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気管穿刺ないし緊急気管切開を実施すべき注意義務等 平成14年3月18日  東京地方裁判所

東京地裁平成14年3月18日判決(裁判長 難波孝一)は,「2回目の気管内挿管を試み,これに失敗した時点で,亡Hに対し,気管穿刺ないし緊急気管切開を実施すべきであったのに,これを怠った点に注意義務違反が認められ」,「3回目の挿管後,亡Hの呼吸音のみを確認して,チューブが気管内に挿管されたと判断したN医師には,挿管後の確認を怠った過失及び食道へ挿管したまま亡Hを放置した過失がそれぞれ認められる。」と判示し,過失を認めました.
また,同判決は,「N医師が,午後10時00分以前に,気管穿刺ないし緊急気管切開等の必要な措置を行い気道を確保していれば,亡Hは死亡を免れた蓋然性が高いのであるから,被告医師らの過失と亡Hの死亡との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。」ち判示し,因果関係を認めました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「2 争点(2)(本件急変後の措置に関する被告医師らの過失)について

(1) 原告らは,次に,亡Hの急変後における被告医師らの処置には過失があると主張する。そこで,以下,本件急変後の被告医師らの処置に関し,当時の医療水準に照らして注意義務違反が認められるか否かについて検討する。
前記争いのない事実等及び証拠(甲4,5,16ないし18,乙14,証人N,同M)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 亡Hの急変後の症状と被告医師らの処置

(ア) 亡Hは,午後9時40分ころ,本件処置室で,看護婦に対し,痰が出るのでティシュペーパーをとってほしいと述べ,看護婦から渡されたティシュペーパーに白色の痰を喀出したが,「息苦しい,息苦しい」と訴えるに至り,手爪にもチアノーゼが出現した(前記争いのない事実等(4)ア)。

(イ) 看護婦は,午後9時42分ころ,当直室に電話し,N医師に対し,亡Hの呼吸がおかしいのですぐ来てほしいと伝えた。このころ,亡Hが呼吸停止様の状態に陥ったため,看護婦は,亡Hに対し,心臓マッサージを開始した(前記争いのない事実等(4)イ)。

(ウ) N医師は,午後9時43分ころ,本件処置室に到着した。N医師は,アンビューバックによる換気を開始するとともに,看護婦に対し,応援のために人員を集めるように指示した。更に,N医師は,午後9時50分ころ,ボスミン1アンプルを静脈注射し,1回目の気管内挿管を試みたが,喉頭の展開が困難で,喉頭鏡を使用しても声門が確認できず挿管することができなかった(前記争いのない事実等(4)ウ,同エ,証人N【25頁】,弁論の全趣旨)。

(エ) N医師は,1回目の気管内挿管を試みた後,アンビューバックによる換気に戻ったが,午後9時55分ころ,Hに対し,2回目の気管内挿管を試みた(前記争いのない事実等(3)オ,弁論の全趣旨)。しかし,この時も,喉頭の展開が困難で声門の確認ができなかったため,気管内挿管を断念し,アンビューバックによる換気に戻った(弁論の全趣旨)。

(オ) N医師は,午後9時58分ころ,亡Hに対し,3回目の気管内挿管を試みた。この際も,N医師は,亡Hの声門を確認することができなかったが,挿管後の呼吸音の確認から,正常に気管内に挿管されたと判断し,挿管されたチューブを通じ亡Hに対し酸素を供給した(前記争いのない事実等(4)カ,証人N【35頁】)

(カ) M医師は,午後9時58分ころ,本件処置室に到着した。M医師が本件処置室に到着した時点における亡HのSPO2は23%であり,亡Hには腹部膨満及びチアノーゼが顕著に見られた。M医師は,N医師から,挿管部を覗いてほしいと求められ,喉頭鏡で確認したが,喉頭蓋浮腫のために挿管できているか否かを確認することはできなかった(前記争いのない事実等(4)キ)。

(キ) 亡Hは,午後10時00分ころ,心停止状態に陥った。そのため,被告医師らは,亡Hに対し,心臓マッサージを行った(前記争いのない事実等(4)ク)。

(ク) 午後10時05分ころ,亡Hに挿管されていたチューブから吐物が逆流し,3回目の挿管が食道への誤挿管であったことが判明した。M医師は,直ちに,チューブを気管内に挿管し,これに成功した(前記争いのない事実等(4)ケ)。

