ステロイド剤経口投与の注意義務 札幌地裁平成14年12月24日判決
同判決は,「当時の臨床医学水準において是認されていなかった7投7休法によって,原告に対するステロイド剤の投与がされたのであるから,特段の反証のない本件にあっては,被告の採用した7投7休法によって,原告がステロイド離脱症候群に罹患したものと推認するのが相当である。」と判示し,因果関係を認めました.
なお,これは私が担当したものではありません.
「 (3) 上記(1)の事実及び(2)の医学的知見によれば,原告の臨床症状は,被告から処方されたステロイド剤の服用を中止したことによって発生したステロイド離脱症候群であると認めるのが相当である。そして,証人Bの証言によれば,平成13年12月に実施した下垂体-副腎機能検査の結果によれば,下垂体-副腎機能がほぼ正常であったことが認められるから,原告のステロイド離脱症候群は,前記(2)ウの分類では,タイプIIIのものと認めるのが相当である。
(4) そして,原告のステロイド離脱症候群に罹患した時期は,被告が原告に対し,平成10年2月13日から平成11年1月20日までの約1年にわたってステロイド剤を処方していること及び原告がD医院で受診し,かつ,E病院で受診した平成11年1月20日及び同月21日ころに,ステロイド離脱症候群にみられる症状が顕著になっていることから,そのころ,原告はステロイド離脱症候群に罹患したと認めるのが相当である。
(5) なお,被告は,原告が,平成11年1月ころ,経済的に困窮し,さらに父親の死亡という不幸が重なったため,不安神経症,うつ的神経症といったストレス由来の症状が発生したのであって,原告は,ステロイド離脱症候群に罹患したものではない旨主張する。
しかし,前記認定の(1)の事実に加えて,甲第6号証及び第14号証によれば,原告に対して少なくとも平成11年1月27日から同年12月27日までの約11か月間にわたってステロイド剤漸減療法を行って診療していたE病院のG医師が同日付けでステロイド離脱症候群と診断していること,また,原告に対して少なくとも平成12年5月11日から平成13年1月15日までの約8か月間にわたって同様の療法を行って診療していたH病院のB医師が同日付けで同様の診断をしていることが認められ,これらの事実に照らすと,被告の上記主張は,これをにわかに採用することができない。
3 請求原因(5)(被告の責任原因)について
(1) 請求原因(5)アの事実(ステロイド剤の定義及び副作用など)は,甲第8号証の1,2,第9号証の1ないし3によって,これを認めることができる。
(2) 同イの事実(本剤と同成分の薬剤の医薬品添付文書の記載)は,甲第4号証によって,これを認めることができる。なお,乙第9,第10号証によれば,被告が原告に対して本剤を投与した平成10年2月23日から平成11年1月20日までの間の本剤の医薬品添付文書にも,同旨の記載があったことが認められる。
(3) 同ウの主張(医師が患者に説明をする義務,投与量などに留意する義務,患者の訴えに留意する義務)について検討する。
ア まず,被告が処方した本剤の組成・効能・効果,用量・用法・使用上の注意等について検討する。
甲第8号証の1,2,第9号証の2,第27号証,乙第5号証,第7号証,第10号証及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 本錠の成分は,デキサメタゾンであり,それはステロイド剤の一つである
(甲第8号証の1,2,乙第10号証)。
(イ) ステロイド剤投与の主要な目的は非ステロイド系抗炎症剤よりも強力な抗炎症作用と免疫抑制作用にある(甲第8号証の2)。本剤は,湿疹・皮膚炎群,痒疹群などに対しても効果があって処方される(乙第10号証)。しかし,湿疹・皮膚炎群,痒疹群などの疾患には,外用剤を用いても効果が不十分な場合あるいは十分な効果を期待し得ないと推定される場合にのみ用いる(乙第10号証)。しかも,湿疹・皮膚炎群には,重症例以外は極力投与しないこと,痒疹群には,重症例に限って投与することが医薬品添付文書に明記されている(乙第10号証)。
