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最高裁大法廷令和4年3月25日判決、海外在住日本人が最高裁裁判官の国民審査に投票できないのは違憲(報道)

最高裁大法廷令和4年3月25日判決は最高裁裁判官の国民審査について海外在住日本人が投票できないことについて違憲と判断し、さらに国会の立法不作為責任を認め、国に人あたり5000円の賠償を命じました(なお、原審の東京高裁は違憲止まりで賠償は認めませんでした。).15人の裁判官の全員一致で、裁判官宇賀克也の補足意見があります.
なお、これは当職が担当した事件ではありません.

令和2年(行ツ)第255号
令和2年(行ヒ)第290号、第291号、第292号
在外日本人国民審査権確認等、国家賠償請求上告、同附帯上告事件
令和4年5月25日 大法廷判決

主 文

1 原判決主文第1項 を破棄する。
2 第1審被告の控訴を棄却する。
3 第1審原告らのその余の上告、第1審被告の上告及び第1審原告X1 の附帯上告を棄却する。
4 訴訟の総費用は、これを2分し、その1を第1審被告の負担とし、その余を第1審原告らの負担とする。

理 由

第1 事案の概要

1 本件は、国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民(以下「在外国民」という。)に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査(以下「国民審査」という。)に係る審査権の行使が認められていないことの適否等が争われている事案である。
在外国民である第1審原告X1 は、第1審被告に対し、主位的に、次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求め(以下、この請求に係る訴えを「本件地位確認の訴え」という。)、予備的に、第1審被告が第1審原告X1 に対して国外に住所を有することをもって次回の国民審査において審査権の行使をさせないことが憲法15条1項、79条2項、3項等に違反して違法であることの確認を求めている(以下、この請求に係る訴えを「本件違法確認の訴え」という。)。また、平成29年10月22日当時に在外国民であった第1審原告らは、第1審被告に対し、国会において在外国民に審査権の行使を認める制度(以下「在外審査制度」という。)を創設する立法措置がとられなかったこと(以下「本件立法不作為」という。)により、同日に施行された国民審査(以下「平成29年国民審査」という。)において審査権を行使することができず精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めている。
原審は、本件地位確認の訴えを却下すべきものとした上で、本件違法確認の訴えに係る請求を認容する一方、上記の損害賠償請求を全部棄却すべきものとした。
なお、令和2年(行ヒ)第290号上告人X2及び同X3は、当審係属中に同人らに係る本件地位確認の訴え及び本件違法確認の訴えを取り下げた。

2 関係法令の定め等は、次のとおりである。
国民審査に係る憲法の定め憲法79条2項は、最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする旨規定し、同条3項は、同条2項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される旨規定している。そして、同条4項は、審査に関する事項は法律でこれを定める旨規定し、これを受けて、最高裁判所裁判官国民審査法(以下「国民審査法」という。)が制定されている。

審査権及び審査人の名簿について
国民審査法4条は、衆議院議員の選挙権を有する者は、審査権を有すると規定し、同法8条は、国民審査には、公職選挙法に規定する選挙人名簿で衆議院議員総選挙について用いられるものを用いる旨規定している。
公職選挙法19条2項は、市町村の選挙管理委員会は、選挙人名簿の調製及び保管の任に当たるなどと規定し、同法21条1項及び2項は、選挙人名簿の被登録資格として、当該市町村の区域内に住所を有する年齢満18年以上の日本国民であること等を規定している。他方、同法30条の2第1項は、市町村の選挙管理委員会は、選挙人名簿のほか、在外選挙人名簿の調製及び保管を行うと規定し、同法30条の4第1項は、在外選挙人名簿の被登録資格として、年齢満18年以上の日本国民で、在外選挙人名簿に関する事務についてその者の住所を管轄する領事官の管轄区域内に引き続き3か月以上住所を有するものであること等を規定している。

