原則禁忌のHMG製剤の投与についての説明義務違反の国の責任とアルブミンの過剰投与の県の責任 新潟地裁平成14年9月13日判決
新潟地裁平成14年9月13日判決(裁判長 片野悟好)は,「HMG日研の添付文書には,使用上の注意として,多嚢胞性卵巣のある患者は,OHSSを起こしやすいため,本剤が原則的に禁忌である旨の記載があった。そして,Aは,PCOタイプの患者であったのであるから,Aに対してはHMG日研の投与は,原則的に禁忌であったということができ,HMG日研を投与したことにつき特段の合理的な理由がない限り,g医師の過失が推定されるというべきである。」と判示しました.
同判決は,「中等症以上のOHSSがかなり高い確率で発症することが見込まれる状況HCG製剤を投与することが注意義務違反を構成するかどうかは,結局,Aがそれに基づいて危険を冒してでも排卵を求めるかどうかを選択することができる程度の説明を担当医師から受けたかどうかによるといわざるを得ない。」とし,「i医師は,AにHCG製剤投与により,OHSSという副作用で卵巣腫大や腹水が生じることを説明した。これをもってAの上記選択について十分な説明があったといえるかが問題となるが,AがPCOタイプで31歳と若年で,LHがFSHより高値であるといったOHSSの危険因子を持つ患者であったこと,現実に平成7年10月11日時点でのAの卵巣の状態が,かなり高い確率で中等症以上のOHSSを発症する危険があったことからすると,一般的な患者に対する説明では足りず,OHSS発症の危険が一般の場合に比べて高いことまで説明をすべき義務があったというべきである。そして,i医師による前記認定(時系列 H07.10.11の欄)の説明では,AがあえてOHSS発症の危険を冒してでも排卵を求めるかどうかを選択することができる程度の説明であったということはできず,i医師には説明義務違反があるというべきである。」と判示し,説明義務違反を認定しました。
「2 争点(1)ア(被告国の注意義務違反の有無)について
(1) 以上の認定事実等をもとに,被告国の注意義務違反の有無を検討する。
ア HMG日研の投与について
医薬品の添付文書の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定される(最高裁判所第3小法廷平成8年1月23日判決・民集50巻1号1頁)。
(ア) これを本件についてみるに,前記認定事実のとおり,B病院のg医師の指示に基づいてH医院においてAに投与されたHMG日研の添付文書には,使用上の注意として,多嚢胞性卵巣のある患者は,OHSSを起こしやすいため,本剤が原則的に禁忌である旨の記載があった。そして,Aは,PCOタイプの患者であったのであるから,Aに対してはHMG日研の投与は,原則的に禁忌であったということができ,HMG日研を投与したことにつき特段の合理的な理由がない限り,g医師の過失が推定されるというべきである。
(イ) これに対し,被告国は,Aの症状は,日本産科婦人科学会の生殖・内分泌委員会報告によるPCOSの診断基準案からは,卵巣所見で多数の卵胞の嚢胞状変化(具体的には片側の卵巣に卵胞が10個以上,両側を合わせて20個以上)は認められず,ネックレス・サインのみられる典型的なPCOSには当たらないものであった旨主張する。
しかし,上記診断基準案自体には卵胞の嚢胞状変化が何個以上みられた場合に基準を満たすのかは具体的な数字はなく,したがって,Aがこれを満たすかどうかが一義的に明確とはいえないし,また,HMG日研の添付文書も,「多嚢胞性卵巣のある患者」とするだけで,典型的なネックレス・サインの所見がある患者やPCOSの診断基準を満たす患者といった限定はしていないから,被告国の上記主張事実が認められるとしても,HMG日研がAに対しては原則的に禁忌であったことを左右するものではない。
(ウ) 被告国は,フェルティノームPもHMG日研も,成分が極めて近似しているため,臨床的には両者は同等の薬理効果を持つと考えられて使用されていることや,フェルティノームPとHMG日研の間には,OHSSの発生率に有意差はないことなどを主張する。
