弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

愛知県医療療育総合センター中央病院における医療事故の発生について

愛知県医療療育総合センター中央病院で、難治性の便秘を通院治療中であったダウン症候群のある患者が、2021 年 5 月 18 日(火)に激しい下痢及び嘔吐をきたし同院に緊急入院し、同日亡くなった医療事故が公表されました。
なお、この件は私が担当したものではありません。

患者が激しい下痢及び嘔吐をきたした原因は、医師の処方にありました。

2021年5月17日(月)外来受診時(午前 10 時頃)
「患者が難治性の便秘を主訴に外来受診。医師 A は入院治療を薦めたが、入院することに本人の同意が得られなかったため、医師 Aは外来での内服治療を選択し、ピコスルファートナトリウム内用液※10.75%1 瓶(150 滴)、モビコール配合内用剤26 包を処方した。医師 A は患者家族に対し、帰宅後ピコスルファートナトリウム内用液を一度に 1 瓶(150 滴)服用、午後 2 時にモビコール配合内用剤を 4 包内服することを口頭で指示した。」とのことです。

これについて、医療事故調査委員会は、「外来における主治医自身の患者体験に基づいて選択した治療が適応外であることや自宅での管理方法が説明されないまま下剤が処方されたことは、適切ではなかった。」と指摘しています。


5月18日(火)の同院受診と入院後の経過は次のとおりです。

5月18日(火)午前 4 時半頃
「患者は再度嘔吐を繰り返すようになり、下痢もあったため、患者家族は再び当院へ電話をした。医師 B は当院の受診を薦めた。」

同日午前 5 時~午前 9 時
「医師 B は患者が脱水状態になっていることを疑い、入院・絶食・点滴による経過観察が必要と判断した。外科混合病棟へ入院させ、点滴確保を行ったが、患者が嫌がり、輸液ルートを抜去しようとしたため、家族への説明・同意を得て身体拘束を行った。」

同日午前 9 時~午後 3 時
「医師 A は患者の症状が落ち着いていると判断し、看護師に水分50ml を 30 分ごとに飲ませるよう指示した。午前 11 時、患者の体温は 37.7 度で、少量の嘔吐があった。」

同日午後 3 時~午後 5 時頃
「患者は、嘔吐は改善傾向が見られたが、水様便を繰り返すようになった。
看護師は医師 A の指示どおり水分 50ml を 30 分ごとに飲ませることを継続した。家族から患者がトイレで意識を消失した症状があったと看護師へ報告があったが、看護師は緊急を要する状態ではないと判断した。」

同日午後 5 時~午後 7 時 5 分
「患者はトイレで嘔吐し、水様便を大量に排泄した。体温は 37.9度であった。看護師は、患者の下痢と嘔吐の状況に改善がなく、トイレ介助をしながら経過を観ることが難しいと考え、再度身体拘束を行った。午後 6 時 55 分、家族は付添いベッドの受取りのため病室を離れた。」

同日午後 7 時 5 分~午後 8 時 34 分
「午後 7 時 5 分頃、家族が病室に戻ったところ、患者が息をしていなかった。家族がナースコールをし、看護師がコードブルー(スタットコール)を行い、駆け付けた医師等による蘇生行為が行われたが、午後 8 時 34 分に患者の死亡が確認された。」

これについて、医療事故調査委員会は、次のとおり指摘しています。
入院後、皮膚色・尿量・バイタルサイン・採血結果などの確認が行われないまま本患者の病態の進行が過小に評価され、水分補給のみでの治療が選択されたこと、その後も脱水の程度を判断するための検査やバイタルサイン測定の指示が出されないまま管理されたことは、適切ではなかった。
1回目の身体拘束時に同意書を取得していることを理由に、2 回目の拘束の際に書面を用いる等の十分な説明同意手続が行われなかったこと、観察を要する身体拘束中の患者が、特段の配慮のないまま、一人になる状況が生まれたこと、病院として身体拘束に関する具体的な手順の作成に着手できていなかったことは、適切ではなかった。


さらに、医療事故調査委員会は、次のとおり事故の背景を指摘しています。

(1)適応外診療を監視・審査・教育する体制が確立されておらず、各医師の裁量に委ねられていたことが挙げられる。
(2)看護の必要度は高いが疾病としての緊急性はさほど高くない患者の入院が多く、病態の重症度を適切に評価して対応するというよりは、看護の必要度が高い患者のケアを優先して対応する状況が長期にわたって常態化していたことが挙げられる。
また、てんかん発作を有する患者の入院機会が多いため、発熱や頻脈発作を日常的に経験していることから、入院時にバイタルサイン測定の指示が出されないことが多く、脱水に伴う循環不全(ショック)の診療体制、又はそれを想起して血圧を測定するといった習慣が構築されていなかったことが挙げられる。
(3)身体拘束における現場での手順や評価・観察手順、カルテ記載の方法の整備について、優先度を上げて対応できていなかったことが挙げられる。


患者の傾向、病院の性格もあるのでしょうが、病態の重症度を評価して、重症度に応じ診療、看護を行う、という基本が疎かになっていたとすれば、問題でしょう。
身体拘束における現場での手順や評価・観察手順、カルテ記載の方法の整備が軽視されていたとすれば、問題でしょう。
医療過誤訴訟では、事故についての直接的な原因、過失に着目されがちですが、事故防止の観点からは、事故の背景こそが問題でしょう。


医療事故調査委員会は、次のとおり再発防止策を提案しています。

(1)適応外診療における倫理的手続
医師が診療を行う際に、その診療が標準的であるかどうかの認識を持つことを徹底する。
(2)緊急入院した患者の診断、及び管理・観察体制の強化
緊急入院の患者には、医師によるバイタル測定・検査の指示を出し、患者の観察を特段に留意してモニタリングできる体制を構築する。
(3)身体拘束に係る手順の整備
身体拘束に係る具体的な手順の整備として、「身体拘束に関する考え方」をこの事例後の 2021 年 10 月に改訂した。この手順書を関係職員に周知・徹底する。
(4)職員に対する周知
医療事故調査委員会の報告書に基づいた再発防止策を院内の連絡調整会議など各種会議、伝達事項などを用いて周知を行う。



事故調査委員会の指摘と提案をうけて、実効的な再発防止策が行われることを期待します。


「愛知県医療療育総合センター中央病院における医療事故の発生について」ご参照
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/440462.pdf

谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ


にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
by medical-law | 2022-12-03 00:33 | 医療事故・医療裁判