投票用紙の調製及び投票の方式について
国民審査法14条は、投票用紙には、国民審査に付される裁判官の氏名を印刷するとともに、その氏名を印刷する者のそれぞれに対する×の記号を記載する欄を設けなければならないものとし、都道府県の選挙管理委員会は、同法別記様式に準じて投票用紙を調製しなければならない旨規定している。
そして、国民審査法15条1項は、審査人は、投票所において、罷免を可とする裁判官については、投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記載し、罷免を可としない裁判官については、投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何らの記載をしないで、これを投票箱に入れなければならない旨規定している(以下、このような投票の方式を「記号式投票」という。)。他方、同法16条1項は、点字による国民審査の投票を行う場合においては、審査人は、投票所において、投票用紙に、罷免を可とする裁判官があるときはその裁判官の氏名を自ら記載し、罷免を可とする裁判官がないときは何らの記載をしないで、これを投票箱に入れなければならない旨規定している(以下、このような投票の方式を「自書式投票」という。)。

国民審査に付される裁判官の氏名の告示等について
国民審査法4条の2第1項は、中央選挙管理会は、衆議院議員の任期満了の日前60日に当たる日又は衆議院の解散の日のいずれか早い日以後直ちに、同日以後初めて行われる衆議院議員総選挙の期日に国民審査に付されることが見込まれる裁判官の氏名等を都道府県の選挙管理委員会に通知しなければならない旨規定している。そして、同法5条1項は、中央選挙管理会は、衆議院議員総選挙の期日の公示の日に、国民審査の期日及び国民審査に付される裁判官の氏名を官報で告示しなければならない旨規定している。
なお、国民審査法4条の2は、平成28年法律第94号による国民審査法の改正で追加されたものであるところ、同改正前の国民審査法5条は、中央選挙管理会は、国民審査の期日前12日までに、国民審査の期日及び国民審査に付される裁判官の氏名を官報で告示しなければならない旨規定していた(平成28年法律第94号のうち国民審査法4条の2及び同法5条の改正規定は、平成29年1月1日から施行された。)。

3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

ア 第1審原告X1 は、在外国民であり、平成29年国民審査が施行された当時、在外選挙人名簿に登録されていた。

イ 第1審原告X1 を除く第1審原告らは、平成29年国民審査が施行された当時、在外国民であり、在外選挙人名簿に登録されていたが、その後帰国した。
平成29年9月28日に衆議院が解散されたことにより、衆議院議員総選挙が、同年10月10日に公示され、同月22日に施行された。これに伴い、平成29年国民審査が、同月10日に告示され、同月22日に施行された。
第1審原告らは、上記衆議院議員総選挙の投票をしたが、平成29年国民審査については、投票用紙が交付されず、その投票をすることができなかった。

ア 平成10年法律第47号による改正(以下「平成10年公選法改正」という。)前の公職選挙法の下において、在外国民は国政選挙の選挙権の行使をすることができなかった。平成10年公選法改正により在外国民に国政選挙の選挙権の行使を認める制度(以下「在外選挙制度」という。)が創設されたが、平成18年法律第62号による改正(以下「平成18年公選法改正」という。)前の公職選挙法附則8項により、その対象となる選挙は、当分の間、衆議院及び参議院の比例代表選出議員の選挙に限ることとされた。

イ 平成10年4月23日、第142回国会参議院地方行政・警察委員会において、平成10年公選法改正に係る法律案に関連して、在外審査制度について質疑がされた。その際、政府委員である内閣法制局第三部長は、国民審査は、選挙人名簿に基づいて行うことになっており、在外国民は、衆議院議員総選挙に参加できないことの結果として国民審査にも参加できないということになり、その限りにおいてはやむを得ない旨の答弁をした。また、政府委員である自治省行政局選挙部長は、国民審査は記号式投票で行われているから、在外国民に投票を認めるとした場合、投票用紙を印刷して国外に交付する手続が国民審査の告示後となる一方、上記法律案による在外選挙制度における在外公館の長の管理する場所での投票と同様の方法によることとすると、投票日の5日前までには投票用紙を送付しなければならないため、国民審査のための期間をほとんど確保することができず、技術的に実施不可能に近い状況にあるので、現段階では見送ることにした旨の答弁をした。これに対し、質問をした委員は、できる限り速やかに国民審査法も改正すべきであるとの意見を表明した。