(ケ) M医師による気管内挿管により,亡Hの低酸素状態が改善されたために,亡Hは,心拍が再開し,血圧も測定することができるようになった(証人M)。

イ 医学的知見

(ア) 救命処置を必要とする呼吸困難の症状としては,意識の消失,チアノーゼの出現,呼吸様式の変化(無呼吸ないし頻呼吸),頻脈,血圧低下,胸部・上腹部が動かないこと等が挙げられる(甲18【50頁】)。

(イ) 患者の呼吸困難の症状が強いときには,医師は,患者に対し,まず酸素吸入などを行うが,呼吸機能や心機能の著しい低下又は停止がみられるときには,心肺蘇生法が適応となり,気道の確保,人工呼吸,循環の改善などが必要となる(甲16【19頁】,乙14参考資料9【76頁】)。

(ウ) そして,呼吸運動が停止していたり弱い場合や,エアウェイあるいは鼻チューブを挿入しても有効な換気が行えない場合は,気管内挿管を行うべきであるとされている(甲5【128頁】,18【5頁】)。

(エ) 気管内挿管には,経口的気管内挿管と経鼻的気管内挿管とがあり,気道確保の基本は経口的気管内挿管であり,気道確保に要する時間が比較的短く,気管内吸引も容易であるため,緊急の場合には経口的気管内挿管が選択される場合が多いとされている(甲5【128頁】,17【73頁】)。

(オ) 気管内挿管の手順は,まず,100%酸素による人工呼吸を行い,吸引器の準備をする。挿管の際には,必ず声門を確認し挿管する。気管内挿管自体は1分以内にできるとされている(甲4【4頁】)。また,気管内挿管が行われるまでの間は,下顎挙上法により気道を確保しポケットマスクやアンビューバックを用いた人工呼吸を行うとされている(甲16【127頁】,17【63頁】)。

(カ) 気管内挿管が正しく行われた否かを確認する方法としては,①胸郭を圧迫し,気管チューブからの空気の流出を確認する方法,②アンビューバックを加圧しながら聴診し呼吸音の左右差を確認する方法,③アンビューバックを加圧しながら胸郭の拡張の有無を確認する方法,④全身のチェック(チアノーゼ,バイタルサイン,尿量,皮膚の乾湿,温感),⑤血液ガス分析,⑥胸部X線写真等の方法がある(甲4【5頁】,5【129,130頁】,17【74頁】,証人M【14頁】)。

(キ) 気道確保の方法としては,気管内挿管の他に,気管穿刺や気管切開がある。このうち,気管穿刺とは,気管内挿管や気管切開による気道確保ができない緊急の場合に,気管に経皮気管穿刺針(トラヘルパー)を穿刺して気道を開通する方法のことをいい,穿刺する場所は輪状甲状靭帯付近であるが,輪状甲状靱帯の部分は,比較的血管が少ないため容易に行うことができるとされている(甲18【56頁】)。次に,気管切開とは,手術により気管に開口部を設け,開口部から気管カニューレを挿入する方法をいい,緊急度の高い場合の気管切開は,輪状甲状膜切開術が行われる。輪状甲状膜は頸部正中に位置し,重要な神経,血管を欠き,容易に気管腔に到達できるとされている(甲18【56頁】,乙14参考資料10【100頁】)。

(ク) 気道を確保するに当たり,気管内挿管を行うべきか,気管切開を行うべきかという点については,どちらを選択するかについて絶対的な基準があるわけではない。したがって,患者の個々の症例に合わせて,気管内挿管と気管切開の選択を行うべきであるとされている(乙14参考資料9【399頁】)。

(2) 以上の認定事実を前提に,本件において,被告医師らの処置に,二次救急の当直医及び看護婦に要求される注意義務違反が認められるか否かについて検討する。

ア 看護婦の処置について

前記(1)で認定した事実及び証拠(甲19【10頁】,証人N,同M)並びに弁論の全趣旨によれば,医療機関は,呼吸停止に陥った患者に対し,直ちに気道確保を行い,その後に人工呼吸,心臓マッサージを実施すべき注意義務を負っていたことが認められる。
これを本件についてみるに,前記争いのない事実等(4)イで認定したとおり,本件処置室にいた看護婦は,本件急変後,亡Hに対し,気道確保及び人工呼吸の措置を採らずにいきなり心臓マッサージを開始しており,本件急変後の看護婦の採った措置は,呼吸困難に陥った救急患者に対し行うべき救命処置手技に関する当時の医療水準に照らして,不適切な措置であると認められる。
以上によれば,本件急変直後の看護婦の措置には,注意義務違反が認められる。

