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KMを輸入・販売するに当たりその安全性を確保すべき義務 名古屋地裁平成14年4月22日判決

名古屋地裁平成14年4月22日判決(裁判長 筏津順子)は,長期間にわたるKMの服用により腎不全に罹患したと認定し,「医薬品輸入販売業者は,医薬品製造業者とともに,医薬品の輸入・販売を開始するときはもとより,輸入・販売開始後も常時,その時点における最高の知識と技術をもって,医薬品の安全性を確認すべき義務を課せられている」と判示しました.
同判決は,「平成4年7月までには,上記(ア)a,bの症例及び同(ア)c,dの動物実験の結果の報告により,アリストロキア酸が,一時に多量に服用した場合に腎毒性を有することはもとより,継続的に服用した場合にも腎毒性を有する可能性があることを認識することが可能であったというべきであるから,被告としては,これらの症例報告等を十分に調査・分析・検討し,さらに研究を加えるなどすることにより,アリストロキア酸を含有するKMが,一時に多量に服用した場合のみならず,少量であっても長期間服用した場合には腎毒性を有するということを十分に予見することができたものというべきである。」,「上記葯典記載の用法用量が,原告らのような長期服用の場合も含めた用法用量であるかについては明らかではない。また,中国において医薬品の副作用報告が確実に集積・公表されているのか定かでない上,副作用が当該医薬品の服用により当然に発生するものではないことも併せ考えれば,中国において副作用の報告がないとされているからといって,KMが腎毒性を有することを予見することはできなかったということはできない。」と判示し,予見可能性を認めました.
また,「その時点で,少なくとも,長期使用によって腎機能障害が発生する可能性があることについて添付文書に記載するなどの方法により指示・警告する」回避義務を認めました.
漢方薬による副作用について,症例報告,動物実験の報告があった場合のを輸入販売業者の義務について参考になります.
なお,これは私が担当したものではありません.


「2 争点(2)(不法行為責任)について

(1) 原告らのKMの服用と腎機能障害発生との間の因果関係

一般に,KMは,これを長期間にわたって使用した場合には,1回の投与量が多量でなくとも腎機能障害を発生させる可能性を有するものと認めるべきことは,前記1(2)記載のとおりであるところ,原告らがKMを服用していたこと,また,その服用量・服用期間は,前記争いのない事実等のとおりであるから,以上を総合すると,原告らはいずれも,上記のようなKMの服用により腎不全に罹患したと認定するのが相当である。
この点について,被告は,原告らがKMの服用を中止してから慢性腎不全と確定的に診断されるまでに半年ないし1年強の期間を要していることをもって,KMが腎機能障害の原因であることに疑問があると主張する。しかし,証拠(甲13)によれば,漢方薬の服用による腎機能障害については,「原因薬剤の服用を中止しても腎機能障害は進行するため予後は非常に悪い。」とされているのであって,これによれば,原告らについても,KM服用中止後に腎機能障害が進行していたことが十分に考えられるのであるから,服用中止から発症までに上記の程度の期間があったとしても,そのことは,因果関係の存在を疑わしめるほどの事情であるとはいえない。
また,前記争いのない事実等のとおり,原告らには,KMのほかにも,腎臓に関する副作用の可能性があるとされる薬剤(ニフェラート,コニール,バイミカード等)が投与されていたものであるが,これらの薬剤はむしろ腎不全患者にも投与される降圧剤であって,これらの薬剤による腎機能障害は,過度の血圧低下による腎血流量低下に由来するものに限られるものと認められるところ(甲4),原告らがそのような過度の血圧低下により腎機能障害となったと認めるに足りる証拠はないから,本件においてこれらの薬剤が原告らの腎機能障害を引き起こしたということはできない。
このほか,上記認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 被告の過失について

ア 注意義務について

(ア) 注意義務の根拠について

医薬品は,有益な薬効作用を有する反面,人の生命・健康を侵す危険性を常に有している。ところで,現代社会では医薬品は商品として流通過程に置かれ大量に消費されているが,最終的な消費者である国民は,医薬品の安全性を判定する能力を欠いており,医学・薬学等の専門的知識を有する医師においても,通常,自らの手で医薬品の安全性を個別に確かめることは不可能若しくは著しく困難である。そのため,医薬品が安全性を欠いていた場合,広範囲の消費者がその生命・健康に重大な被害を受けるおそれがある。そして,医薬品製造業者や医薬品輸入販売業者は,このような危険を伴う医薬品の製造・輸入・販売等により利潤を追求しているものであり,医薬品が販売されるまでの過程を支配しているものである。
このことからすれば,医薬品輸入販売業者は,医薬品製造業者とともに,医薬品の輸入・販売を開始するときはもとより,輸入・販売開始後も常時,その時点における最高の知識と技術をもって,医薬品の安全性を確認すべき義務を課せられているものといわなければならない。