ウ 最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁(以下「平成17年大法廷判決」という。)は、①平成8年10月20日に施行された衆議院議員
総選挙当時、平成10年公選法改正前の公職選挙法が、在外国民が国政選挙において投票をするのを全く認めていなかったことは、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反する旨、②平成18年公選法改正前の公職選挙法附則8項の規定のうち、在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は、遅くとも、平成17年大法廷判決言渡し後初めて行われる衆議院議員総選挙又は参議院議員通常選挙の時点においては、憲法の上記各規定に違反する旨を判示するなどした。

エ 平成18年公選法改正後の公職選挙法の下においては、衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙も在外選挙制度の対象とされた。

オ 平成19年に制定された日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「国民投票法」という。)には、その制定当初から、在外国民に憲法改正についての国民の承認に係る投票(以下「国民投票」という。)の投票権の行使を認める制度が設けられている。

カ 現在に至るまで、在外審査制度の創設に係る法律案が国会に提出されたことはない。

第2 令和2年(行ツ)第255号上告代理人舘内比佐志ほかの上告理由について

1 原審は、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反する旨の判断をした。所論は、原審の上記判断には上記各規定の解釈適用の誤りがある旨をいうものである。

2 国民審査法4条は、衆議院議員の選挙権を有する者は、審査権を有すると規定しているが、これとは別に、同法8条は、国民審査に用いられる審査人の名簿について規定していることからすると、同法は、飽くまで上記審査人の名簿に登録されている者でなければ審査権を現実に行使することができないことを前提としているものと解される。
そして、国民審査法8条は、上記審査人の名簿について、公職選挙法に規定する選挙人名簿で衆議院議員総選挙について用いられるものを用いるとしているところ、同法は、選挙人名簿と在外選挙人名簿とを区別しており、在外選挙人名簿を選挙人名簿とみなすなどの規定を設けてもいない。また、国民審査法は、在外国民による審査権の行使の方法等についての規定を全く設けていない。そうすると、同法8条にいう選挙人名簿に在外選挙人名簿が含まれると解することはできない。
したがって、国民審査法4条、8条により在外国民に審査権の行使が認められていると解することはできず、現行法上、在外国民について審査権の行使を認める規定を欠いている状態にあるといわざるを得ない。

3 憲法は、前文及び1条において、主権が国民に存することを明らかにし、15条1項において、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であるとした上で、79条2項において、最高裁判所の裁判官の任命について、衆議院議員総選挙の際に国民の審査に付する旨規定し、同条3項において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される旨規定している。
この国民審査の制度は、国民が最高裁判所の裁判官を罷免すべきか否かを決定する趣旨のものであるところ(最高裁昭和24年(オ)第332号同27年2月20日大法廷判決・民集6巻2号122頁参照)、憲法は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である(憲法81条)などの最高裁判所の地位と権能に鑑み、この制度を設け、主権者である国民の権利として審査権を保障しているものである。そして、このように、審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。
憲法の以上の趣旨に鑑みれば、国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに審査権の行使を制限することは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するといわざるを得ない。また、このことは、国が審査権の行使を可能にするための所要の立法措置をとらないという不作為によって国民が審査権を行使することができない場合についても、同様である。
在外国民は、前記2のとおり、現行法上、審査権の行使を認める規定を欠いている状態にあるため、審査権を行使することができないが、憲法によって審査権を保障されていることには変わりがないから、国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための所要の立法措置をとることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合に限り、当該立法措置をとらないことについて、上記やむを得ない事由があるというべきである(以上につき、平成17年大法廷判決参照)。

