弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

イソミタール投与後の経過観察義務 東京高裁平成13年9月12日判決

東京高裁平成13年9月12日判決(裁判長 石川善則)は,「①イソミタールの副作用として,呼吸器,心血管系の抑制作用が強く,特に静脈注射による投与の場合は,徐脈,低血圧等の循環抑制や呼吸抑制の生じる可能性があることは精神科医療従事者の常識に属すること,②Gは,M看護婦が午前11時50分ころにバイタルチェックをした際には,鼻翼で二段呼吸をしていたこと,午後1時ころには,呼吸数が多くなり,やや舌根沈下気味であったこと,午後1時30分ころには,口角に泡沫状の唾液を出し,呼吸は規則的だがやや浅く速い状態であったこと,③Gは,中等度以上の肥満で短頚であるため,深い睡眠状態で舌根沈下を生ずる可能性があることは,同医療従事者において予見することができたものといえる上,午後1時ころ及び午後1時30分ころには,前示2(6)のような異常の徴候が観察されているのであるから,Gに対し強制入眠させて保護室収容の処遇を行った本件病院の保護室担当の職員としては,単にGを左側臥位にしたり,同臥位を深くするだけではなく,午後1時ころよりも呼吸状態が浅くて速い状態になっていることを確認した午後1時30分ころ以降は,上記の症状が完全に消失するまで,Gの全身状態,特に呼吸状態の改善を監視する義務があるものというべきである。」と判示し,経過観察義務を認定しました.
同判決は,「他の仕事に従事して,それで間に合うと思っていた保護室担当看護婦の判断には,客観的に見ればGの身体状態の観察に誤りがあったものというべく,呼吸不全等の重大な結果発生の予見可能性がなかったとはいえない以上,本件病院の措置に経過観察義務違反があったものといわざるを得ない。」と判示し,経過観察義務違反を認定しました.
同判決は,「被控訴人は過失相殺を主張するが,Gは精神分裂病で本件病院に入院していたものであるし,肥満や短頚が舌根沈下に関係しているとしても,Gの行動や上記身体的特徴をもって過失相殺の法理を適用すべき事由とすることは相当でない。」と判示し,過失相殺を否定しました.
同判決は,「午後1時ころやや舌根沈下気味であり,午後1時30分ころには呼吸は規則的だがやや浅くて速い状態であったが,橈骨動脈の拍動に触れることができ,午後1時45分ころにはその直後の心肺蘇生術によって救命できない状態になっていたことにかんがみれば,午後1時30分ころ又はそれに接近した時点でGのバイタルチェックを行い,その状態を医師に報告するとともに,同人の呼吸状態の監視を継続していたならば,Gの身体状態の変化に的確に対応することができ,Gが救命され得た蓋然性は極めて高かったものと推認することができる。したがって,上記経過観察義務違反とGの死亡の結果との間には相当因果関係があるものというべきである。」と判示し,因果関係を認めました.
呼吸抑制,舌根沈下の副作用がある薬剤を投与した後の注意義務について参考になります.
の,これは私が担当したものでは」ありません.


「(2) 経過観察義務違反について

ア 控訴人らは,イソミタールを注射した場合は,呼吸抑制の副作用があり,舌根が沈下して窒息死する可能性があるため,注射後,薬の作用が切れて完全に覚醒するまでの間は,バイタルサインのチェックと同時に,医師がGを直接診て呼吸状態を観察する義務があるところ,本件病院の職員は,Gが,血圧低下,脈拍増加,舌根沈下等の異常状態を示していたことを確認しながら,更に十分な経過観察をすべき義務を怠り,保護室に放置したものである上,Gのような肥満体は舌根が沈下したときの気道の確保が難しいのであるから,心肺蘇生の用意をするなど異常時に備えて経過観察をすべき義務があるのに,これを怠ったものである旨主張する。
前記引用の原判決認定の事実及び前掲証拠によれば,①イソミタールの副作用として,呼吸器,心血管系の抑制作用が強く,特に静脈注射による投与の場合は,徐脈,低血圧等の循環抑制や呼吸抑制の生じる可能性があることは精神科医療従事者の常識に属すること,②Gは,M看護婦が午前11時50分ころにバイタルチェックをした際には,鼻翼で二段呼吸をしていたこと,午後1時ころには,呼吸数が多くなり,やや舌根沈下気味であったこと,午後1時30分ころには,口角に泡沫状の唾液を出し,呼吸は規則的だがやや浅く速い状態であったこと,③Gは,中等度以上の肥満で短頚であるため,深い睡眠状態で舌根沈下を生ずる可能性があることは,同医療従事者において予見することができたものといえる上,午後1時ころ及び午後1時30分ころには,前示2(6)のような異常の徴候が観察されているのであるから,Gに対し強制入眠させて保護室収容の処遇を行った本件病院の保護室担当の職員としては,単にGを左側臥位にしたり,同臥位を深くするだけではなく,午後1時ころよりも呼吸状態が浅くて速い状態になっていることを確認した午後1時30分ころ以降は,上記の症状が完全に消失するまで,Gの全身状態,特に呼吸状態の改善を監視する義務があるものというべきである。

