弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

薬剤の誤投与,誤注射を防ぐべき注意義務 京都地裁平成17年7月12日判決

京都地裁平成17年7月12日判決(裁判長 田中義則)は,「医師が看護師等に対して静脈注射等の行為を指示する場合,医師は,その注射すべき薬剤の種類,注射量,注射方法,速度等について,指示に誤解が生じないよう,的確に指示することはもちろん,薬剤の種類や危険性によっては医師自ら注射したり,あるいは少なくとも注射の場に立ち合うなどして,誤注射等の事故発生を防ぐべき注意義務」と「准看護師が医師の指示に基づいて静脈注射を行う場合,准看護師は,薬剤の種類,量,投与方法等を十分確認の上投与することはもちろん,医師の指示内容に不明な点や疑問点等があれば,医師や薬剤師に再度確認する等して,薬剤の誤投与,誤注射を防ぐべき注意義務」を認めました.
また,それぞれの注意義務違反」と結果との間の因果関係も認めました.
医師の責任と看護師の責任を考える上で参考になります.
なお,これは私が担当したものではありません.


「1 争点1について

(1) 前記前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が
認められる。

ア 本件医療事故発生の経過(甲49,55,61,67[4頁ないし6頁],69[2
頁],72[3枚目ないし4枚目,11枚目ないし30枚目],73,74,82,83,
弁論の全趣旨)

(ア) 原告Aは,前日から全身に発疹が出て,掻痒感を訴えて,平成13年1月1
5日,本件病院で被告Dの診察を受けた。

(イ) 被告Dは,原告Aの症状をみて,蕁麻疹と診断した。
被告Dは,塩化カルシウムが蕁麻疹に効果があると考えており,大塚塩カル注2%を静脈注射する意図で,診療録に塩化カルシウム20mlを静脈注射するよう指示を記載した上,G看護師に対し,5分かけてゆっくり注射するよう指示した。
G看護師は,上記指示を受けて,診療録に「5分かけてゆっくり」と記載した上,注意を促すためにさらに文字の下部に赤色で波線を引いて,外来処置室にいた被告Eに対し,診療録の該当部分を示しながら,5分かけてゆっくり注射するよう申し送った。

(ウ) 被告Eは,G看護師に対し,塩化カルシウムが外来処置室北側の注射準備室においてあるか尋ねたが,G看護師が薬局で聞くように答えたため,本件病院の薬局へ行き,F薬剤師に対し,「塩化カリウムって何ですか?」と尋ねた。
F薬剤師が被告Eに対し,「カリウムですか?カルシウムですか?」と聞き返したところ,被告Eは,「塩化カリウムです。」と答えた。
そこで,F薬剤師は,「塩化カリウムであればコンクライト-Kですけども。」と教えた(なお,本件医療事故当時以前から本件病院には大塚塩カル注2%は常置されていなかった)。これを受けて,被告Eは,「あぁ,コンクライトか。」と納得して,外来処置室へ戻った。

(エ) 被告Eは,コンクライト-Kが被告Dの指示にある薬剤であると認識して,外来処置室で,原告Aに対し,コンクライト-K20mlを原液のまま,左手の甲に静脈注射した。このとき,被告Dは注射に立ち合っておらず,他の患者の診察を続けていた。
被告Eには,本件注射以前にも,コンクライト-Kやコンクライト-Caを患者に注射,点滴した経験があったが,これらを原液のまま注射したことはなく,コンクライト-Caが希釈して用いられるものであることを知っていたが,本件注射にあたって,被告DやF薬剤師等に希釈の要否等について確認することはなかった。

(オ) 被告Eが注射を始めて少したったころ,原告Aは左手を口元にあてて「うっ」とえづいたが,被告Eはそのまま注射を続け,その後2分程度のうちに,原告Aは「痛いからやめて。」と悲鳴を上げ,さらにその2,3秒後にはぐったりした状態となった。
本件注射によって原告Aの静脈に注入された塩化カリウム液は,約13mlであった。

(カ) その後,被告D及びG看護師が処置室に駆けつけたときには,原告Aは顔面蒼白で意識がない状態になっていた。
原告Aは救急処置室へ運ばれ,被告Dが原告Aの腹部あたりを押し上げる措置をとっていたが,さらにチアノーゼが強い状態になったため,G看護師は一刻を争う状態であると判断して,本件病院外科のJ医師に応援を頼み,同医師らによって人工呼吸,心臓マッサージ等の心肺蘇生措置がとられた。

