弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

髙本眞一氏の論文「患者中心の医療を病院でいかに行うか 医療事故の判断」

少し前から話題になっていた髙本論文についての報道がでました。なお、この件は私が担当したものではありません。

読売新聞「心臓手術後に死亡、「医療事故」指摘の異例論文…年2千件超実施の切り口小さい新手法」(2022年10月12日)は次のとおり報じました。

心臓の手術後に死亡した70歳代男性のケースを巡り、医療事故として問題視する異例の論文が日本心臓血管外科学会誌に掲載された。手術は、 胸腔鏡 と呼ばれるカメラを使って小さな切り口で行う新しい方法で、全国で少なくとも年2000件以上行われている。専門家は「同様の手術ではほかでも事故が起きており、検証が必要だ」と警鐘を鳴らしている。

 手術が行われた国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)は取材に対し、近く医療事故調査制度に基づく調査を行うことを表明した。

 論文の著者は同学会名誉会長の高本真一・東京大名誉教授。死亡した男性の遺族が提供した診療や解剖の記録を分析した。

 男性は2020年12月、手術の間に心筋 梗塞 を起こし、大学病院に転院したが、約2か月後に死亡した。転院先で解剖した結果、心筋が広範囲に 壊死 しており、手術中のトラブルによって損傷した可能性が高いとみられている。

 男性が受けたのは、左心房と左心室の間にある僧帽弁を修復する手術。右胸の 肋骨 の間から器具や胸腔鏡を入れる低侵襲心臓手術( MICS )だった。

 手術中は人工心肺をつけて心臓を止めるため、長引くほど心臓の負担は増す。心筋の損傷を防ぐには、保護用の薬液を一定間隔で注入するが、心筋に流れる血管に空気が入り込まないようにする必要がある。

 しかし、この男性の手術では注入が度々遅れ、空気の除去も不十分だった可能性がある。心臓を止める時間は通常1~2時間だが、弁の修復に手間取り、5時間近くに及んでいた。論文は、こうしたことが心筋梗塞や壊死の原因と説明している。

 同学会前理事長の上田裕一・奈良県立病院機構理事長は「従来の胸を大きく切開する手術なら事故を回避できた可能性がある。MICSは広がりつつあるが、ほかでも事故が起きている。なぜこのようなことになったのかを検証し、医療の質の向上に役立てるべきだ」と話している。」


髙本眞一氏の「患者中心の医療を病院でいかに行うか 医療事故の判断」は、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcvs/51/5/51_259/_pdf/-char/jaをみてください。

髙本氏は、「最近発生した事例から,医療機関の事故対応および医療事故調査制度への対応を患者中心の医療の観点から考察する.A 病院で発生した心臓手術関連死亡は「医療事故」とは認定されず,遺族は医療事故調査制度への報告を要望したが,制度に基づく調査委員会は設置されなかった.なお,この事例に関係した医療施設からは,遺族に診療記録や剖検記録が提供されていた.遺族は診療内容の説明に疑念を持ち,相談を受けた筆者が,提供資料を元に心臓外科医としての見地から死亡の要因を考察するとともに,医療事故調査制度の課題について述べる.」と記述します。

髙本氏は、「僧帽弁形成術がうまくいかず,僧帽弁置換術に変更された.大動脈遮断時間は 4 時間 51 分におよび,術後は重篤な状態に陥った.僧帽弁置換術は JCVSD では死亡率 6% 程度であるが,このことは術前に患者に説明していなかった.A 病院は,手術の詳細を説明せずに,予定された手術を超えた医療に拡大され,さらに医療上の問題も起こったにもかかわらず,「医療事故」ではないという判断を下したことには大きな疑問が残る.」と記述します。

髙本氏は、「A 病院としては,外部専門家医師 3 名から見解を得て,手術手技には大きな問題点はないとの意見になっていた.なお,その 3 名の医師については,氏名,所属等を A 病院は公表せず,検討内容も不明である.こうした判断を行う外部の医師は当然,日本心臓血管外科学会会員であり学会専門医であるべきと考えられる.学会理事会では,今回の手術手技に問題点がある可能性を憂慮しているが,外部専門家とされる 3 人の医師は問題がない手術であるとの意見を出した.この判断の相違の原因についても,検証が可能になるような方策を今後は考えていくべきと思われる.」と記述します。