(ウ) デキサメタゾンは,一般に,ナトリウム貯留作用は減弱され,抗炎症作用や糖質コルチコイド作用は増強され,副作用として不眠,精神不穏,高血圧,糖尿病,消化性潰瘍,クッシング様症状,視床下部-下垂体-副腎皮質不全,易感染症,無腐性骨頭壊死,ステロイド筋症,創傷治癒遅延,骨粗鬆症,皮膚萎縮,白内障,粥状硬化症,成長阻害,脂肪肝,精神病,頭蓋内圧亢進,緑内障などの副作用があり,しかもそれら副作用の発現頻度が高いので特別な理由がない限り長期の使用には適切とはいえない。ステロイド剤からの将来の離脱を期待する場合は視床下部-下垂体-副腎系の抑制のため使用しにくい(甲第8号証)。
(エ) ステロイド剤及び本剤が上記のような強い作用及び発現頻度の高い副作用を持つことから,ステロイド剤が抗炎症剤として使用されるのは,生体に惹起されている炎症が強い活動性を有し,その結果,重大な組織障害や生命維持に支障を来すことが予想される場合に使用するとされている(甲第8号証の2)。本剤の投与に際しては特に適応,症状を考慮し,他の治療法によって十分に治療効果が期待できる場合には,本剤を投与しないこと,投与中は副作用の出現に対し,常に十分な配慮と観察を行い,また,患者をストレスから避けるようにし,事故,手術などの場合には増量するなど適切な処置を行うこと,連用後,投与を急に中止すると,時に発熱,頭痛,食欲不振,脱力感,筋肉痛,関節痛,ショック等の離脱症状が現れることがあるので,投与を中止する場合には,徐々に減量するなど慎重に行うこと,離脱症状が現れた場合には,直ちに再投与又は増量することという注意事項がある(乙第10号証)。そして,本剤の薬効成分であるデキサメタゾンでは,その使用に当たっての重要な基本的注意事項として,連用後急に中止すると,時に発熱,頭痛,食欲不振,脱力感,筋肉痛,関節痛,ショック等の離脱症状が現れることがあるので,中止する場合には,徐々に減量するなど慎重に行い,離脱症状が現れた場合には直ちに再投与又は増量することが挙げられる(甲第27号証)。
(オ) ステロイド剤及び本剤は次のような投与をする。
本剤の用法・用量はデキサメタゾンとして,通常成人1日0.5㎎から8㎎(1錠から16錠)を1回から4回に分けて経口投与し,年齢・症状により適宜増減する(甲第27号証,乙第10号証)。
一般に,ステロイド剤の投与方法として,連日投与法,間欠的投与法,パルス療法がある。そして,間欠的投与法には,隔日投与法と3投4休法がある(甲第9号証の2,乙第5号証)。ステロイド剤はパルス療法などのように数日間以内の使用であれば,その使用量が大量であっても副腎皮質からのコルチゾール分泌は速やかに回復する。しかし,数週間以上にわたるステロイド剤の慢性投与は,コルチゾール分泌を抑制し,一時的に副腎不全状態をもたらす(乙第7号証)。
副作用は,投与量に依存すると同時に,投与期間,累積投与量にも依存する。ステロイド剤は,短期的な投与では超大量投与も可能な安全域の広い薬剤だが,中等量以上の投与が長期間継続すると種々の重篤な副作用が出現する(乙第8号証)。
イ 以上の事実によれば,本剤には多様で重篤な副作用があるから,医師が患者に対して本剤を投与する場合には,患者に対して,主要な副作用及び服用上の注意を説明し,(イ) 投与量,投与期間及び投与方法に留意し,できる限り副作用の発現の少ない投与量,投与期間及び投与方法を選択するようにし,(ウ) 投与期間中には,副作用の発現の有無に関する患者の訴えに留意すべきものといえる。
(4) そこで,同エの主張(被告の注意義務違反行為)について判断する。
ア 前記1の事実に加えて,上記(1)ないし(3)によれば,被告は,原告の疾患がせつ腫症(躯幹),痒疹(四肢)と診断したのであるから,まず,非ステロイド系抗炎症剤を選択すべきであり,次に,ステロイド剤を選択するとしても,外用剤(軟膏)の塗布などの局所的投与方法を選択すべきであり,最後に,本剤の経口的投与を選択するとしても,その場合には,本剤の主要な副作用及び服用上の注意を原告に対して説明し,また,投与方法についても,医学的に確立した方法を選択すべきであり,また,投与期間中には,原告に副作用が発現しているか否かについて注意するとともに,原告の訴えに留意すべきものであったというべきである。