確かに,HMG日研も臨床的に使用する上ではほぼ純粋なFSH製剤と考えて差し支えないとする意見や,HMG日研をピュアFSH製剤に分類する考え方もあるようである。しかし,前記認定事実等によれば,平成元年以降の3つの報告において,多嚢胞性卵巣のある患者に対しては,LHの含有量の少ないFSH製剤を用いた方がOHSSの発症が有意的に少なくなるとされており,フェルティノームPとHMG日研とを比較すると,HMG日研のLH含有量は,フェルティノームPの5000倍程度である。
そうすると,少なくともPCOタイプであるAに対しては,HMG日研ではなくフェルティノームPを投与するのがより適切な治療であったというべきであり,添付文書の記載に反してまでHMG日研をAに投与する特段の合理的な理由があったとは認められない。
(エ) したがって,HMG日研の投与を指示したg医師の処置には,注意義務違反があるといわざるを得ない。
イ HCG製剤投与について
原告は,Aの卵巣が腫大し,卵胞が多数の状態で,i医師が血中エストラジオール値や尿中エストロゲン値を測定せず,また,Aが重症OHSSの発症の確率が相当程度高い患者であることを説明しないままAにHCG製剤を投与したことが注意義務違反である旨主張する。
(ア) 前記認定事実等によれば,HCG製剤投与については,本件当時も,血中エストラジオール値,尿中エストロゲン値,卵胞の数,大きさ等から卵胞の発育程度をモニタリングし,一定の値を超えた場合や卵胞数が多い場合にはOHSSの発症を予防するためにHCG製剤の投与を控えるべきものとされていたが,i医師は,超音波断層法で卵胞の状態を診察し,主席(最大)卵胞径が22×15mm(平均18.5mm)であることを確認して適当な時期と判断し,AにHCG製剤を投与した。
(イ) 被告国は,i医師は,卵胞の大きさや数をもとに,HCG製剤投与の時期として適当と判断したと主張し,乙32(荒木意見書)も,卵胞の大きさから判断すると本件のHCG製剤投与時期は適切であったとの意見を述べている。
他方,証人kは,平成7年10月11日の時点でのAの卵巣の画像(超音波断層法)を見た上で,HCG製剤を投与した場合,軽症OHSSは必発,中等症もまず発症する状態であったこと,一つの断面だけを見ても14個程度の卵胞が見られるから,左右で少なくとも20個程度はあると思われる旨を供述しており,同時点でAにHCG製剤を投与した場合,かなり高い確率で中等症以上のOHSSを発症する卵胞の状態であったと推認される。
(ウ) これらによれば,i医師がAにHCG製剤を投与した時点は,HCG製剤によって排卵を生じさせるという不妊治療の目的からすれば適切であったが,同時に,その時点で,副作用であるOHSSの発症,しかも中等症以上発症の危険性もかなり高くなっていたということができる。そうすると,このような中等症以上のOHSSがかなり高い確率で発症することが見込まれる状況HCG製剤を投与することが注意義務違反を構成するかどうかは,結局,Aがそれに基づいて危険を冒してでも排卵を求めるかどうかを選択することができる程度の説明を担当医師から受けたかどうかによるといわざるを得ない。
そして,前記認定(時系列 H07.10.11の欄)のとおり,i医師は,AにHCG製剤投与により,OHSSという副作用で卵巣腫大や腹水が生じることを説明した。これをもってAの上記選択について十分な説明があったといえるかが問題となるが,AがPCOタイプで31歳と若年で,LHがFSHより高値であるといったOHSSの危険因子を持つ患者であったこと,現実に平成7年10月11日時点でのAの卵巣の状態が,かなり高い確率で中等症以上のOHSSを発症する危険があったことからすると,一般的な患者に対する説明では足りず,OHSS発症の危険が一般の場合に比べて高いことまで説明をすべき義務があったというべきである。
そして,i医師による前記認定(時系列 H07.10.11の欄)の説明では,AがあえてOHSS発症の危険を冒してでも排卵を求めるかどうかを選択することができる程度の説明であったということはできず,i医師には説明義務違反があるというべきである。