イ 気道確保の方法の選択

(ア) 原告らは,本件急変後における亡Hに対するN医師の処置について,気管内挿管が失敗した後,不十分であることを知りながら,マスクとアンビューバックによる換気を継続したもので,気道確保の方法の選択を誤った過失があると主張するので,以下,この主張の当否について検討する。

(イ) 前記(1)イ(ク)で認定したとおり,呼吸困難に陥った患者に対し,いかなる気道確保の手段を講じるかについては,絶対的な基準があるわけではなく,個々の患者の症例に併せて選択すべきものであることが認められる。
したがって,呼吸困難に陥った患者に対し,どのような気道確保手段を選択するかについては,第一次的には,医療機関(医師又は看護婦)の裁量に委ねられていると解することができる。しかし,個々の患者の症状に照らして,気管内挿管が著しく困難であることが明白であり,直ちに,気管穿刺又は気管切開を行わないと患者が死亡してしまう危険性がある場合には,医師には気管穿刺又は気管切開を行うべき注意義務が課されており,このような義務が課されているにもかかわらず,気管穿刺又は気管切開による気道確保を怠った場合には,そのために生じた結果に対し,損害を賠償する義務を免れないというべきである。

(ウ) そこで,まず,N医師が,気管穿刺あるいは気管切開ではなく,2回目の気管内挿管を試みたことについて検討する。

a 前記争いのない事実等及び証拠(甲18【54頁】,乙14参考資料9【76頁】)並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(a) 気管内挿管ができない場合は,緊急気管切開や経皮的穿刺針による気道の確保が急務であるとされている(甲17【74頁】,乙14参考資料1【70頁】,同参考資料9【76頁】)。

(b) 技術不足を含めて,気管内挿管が不能のときには,ためらわずに輪状軟骨下に18G(ピンク針)を3,4本指し,針から十分な酸素を投与しつつ,気管切開の準備を進めるべきであるとする文献(甲19【151頁】)や,緊急気管切開や経皮的穿刺針の用意がないときには,輸血針を数本甲状軟骨と甲状軟骨との間に刺入するととりあえず呼吸が可能となるとする文献(乙14参考資料9【76頁】)が存在する。

(c) 急性喉頭蓋炎では喉頭蓋がしばしば斑状に黄色や赤色調に腫れあがるために,閉塞しそうな気道に挿管するには経験と技術を要し,緊急気管切開が必要とされる場合があるとされている(乙14参考資料6)。

(d) 急性喉頭蓋炎は適切な治療を施せば完治しうる疾患であり,気道確保の方法として,気管内挿管か気管切開かという問題があるが,気道の確保を必要とする高度の呼吸困難症例に対しては,挿管が困難なことが予想され,気管切開を行うことが多いとする文献(乙14参考資料2【212頁】)や急性喉頭蓋炎は声門上域が浮腫を起こしているため,気管内挿管が困難であり,気管切開が好ましいとする文献(乙14参考資料11【270頁】)が存在する。