4 前記第1の2 及び のとおり、国民審査法は、衆議院議員総選挙の期日の公示の日に、国民審査に付される裁判官が定まり、その氏名が告示されることを前提として、都道府県の選挙管理委員会が、国民審査に付される裁判官の氏名を印刷するとともに、それぞれの裁判官に対する×の記号を記載する欄を設けた投票用紙を調製することとした上で、投票の方式につき、上記投票用紙を用いた記号式投票によることを原則としている。このような投票用紙の調製や投票の方式に関する取扱い等を前提とすると、平成28年法律第94号による国民審査法の改正の前後を問わず、在外審査制度を創設することについては、在外国民による国民審査のための期間を十分に確保し難いといった運用上の技術的な困難があることを否定することができない。
しかしながら、前記3のとおり審査権と同様の性質を有する選挙権については、平成10年公選法改正により在外選挙制度が創設され、平成17年大法廷判決を経て平成18年公選法改正がされた後、衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙をも対象に含めた在外選挙制度の下で、現に複数回にわたり国政選挙が実施されていることも踏まえると、上記のような技術的な困難のほかに在外審査制度を創設すること自体について特段の制度的な制約があるとはいい難い。
そして、国民審査法16条1項が、点字による国民審査の投票を行う場合においては、記号式投票ではなく、自書式投票によることとしていることに鑑みても、在外審査制度において、上記のような技術的な困難を回避するために、現在の取扱いとは異なる投票用紙の調製や投票の方式等を採用する余地がないとは断じ難いところであり、具体的な方法等のいかんを問わず、国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置をとることが、事実上不可能ないし著しく困難であるとは解されない。そうすると、在外審査制度の創設に当たり検討すべき課題があったとしても、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置が何らとられていないことについて、やむを得ない事由があるとは到底いうことができない。
したがって、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するものというべきである。

5 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

第3 令和2年(行ヒ)第292号附帯上告代理人吉田京子ほかの附帯上告受理申立て理由について

1 原審は、本件地位確認の訴えに係る法的地位は新たに立法を行わなければ具体的に認めることのできないものであって、確認を求める対象として有効適切ではないから、本件地位確認の訴えは不適法であると判断して、これを却下すべきものとした。

2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本件地位確認の訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解され、第1審原告X1 は、憲法の趣旨を踏まえた解釈をすべきであること等を前提としつつも、結局は、国民審査法4条、8条の解釈に基づいて、次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求めているものと解される。
そして、平成29年国民審査において審査権を行使することができないものとされた第1審原告X1 が、次回の国民審査に先立ち、審査権を行使することができる地位を有することを確認することは、その地位の存否に関する法律上の紛争を解決するために有効適切な手段であると認められる。したがって、現に在外国民である第1審原告X1 に係る本件地位確認の訴えは不適法であるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

3 もっとも、前記第2の2のとおり、国民審査法4条、8条により在外国民に審査権の行使が認められていると解することはできないのであるから、上記各規定の解釈に基づいて、第1審原告X1 が次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあるとする第1審原告X1 の主張を採用することはできない。そうすると、本件地位確認の訴えに係る請求は理由がなく、これを棄却すべきものであるが、不利益変更禁止の原則により、本件地位確認の訴えに係る附帯上告を棄却するにとどめるほかなく、原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。

第4 令和2年(行ヒ)第291号上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て理由について

1 原審は、本件違法確認の訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法である旨の判断をした。所論は、原審の上記判断には法令の解釈適用の誤りがある旨をいうものである。