ウ 10月15日に入院させなかったことについて
原告は,Aが重症のOHSS又は重症化が予想される中等症のOHSSであったから,B病院医師らは,遅くとも10月15日にAをB病院に入院させた上で,厳重に経過観察し,必要な検査(血算,血清総蛋白,超音波検査等)を実施して,これ以上OHSSが重篤化することのないよう適切な治療処置をすべき義務があったのにこれを怠った旨主張する。
(ア) 時系列における認定事実によれば,Aは,遅くともHCG製剤を投与された翌日である平成7年10月12日に下腹部痛及び吐き気にみまわれ,同月13日にはB病院を受診して,m医師に対してそれらの症状と食事の摂取ができない状態である旨を訴え,m医師も超音波断層法でAの卵巣が82×41mmと65×51mmとなっており,卵巣周囲に腹水があることを認めている。また,Aは,腹痛,嘔吐があったため,同月14日には,自宅に比較的近いH医院を受診したが,h医師は,輸液や腹水の処置等,OHSSに対する治療が十分にできないと判断し,B病院に電話をかけ,Aの症状(腹痛,嘔吐,腹部緊張)を伝えて翌15日の診察を予約した。そして,Aは,同月15日,B病院を受診し,その際の排尿がそれ程よくなく,卵巣も60×90mm,70×50mmに腫大しており,中等量の腹水が子宮後面に認められ,ヘマトクリット値が42.3%,WB病院C1万7000という所見であったが,n医師は,入院の必要がないと判断し,水分摂取と2,3日後の通院を指示した。帰宅後,Aの容態は悪化し,同月16日午前3時から4時ころには,トイレで嘔吐して動けなくなった。
Aにこのような臨床症状や所見がみられたこと,平成7年10月14日にAを診察したh医師が輸液や腹水の処置を考慮していたことからすると,AのOHSSは,本件当時比較的よく用いられていた前記認定のOHSSの重症度分類によれば,遅くとも同月15日の時点では,少なくとも中等症以上の重症度のものであったということができる。
(イ) また,当時の医療水準としては,入院の要否について必ずしも統一的な見解はなかったということができるものの,前記認定のとおり,少なくとも中等症以上であれば頻回の経過観察が必要であるとされており,中には中等症以上で入院が必要であるとするもの,臨床症状が強い場合は入院管理が必要とするものもあった。
そして,本件の後に発行された文献には,PCOS,若年等のOHSSの危険因子があるHCG製剤投与後早期(2,3日)にOHSSが発症した場合は早めの入院が必要なことが多く,社会的適応として厳重な経過観察ができないような遠方に患者が居住する場合も入院管理することもあるというものがある。入院管理の要否が,個別の患者の具体的な状況に応じてなされる判断であることからすると,これらは,本件当時には文献中に述べられていなかったとしても,いわば医師としては当然考慮する必要がある重要な事情であるということができる。
(ウ) 以上のようなAの症状(特に,ヘマトクリット値と共に,血液濃縮の重要な指標とされるWBCが1万7000であり,重症の指標とされる1万5000を超えていた。)や,AがHCG製剤投与の2日後にはOHSSを発症していること,AにはPCOタイプで31歳と若年であること,LHがFSHより高値であるというOHSSの危険因子があったこと,B病院の遠方に居住していたこと等を,入院管理の要否についての医学的な知見に照らせば,平成7年10月15日にAを診察したB病院医師は,当日はAの痛みが少し落ち着いていたということを考慮しても,AのOHSSの重症化を避けるために,入院管理による治療をするべき注意義務があったというべきである。
そうすると,単にAの卵巣が腫大しており,脱水状態に陥っていることを告げるだけでAを帰宅させたn医師には,注意義務違反があるというべきである。
同判決は,被告県については,「C病院医師による19日午前8時から20日午前7時までの間に行われたアルブミン製剤の投与は,著しく過剰で,Aに心過負荷等の循環障害や肺浮腫を起こさせる危険のあるものであって,そのような投与を行ったC病院医師には注意義務違反があるというべきである。」と判示し,注意義務違反を認めました.
