弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

化膿性股関節炎を疑って整形外科を受診させる注意義務 東京地裁平成17年12月15日判決

東京地裁平成17年12月15日判決(裁判長 貝阿彌誠)は,下肢痛ないし左大腿部痛,左股関節痛を訴えるとともに,高発があり,白血球数が上昇し,X線写真で左大腿骨頭の萎縮が見られたことから,「被告病院の医師は,遅くとも,直近に連日下肢痛の訴えがあった同月17日ころには,化膿性股関節炎を疑って,整形外科を受診させ,左股関節に焦点を当てたX線検査や関節穿刺による関節液検査を実施すべきであったというべきである。」と過失を認めました.
また,同判決は,「平成10年8月17日ころに化膿性股関節炎を診断して,副木(添え木)や牽引などで関節を固定して全身の安静を保つなどしていれば,Cが左股関節の脱臼骨折を起こすことはなく,したがってまた,抗生物質の関節注入を困難ならしめるような関節胞の断裂が生じることもなかった。そして,化膿性関節炎を発症してからの期間,X線写真における大腿骨頭の骨萎縮・融解の程度等に照らすと,排膿,関節内洗浄,的確な抗生物質の投与を実施していれば,化膿性股関節炎の進行による骨頭壊死によって左下肢5cm以上の短縮が生じなかった蓋然性が高いというべきである。」と判示し,左下肢5cm以上の短縮との因果関係を認めました.
専門外の他科の疾患を疑う注意義務について参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.


「4 体幹不自由等の障害をもたらした義務違反(義務違反2)について

(1) 義務違反について

化膿性関節炎に関する医学的知見は,前記前提事実(3)(別紙医学的知見4)のとおりである。
この点,前記前提事実(2)(別紙診療経過一覧表)のとおり,Cは,平成10年7月25日から,たびたび,下肢痛ないし左大腿部痛,左股関節痛を訴えるとともに,発熱があったり(特に,7月25日,27日には39°Cを超える高熱があった。)や白血球が10000を超えることがあった(特に,7月25日には13400,同年8月5日には14800,同月11日には14500であった。)ほか,同月17日撮影のX線写真では左大腿骨頭の萎縮が見られたのであるから,被告病院の医師は,遅くとも,直近に連日下肢痛の訴えがあった同月17日ころには,化膿性股関節炎を疑って,整形外科を受診させ,左股関節に焦点を当てたX線検査や関節穿刺による関節液検査を実施すべきであったというべきである。
しかして,前記前提事実(3)(別紙医学的知見4(4))のとおり,関節液検査の細菌培養の陽性率が100%ではなく,細菌が検出されない場合があることを考慮しても,上記の臨床所見に加え,上記1(4),(5)のとおり,同年7月25日ころには左股関節において化膿性関節炎を発症していて,同年8月17日にはX線写真において左大腿骨頭の萎縮が見られたことに照らすと,被告病院の医師が同日ころに上記のような各検査を実施していれば,上記の臨床所見のほか関節液検査の結果やX線検査の所見(健側との比較)により,速やかに化膿性股関節炎を診断することができたといえる。
そして,その診断ができた以上,①副木(添え木)や牽引などで関節を固定して全身の安静を保ち,②原因菌を同定する前からすぐに抗生物質(抗生剤)を点滴で静脈に注入し(関節穿刺による関節液検査をし,細菌培養をして,原因菌の同定に努め,その同定ができたときは最も有効で安全な抗生物質に切り替える。),③関節に損傷を与える膿の蓄積を予防するために,針又はチューブで膿を排出し,④関節鏡視下にて関節内を十分に洗浄し,炎症の沈静化が得られない場合には,切開,病巣掻爬,ポビドンヨード液による関節内洗浄,それに続く閉鎖式持続洗浄を行い,さらに,⑤化膿菌が検出できたときは,少しでも早く化膿菌を殺し,関節内の破壊を最小限に止めるために,関節を切開してチューブを挿入し,洗浄液を常に注入して関節内を洗うとともに,関節内に抗生物質を注入する措置を取るべきであった。
しかるに,被告病院の医師は,かかる検査や措置を怠って,Cの化膿性股関節炎を平成11年1月まで診断しなかった(なお,抗生物質の静脈注入は行っていた。)。