イ 被控訴人は,Gに舌根沈下は生じておらず,空気は十分に肺に入っており,喘鳴等もなく,呼吸リズムも正常で規則的であり,気道の狭窄,閉塞もなく,脳性呼吸困難にも陥っていない旨主張する。
しかし,前示認定のとおり,M看護婦は,午後1時ころ,Gが,保護室収容時より呼吸数が多くなり,舌根沈下気味の症状を生じていることを認めたため,同人を左側臥位にしたものであるし,この時のGの状態等についてはI医師に報告し,同医師から,念のためにGの血圧や全身状態をよく観察するようにとの指示が出されていた。そして,午後1時30分ころには,Gは,口角に泡沫状の唾液を出し,呼吸は規則的だがやや浅く速い状態であるなどの変化が生じていることが観察されているのである(なお,前記カルテ[乙4,8]の午後2時40分の欄には,O医師が,控訴人Aらに,午後1時30分の巡視時「呼吸苦しそうであったが体位交換による改善」との説明をした旨の記載がある。)から,前記I医師の指示もあり,保護室担当の看護婦としては,この段階で更にGのバイタルチェックをし,担当医師に報告するとともに,Gの全身状態,特に呼吸状態の改善を十分監視する義務があるというべきである。

ウ ところで,前示認定のとおり,午後1時30分ころM看護婦がGの身体状態を観察したのは,他の患者のおむつを交換に行く途中のことであり,「おむつ交換終わった時点のあとで全身状態を見れば間に合うと思っていた」(証人M・速記録19丁裏・20丁表)ことについては,考慮しておく点がある。すなわち,当時の医学的知見として,イソミタールを静脈注射し,それによる呼吸抑制が約2時間後に遷延的に発生する例があるとは知られていなかったと認めることができるからであり(証人J・速記録17丁表),それゆえ,午後1時ころのGの身体状態について報告を受けたI医師においても,「一応念のために血圧とか全身状態をよく見ておきなさい」という程度の指示(証人I・速記録8丁表)をしていたにすぎないものと考えられるからである。しかし,イソミタールの呼吸抑制作用に関する医学的知見としてはそうではあっても,現に午後1時30分ころGに前記のような症状が見られ,約30分前とは呼吸状態に変化が生じている以上,可及的速やかに全身状態をチェックして,担当医にその症状の報告をするとともに,Gの呼吸状態の監視を継続すべきであったものであり,午後1時45分ころには,その後直ちに行われた心肺蘇生術によって既に救命できない状態になっていたことを考えると,そのころまで他の仕事に従事して,それで間に合うと思っていた保護室担当看護婦の判断には,客観的に見ればGの身体状態の観察に誤りがあったものというべく,呼吸不全等の重大な結果発生の予見可能性がなかったとはいえない以上,本件病院の措置に経過観察義務違反があったものといわざるを得ない。

エ なお,被控訴人は過失相殺を主張するが,Gは精神分裂病で本件病院に入院していたものであるし,肥満や短頚が舌根沈下に関係しているとしても,Gの行動や上記身体的特徴をもって過失相殺の法理を適用すべき事由とすることは相当でない。被控訴人の主張は採用することができない。

4 そこで,上記経過観察義務違反とGの死亡との間に相当因果関係を認めることができるか否か検討するに,前示のとおり,Gは,イソミタールの呼吸抑制作用とともに,睡眠が深くなったことに伴って舌根沈下を生じ,窒息死した蓋然性が高いところ,同人は,午後1時ころやや舌根沈下気味であり,午後1時30分ころには呼吸は規則的だがやや浅くて速い状態であったが,橈骨動脈の拍動に触れることができ,午後1時45分ころにはその直後の心肺蘇生術によって救命できない状態になっていたことにかんがみれば,午後1時30分ころ又はそれに接近した時点でGのバイタルチェックを行い,その状態を医師に報告するとともに,同人の呼吸状態の監視を継続していたならば,Gの身体状態の変化に的確に対応することができ,Gが救命され得た蓋然性は極めて高かったものと推認することができる。したがって,上記経過観察義務違反とGの死亡の結果との間には相当因果関係があるものというべきである。
ところで,上記経過観察義務違反によるGの死亡の結果は,本件病院において,Gの自傷・他害の恐れのある行動について必要な制限を行う処遇として,強制的に薬剤を注射し,入眠させて保護室に収容する処置を執行した過程で生じたものであるから,その責任の性質は,第1次的に不法行為責任であると解するのが相当であ
る。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-03-16 02:55 | 医療事故・医療裁判