また,「10月22日の呼吸停止及び心停止は,アルブミンの過剰投与によってもたらされた肺水腫及び循環血液量の急激な増大による心過負荷とみるのが相当である。そして,Aの直接の死因と見られる多臓器不全の原因は,肺水腫であるから,結局,Aの死亡は,アルブミンの過剰投与によるものということができる。したがって,C病院医師の注意義務違反とAの死亡の間には,因果関係が認められる。」と判示し,因果関係を認めました.
「3 争点(2)ア,イ(被告県の注意義務違反の有無及び死亡の結果との因果関係)について
(1) 時系列及び経過表の事実によれば,Aは,平成7年10月16日,C病院に入院し,同日から同月18日までの各日の総蛋白が4.8g/dl(以下,単位は省略する。),4.4,4.1と推移し,同月18日午前8時30分,入院後に初めて25%アルブミン(50ml)の投与を受けた。そして,その後,同月19日午前8時から翌20日午前7時までの間,25%アルブミンが950ml投与された。また,同月16日から同月19日までの間,生理食塩水の輸液は,1日当たり2500mlないし3000mlが行われた。
ア 本件当時の文献では,OHSSの治療は,循環血液量を維持するための生理食塩水の輸液や低蛋白血症のある場合のアルブミン製剤の投与が基本とされていたことからすると,C病院医師らが,Aに対して生理食塩水の輸液を行ったこと自体が不適切な治療であったということはできない。ただし,生理食塩水輸液の目的は,血液濃縮を避ける(ヘマトクリット値を45%以下に保つ)ことにあるのであるところ,16日,17日のヘマトクリット値が41.3,41.5であったことからすると,1日に3000mlという量が適正であったかについてははなはだ疑問が残るということができる。
イ さらに,本件当時の文献では,アルブミン製剤の投与については,総蛋白が4未満の低蛋白血症を併発しているときに有効であるとするものがあったことを考慮すれば,18日までアルブミン製剤の投与を行わなかったこと自体をとらえて注意義務違反とまではいうことはできない。
(2)ア アルブミン1gの投与によって間質から18gの水分を血管内に引き戻す浸透圧があり,アルブミン製剤の適正な投与量については,本件当時から,アルブミンの量にして1日当たりの最大量で12.5g×4回の50g(25%アルブミンにして200g)とされ,アルブミン製剤は,循環血液量が正常ないし過多の患者に急速に注射すると心過負荷等循環障害及び肺浮腫を起こすことがあるとされていた。そうすると,C病院医師がAに投与した950mlという25%アルブミンの量は,適正な最大量の4倍以上である。また,仮に被告県が主張するように,投与量が600mlであったとしても,適正な最大量の3倍が投与されたことになる。
そして,前述のとおり,Aには入院後,連日2500mlないし3000mlの生理食塩水が輸液されており,平常時よりも多量の水分が体内に貯留していたということができる(経過表によると,19日午前8時までの水分収支は,6220mlのプラスである。)。
そうすると,C病院医師による19日午前8時から20日午前7時までの間に行われたアルブミン製剤の投与は,著しく過剰で,Aに心過負荷等の循環障害や肺浮腫を起こさせる危険のあるものであって,そのような投与を行ったC病院医師には注意義務違反があるというべきである。
イ 被告県は,通常のアルブミン量の投与では病態の改善が見られなかった重症例で,悪循環に陥っていた病態を改善させるためには必要な処置だったし,ほぼ必要量のアルブミンであった旨を主張し,丙6にも同旨の記載がある。