前記1認定の事実によれば,確かに,被告は,平成10年1月26日から同年2月2日までの7日間は,原告の皮膚疾患の治療のため,非ステロイド系抗炎症剤を選択したものである。しかし,これによって十分な治療効果を得られなかったとしても,被告は,次の診療日である同月23日には,ステロイド剤の外用剤(軟膏)ではなく,経口投与する本剤を選択したのであるから,被告としては,その際,原告に対し,本剤の主要な副作用及び服用上の注意を説明する義務があったところ,本件全証拠によるも,被告が原告に対してその説明をしたことは,これを認めるに足りない。そして,被告は,本剤の投与方法として,7投7休法を採用しているところ,この方法がその当時の臨床医学水準において是認できる方法であったことを認めるに足りる証拠がない。そうすると,その余の点について判断するまでもなく,被告の上記行為は,注意義務に違反したものといわざるを得ない。
イ なお,被告は,(a)1日当たり1㎎のデキサメタゾンを2週間投与しても,下垂体ACTH分泌能は抑制されず,副作用は発現しないし,(b)どのステロイド製剤でも1日1~2錠以下では副作用の発現頻度は著しく減り,重篤な副作用はおこりにくく,(c)本剤の用法・用量は,成人1日0.5から8㎎を1から4回に分割して経口投与するとされており,その最大許容投与量は1日32㎎までとなる旨主張する。
確かに,乙第8号証(佐々木俊行,米澤和明「副腎皮質ホルモン(全身投与)医薬ジャーナル32巻1号,1996年)には,「一般に経口剤の場合1日1~2錠以下では副作用の発現頻度は著しく減り,重篤な副作用も起こりにくい」との記載があり,乙第7号証には「デキサメサタゾン1日当たり1㎎を2週間投与しても下垂体ACTH分泌能は抑制されず,副作用は発現しない」との記載がある。そして,乙第10号証によれば,本剤の用法・用量は,成人1日0.5から8㎎を1から4回に分割して経口投与するとされていること(最大許容投薬量は成人1日8㎎であって32㎎ではない。)が認められる。
しかし,被告が原告に対して投与したものは,1日当たり本剤3錠・デキサメタゾン1.5㎎であり,投与期間は,通算12週間にわたるものであるから,被告の主張(a),(b)は,被告の過失を否定する根拠とはなりえない。また,被告の主張(c)に係る点については,本剤の1日当たりの最大許容投与量は,本剤16錠・デキサメタゾン8㎎であるが,このような最大許容投与量は,適応症,投与期間,投与方法などを慎重に検討した上で選択されうるものであって,最大許容投与量以下であれば,適応症,投与期間,投与方法に関係なく本剤の投与につき過失がないといえるものではない。
(5) そこで,同オの事実(相当因果関係)について判断するに,被告が採用した7投7休法は,当時の臨床医学水準において是認されていた方法ではなく,この方法は,当時の臨床医学水準において是認されていた3投4休法よりも,患者がステロイド剤にさらされる期間が長いことは明らかであるから,その分,患者の視床下部-下垂体-副腎系の抑制を生じ,あるいは,患者の組織のステロイドに対する順応(血清コルチゾール値が正常であっても,組織が高濃度のステロイド剤に適応しているため,ステロイド剤離脱後も生理的濃度以上のステロイドを必要とし,いわば相対的副腎不全状態となっていること)を高める可能性が高いものと認めるのが相当である。
そして,本件においては,当時の臨床医学水準において是認されていなかった7投7休法によって,原告に対するステロイド剤の投与がされたのであるから,特段の反証のない本件にあっては,被告の採用した7投7休法によって,原告がステロイド離脱症候群に罹患したものと推認するのが相当である。
また,前記2(1)認定の事実経過に照らすと,被告が原告に対する上記説明義務を怠ったことによって,原告がその父の死亡の際,あるいは,C医院の医師からの話を聞いた後に,本剤の服用を遵守しないことになったものということができる。
したがって,いずれにせよ,被告の注意義務違反行為と原告がステロイド離脱症候群に罹患したこととの間には,相当因果関係があるものというべきである。」
谷直樹
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