(キ) 心肺蘇生措置を経た後,原告Aは,医療法人徳洲会宇治徳洲会病院に搬送され,以後,同病院において入院治療を受けた。

イ 本件医療事故後の被告らの対応

(ア) 本件医療事故発生後,原告Aの蘇生措置に従事していたJ医師は,本件病院の准看護師のKらに対し,本件注射に使用された薬剤のアンプルを探すよう指示し,同准看護師は外来処置室及び注射準備室にあるゴミ箱内を探したが,コンクライト-Caのアンプルは1本も見つからず,他方,コンクライト-Kのアンプルは複数本見つかった(甲68)。

(イ) その後,被告Eは,本件注射に使用した薬剤のアンプルとして,コンクライト-Caのアンプルをどこからか持ってきたが,そのアンプルが汚れていなかったことから,これを見たG看護師は,被告Eが新品のコンクライト-Caのアンプルの中身を捨てて持ってきたのではないかとも思った。また,被告Dも,当初から被告Eが本当に塩化カルシウムを注射したのか疑問をもっていた(甲61[11頁以下])。このような状況下で,本件病院内では,被告Eが注射したのは塩化カリウムだったのではないかとの噂が広まっていた(甲61,68)。
本件医療事故当日の夕方ころには,被告Dは,文献等を読んで,コンクライト-Caが補正用の塩化カルシウム注射液であること(したがって,静脈注射による原液投与が予定されていないこと)を確認した(甲61[14頁])。
さらに,F薬剤師は,本件医療事故の翌日である平成13年1月16日午後,本件病院の院長室で,院長らに対し,本件医療事故の起こる前に被告Eから塩化カリウムについて尋ねられたという事実を話した(甲67[12頁])。
本件病院内では,上記のように被告Eが注射したのは塩化カリウムだったのではないかとの噂が広まっていたが,本件病院の看護師らに対しては,「余計なことは言ってはいけない。」等と指示がされた(甲61[15頁])。

(ウ) 本件病院の院長は,平成13年3月9日,京都府宇治保健所所長にあてて,本件医療事故についての調査が終了したとして,事故の原因につき「指示医師は,投与薬剤を十分に認識し,慎重に投与の指示を出している。各部署での業務は慎重に行われ,過失,誤認が行われた事実はない。」等と報告した(甲15)。

(エ) 本件病院の院長は,平成13年3月23日午後,記者会見を開き,医師や看護師から事情聴取をした結果,「医師の診断,看護師への指示,カルシウム剤の注射までの一連のプロセスの中で,どこも間違っていたところはなかった。」と述べた(甲21)。

(オ) また,本件病院の院長は,平成13年4月6日付けで,京都府医師会医療事故担当係にあてて,医療事故報告書を作成したが,その報告書上の「医療機関の見解」欄に,蕁麻疹の治療として,塩化カルシウムの注射ですぐに効果があるという趣旨の被告Dの見解をそのまま記載している(甲17)。

(カ) その後,被告仁心会及び本件病院は,平成13年4月10日付けで,理事長及び院長の連名で,原告Bに対し,被告Dが指示を妥当であるとしており,被告Eも指示どおりの医療行為を行った旨述べていること及び本件医療事故の責任等は医事紛争調停委員会で話し合いを進めたいことを記載した「御連絡」と題する書面を送付した(甲18)。

(キ) その後,本件病院は,平成15年11月13日,報道機関に向けて「A様医療事故に対する病院見解」と題する書面を作成したが,その中で,初めて,塩化カルシウムが蕁麻疹を適応症例として認めていない薬剤である旨を明確に記載した(甲32)。

(ク) 本件病院は,上記経過の中で,上記塩化カルシウムの効能・効果についてすら原告B及び原告Cに対して明確に説明することはなかった(弁論の全趣旨)。

ウ 本件医療事故で問題となった薬剤の用法等

(ア) 塩化カルシウム注射液の用法,効能・効果

a 塩化カルシウム注射液は,昭和50年にその効能・効果について再評価の指定がなされ,その結果が昭和61年に通知されるまでは,蕁麻疹,湿疹,薬疹,掻痒症等に効能・効果があるものとされていたが,再評価の結果,上記症状に対して有効と判定する根拠がないものとされた(甲6の2・5・8)。