b これを本件についてみてみるに,前記争いのない事実等(4)エ及び証拠(証人N【35頁】,同M【33頁】)並びに弁論の全趣旨によれば,1回目の気管内挿管を試みた時点において,亡Hの喉頭部は浮腫のために挿管手技も困難な状況であったところ,N医師は,1回目の気管内挿管の際に,①窒息による急変直後であり喉頭の展開が困難であること,②喉頭部のむくみが原因で声門の確認ができないから気管内挿管は困難であること,③早期に気道確保しないと亡Hの救命は難しいことを認識していたことが認められる。
そうだとすると,N医師には,1回目の気管内挿管に失敗した後,直ちにアンビューバックによる換気に戻るとともに,気管穿刺ないし気管切開の準備を行い,再度気管内挿管を試みても挿管が困難であると判明したときには,直ちに,気管穿刺ないし気管切開を行うべき注意義務を有していたと認めるのが相当であり,そうだとすると,このような措置を行わなかったN医師の措置には注意義務違反があったというべきである。
c これに対し,被告は,本件急変は,夜間の外来で突然起こったものであり,N医師のほかには,看護婦しかいないという状況や,気管切開に伴う出血などの合併症を考えると緊急気管切開を行うという決断はできず,気管内挿管による気道確保の方が安全であると判断したものであるからN医師の判断に過失はないと主張する。
しかし,証拠(甲3,9【19丁表】,乙1【7頁】)及び弁論の全趣旨によれば,被告病院は第二次救急病院であるから緊急時の二次救急処置に関して,N医師及び看護婦には高度の技術が求められていたというべきであるし,本件処置室には,N医師のほかに3名の看護婦がおり,気管穿刺又は気管切開に伴う出血に対応することもできたと認めるのが相当であるから,この点に関する被告の主張は採用することができない。。
d そして,耳鼻咽喉科専門医向けではない文献(甲17ないし19)にも,気道確保の方法として,気管切開が挙げられていること,気道確保は医師に要求される必須の手技であり,日頃から十分に訓練を積んでおく必要があると指摘されていること(甲16【127頁】),被告病院では,N医師は,外科専門医であるから,緊急時の気管穿刺及び気管切開の技術を当然に身につけていたものと推認できること等に照らすと,N医師には遅くとも2回目の気管内挿管を試み,これに失敗した時点で,気管穿刺ないし緊急気管切開を行うべきであったと認めるのが相当である。

(エ) 以上の検討によれば,N医師には,2回目の気管内挿管を試み,これに失敗した時点で,亡Hに対し,気管穿刺ないし緊急気管切開を実施すべきであったのに,これを怠った点に注意義務違反が認められ,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

ウ 食道への誤挿管の過失

(ア) 本件において,3回目の挿管が食道への誤挿管であったことは当事者間に争いがない。また,証拠(証人N【50頁】,証人M【52頁】)及び弁論の全趣旨によれば,患者に自発呼吸がない場合には,食道に挿管することで患者に対する酸素供給が完全に断絶してしまうこと,気道の確保ができていなければ,心臓マッサージを行っても無意味であることが認められる。そうだとすると,気管内挿管を試みた医師は,挿管後,チューブが正常に気管内に挿管されていることを確認すべき注意義務,具体的には,①胸郭を圧
迫し,気管チューブからの空気の流出を確認する方法,②アンビューバックを加圧しながら聴診し呼吸音の左右差を確認する方法,③アンビューバックを加圧しながら胸郭の拡張の有無を確認する方法,④全身のチェック(チアノーゼ,バイタルサイン,尿量,皮膚の乾湿,温感)を行うべき注意義務を負っていたものと認めるのが相当である。

(イ) これを本件についてみてみるに,証拠(甲3,4,9【25丁】,証人M【14,34頁】)及び弁論の全趣旨によれば,N医師は,3回目の挿管に当たって,亡Hの声門を十分に確認することができなかったことが認められ,そうだとすると,N医師には,通常の気管内挿管の時にも増して,挿管後の慎重な確認が求められていたものというべきである。この点,N医師は,当法廷において,3回目の挿管後,アンビューバックで空気を逆送して,胸郭の上下の動きを確認したと証言する(証人N【37頁】)が,これを裏付けるに足りる的確かつ客観的な証拠は存在せず,証人Nの前記証言を採用することは
困難である。
さらに,前記争いのない事実等(4)キ及び証拠(証人M【51頁】)によれば,M医師が本件処置室に入室した時点で,亡Hには,①腹部の膨満及びチアノーゼが顕著に見られたこと,②換気が行われた場合には数値が急激に上昇するとされるSPO2の数値が23%という低い数値を示していたこと,③アンビューバックの内圧にも異常がみられたことが認められ,これら本件に顕れた諸事情は,3回目の挿管が食道への誤挿管であることを疑
わせる事情であるということができる。
そして,証拠(証人N【1,49,50頁】,証人M【16,17,31,33頁】)及び弁論の全趣旨によれば,①被告病院では外科医が日常的に挿管操作を行っていたこと,②N医師は,気管内挿管を200例以上経験し,緊急時の気管内挿管についても20ないし30例の経験を有し,正常な気管内挿管と食道への誤挿管の場合との呼吸音の違いも認識していたこと,③1回目及び2回目の挿管も食道への誤挿管であり,N医師は,アンビューバックによる換気がうまく行われなかったために抜管していること,④M医師は,本件処置室に到着してすぐに亡Hについて誤挿管の可能性があるのではないかと疑っていることが認められる。

