輸液を継続,強化することにより糖尿病性昏睡や急性腎不全,急性心不全になるのを防止すべき注意義務 前橋地裁平成15年4月11日判決
同判決は「前記2の被告Dの輸液に関する過失,とりわけCによるIVHの抜去後看護師らに対しIVHの再挿入を指示せずに放置した過失と,Cが糖尿病性昏睡に陥ったこと,ひいてはCが死亡したこととの間には,因果関係があるものと認められる。」と判示し,因果関係を認めました.
輸液義務について参考となります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「2 争点(1)(被告病院における治療が不適切であったか。)について
(1) 被告Dらによる診療の経過等について
前記争いのない事実,甲A2ないし5,7の1及び2,甲A12,甲B2,乙A1,3の1,乙A8,12,14,原告B本人,被告D本人及び弁論の全趣旨によれば,被告Dらによる診療の経過等について以下の事実が認められる(なお,以下,平成12年3月30日のことを単に「30日」と,同月31日のことを単に「31日」と,同年4月1日のことを単に「1日」と,それぞれ簡略化していうことがある。)。
ア Cは,遅くとも30日に被告病院に入院するまでに,糖尿病ケトアシドーシスにり患した。
イ Cの主治医となった被告Dが30日にCを最初に診察した際,Cは被告Dの質問に対して十分に説明をすることができず,Cには既に意識障害があった。
被告Dは,Cの入院時に行った血液検査(乙A8)と尿検査(乙A12)の結果などから,Cの病名を「脱水,糖尿病ケトアシドーシス,消化管通過障害疑い」と診断した。また,Cの意識障害についても糖尿病ケトアシドーシスの影響によるものであろうと判断した。
ウ 被告Dは,Cに水分を補給することにより酸性物質であるケトン体を尿中に排出させて酸性に傾いた血液を本来の弱アルカリ性の方向に改善させるた
め,Cに輸液を行うことにし,30日午前11時15分ころ,Cの左鎖骨下にIVHを挿入して輸液を開始した。
被告Dは,上記輸液の開始時点から31日午前零時までの間に,Cに対しIVHによって約2リットルの輸液を行う方針を決め,その旨看護師に指示した。
エ 被告Dは,30日午後6時ころ,被告病院を退勤したが,その際,Cのことについて当直医に申し送りをしなかった。
オ Cは,30日午後6時ころ,意識障害が高じて,看護師に対し,「今日で入院して3日目になるんですけど,管は取ってもらえませんか。」などと要領を得ない発言をした。また,Cは,同日午後8時30分ころ,呼吸困難な状態になり,同日午後9時20分ころには,水分を摂取した際,おう吐する動作をした。
カ Cは,糖尿病ケトアシドーシスの影響による意識障害のため,30日午後10時45分ころ,自ら排尿バルーンを外し,IVHも外しかけて,ベッドのわきに座った状態になった。そこで,看護師は,被告Dに電話でCの状況を伝え,被告Dから指示を受けてCに対しセレネースを投与した。
その後もCの意識障害は続き,同日午後10時55分ころ,Cは自らIVHを外してしまった。Cが不穏な状態であったため,当直医はIVHの再挿入をすることができなかった。Cの状況を看護師から再度電話で伝えられた被告Dは,自分が翌31日午後2時ころ被告病院に出勤するまではIVHの再挿入を断念することに決め,「仕方ないでしょう。」と回答して,輸液を再開する指示をしないまま,看護師に対し,Cにセレネースを投与するよう指示した。
キ Cは,31日午前11時ころ,呼吸困難になり,のどの渇きを訴えたが,意識障害が悪化したため自力で水分をとることができない状態となった。そこで,Cの祖父の要望により,看護師がCの右上腕正中から針を挿入して持続点滴を開始した。
ク 被告Dは,31日午後2時20分ころ,Cを診察した。被告DがCにIVHを挿入しようとしたところ,Cの呼吸が停止し,その後,心停止状態となった。その時点でCの意識レベルは痛み刺激に全く反応しないレベル(ジャパンコーマスケール300)であった。被告Dらが人工呼吸の処置を執るとともに昇圧剤を使用した結果,5分ほどでCの呼吸と脈は再開した。しかし,その後,Cの意識レベルが回復することはなく,Cは糖尿病性昏睡の状態になった。
