弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

静脈内投与予定の抗がん剤を誤って髄腔内に投与し0歳3か月の小児がん患者が死亡した医療事故

静岡県立こども病院は,令和4年2月 16 日,「静岡県立こども病院において発生した医療事故と再発防止について」を発表しました.
なお,これは私が担当したものではありません.


「静岡県立こども病院において発生した医療事故と再発防止について

1 趣 旨
令和3年1月、小児がん患者様の治療において、静脈内投与予定の抗がん剤を誤って髄腔内に投与するという医療事故が発生しました。
当該患者様は、院内において治療を継続していましたが、令和3年 11 月、御逝去されました。亡くなられた患者様の御冥福をお祈りするとともに、患者様並びに御家族の皆様に深くお詫び申し上げます。

2 患者等
(1) 患 者 事故当時0歳3か月の児(静岡県在住)
(2) 原疾患 乳児急性白血

3 事故の概要
・当該患者は令和2年 12 月に入院し、乳児急性白血病の診断に至った。著明な肝脾腫による呼吸障害に対する全身管理、白血球増多症に対する交換輸血を目的に小児集中治療室に入室した。人工呼吸管理をしながら化学療法による治療を続けた結果、白血球数は減少し、その後肝脾腫も縮小し、人工呼吸管理は離脱することができた。
・令和3年1月、抗がん剤治療としてシタラビン・プレドニゾロン混合液の髄腔内投与(別紙 P.1 I-1)、ビンクリスチンおよびシタラビンの静脈内投与、Lアスパラギナーゼの筋肉内投与を同一日に予定した。
・腰椎穿刺(別紙 P.1 I-2)し、シタラビン・プレドニゾロン混合液を髄腔内投与する予定であったが、静脈内投与を予定していたビンクリスチン(髄腔内投与禁忌薬)(別紙 P.5III-1,2)を髄腔内に投与した。
・処置終了直後に薬剤取り違えに気づき、患者への影響をできうる限り低減させるための髄液灌流などの医療的措置を実施したが、ビンクリスチンによる神経系の障害の進行により自発呼吸や対光反射は消失し重症全身管理が必要となり、人工呼吸管理からの離脱は不可能となった。その後も白血病に対する化学療法を続けたが、当初予定していた化学療法は行えなかった。
・白血病は徐々に進行し、肝脾腫による呼吸障害は悪化する中で、令和3年 11 月、気管カニューレの定期交換の際、換気不全に陥り、救命処置が行われたが死亡された。

4 院内調査で指摘された主たる事故原因とその背景

(1) 髄腔内投与が禁忌である抗がん剤が、髄腔内投与処置の場に持ち込まれた<背景要因>
・抗がん剤には投与の仕方によって悪影響を与える薬もある(ビンクリスチンは髄腔内投与禁忌薬)ことから、抗がん剤治療を頻繁に実施する内科系病棟では「髄腔内投与を行う場合には、髄腔内投与予定薬以外は処置室に持ち込まない」ことがルール化されていた。
・一刻を争う緊急対応を求められることが多い集中治療室には、「処置時に使用する可能性のある薬剤を全て処置の場に用意する」ことが一般的であった。
・抗がん剤治療の頻度が少ない集中治療室で抗がん剤治療が行われたため、髄腔内投与予定薬以外である静脈内投与予定薬が持ち込まれた。

(2) 薬剤投与前の薬剤受け渡し時に医師・看護師間で適切な確認が行われなかった<背景要因>
・抗がん剤の髄腔内投与に特有な薬剤受け渡しの操作(別紙 P.2)を血液腫瘍科医師が教え、集中治療室看護師が教わりながら実施したことにより、医師と看護師は操作に専念し、薬剤の呼称確認を行わなかった(別紙 P.4 II-2)。
・当院は医療安全管理マニュアル、医療安全看護マニュアルを含む医療安全対策基準を整備していたが、全職種共通の確認タイミングを明記した安全確認行動の基準はなかった。
・実施頻度の乏しい部署で抗がん剤投与を行う場合、また複数の診療科が合同で処置を行う場合において、明確なルールが定められていなかった。

5 主たる事故原因に対する再発防止対策
・院内全ての医療従事者が遵守すべき確認行動マニュアルの整備と周知
・抗がん剤髄腔内投与マニュアルの改訂と周知
・抗がん剤の取り扱いや誤投与防止策に対する教育の徹底
・集中治療室の特性を踏まえた医療安全上の行動の見直しと実践
・医療安全文化の醸成

6 本件事故を受けて既に実施している再発防止対策
(1) 起壊死性抗がん剤の注射器による投与の廃止※
・起壊死性抗がん剤を注射器に入れた状態で払い出すことを廃止した。
・注射器に代えて、起壊死性抗がん剤はボトルに入れた状態で払い出し、脊椎麻酔針に
よる投与を不可能にした。
※補足: 令和3年1月 15 日に FDA(米国食品医療局)より髄腔内への誤投与事故を防
ぐために、ビンカアルカロイド(本件事故で投与された抗がん剤を含む薬剤グ
ループ)の注射器による払い出しを回避し、点滴用バッグで払い出しを行うよ
う勧告が出された。当院もすぐにこの対応に切り替えることを決定し、実施し
た。また FDA の勧告ではビンカアルカロイドに対して勧告が出されたのに対し、
当院ではすべての起壊死性抗がん剤で注射器による払い出しを中止すること
とした。

(2) 髄腔内投与薬剤の注射器に表示を追加
・薬剤室から払い出される髄腔内投与薬剤の入った注射器に、「髄注」と書かれた青色シールを貼付することとした。これにより他の投与経路薬剤との識別化を図る。

7 届出等
・令和3年 1 月 静岡市保健所に医療事故等報告書を提出。
・令和3年 11 月 静岡中央警察署に医師法第 21 条の届出。
・令和3年 11 月 医療事故調査・支援センター(一般社団法人日本医療安全調査機構)
へ事故発生を報告(医療法第6条の 10)。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-03-12 23:20 | 医療事故・医療裁判