2 第1審原告X1 は、本件違法確認の訴えにおいて、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことが違憲であることを理由として、第1審被告が第1審原告X1 に対して国外に住所を有することをもって次回の国民審査において審査権の行使をさせないことが違法であると主張し、その確認を求めるものである。そうすると、本件違法確認の訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解される。
憲法79条4項は、国民審査に関する事項は法律でこれを定める旨規定するところ、同条は、2項において、最高裁判所の裁判官の任命について、衆議院議員総選挙の際に国民の審査に付する旨規定し、また、3項において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される旨規定しており、国民に保障された審査権の基本的な内容等が憲法上一義的に定められていることが明らかである。そのため、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことによって、在外国民につき、具体的な国民審査の機会に審査権を行使することができないという事態が生ずる場合には、そのことをもって、個々の在外国民が有する憲法上の権利に係る法的地位に現実の危険が生じているということができる。
また、審査権は、選挙権と同様に、国民主権の原理に基づくものであり、具体的な国民審査の機会にこれを行使することができなければ意味がないものといわざるを得ず、侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものである。
加えて、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことが違憲であることを理由として、国が個々の在外国民に対して次回の国民審査の機会に審査の行使をさせないことが違法であると主張され、この点につき争いがある場合に、その違法であることを確認する判決が確定したときには、国会において、裁判所がした上記の違憲である旨の判断が尊重されるものと解されること(憲法81条、99条参照)も踏まえると、当該確認判決を求める訴えは、上記の争いを解決するために有効適切な手段であると認められる。このように解しても、上記のとおり、国民に保障された審査権の基本的な内容等が憲法上一義的に定められていることが明らかであること等に照らすと、国会の立法における裁量権等に不当に影響を及ぼすことになるとは考え難いところである。
したがって、現に在外国民である第1審原告X1 に係る本件違法確認の訴えは、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法であるということができる。以上に説示したところは、選挙権について、その行使を制限されていた在外国民が公法上の法律関係に関する確認の訴えにより救済を求めることが認められるものとされている趣旨(平成17年大法廷判決参照)にも沿うものと解される。

3 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
そして、前記第2のとおり国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは違憲であるから、第1審被告が第1審原告X1 に対して国外に住所を有することをもって次回の国民審査において審査権を行使させないことは違法である。そうすると、本件違法確認の訴えに係る請求は理由があり、これを認容すべきものである。

第5 令和2年(行ヒ)第290号上告代理人吉田京子ほかの上告受理申立て理由について

1 原審は、在外審査制度に関する議論の状況等に照らすと、平成29年国民審査の当時、国会において、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことの違憲性が明白であったものということはできず、本件立法不作為は上記の当時において国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないと判断して、第1審原告らの損害賠償請求を全部棄却すべきものとした。

2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり、立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして、上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに同項の適用上違法の評価を受けるものではない。もっとも、法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、同項の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである。そして、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するための立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠るときは、上記の例外的な場合に当たるものと解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、平成17年大法廷判決、最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。
前記第2の3及び4のとおり、在外国民であった第1審原告らも審査権を行使する機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、国会において、その権利行使の機会を確保するための立法措置をとることが必要であったと解され<る。そして、現在に至るまで、在外審査制度の創設に係る法律案が国会に提出されたことはないものの、国会においては、在外選挙制度を創設する平成10年公選法改正に係る法律案に関連して在外審査制度についての質疑がされている。また、平成17年大法廷判決により在外国民に対する選挙権の制約に係る憲法適合性について判断が示され、これを受けて、平成18年公選法改正により在外選挙制度の対象が広げられ、平成19年には、憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において審査権と同様の性質を有する国民投票の投票権について、在外国民にその行使を認める国民投票法も制定されるに至っている。そのような中で、在外審査制度の創設に当たり検討すべき課題があったものの、その課題は運用上の技術的な困難にとどまり、これを解決することが事実上不可能ないし著しく困難であったとまでは考え難いことに加え、上記のとおり、国会において在外国民の審査権に関する憲法上の問題を検討する契機もあったといえるにもかかわらず、国会は、平成18年公選法改正や平成19年の国民投票法の制定から平成29年国民審査の施行まで約10年の長きにわたって、在外審査制度の創設について所要の立法措置を何らとらなかったというのである。
以上の事情を考慮すれば、遅くとも平成29年国民審査の当時においては、在外審査制度を創設する立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠ったものといえる。
そうすると、本件立法不作為は、平成29年国民審査の当時において、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきである。

3 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違<反があり、論旨は理由がある。
そして、以上に説示したところによれば、第1審原告らの損害賠償請求につき、第1審被告に対し各5000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した第1審の判断は相当である。