確かに,一般的にはOHSSの治療においては,血栓症を予防するために血液濃縮を避けるべく循環血液量を回復させることが治療の最大の目的ということができる。
しかし,その目的を達するために,前述したような心過負荷による循環障害や肺浮腫を引き起こすおそれの大きい処置をすることが直ちに正当化されるということはできない。また,丙6では,10月19日には150.7gのアルブミン量が必要であったとの意見が述べられているが,その根拠となる計算過程の意味するところが必ずしも明らかではないし,実際にもC病院医師がこのような計算をもとにアルブミンの投与量を決定していたという事情もない。また,証人qは,950ml投与の翌日の総蛋白が5.8と低いことを根拠に過剰ではなかった旨供述するが,アルブミンによって循環血液量が極端に増大すれば血中のアルブミンの総量が増大しても総蛋白の数値がそれ程変化しないのは当然であり,これをもって過剰な投与でなかったということはできない。
(3)ア アルブミン950mlが投与された後のAのヘマトクリット値が前日の48.2から
27.4に急激に低下し,WBCも半減していることからすると,このアルブミン投与によって,Aの循環血液量が急増したということができる。これを具体的にみると,単純計算で950mlの25%アルブミンによって950ml×0.25×18g=4275mlの水分が血管内に引き戻されることになる(600mlとしても2700ml)。前記認定のとおり,Aの平常時の循環血液量は約3300mlと考えられるから,950mlのアルブミン製剤の投与があったとすれば,Aの循環血液量が,1日で2倍以上,投与量が600mlであったとしても1日で2倍近くに急激に増大したということができる(乙32は,急激に循環血漿量が40%増大し,心負荷の増大から心停止を誘発したと推定されるとしている。)。
これらの事実関係によれば,10月22日の呼吸停止及び心停止は,アルブミンの過剰投与によってもたらされた肺水腫及び循環血液量の急激な増大による心過負荷とみるのが相当である。そして,Aの直接の死因と見られる多臓器不全の原因は,肺水腫であるから,結局,Aの死亡は,アルブミンの過剰投与によるものということができる。したがって,C病院医師の注意義務違反とAの死亡の間には,因果関係が認められる。
よって,C病院医師らの使用者である被告県は,民法715条に基づき,Aの損害を賠償する義務がある。
イ これに対し,被告県は,微少な血栓形成,OHSSによる全身臓器の血管透過性の亢進が二次的な心筋障害,心不全を惹起した可能性が高いこと等を主張し,丙6には同旨の記載がある。
しかし,いずれも本件における事実関係や一般的な医学的知見を踏まえた主張・意見ということはできず,被告の主張は採用することができない。」
被告国は,Aの死亡がC病院での不適切な治療の結果であるとし,被告国に責任が無いと主張しましたが,同判決は,「i医師の説明義務違反は,少なくともAのOHSS発症との間に因果関係があるということができる」,「B病院医師には,原則禁忌とされていたHMG製剤をAに投与し,OHSS発症の確率が通常より高いことを説明しないままHCG製剤をAに投与し,入院管理を要するOHSSを発症し,B病院を受診していたAを10月15日にB病院に入院させなかった注意義務違反があり,これらのうち,少なくとも最後の2つの注意義務違反がなければAがOHSSを発症してC病院でアルブミンの過剰投与を受けることもなかったのであるから,B病院医師の上記注意義務違反とAの死亡の間には,いわゆる事実的因果関係があるといわなければならない」と判示し,被告国の責任を認めました.