(イ) 予見義務について

医薬品製造業者においては,医薬品の製造・販売を開始するに当たり,その時点における最高の知識と技術をもって,医学・薬学その他関連諸科学の分野における文献・情報の収集及び調査を行い,また,動物実験・臨床試験等を行うべき義務がある。また,製造・販売の開始後も,常時上記同様の文献・情報の収集及び調査を行い,もしこれにより副作用の存在につき疑惑を生じたときは,さらに,動物実験その他の試験及び各種の調査・研究を行うことにより,できるだけ早期に当該医薬品の副作用の有無及び程度を確認すべき義務がある。
そして,医薬品の輸入販売業は,医薬品等を国民に供給するという本質的な点において医薬品製造業と変わるところがなく,薬事法においても医薬品製造業者と同様に厚生労働大臣の許可に係らしめられているとおり,医薬品輸入販売業者も,医薬品製造業者と同内容・同程度の医薬品安全性確保のための注意義務を負っていると解すべきである(なお,自らの研究施設を有しない場合には,適当な機関等に委託して各種試験等を実施すべきであることはもちろんである。)。

(ウ) 結果回避義務について

上記調査・研究の結果,当該医薬品について副作用等の有害な作用の存在あるいはその存在について疑いが生じた場合は,そのような有害な作用による被害の発生を防止するため適切な措置をとらなければならない。すなわち,有害性が高く代替する医薬品が存在するときには,製造・販売の中止,製品の回収が求められる。そして,医薬品の有効性と副作用等の有害性を比較衡量した上,なお有用なものと判断される場合には,当該有害性の公表,適応症や用法・用量の制限,医師及び一般使用者への使用上の指示・警告など適宜な措置を講じなければならない。

イ 予見可能性について

(ア) 症例報告等

原告らのKM服用期間は前記のとおりであるところ,原告らのうち,服用開始の早い原告Bが服用を開始した平成4年7月の時点において,アリストロキア酸と腎機能障害との関係について,上記1(1)ア(ア)aの悪性腫瘍患者に対する臨床試験の結果,同bの木通馬兜鈴を食べた産婦の例,同(イ)aのマウス等による実験の結果及び同bのラットによる亜急性実験の結果の症例報告等が存したことは前記のとおりである。

a 上記1(1)ア(ア)aの悪性腫瘍患者に対する臨床試験の結果

上記臨床試験の結果は,前記のとおり,被験者20人中9人に腎機能障害が発生したというものである。
この試験では,アリストロキア酸の投与量は,0.1mg/kg/日の5日間投与から2mg/kgの1回投与までであり,1日の投与量は,原告らが服用していたKM中のアリストロキア酸の量1mg/日(乙24)の5倍から100倍程度ということになる。また,この試験結果を報告した上記1(1)ア(ア)aの文献では,1日の投与量が(結果に)密接に関連しているとされている。
しかしながら,同文献は,他方で,0.5mg/kg/日の5日間投与が最も毒性を発揮するようであったとしている。この1日の投与量は原告らの1日の服用量の25倍程度であるから,そのことのみからすれば原告らがしたような1mg/日程度の服用について直ちに同列に論じることはできないが,2mg/kgの1回投与ではなく,0.5mg/kg/日の5日間投与が最も毒性を発揮するとしていることからすれば,アリストロキア酸の腎毒性について,必ずしも1回若しくは1日の投与量のみが重要なのではなく,一定の期間投与し続けることによっても強い毒性を発揮する可能性を示したものということができる。
とすれば,1日の投与量が原告らの場合よりも多いからといって,そのことの故をもって副作用報告例としての本件報告の価値を軽視することはできない。
なお,被告は,この臨床試験の被験者は悪性腫瘍患者であって全身臓器の状態が悪かった旨主張するが,かかる事情が試験の結果に及ぼした影響の有無及び程度が明らかでない以上,かかる事情を理由に上記試験の結果を無視することは許されるものではない。

b 上記1(1)ア(ア)bの木通馬兜鈴を食べた産婦の例

この症例は,前記のとおり,木通馬兜鈴を食べた産婦が急性腎不全に罹患したというものであるが,この産婦は木通馬兜鈴約2.2両を食べており,この2.2両という量は,この症例が記載されている上記1(1)ア(ア)bの文献において最大用量とされている1.5銭の約15倍に該当するものであって,この症例は,アリストロキア酸を多量に摂取した場合の腎毒性を示すものである。