髙本氏は、「この病院の管理者の対応を考えてみると,「医療事故」の可能性が高いと考えられるにもかかわらず,患者中心の医療を無視する作業を行ってきたといえるのではないか.厚生労働省は患者から「医療事故」ではないかとの関心があるときは,「医療事故」の判断を当確病院の管理者だけで決定している現状を変更して,関係の専門学会に依頼して学会の医療の質,安全委員会などの専門医師に依頼して「医療事故」の判断をしてもらい,「医療事故」の判定があれば,医療事故・安全調査センターに調査を主導していただくことができれば,患者中心の医療となると考えられる.」と記述します。

髙本氏は、「「医療事故」の判断を当該病院の中だけで決定するのは,医療の質向上,患者中心の医療にも役立たないことがあり,むしろ大きな誤りとなる可能性がある.したがって,病院の管理者が「医療事故」でないと判断しても,家族が反対するときは関係する専門学会の医療の質や安全に関する委員会などに依頼して , そこの専門医師に判断を仰ぐのがよいと考えられる.「医療事故」でないと判断した場合は,そのことを患者に詳しく説明すればよいが,「医療事故」が判断された場合には,医療事故調査・支援センターに病状を正確に伝えて判定してもらい,より良い医療を目指すことが重要である.この方策を考慮することにより,患者中心の医療が当該病院で広がり,全国的にも医療そのものの質向上に繋がると考えられる.患者や家族を無視するのではなく,患者中心の医療を全国的に進めるのは厚生労働省の役割であり,このために医師全員もベストを尽くすことが非常に大事である.全世界の医療界が理念としている「患者中心の医療」を日本でもすべての関係者がよく理解して,すべての人々にとって幸せな医療体制を構築するよう皆で頑張りたい.」と結んでいます。

おろらく病院、医師を守ろうとする意図だと思いますが、客観的には医療事故として適正な医療事故調査を必要とするケースについても、医療事故ではない、医療事故調査は不要である、と主張する病院、病院の代理人弁護士がいます。
しかし、そのような主張は、病院、医師のためになるものではありません。
医療事故については、原因を検証し、再発防止策を検討することが必要です。
医療事故でないとされると、原因を検証し、再発防止策を検討する機会がなく、医療の改善の機会が失われることになります。
医療事故か否かについて適正な判断がなされ、適正な医療事故調査が行われるようにする必要があると考えます。


【追記】
読売新聞社説「医療現場の事故 原因究明に消極的すぎないか」(2022年10月19日)は、次のとおり記述します。

「医療事故の再発防止には原因の究明が欠かせない。医療の発展のためにも、事故がなぜ起きたのかを十分に検証できるようにする必要がある。

 医療事故を巡っては、再発を防ぐための制度が2015年に創設された。現場で予期しない患者の死亡があった場合、厚生労働省所管の「医療事故調査・支援センター」に報告し、医療機関が自ら調査する仕組みだ。

 この1年間で制度が活用された件数は過去最少の277件となった。コロナ禍による受診控えの影響があるとはいえ、当初より100件以上減っている。医療関係者からも「実態を反映していない」との指摘が出ている。

 ただ、調査が医師や看護師の責任追及につながりかねないとして医療界が反発したこともあり、報告するかどうかの判断は、医療機関側の裁量に任されている。

 患者の遺族から「病院が調査をしてくれない」と批判の声が上がることも珍しくない。調査に前向きでない姿勢は、患者側との信頼関係を揺るがす要因になる。

 大阪府内の病院で19年、入院中の男性が頭を打ち、脳に障害を負って死亡したケースでは、遺族が原因究明を求めたにもかかわらず、病院は調査をしなかった。

 遺族は、他の病院では同様の事例で調査が行われたと知り、不信感を募らせて提訴に踏み切った。病院が 真摯 に対応していれば、違う結果になったのではないか。

 最近も、国立国際医療研究センター病院の心臓手術後に死亡した男性の遺族が、制度に基づく調査が実施されないことに納得できず、専門家に分析を依頼して、手術に問題があったとする論文が発表されるという事態が起きた。

 病院はその後、医療事故として報告した。患者の死から1年8か月がたっていた。今後、院内調査が始まるが、担当するメンバーは、病院とかかわりのない第三者とするなど、公正さに疑いが持たれない体制で進めることが重要だ。

 医療事故調査制度は、報告と調査が適切に行われる形に改める必要がある。当事者の医療機関だけで判断するのではなく、第三者機関や学会が判定にかかわったり、報告の基準を設けたりするなどの対策を検討してはどうか。

 医療事故の報告をすると、病院の評判が落ちるのではないかという心配から、消極的になる傾向もあるという。だが、調査しなければ、原因もわからぬまま再び問題が起きかねない。遺族の声に耳を傾けることも大切だ。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-10-13 03:48 | 医療事故・医療裁判