(2) 義務違反による結果について

前記前提事実(2)(別紙診療経過一覧表)及び上記1(4)のとおり,平成10年8月31日撮影のX線写真では,未だ左股関節の脱臼は認められなかったが,同年9月2日撮影のX線写真では,左大腿骨骨頭は,縦方向に骨折して,骨頭の3分の1を臼蓋に残して外側上方に転位し,左股関節脱臼骨折を呈していたのであり,その後,徐々に骨融解が進行して,平成11年1月8日ころには骨頭壊死に陥っていた。
しかして,平成10年8月17日ころに化膿性股関節炎を診断して,副木(添え木)や牽引などで関節を固定して全身の安静を保つなどしていれば,Cが左股関節の脱臼骨折を起こすことはなく,したがってまた,抗生物質の関節注入を困難ならしめるような関節胞の断裂が生じることもなかった。そして,化膿性関節炎を発症してからの期間,X線写真における大腿骨頭の骨萎縮・融解の程度等に照らすと,排膿,関節内洗浄,的確な抗生物質の投与を実施していれば,化膿性股関節炎の進行による骨頭壊死によって左下肢5cm以上の短縮が生じなかった蓋然性が高いというべきである。
なお,原告は,化膿性股関節炎によって左大腿骨頭が変形した結果,自力歩行が困難で介助が必要な状態になって,左下肢の短縮のほか,体幹不自由及び右手関節機能障害という障害が残ったと主張する。しかし,化膿性股関節炎による左大腿骨頭の変形及び左下肢の短縮から,直ちに体幹不自由や右手関節機能障害につながるとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3) 上記(1),(2)の認定,判断について

ア 被告は,Cに対し,平成10年7月下旬に5種類の抗生剤(PIPC,クラフォラン,ビクシリン,パンスポリン,ゲンタシン)の全身投与(点滴投与)をしているほか,その後も抗生剤(セフメタゾン)を同年8月14日まで点滴投与し,同月下旬及び同年9月下旬にはペントシリンを点滴投与しているから,抗生剤の投与は十分であり,また,抗生剤の全身投与が行われていたから,関節穿刺をしても起炎菌を検出することは困難であった可能性が高いと主張する。
しかし,細菌を同定しないまま抗生物質を投与するよりも,細菌を同定した上で抗生物質を投与した方がより治療上の効果が期待できるから,細菌の同定のため,関節穿刺をして,関節液を採取し,その細菌培養をする義務はあったというべきである。
他方,一般的に細菌が同定されないこともあること,また,抗生剤の性質上,一般的にその投与がされた場合は細菌の同定はより困難と推認できることからすると,本件で上記のとおり細菌培養をしたとしても,その同定がされなかった可能性もあり,そうすると,この義務違反は,これを独立にみると,本件の化膿性股関節炎の進行ないしこれによる下肢短縮という結果との間に因果関係を認めることはできない。
しかし,細菌の同定ができず,それを踏まえた抗生物質の注入ができなかったとしても,化膿性関節炎を発症してからの期間,X線写真における大腿骨頭の骨萎縮・融解の程度等に照らすと,従来の抗生物質の静脈注入を継続するとともに,関節の固定,膿の排出,関節内の十分な洗浄を実施していれば,化膿性股関節炎の進行による骨頭壊死によって左下肢5cm以上の短縮が生じなかった蓋然性が高いというべきであるから,他の義務違反と結果との間の因果関係は否定されない。

イ また,被告は,Cについては,精神疾患があったことから,治療についての理解や協力を得にくく,体を動かしたり,チューブを自ら抜いたりする危険性があるなど,チューブを入れた状態で長期間安静を保つことが極めて困難な患者であったと主張する。
確かに,上記1(1)のとおり,Cは,統合失調症に罹り,昭和57年からその治療等のために入院していたが,本件全証拠によっても,Cが,体を動かしたり,関節内洗浄のためのチューブを抜いたりして,治療目的を達成できない状態にあったとまでは認めるに足りない(なお,前記前提事実(3)(別紙医学的知見4(5)イ)のとおり,関節内洗浄や抗生物質の投与は患者が子供の場合にも実施されている。)。
さらに,被告は,患者の全身状態が衰弱した状態でドレナージを行うと,様々な合併症(肺炎,膀胱炎,腎盂炎,褥創の悪化,下肢静脈血栓等)の重症化のおそれがあったほか,チューブの刺入部感染をもたらしたりCの精神状態に影響を与える可能性があったし,持続洗浄ドレナージの手術で大量の出血が生じることが予測され,体力的に非常に困難であったと主張する。
しかし,本件全証拠によっても,ドレナージの実施によって,被告主張の合併症が生じる可能性が高く,Cの精神状態にも悪影響を与えると認めるに足りない。また,持続洗浄ドレナージの手術によって,その治療目的を達成できないほど大量の出血が生じると認めるに足りる的確な証拠はない。

5 被告の責任

以上の次第で,Cに生じた左下肢5cm以上の短縮という身体障害による損害について,被告病院の医師には過失による不法行為が成立し,被告は,使用者責任(民法715条)に基づいて,その賠償をすべき責任を負う。」


谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ


by medical-law | 2022-03-09 02:35 | 医療事故・医療裁判