第6 結論

以上の次第で、原判決中第1審原告らの損害賠償請求を全部棄却すべきものとした部分(原判決主文第1項 )は破棄を免れず、第1審判決中当該請求に係る部分は相当であるから、第1審被告の控訴を棄却するとともに、第1審原告らのその余の上告、第1審被告の上告及び第1審原告X1 の附帯上告を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

なお、裁判官宇賀克也の補足意見がある。裁判官宇賀克也の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛成するものであるが、法廷意見の第2、第3及び第4について、補足的に意見を述べておくこととしたい。

1 法廷意見の第2について

国民審査の制度(憲法79条2項、3項)は、最高裁判所が、違憲法令審査権を有する終審裁判所であり(憲法81条)、訴訟に関する手続等について規則を定める権限を有し(憲法77条1項)、下級裁判所の裁判官は最高裁判所の指名した者の名簿によって内閣が任命することとされる(憲法80条1項)など、その権能に鑑み、憲法15条1項が定める国民による公務員の選定罷免権の一環として定められたものと考えられる。そうすると、国民審査に参加する権利は、間接的参政権として位置付けることができ、憲法15条3項の趣旨は、国民審査の制度にも及び、憲法は、国民審査に参加する権利を、主権者である国民の権利として平等に保障しているのであり、国は、国民審査の公正を確保しつつ、在外国民も国民審査に参加することができるような制度を設ける責務があると考えられる。したがって、在外国民の審査権を制約することは原則として許されず、その制約が例外的に許されるか否かの合憲性の審査に当たっては、権利の重要性に鑑み、厳格な審査基準が適用され、その制約がやむを得ないと認められる事由があるといえるのは、国民審査の公正を確保しつつ在外審査制度を設けることが事実上不可能ないし著しく困難な場合に限られると考えられる。
そこで、本件における上記のやむを得ないと認められる事由の有無について検討すると、平成10年公選法改正により在外選挙制度が部分的に創設され、平成17年大法廷判決を経て、平成18年公選法改正で衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙も在外選挙制度の対象とされたこと、平成19年制定の国民投票法においても在外国民に国民投票における投票権が認められていること、憲法79条4項は、審査に関する事項は法律で定めるとしているところ、国民審査法16条1項は、点字による自書式投票を認めているように、記号式投票以外の投票方法も選択肢となり得ること、情報通信技術が急速に発展し、国際的な通信に要する時間が短縮されるとともに、通信し得る情報の質や量も飛躍的に向上していること等に照らすと、在外国民の審査権の行使を一律に否定することには、やむを得ない事由があるとはいえず、違憲であるといわざるを得ないと考える。
なお、憲法79条2項は、国民審査は、「衆議院議員総選挙の際」行われることとし、これを受けて、国民審査法13条は、「審査の投票は、衆議院小選挙区選出議員の選挙の投票所において、その投票と同時にこれを行う。」と定めているところ、これは、全国で一斉に行われる衆議院議員総選挙の機会を利用することによって、投票所に赴く国民の負担を軽減するとともに、投開票事務に係る行政コストを削減する点においても、合理的な方法といえる。もっとも、理論的に考えれば、国民審査の投票やその結果の確定が衆議院議員総選挙の投票やその結果の確定と同時となることは不可欠の要請とまではいえない。したがって、在外国民について、仮に技術的理由から、衆議院議員総選挙と国民審査との間に投票日やその結果の確定日について若干の差異が生じたとしても、憲法79条2項に違反するとはいえないのではないかと思われる。