(ウ) 以上によれば,3回目の挿管後,亡Hの呼吸音のみを確認して,チューブが気管内に挿管されたと判断したN医師には,挿管後の確認を怠った過失及び食道へ挿管したまま亡Hを放置した過失がそれぞれ認められる。

(3) 被告医師らの過失と亡Hの結果との間の因果関係について

ア 以上検討したとおり,本件急変後の被告医師らの処置には,①急変後直ちに気道確保すべきであったのに怠った過失,②気道確保の手段を誤った過失,③気管内に挿管すべきところ,食道へ誤挿管し,挿管後の確認を怠ったまま放置した過失がそれぞれ認められる。
しかし,本件において,被告の債務不履行責任が認められるためには,被告医師らが,亡Hに対し,適切な処置を施すことにより,亡Hの死亡という結果を回避することができた,換言すれば,被告医師らの過失と亡Hの死亡という結果との間に相当因果関係が認められることが必要である。そこで,以下,相当因果関係の有無について検討を進めることにする。
前記争いのない事実等及び証拠(甲18,19)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 気道が完全に閉塞すると,酸素欠乏により,4ないし6分で不可逆的な脳障害が起こり,その状態が10分ないし15分継続すると心臓が障害されて死に至るとされている(甲18【46頁】,弁論の全趣旨)。
(イ) 心停止が起きると約45秒で瞳孔の散大がみられ,約1分45秒前後で最大となる。この状態に陥ると,意識回復の可能性は低くなるとされている
(甲18【46頁】)。
(ウ) 低酸素血症は致命的で,救命できても後遺症を残すことがあるから,医師は患者についてチアノーゼが持続するような状態を避ける必要があるとされている(甲19【153頁】)。
イ 以上の認定事実を前提に,本件において,被告医師らの行為と亡Hの死亡との間に相当因果関係が認められるか否かについて検討する。
(ア) 前記争いのない事実等(4)ウ及び弁論の全趣旨によれば,N医師は,本件処置室到着後,直ちに,亡Hに対し,アンビューバックで換気を開始しており,看護婦が換気の代わりに心臓マッサージを実施していたのは,数十秒間にとどまることが認められる。そうだとすると,この看護婦の過失(いきなり心臓マッサージを実施した過失)と,亡Hの死亡との間に因果関係を認めるのは困難であり,他に,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。
(イ) 他方,前記争いのない事実(4)ク及び証拠(甲4【7頁】)によれば,本件において,亡Hが心停止に至ったのは,食道への誤挿管中の午後10時00分ころであり,心停止状態に陥った直接の契機は食道への誤挿管によって無酸素状態が長時間継続したことにあると強く推認することができる。そして,証拠(甲10【14丁表】,乙2【12頁】,証人N【36頁】)及び弁論の全趣旨によれば,①2回目の気管内挿管を試みた当時の亡Hの心拍数は123であり,危機的な状態とまでは認められないこと,②3回目の挿管以前には,アンビューバックでの換気により不十分ながらも酸素が送り込まれていたこと,③午後9時58分ころのSPO2の数値は23%と低いが,これは3回目の挿管が食道への誤挿管で酸素の吸入が完全に遮断したことにより急激に数値が低下したのではないかとの推認が可能であること,④M医師による気管内挿管成功後,亡Hの無酸素状態が改善されて,心臓が動き出したこと,⑤N医師は,その証言の中で,亡Hについて,長い時間無酸素状態ではなかったと証言していること(証人N【49頁】),⑥亡Hにみられた上気
道閉塞の場合は,気道を確保できればほとんど救命可能であるとする文献(甲19【151頁】)もあること,急性喉頭蓋炎の患者についても,早期に気道が確保された事例では救命されている例もあること(乙11,12)が認められる。そうだとすると,N医師が,亡Hが心停止に至る午後10時00分以前に,亡Hに対し,気管穿刺ないし緊急気管切開を実施し,気道確保を図っていれば,亡Hを救命できた蓋然性は高いと認められ,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

(ウ) 以上のとおり,本件において,N医師が,午後10時00分以前に,気管穿刺ないし緊急気管切開等の必要な措置を行い気道を確保していれば,亡Hは死亡を免れた蓋然性が高いのであるから,被告医師らの過失と亡Hの死亡との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-03-05 18:24 | 医療事故・医療裁判