ケ 31日午後3時30分ころ,Cに対して排尿バルーンの処置が執られた。被告Dは,同日午後5時20分ころ,Cの家族から指摘されてCの尿が出ていないことに気付き,Cに対し利尿剤を投与した。その時点から同日午後11時ころまでの間,Cは175ミリリットルしか排尿しなかった。Cは,その後も1日午前5時ころまでに20ミリリットルしか排尿しなかった。
コ Cは,1日午前10時25分ころ,救急車で被告病院から東邦病院に搬送された。東邦病院のF医師は,Cの病名を糖尿病ケトアシドーシスに起因する糖尿病性昏睡と診断した。その時点で,Cの病態は,最悪レベルの意識障害があり,ケトン体の増殖による急激な血液の酸性化(アシドーシス)や脱水の進行により急性腎不全を発症していた。
Cは,その後,同病院の集中治療室で治療を受けていたが,平成12年4月4日午後7時44分ころ,糖尿病ケトアシドーシスに起因する多臓器不全により死亡した。
(2) 被告病院においてCに試みた輸液量について
ア 診療報酬明細書(甲A5)には,被告病院においてCに投与するために使用したとされる輸液量が,以下のとおり記載されている。
(ア) 平成12年3月分
ソリタ-T3号 500m? 3瓶
ソリタ「シミズ」 500m? 1瓶
生食 100m? 1瓶
ソリタ-T3号 500m? 1瓶
生食溶解液キットH 100m? 1式
生食 20m? 1A
ソリタ「シミズ」 500m? 1瓶
生食 20m? 1A
生食 20m? 1A
(イ) 平成12年4月分
ソリタ-T3号 500m? 2瓶
生食溶解液キットH 100m? 1式
イ また,入院注射指示簿(甲A7の1及び2)には,被告病院の看護師がCに行った輸液量が,以下のとおり記載されている。
(ア) 平成12年3月30日
ST3(ソリタT3) 1500m?
ソリタ 500m?
生食 100m?
(イ) 平成12年3月31日
ST3(ソリタT3) 500m?
生食キット 100m?
生食 20
ソリタ 500m?
(ウ) 平成12年4月1日
ST3(ソリタT3) 1000m?
生食キット 100m?×2
ウ さらに,看護記録(乙A3の1)には,被告病院の看護師がCに行った輸液量が,以下のとおり記載されている。
(ア) 平成12年3月30日午後10時45分
生食 100m?
(イ) 平成12年3月31日午後2時47分
生食 20m?
エ 上記アないしウによれば,被告病院においてCに試みた輸液量は,総量で多くても4420ミリリットルであったと認められる。
(3) 上記(1),(2)の外,前記1で認定した事実に基づき,以下のとおり判断する。
ア 前記1によれば,本件医療事故当時の医療水準として,糖尿病ケトアシドーシスにり患した通常の患者については,症状の大幅な改善が認められない限り,1日当たり少なくとも5000ミリリットル程度の輸液量が求められており,本件医療事故当時体重が約130キログラムの肥満体であった(被告D本人)Cについては,上記の量を更に上回る量の輸液が必要であったということができる。
しかるに,被告Dが,Cに対して試みた輸液の総量は,Cに対してIVHを挿入して輸液を開始したとき(30日午前11時15分ころ)からCが被告病院を退院したとき(1日午前10時25分ころ)までの47時間余りで,上記(2)エのとおり,多くても4420ミリリットルにすぎず,上記の必要とされる輸液量を大幅に下回っていたものと評価せざるを得ない。しかも,30日午後10時55分ころにCがIVHを自ら外してから31日午前11時ころに看護師によって輸液が再開されるまでの約12時間は輸液が全く行われなかった(IVHが外れている間の輸液が無駄になった)のであるから,Cに実際に行われた輸液量は上記の4420ミリリットルを更に下回っていたといえる。
したがって,被告DがCに対して行った輸液量はそもそも大幅に不足していたのであるから,この点で被告Dの判断及び処置に誤りがあったものといわざるを得ない。
イ また,前記(1)のとおり,被告Dは,看護師からCがIVHを自ら外した旨の電話連絡を受けた時点では,既にCの意識障害について糖尿病ケトアシドーシスの影響によるものと判断しており,また,看護師からの報告によりCの意識障害が悪化していることを容易に認識することができたにもかかわらず,当直医ないし看護師に対し,輸液を再開するよう指示をすることなく,輸液をしないまま放置した。