2 法廷意見の第3及び第4について

第1審原告X1 は、国民審査に参加することができない状態にあり、主権者としての権利を部分的に否定されている以上、既に権利が侵害されているといえる。そして、第1審原告X1 は、主位的に、本件地位確認の訴えを提起して、次回の国民審査において審査権を行使することができる法的地位にあるか否かについて判断を求めており、これは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、法令の適用によって終局的に解決できるものであり、法律上の争訟の要件を満たすと考えられる。また、確認の利益についても、次回の国民審査の前に、審査権を行使することができる地位を有することを確認することは有効であり、確認の利益も認められると考える。
次に、予備的請求として提起された本件違法確認の訴えについて検討するに、この請求も、抽象的に法令の違憲審査を求めるものではなく、次回の国民審査において、自らの審査権を行使することができないことの違法の確認を求めるものであり、法律上の争訟といえる。したがって、第1審原告X1 には、憲法32条により、実効的な裁判を受ける権利が保障されていなければならず、それは、立憲主義の要請といえる。そして、審査権は、これを行使できなければ意味がなく、侵害を受けた後に争うことによっては回復できない性質のものであり、また、国民審査法36条の審査無効の訴訟も、事前の救済を与えるものではなく、さらに、そもそも、在外国民は、現行の国民審査法上は、同条にいう審査人に該当しないので(同法8条)、この訴訟を利用することもできないと思われる。そして、仮に違法確認の訴えに係る請求を認容する判決の行政事件訴訟法上の拘束力が国会に及ばないとしても、最高裁判所が、憲法81条により一切の法律が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所であり、国会議員が、憲法99条により憲法尊重擁護義務を負う以上、国会が上記判決を尊重して立法を行うことを期待することができ、紛争の解決に有効と考えられる。

なお、平成17年大法廷判決は、違法確認の訴えについて、他のより適切な訴えによってその目的を達成することができる場合には、確認の利益を欠き不適法であるというべきところ、当該事件においては、予備的確認請求に係る地位確認の訴えの方がより適切な訴えであるということができるから、違法確認の訴えは不適法であるといわざるを得ないと判示している。この判示部分は、違法確認の訴えも法律上の争訟であり、他のより適切な訴えによってその目的を達成することができない場合には、確認の利益が認められるが、当該事件では、地位確認の訴えの方がより適切な訴えであるので、確認の利益が否定されるという趣旨と解するのが自然と思われる。そうであるとすれば、地位確認の訴えに係る請求を認容することができず、他に適切な救済方法がない本件において、違法確認の訴えに係る確認の利益を認めるという解釈は、平成17年大法廷判決の趣旨にも適合していると考えられる。そして、在外国民が国民審査に参加する権利のように立法措置が全くとられていないという全面的な立法不作為と、平成17年大法廷判決当時の在外国民が国政選挙に参加する権利の一部を行使することができないという部分的な立法不作為を比較すれば、前者の方が、立法不作為による権利侵害の程度がより大きいにもかかわらず、後者については、積極的な地位確認の訴えにより救済が図られるのに対して、前者については、権力分立の観点からはより謙抑的な違法確認の訴えを認めないことは、均衡を欠くように思われる。
先般の司法制度改革では、行政訴訟を活性化させることが改革の大きな柱の一つとされた。そして、平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正においては、同法4条に確認の訴えを明示することにより、処分性のない事案における救済の受け皿として、実質的当事者訴訟としての確認の訴えの活用を促すこととされた。民事訴訟においても、紛争の抜本的解決に必要な場合には、過去の法律関係や過去の事実の確認も可能であると解されているところ、実質的当事者訴訟としての確認の訴えの場合にも、現在の権利義務関係を争うよりも、立法や行政活動の作為又は不作為の違法確認の訴えの方が現在の紛争の解決にとって有効適切である場合には、立法や行政活動の作為又は不作為の違法確認の訴えが排除されると考えるべきではなく、かかる訴訟を認めることは、実質的当事者訴訟としての確認の訴えを明記した上記改正の趣旨にも適合すると思われる。

( 裁判長裁判官 大谷 直人 裁判官 菅野博之 裁判官 山口厚 裁判官 戸倉三郎 裁判官 深山卓也 裁判官 三浦守 裁判官 草野耕一 裁判官 宇賀克也 裁判官 林道晴 裁判官 岡村和美 裁判官 長嶺安政 裁判官安浪亮介 裁判官 渡惠理子 裁判官 岡正晶 裁判官 堺徹)


谷直樹

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by medical-law | 2022-05-25 18:03 | 司法