弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

ガイドワイヤーによる腎実質内の血管損傷による出血の可能性を一切否定し血液検査等の検査を怠った過失 松江地裁平成14年9月4日判決

松江地裁平成14年9月4日判決(裁判長 横山光雄)は,右腎周囲の出血がガイドワイヤーによる腎実質内の血管損傷によるものと認定し,「Dにあっては尿漏れの原因となる事情もうかがえず,尿漏れの場合にみられるはずの腎門部開放もなく,その上,右腎周囲腔の滲出液のCT値のみからは,この滲出液が尿と造影剤が混在したものであるとまでは確定できなかったことが認められる。したがって,E医師らが,CT検査,腹部エコー検査の結果のみから右腎周囲腔にみられた滲出液を尿漏れによる尿と断定したことは誤りであるといわざるを得ず,E医師らが出血の可能性を一切否定し血液検査等の検査を怠って腎周囲の出血の事実を見落としたことは過失であったというべきである。」と過失を認定しました.
「右腎周囲の血腫(凝血塊)の重量は410グラムであること,4月23日に行われた血液検査で10.2あったヘモグロビン値が,翌24日午前7時の血液検査の結果7.9,さらにICU搬送時に行われた血液検査の結果6.3と激減していること,同様にヘマトクリット値も30.7から,23.3,19.4と激減していることからすれば,Dは出血から死亡に至るまで血漿を含めると約1リットルもの血液を,更に後腹膜腔,腹腔に及んだ出血を考慮に含めればそれ以上の血液を喪失させていたことが認められる。さらに,この出血量に加えて,Dが手術当日に1000CCの輸液しか投与されておらず脱水状態に陥っていたこと(乙1,鑑定の結果,証人G)をも併せみれば,Dは右腎周囲出血と脱水による失血性ショックにより死亡に至ったと考えるのが相当である」と判示し,死亡との因果関係を認めました.
なお,この事件は私が担当したものではありません.

2 争点(1)(右腎周囲の出血原因)について

以上の診療経過をもとに,右腎周囲の出血原因について検討する。
鑑定人G医師は,PTCA施術時にはガイドワイヤーが細い血管に迷入することがあること,ガイドワイヤーにはその芯にステンレススチールが使用されていることから,ガイドワイヤーによって血管,臓器が損傷されることがあること,DがPTCA施術直後において腎出血をうかがわせる腰背部痛を訴えていること,腰背部痛の愁訴直後に行われたCT検査,腹部エコー検査において右腎周囲腔にみられた滲出液は血液であること,病理解剖の結果腎臓皮質部に小血巣が確認されたことからすれば,右腎周囲の出血はPTCA施術時にガイドワイヤーが腎門部から右腎実質内の細い血管に迷入して腎被膜の付近で血管を破たんさせたことによるものであり,血管破たん後,出血量が徐々に増加するにつれて血液が腎被膜外にも及び,結果として脂肪層に腎臓周囲を包み込む形で血腫が形成されたものと推論している(鑑定の結果,証人G(以下「証人G」という。))。
他方,被告は,ガイドワイヤーによって腎実質が損傷されたのであれば,血腫が脂肪層に形成されている以上,ガイドワイヤーが腎被膜を突き破ったと考えざるを得ないが,ガイドワイヤーには腎被膜を突き破るだけの強度が備わっていないから,G医師の上記推論は根拠がないとして,右腎周囲の出血原因を原因不明の突発的な非外傷性腎周
囲血腫によるものであると主張する。
しかし,証拠(鑑定の結果,証人G)によれば,必ずしもガイドワイヤーが腎被膜を突き破らなくても,腎実質内の血管の破たんによって脂肪層に血腫が形成されることのあることが認められるのであるから,被告の指摘は前提を欠く。また,証拠(乙7ないし9,証人E)によれば,確かに医学文献上非外傷性腎周囲血腫によって突発的に腎周囲に出血が生じる症例が報告されていることが認められる。しかし,その症例は1955年から1991年の約36年間にわずか36例の報告があるのみで症例数が少ないこと,これらの医学文献によっても,非外傷性腎周囲血腫の発生機序,原因疾患は未だ解明されるに至っていないことがうかがえる。しかも,被告自身,Dにおいていかなる原因,機序から突発的な非外傷性腎周囲血腫の疾患を発症させたのか全く不明であるというのである。
してみると,Dが,PTCA施術中ないしその直後に偶然,突発的に非外傷性腎周囲血腫を発症した可能性は極めて低いといわざるを得ず,さらに,本件証拠上他に右腎周囲の出血原因となり得る事情が全くうかがえないことをも併せかんがみれば,右腎周囲の出血原因は,鑑定人G医師が推論するとおり,ガイドワイヤーによる腎実質内の血管損傷によるものと推認するのが相当である。
したがって,この点の原告らの主張は理由がある。」