しかしながら,CがIVHを外した時点では,前記(1)によれば,糖尿病ケトアシドーシスの影響によるCの意識障害の程度は被告病院に入院した当初よりも悪化しており,そのことについて被告Dは容易に認識することができたものということができるから,被告Dとしては,上記時点において,輸液を継続,強化する処置を執ることによって,酸性物質であるケトン体を可能な限り尿中に排出して血液の酸性化を防ぎ,Cが糖尿病性昏睡や急性腎不全,急性心不全になるのを防止すべき注意義務があったものというべきである(甲B2)。
しかるに,上記のとおり,被告Dは,CがIVHを外したとの連絡を受けた時点で,輸液を再開するよう指示することなく,輸液がなされない状態を漫然と放置したのであるから,この点においても,被告Dの判断及び処置に誤りがあったものといわざるを得ない。
(4) 被告らの反論について
ア 被告らは,Cの被告病院への入院時,Cの既往病歴や病態が不明であったため,治療の当初に1時間当たり500ないし1000ミリリットルもの輸液を行うと急性心不全や肺水腫を起こす可能性もあったことから,多量の輸液を行うことができなかったと主張する。
しかしながら,前記1(2)によれば,治療当初に1時間当たり500ミリリットル程度の輸液を行っても急性心不全や肺水腫を起こす可能性はほとんどないということができるところ,前記(2)によれば,被告Dは,治療初日の30日において,Cに対し輸液を1時間当たり160ミリリットル程度しか試みていないのであるから,急性心不全や肺水腫を起こす危険性を考慮に入れても,被告Dの試みた輸液量は明らかに少なかったと評価せざるを得ず,上記危険性は被告Dの試みた輸液量の少なさを正当化する根拠とはならないものというべきである。また,Cの既往病歴や病態が不明であったとする点についても,確かに,前記争いのない事実(3)のとおり,Cは,被告病院への入院時において,うまく言葉を発することができず,主としてCの婚約者がCに代わって医師の問診に回答したのであるが,その回答により,被告Dらは,Cの既往歴として,交通事故によるろっ骨骨折の疑いがあること,Cの症状経過として,平成12年3月中旬から胃痛及び食欲低下の症状が出現し,食事をとることができず,ジュースなどの水分をとることができるのみの状態であったこと,同月28日から動けなくなったことなどの情報を得たのであるから(乙A3の5),糖尿病の治療を開始するに当たって情報が不足していたということはできず,Cの既往病歴や病態が不明であったことを理由に輸液量を少なくしたことを正当化することはできないといわざるを得ない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
イ また,被告らは,被告DがCによるIVHの抜去の連絡を受けたにもかかわらずIVHの再挿入を指示しなかったことについて,Cが本件医療事故当時体重130キログラムの若年高等度肥満であったため,Cの不穏状態が長じればIVHの再挿入は不可能であったこと,Cが不穏な状況下でIVHを繰り返せば気胸が生じる可能性がありかえって危険であったことを理由に,やむを得ない処置であったと主張する。
しかしながら,Cが不穏な状況にあったという点については,Cが,IVHの抜去後,31日午前3時過ぎに寝入っている(前記争いのない事実(6)ア)ところ,被告D自身が,本人尋問において,Cが寝ている状態であればIVHを挿入することは可能であったと供述していることからすると,Cが寝入った時点でCに対しIVHを挿入することは可能であったと認められる。そうすると,Cが不穏な状況にあったためIVHの再挿入が不可能であったとは必ずしもいえず,被告Dは,Cが寝入るなどして鎮静化した時点で直ちにIVHの再挿入をするよう看護師らに指示すべきであったといえる。
また,IVHを繰り返せば気胸が生じる可能性がありかえって危険であったとする点についても,抗精神病剤であるセレネースなどを適切に投与することにより,Cの不穏状態を制御してCによるIVHの抜去,IVHの再挿入の繰り返しをある程度回避することができたものと考えられるから,被告らの主張する上記の点は当たらない。仮に,IVHの繰り返しによりCに気胸が生じる可能性があったとしても,被告DがCによるIVHの抜去の連絡を受けた時点では,前記(1)のとおり,Cにおいて糖尿病ケトアシドーシスの影響による意識障害が悪化していたのであり,そのまま放置すれば,Cが糖尿病性昏睡や急性腎不全,急性心不全になり死亡する危険があったものということができるから(甲B2),Cに気胸が生じる可能性を考慮に入れても,IVHによる輸液を再開するための処置を優先して行うべきであったといえる。