c 上記1(1)ア(イ)aのマウス等による実験の結果

上記実験結果は,前記のとおり,アリストロキア酸を動物に投与すると,腎臓が普遍的に破壊されるというものであって,概ね,アリストロキア酸を多量に摂取した場合についてのものといえる。
しかしながら,ウサギの例では,アリストロキア酸の注射を毎日行ったところ,1.5mg/kgを毎日投与したグループが3日目から9日目にかけて死亡したというのであり,これは,一定の継続的な投与によって影響が現れることを示したものということができる。

d 上記1(1)ア(イ)bのラットによる亜急性実験の結果

上記実験は,ラットに対しアリストロキア酸を4週間投与したというものであり,明らかな毒性が認められた投与量は5mg/kg以上と多量であるものの,継続的な投与を行った場合の毒性を示したものとして有意と考えられる。

(イ) 以上の事実に基づいて検討するに,平成4年7月までには,上記(ア)a,bの症例及び同(ア)c,dの動物実験の結果の報告により,アリストロキア酸が,一時に多量に服用した場合に腎毒性を有することはもとより,継続的に服用した場合にも腎毒性を有する可能性があることを認識することが可能であったというべきであるから,被告としては,これらの症例報告等を十分に調査・分析・検討し,さらに研究を加えるなどすることにより,アリストロキア酸を含有するKMが,一時に多量に服用した場合のみならず,少量であっても長期間服用した場合には腎毒性を有するということを十分に予見することができたものというべきである。

(ウ) これに対し,被告は,原告らが服用していたKM1日分に含まれる関木通が2gであったのに対し,葯典には,関木通の用法用量は3~6gとされていること(乙3),KMが2千年来処方・販売されてきた漢方医薬であるにもかかわらず,上記3~6gの臨床使用における副作用の報告はないこと(乙4)から,原告らの服用量において腎機能障害が生じることを予見することはできなかったと主張する。
しかしながら,上記葯典記載の用法用量が,原告らのような長期服用の場合も含めた用法用量であるかについては明らかではない。また,中国において医薬品の副作用報告が確実に集積・公表されているのか定かでない上,副作用が当該医薬品の服用により当然に発生するものではないことも併せ考えれば,中国において副作用の報告がないとされているからといって,KMが腎毒性を有することを予見することはできなかったということはできない。

ウ 結果回避可能性について

上記イ認定のとおり,被告は,平成4年7月までには,KMが,少量であっても長期間服用することにより腎機能障害を発生させることが予見できたのであるから,その時点で,少なくとも,長期使用によって腎機能障害が発生する可能性があることについて添付文書に記載するなどの方法により指示・警告することが可能であったというべきである。そして,かかる記載がなされていれば,D医師は,原告らのKMの服用が長期にわたらないよう配慮し,その結果,原告らの腎不全への罹患を避けることができたものと推認できる。

エ 注意義務違反について

証拠(乙5ないし7,24)及び弁論の全趣旨によれば,原告らがKMの服用を開始した平成4年7月までに,被告がKMの服用による腎機能障害の発生につき有効な調査・研究をせず,また,上記ウに述べたような指示・警告をしなかった事実を認定することができる。
そうすると,被告は,前記予見義務及び結果回避義務を尽くしていなかったのであるから,原告らが服用したKMを輸入・販売するに当たり,その安全性を確保すべき義務を怠ったものというべきである。
なお,関木通が腎毒性を有することについて表示せず,KMの成分として関木通が含まれていることを記載するのみでは,一般の医師においてKMを長期服用した場合の腎機能障害発生の危険性を認識することは期待できないというべきであるから,仮にKMの添付文書に成分として記載された「木通」が関木通のことであることが自明であるとしても,かかる成分の記載によって被告が上記義務を果たしたということはできない(そもそも,「木通」と漢字で記載し,「日本薬局方」を示す「〃」を付さないという記載では,それが関木通を表示するものであることを理解することは困難であり,相当な表示がされていたということもできない。)。
また,被告は,長期間同一の投薬を続けることは漢方薬の基本原則に反するものであるところ,KMは医師の診断により処方される医療用製剤であって,医師はこの基本原則に従って投薬するのが当然である旨主張するが,その危険性について記載することが免除されるほど,同一の漢方薬を3~4年にわたって服用することが通常考えがたい特に異常なことであるとは認められないし(甲4),また,前記のとおり,医師が自らの手で医薬品の安全性を個別に確かめることが不可能若しくは著しく困難であることが通常であることからすれば,医療用製剤であるからといって上記指示・警告が不要であるということはできない。

オ 被告の責任についての結論

以上のとおり,被告の行為には過失があったといえるから,その過失行為と相当因果関係のある原告らの損害につき,賠償すべき義務を負う。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-03-21 05:19 | 医療事故・医療裁判