(中略)

(4) 腎周囲出血を見落とした過失について

証拠(鑑定の結果,証人G)によれば,DはPTCA施術直後に腰背部痛を訴えていたことからすれば,医師としては,ガイドワイヤー,カテーテル等による血管損傷,血栓,アテローム等の閉塞の可能性を最も疑って,血液造影,腹部エコー,CT,血液検査を行うことによって,確定診断に努めるべきであったことが認められる。
前記第3の1(診療経過)で認定したところによれば,E医師らは,いったんは出血を疑ってCT検査,腹部エコー検査を実施し,右腎周囲腔に滲出液を認めていながら,この液を尿漏れによる尿であると断定して,出血の可能性を全く否定し,更に血液検査を行うことなく,Dに対して尿漏れを前提とした経過観察を行っている。しかし,証拠(鑑定の結果,証人G)によれば,Dにあっては尿漏れの原因となる事情もうかがえず,尿漏れの場合にみられるはずの腎門部開放もなく,その上,右腎周囲腔の滲出液のCT値のみからは,この滲出液が尿と造影剤が混在したものであるとまでは確定できなかったことが認められる。したがって,E医師らが,CT検査,腹部エコー検査の結果のみから右腎周囲腔にみられた滲出液を尿漏れによる尿と断定したことは誤りであるといわざるを得ず,E医師らが出血の可能性を一切否定し血液検査等の検査を怠って腎周囲の出血の事実を見落としたことは過失であったというべきである。
以上によれば,この点の原告らの主張は理由がある。

4 争点(3)(Dの死亡との因果関係)について

証拠(乙1,鑑定の結果,証人E,同G)によれば,病理解剖によって確認された右腎周囲の血腫(凝血塊)の重量は410グラムであること,4月23日に行われた血液検査で10.2あったヘモグロビン値が,翌24日午前7時の血液検査の結果7.9,さらにICU搬送時に行われた血液検査の結果6.3と激減していること,同様にヘマトクリット値も30.7から,23.3,19.4と激減していることからすれば,Dは出血から死亡に至るまで血漿を含めると約1リットルもの血液を,更に後腹膜腔,腹腔に及んだ出血を考慮に含めればそれ以上の血液を喪失させていたことが認められる。さらに,この出血量に加えて,Dが手術当日に1000CCの輸液しか投与されておらず脱水状態に陥っていたこと(乙1,鑑定の結果,証人G)をも併せみれば,Dは右腎周囲出血と脱水による失血性ショックにより死亡に至ったと考えるのが相当である(鑑定の結果,証人G)。
被告は,病理解剖の結果,心臓に急性心筋梗塞症がみられたことから,Dの直接の死因は失血性ショックではなく急性心筋梗塞症であると主張する。しかし,DがICUに搬入された時点での心電図でも急性心筋梗塞の所見がないこと(乙1,鑑定の結果,証人G),病理解剖の結果からも心源性ショックがあればみられるはずの冠動脈のカテーテル崩壊や血栓形成がないこと(乙12の1,2,13,16,25,鑑定の結果,証人G)にかんがみれば,被告の主張は採用できない。
そして,証拠(証人G)によれば,4月24日午前7時の血液検査でヘモグロビン値が7.6に激減した後,Dが午後3時44分ころになって失血性ショックに至ったことからすれば,午前7時ころの時点で輸血や止血措置を行ってもDは十分に救命可能であったことが認められるから,E医師らがPTCA施術後,Dの右腎周囲の出血の事実を見落とした過失と,Dの死亡との間には相当因果関係があるといえる。
したがって,この点に関する原告らの主張は理由がある。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-03-08 01:07 | 医療事故・医療裁判