したがって,いずれにしても,IVHの再挿入を指示しなかったことに関する被告らの上記主張も採用することができない。
(5) 以上によれば,Cに対する輸液に関し,CによるIVHの抜去後看護師らに対しIVHの再挿入を指示せずに放置した点,そして,その結果Cに試みた輸液量が総量として不足していた点で,被告Dには過失があったものといわざるを得ない。
3 争点(2)(被告病院における治療とCの死亡との間の因果関係の有無)について
(1) 糖尿病性昏睡について(甲B2,被告D本人)
糖尿病性昏睡は,以下のような段階を追って典型的な予兆症状が現れる。
① 多量の尿が頻繁に出る。水を飲んでものどが渇く。激しい脱水状態になる。
② 疲労感,だるさが増す。皮膚や粘膜が乾燥する。体重が減少する。
③ 吐き気,おう吐,腹痛(胃腸症状)の症状が出てくる。極度の食欲不振で水
分も受け付けなくなる。
④ 大きな息をする。血圧や体温が低下し,脈拍が弱くなる。
⑤ 尿が出なくなり,意識が薄れ始める。
⑥ 昏睡状態になる。
糖尿病性昏睡は,血液中における極度のインスリン不足によって起こるものであり,インスリンの不足により脂肪から分解した強い酸性物質であるケトン体が生じて血液を酸性にし(アシドーシス),その状態が脳の働きを抑制して昏睡を引き起こすことになる。
そこで,糖尿病性昏睡になるのを防ぐためには,インスリンを投与してケトン体の発生を抑制するとともに,輸液を行って既に発生したケトン体を尿中に排出することが必要である。
そして,糖尿病性昏睡は,いったん発症してしまっても,病院に急行して直ちに応急処置(インスリン注入)を受ければ,ほとんどの場合治癒するが,放置すると急性脱水症状を起こし,腎臓の機能も低下して,急性腎不全,急性心不全を起こして死亡する場合もある。
(2) 30日ないし1日に行ったCの血液生化学検査の結果は,以下のとおりである(乙A9ないし11)。
30日 31日 1日 基準値
アミラーゼ 113 75 289 (26.5~83.5)
BUN 21.1 35.1 59.0 (9~20)
クレアチニン 1.18 2.73 5.88 (0.3~1.3)
糖 580 481 619 (70~110)
Na 116 119 128 (135~147)
K 5.1 4.4 3.6 (3.6~5.0)
C? 81 87 83 (103~115)
GOT 20 30 33 (10~27)
GPT 36 24 24 (5~33)
LDH 188 303 211 (180~460)
CPK 106 1083 645 (24~188)
CRP 0.6 14.3 22.6 (0.5以下)
(3) 前記争いのない事実,前記1,2及び前記(1)で認定した事実並びに上記(2)の血液生化学検査の結果に基づき,前記2で認定した被告Dの過失とCの死亡との間の因果関係の有無について,以下検討する。
ア Cは,被告病院への入院時,腹痛,吐き気,おう吐などの症状が出ており,意識が明瞭でないなど,既に糖尿病性昏睡への予兆症状が現れていた。
しかし,他方,30日の血液生化学検査の結果は,血糖値以外はほぼ正常であり,また,同日の被告病院への入院時から午後3時までの間,Cは1600ミリリットルもの排尿をしており(乙A3の1,被告D本人),さらに,Cは,被告病院に入院した当時,意識は明瞭ではなかったものの,31日午後2時20分ころに呼吸停止,心停止状態となって痛み刺激に全く反応しない意識レベルになるまでは,昏睡状態になることはなく,それ以前の同日午前3時50分ころ,付添いをしていた家族に対して「何でここにいるの。ここはどこ。」などと問い掛けたり(乙A3の1),同日午前11時30分ころ,原告Bの問い掛けにうなずいたりするなどしていた(前記争いのない事実(6)ウ)。
以上のCの状況を前記(1)の糖尿病性昏睡の予兆症状の段階に基づいて考察すると,被告病院への入院時のCの症状は,いまだ糖尿病性昏睡の初期症状の段階にとどまっていたものということができる。