b コンクライト-Caは,塩化カルシウム製剤のひとつであり,1アンプル20ml中に塩化カルシウム1.11gを含有する塩化カルシウム製剤である。コンクライト-Caの添付文書には,効能又は効果として,電解質補液の電解質補正,低カルシウム血症が挙げられており,用法及び用量については,電解質補液の電解質の補正用として,体内の水分,電解質の不足に応じて電解質補液に添加して用いるものとされ,また,使用上の重要な基本的注意事項として,必ず希釈して使用することとの記載がある(甲4の3)。
また,コンクライト-Caのアンプルが入った箱及びアンプルのラベルには「希釈-点滴」との文字が印刷されている(甲5の1)。

c 塩化カルシウム製剤には,コンクライト-Caのほか,1アンプル20ml中に塩化カルシウム0.4gを含有する製品(大塚塩カル注2%など)があり,この濃度の塩化カルシウム製剤は,低カルシウム血症に起因するテタニー関連症状の改善のほか,鉛中毒症,マグネシウム中毒症,妊婦・産婦の骨軟化症におけるカルシウム補給等に効能・効果があるとされ,用法としては静脈注射が予定されている。また,静脈注射をする場合の
基本的注意事項として,添付文書上,緩徐に注射することとされ,急速投与した場合には動悸,徐脈,血圧変動,熱感等の症状があらわれることがあるとされている(甲4の7・8,6の7)。
この点に関して,大塚塩カル注2%の医薬品インタビューフォームでは,「急激に血清カルシウム濃度を上昇させると,顔面紅潮,動悸,血圧の上昇及び低下,不整脈,心停止等が引き起こされることがあるため,カルシウム製剤の静脈内投与は緩徐に行わなければならない。また,投与に際しては心電図によるモニターと血清カルシウム濃度の測定を行う
べきである。」と解説されている(甲6の7)。

d 本件病院においては,本件医療事故当時,塩化カルシウム製剤としてはコンクライト-Caしか置いておらず,大塚塩カル注2%等,他の塩化カルシウム製剤は常備していなかった(甲32,弁論の全趣旨)。

(イ) 塩化カリウム液の用法等

a 塩化カリウムは,低カリウム血症等に対するカリウムの補給用に広く用いられる薬剤であり,急速投与すると,高カリウム血症を起こす等の副作用がある(甲36添付の資料②)。

b コンクライト-Kは,塩化カリウム製剤のひとつであり,その添付文書上,効能又は効果として電解質補液の電解質補正が挙げられており,用法として,電解質補液に添加して点滴静脈内注射するか,腹膜透析液に添加して腹腔内投与するものとされているほか,重要な基本的注意事項として必ず希釈して使用することが求められている(甲36添付の資料①)。
また,コンクライト-Kの大量・急速投与による中毒症として,四肢麻痺,反射消失,呼吸麻痺,精神錯乱,脱力,低血圧,心性不整脈,心ブロック,心電図異常,心停止等が挙げられる(甲59)。

c コンクライト-Kのアンプルが入った箱及びアンプルのラベルには,いずれも「希釈-点滴」,「希釈-腹腔内」との文字が印刷されている(甲36添付の資料⑥-1,⑥-2,⑦)。

(2) 被告Dの過失

被告Dは,大塚塩カル注2%を投与する意図で塩化カルシウム注射液の静脈注射を指示した(前記(1)ア(イ))が,医師が看護師等に対して静脈注射等の行為を指示する場合,医師は,その注射すべき薬剤の種類,注射量,注射方法,速度等について,指示に誤解が生じないよう,的確に指示することはもちろん,薬剤の種類や危険性によっては医師自ら注射したり,あるいは少なくとも注射の場に立ち合うなどして,誤注射等の事故発生を防ぐべき注意義務を負っているから,大塚塩カル注2%の用法(前記(1)ウ(ア)c)からすれば,被告Eに単独で行わせるのではなく,自ら注射を実施するか,あるいは少なくとも注射をする場に立ち合い,注射事故の発生を防ぐべき注意義務を負っていたものというの
が相当である(医療法人徳洲会宇治徳洲会病院のL医師が,京都府医師会の照会に対して,塩化カルシウムの静脈注射につき,「通常,この薬剤の副作用を熟知した医師による投与が要求される。」(甲20の4)としているのも,上記の点を指すものと認められる。)。
しかるに,被告Dは,本件注射に立ち合うことすらしなかった(前記(1)ア(エ))から,上記注意義務に違反した過失がある。
これに対して,被告Dは,本件医療事故は被告Eが被告Dの指示に反して塩化カリウム液であるコンクライト-Kを静脈注射したことに起因するものであり,自らの指示自体に問題はなかった旨主張するが,被告Dが上記注意義務を果たしていれば,被告Eが薬剤を混同していることはもとより,そもそも本件病院に大塚塩カル注2%が常置されていない(前記(1)ウ(ア)d)ことにも当然気付いたはずであるから,被告Dの上記過失と原告Aの後遺障害との間には因果関係があるといえ,被告Dの主張は採用できない。