「4 争点(1)イ(被告国の注意義務違反と死亡の結果との因果関係)について
被告国は,Aの死亡がC病院での不適切な治療の結果であるから,B病院での治療とAの死亡との間には因果関係がない旨主張する。
(1) HMG日研の投与との因果関係
前記認定の医学的知見によれば,HMG-HCG治療においては,用いられるHMG製剤のLHの含有量によってOHSS(特に多嚢胞性卵巣を有する患者の場合)の発症率に有意差があることが認められ,だからこそ製剤の添付文書においてもLH含有量の少ないフェルティノームPのみが多嚢胞性卵巣を有する患者に対して禁忌もしくは原則禁忌とされていなかったということができる。
もっとも,本件でAに投与されたHMG日研も,ヒュメゴン,パーゴナルといった他のHMG製剤と比較すればLH含有量は大幅に少ないものであるし,また,重症のOHSSの発生頻度についてはLH含有量による有意差が認められないとの報告もある。
以上によると,AにHMG日研ではなくフェルティノームPが投与されていたとしたら,本件のようなOHSSが発症しなかった可能性が認められるものの,OHSSを発症しなかった高度の蓋然性までを認めるのは困難といわざるを得ない。
よって,多嚢胞性卵巣を有する患者に対して原則禁忌とされていたHMG日研をAに投与した注意義務違反と,AのOHSSの発症ひいては死亡との間に因果関係を認めることはできない。
(2) HCG製剤投与前の説明義務違反との因果関係
Aが,平成6年7月ころ,生命の危険があることを理由にHMG-HCG治療を断念した経緯に照らすと,平成7年10月11日の時点においても,i医師がAに対して中等症以上のOHSSが発症する確率が相当程度高いことやその場合の危険性について説明し,AにあえてHCG製剤投与による排卵を希望するかの選択をさせる判断材料を与えていれば,AがHCG製剤投与に同意しなかった蓋然性が高いということができる。また,OHSSは,HCG製剤投与を契機として発症するとされている。
そうすると,i医師の説明義務違反は,少なくともAのOHSS発症との間に因果関係があるということができる。
(3) 10月15日の時点で入院させなかったこととの因果関係
前記認定・判断のとおり,Aの死亡について直接的な因果関係を有するのは,C病院におけるアルブミンの過剰投与という注意義務違反であるということができる。
しかし,B病院医師には,原則禁忌とされていたHMG製剤をAに投与し,OHSS発症の確率が通常より高いことを説明しないままHCG製剤をAに投与し,入院管理を要するOHSSを発症し,B病院を受診していたAを10月15日にB病院に入院させなかった注意義務違反があり,これらのうち,少なくとも最後の2つの注意義務違反がなければAがOHSSを発症してC病院でアルブミンの過剰投与を受けることもなかったのであるから,B病院医師の上記注意義務違反とAの死亡の間には,いわゆる事実的因果関係があるといわなければならない。
そして,AがC病院へ入院した経緯が,10月16日になってOHSSの症状が悪化し,入院管理を要する状態であったAが,自宅から遠方のB病院まで行くことが困難であったため,B病院のf医師がC病院のp医師にC病院での治療を依頼したというものであったのであるから,前述のB病院による注意義務違反(特に同月15日の時点でB病院に入院させなかった注意義務違反)とAの死亡の間には,相当因果関係も認められるというべきである。
したがって,被告国は,B病院医師らの使用者として,民法715条に基づき,Aの損害を賠償する義務がある。」
同判決は,被告国と被告県の不法行為は,民法719条所定の共同不法行為に当たるとし,連帯して賠償責任を負うとしました.
「5 被告らの責任について
以上の事実関係によれば,B病院医師の注意義務違反とC病院医師の注意義務違反のいずれもが,Aの死亡という不可分の1個の結果を招来し,この結果について相当因果関係を有する関係にあるから,被告国と被告県の不法行為は,民法719条所定の共同不法行為に当たるというべきであり,被告らはいずれも被害者であるAの被った損害の全額について連帯して責任を負うべきである。」
谷直樹
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