イ ところが,30日から31日にかけてCに対する輸液が中断された後,Cの意識レベルが悪化し,31日午後2時20分ころには,呼吸停止,心停止状態となった。
また,Cは,同日午前3時50分ころ,100ミリリットルの排尿をしたものの,その後はほとんど排尿しておらず,同日午後5時20分ころCに対して利尿剤が投与された後も同様の状態であったことからすると,上記の利尿剤投与時までにCが急性腎不全を発症したものと認められる。
さらに,上記の輸液中断後の31日の血液生化学検査において,BUN,CPK,CRPといった数値が急速に悪化した。
ウ そして,1日に被告病院から東邦病院に搬送された時点でのCの症状の程度,状況などからすると,その時点では,既にCの糖尿病性昏睡の症状は治癒の不可能な状態であり,死亡が避けられない状況にあったものということができる。
エ 以上のアないしウを総合すると,前記2の被告Dの輸液に関する過失,とりわけCによるIVHの抜去後看護師らに対しIVHの再挿入を指示せずに放置した過失と,Cが糖尿病性昏睡に陥ったこと,ひいてはCが死亡したこととの間には,因果関係があるものと認められる。
(4) 被告らの反論について
ア 被告らは,被告病院への入院時,Cが糖尿病の急性合併症である重度の糖尿病ケトアシドーシス状態にあり,少なくとも昏睡状態に近い状態にあったから,既に手遅れの状態にあったといえ,被告らの治療とCの死亡との間に因果関係は認められないと主張する。
しかしながら,前記(1)のとおり,糖尿病性昏睡は,いったん発症しても,直ちに応急処置を受ければ,ほとんどの場合治癒するものであるところ,①上記(3)アのとおり,被告病院への入院時のCの症状は,いまだ糖尿病性昏睡の初期症状の段階にとどまっていたものということができること,②被告Dは,被告病院入院当日の30日にCを診断した際,原告Bらに対し,Cの血糖値が500以上であること,病名は「脱水,糖尿病ケトアシドーシス,消化管通過障害疑い」であること,治療計画は「持続点滴,インスリン投与」であり,2週間程度の入院が必要である旨を告げたのみであり,Cの糖尿病ケトアシドーシスの状態が生命の危険のあるものであることを前提とする説明を全く行っておらず(前
記争いのない事実(4)),また,同日午後6時ころ被告病院を退勤する際,Cのことについて当直医に申し送りをしていない(前記2(1)エ)など,Cの被告病院への入院当初,Cの症状が生命の危険のある重篤なものであることを前提とする対応を全くとっていないこと,③被告D自身,本人尋問において,Cの症状について,完治することが難しかったとは言い切れないと供述していることなどを併せ考えると,被告病院への入院時,Cが既に手遅れの状態であったとは到底認められない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
イ また,被告らは,Cの心停止の原因は,高度のアシドーシスに感染が加わり,敗血症性ショック(細菌が血液中に入り込み,体中に細菌がばらまかれる状態)ないしトキシックショック(細菌の出す毒素による細胞,組織の障害),横紋筋融解症を来し,これにより多臓器不全を併発したことにあると推測されると主張する。かかる主張は,Cの死亡は,被告Dの診療行為に基づかないところの細菌感染が原因であるとする趣旨であると思われるが,その主張する事実を裏付ける確たる証拠はない。
したがって,被告らの上記主張も採用することができない。
(5) 以上によれば,その余の点(原告らが主張する被告病院におけるその余の不適切な診療行為の有無など)について判断するまでもなく,被告Dの過失ある診療行為によってCの死亡の結果が生じたものということができるので,被告Dは,不法行為責任(民法709条)に基づき,Cの死亡によって生じた損害について,原告らに対し賠償する責任を負うものというべきである。また,被告法人も,その事業である診療行為についての被用者である被告Dの不法行為に関して使用者責任(同法715条1項)を負うことを免れず,Cの死亡によって生じた損害について,被告Dと連帯して,原告らに対し賠償する責任を負うものというべきである。」
同判決は,以下のとおり判示し,被告の過失相殺の主張を退けました.