(3) 被告Eの過失

前記(1)の認定事実のとおり,被告Eは,被告Dが指示をした塩化カルシウムとは異なる塩化カリウム液であるコンクライト-Kを,被告Dの指示した注射液であると誤解して(前記(1)ア(イ),(ウ)),原告Aに対してコンクライト-Kを原液のまま静脈注射した(前記(1)ア(エ))が,准看護師が医師の指示に基づいて静脈注射を行う場合,准看護師は,薬剤の種類,量,投与方法等を十分確認の上投与することはもちろん,医師の指示内容に不明な点や疑問点等があれば,医師や薬剤師に再度確認する等して,薬剤の誤投与,誤注射を防ぐべき注意義務を負っているところ,本件の場合,コンクライト-Kの箱及びアンプルのラベルには,「希釈・点滴」との文字が印刷されている(前記(1)ウ(イ)b)のであるから,コンクライト-Kが希釈の上点滴投与されるべき薬剤であることは容易に認識し得たはずである上,被告E自身,本件注射以前にも,コンクライト-Caやコンクライト-Kの処方指示を受けたことがあるが,原液のまま静脈注射したことはなかった(前記(1)ア(エ))から,原液のまま静脈注射するようにとの被告Dの指示について,同被告に対して,その適否,希釈の必要があるのであればその程度,投与量,速度等について確認すべき注意義務があったといえる。
しかるに,被告Eは,被告Dに対して何らの確認をしないまま,コンクライト-Kを原液のまま静脈注射した(前記(1)ア(エ))から,上記注意義務に違反したといえ,過失があることは明らかである。
これに対し,被告Eは,①准看護師にすぎない被告Eが医師である被告Dの指示に対し,それを再検討する権限及び義務はない,②本件の場合,被告Dの指示どおりに塩化カルシウム注射液を投与していたとしても,希釈の指示がないこと及び本件病院に常備されていた塩化カルシウム注射液であるコンクライト-Caの濃度(5.5%)を前提とすれば,いずれにせよ本件医療事故は回避できなかった,③本件においては,被告Dが本件医療事故後直ちに適切な蘇生措置をとらなかったことが,原告Aの後遺障害を重大なものにした等と主張する。
しかし,准看護師といえども,現に患者に対して静脈注射等,侵襲を伴う措置を行う以上,その措置によって患者の生命・身体を害することを防ぐべき注意義務を負っているのは当然であり,医師の指示自体に疑問が生じたような場合には,医師に対して指示内容を再確認する等して,自らの行う投薬措置等に誤りの生じないようにする注意義務があるというべきであり,被告Eの上記①の主張は採用できない。
また,本件で被告Eが塩化カルシウム注射液であるコンクライト-Caを静脈注射していた場合,本件と同様あるいは類似の結果が生じていたか否かは不明ではあるが,被告Eが被告Dの指示どおりコンクライト-Caを注射したとしても,コンクライト-Caの箱及びアンプルのラベルにも,「希釈・点滴」との文字が印刷されている(前記(1)ウ(ア)b)上,被告E自身,本件医療事故以前にコンクライト-Caを原液のまま注射したことはないことを考慮すれば,この場合でも,被告Eは被告Dに対して再度指示内容を確認すべきであったことは変わりはなく,被告Eが被告Dに確認をしていれば,コンクライト-Caを原液のまま静脈注射することは避けられたことは容易に推認できるから,被告Eの上記②の主張は採用できない。
さらに,本件医療事故の経過(前記(1)ア(イ)ないし(カ))及びコンクライト-Kの薬理作用(前記(1)ウ(イ)a,b)によれば,被告Eの過失と原告Aの後遺障害との間に因果関係があることは明らかであり,被告Dが適切な蘇生措置を行わなかったことが原告Aの後遺障害の程度に相当程度影響しているとしても,これをもって,被告Eの前記過失と原告Aの後遺障害との間の因果関係がないとは到底いえないから,被告Eの上記③の主張は採用できない。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-03-20 23:38 | 医療事故・医療裁判