その結果,Aを薬剤性肺炎に罹患させ(Aの肺炎発症の正確な時期は不明であるが,死亡診断書(乙2)によれば,発病は11月18日頃とされていることからしても,上記の血液検査の結果からしても,再度のアジセフ投与により肺炎が発症したものというべきであるから,B病院医師の注意義務違反とAの死亡との間に因果関係があるのは明らかである。),これにより引き続いて急速な呼吸不全の状態になったAに対しても,適切な治療の時期・方法を失したため,Aをして死に至らしめたものというべきであるから,同医師らの診療行為は,上記認定の診療契約上の債務の本旨に従った履行ではなく,もしくは,その診療行為には過失があるものというほかなく,被告は,自ら,あるいはその履行補助者ないしは被用者である同医師らの債務不履行もしくは不法行為の結果原告の被った損害につきその賠償をするべき義務がある。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-03-05 06:09 | 医療事故・医療裁判