「5 争点(4)(過失相殺)について
(1) 被告らは,C自身の健康管理が非常に不適切であったため,被告病院に入院時既にCの高血糖状態が何日も持続し,Cに様々な身体症状が出現したのであり,ここまで症状が悪化し,食事や入浴もままならない状態が続いていたにもかかわらず,平成12年3月30日に至るまで適切な医療機関で治療を受けなかったことが,Cの死亡の最大の原因であるから,原告ら側に過失が認められ,本件では過失相殺がなされるべきであると主張する。
しかしながら,被告病院への入院時のCの症状がいまだ糖尿病性昏睡の初期症状の段階にとどまっていたことは,既に繰り返し述べているとおりであり,被告病院への入院時のCの症状が重かったことを前提とする被告らの上記主張は,そもそもその前提を欠くものといわざるを得ない。また,確かに,前記争いのない事実(2)のとおり,Cは,同月16日ころから胃部に不快感やとう痛を生じ,その後徐々に固形物がのどを通らない状態となり,同月28日ころには,呼吸困難,吐き気及び動悸症状が出現し,同月29日夜おう吐し,その後翌30日朝にもおう吐し,身体が動かず,ろれつが回らなくなるなどした段階で,被告病院で診察を受けることになったものであるが,他方,Cが糖尿病について専門的知識を有せず糖尿病の既往歴もなかったこと(弁論の全趣旨),同月半ばころから市販の胃薬を服用して自己の症状について自分なりに対処しようとしていたこと(甲A12)などに照らすと,上記の症状の段階でCが医療機関の診察を受けることにしたことが,糖尿病に関して専門的知識を有しないCを基準にすると,著しく遅れたものと評価することはできないというべきである。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
(2) また,被告らは,被告DがCを診断した時点において,Cは既に糖尿病の症状が悪化していたため,自己の病状や生活状況を全く説明できず,また,周囲にいた原告Bや婚約者であるGらも,Cの症状を正確に伝えることができなかったことから,被告Dを始めとする被告病院の医師らがCに対する適切な診断をすることを困難にさせたのであり,この点で原告ら側に過失が認められるから,過失相殺がなされるべきであるとも主張する。
しかしながら,前記2(4)アのとおり,確かに,Cは,被告病院への入院時,うまく言葉を発することができず,主としてGがCに代わって医師の問診に回答したのであるが,その回答により,被告Dらは,Cの既往歴として,交通事故によるろっ骨骨折の疑いがあること,Cの症状経過として,平成12年3月中旬から胃痛及び食欲低下の症状が出現し,食事をとることができず,ジュースなどの水分をとることができるのみの状態であったこと,同月28日から動けなくなったことなどの情報を得たのであるから,糖尿病の治療を開始するに当たって情報が不足していたとはいえず,原告ら側の説明不足により被告Dを始めとする被告病院の医師らがCに対する適切な診断をすることを困難にさせたとまでいうことはできない。また,そもそも,被告Dらが,原告ら側から提供されるCの治療に必要な情報が不足しているためCに対する適切な診断をすることが困難であると認識したのであれば,医療の専門家である被告Dらは,その後のCの症状や状態の推移を注意深く観察しなければならないはずであるが,被告Dは,30日午後6時ころ被告病院を退勤した際,Cのことについて当直医に申し送りをせず,同日CがIVHを外したとの連絡を受けた時にCの尿量を確認しなかった(被告D本人)などの事実に照らすと,被告DらがCの症状や状態の推移を注意深く観察していたとは到底いえないから,原告ら側の情報提供の不足を理由に過失相殺をすることは,損害の公平な分担という過失相殺の趣旨に照らしても,認められるべきではない。
したがって,被告らの上記主張も採用することはできない。
(3) そうすると,過失相殺をすべきであるとの被告らの上記主張には理由がなく,本件では過失相殺をすることは相当でない。」
谷直樹
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