大阪地裁令和 4 年 2 月 22 日判決、対価性と賄賂性とを区別し、臨床研究における研究代表者への謝礼の賄賂性を否定
「公務ないしその準備行為という性質を有するものも含んだAのアドバイス等に対し、本件金員を交付する行為が、Aの職務と対価関係にある不法な利益の供与であり、社会通念上受領することが許容されない賄賂に該当するかどうかについて検討すると、公務は原則として対価なしで行うことが求められるから、通常は、公務の対価として金品が交付された場合には、そのこと自体から不法な趣旨・目的が推定されるといい得る。しかし、本件のように、Lや研究所のような事業者が、Aのような、研究を職務のひとつとする公務員に対し、当該公務員の公務としての研究と関係を有する指導や助言等をしてくれたことに対して金品を交付する場合には、事業者側は、研究者個人としての知識、経験、能力、資質、名声、権威等といった個人的属性に対する敬意・評価としての謝礼の趣旨を含めて交付をするのが一般的といえる。それゆえ、事業者の側から公務員に対して当該公務員の公務としての研究と関係を有する指導や助言等に対して金品の交付がされたとしても、交付がされたこと自体から直ちに不法な趣旨・目的が推定されることにはならず、このような場合に、当該金品が賄賂に当たるかどうかは、指導・助言等の内容や、金品が交付された経過、交付額などに照らし、当該金品の交付が賄賂罪としての処罰を要するほどに当該公務員の職務の公正さやそれに対する社会一般の信頼を損なうかどうかという観点から判断すべきであって、指導・助言等自体に不正な点がなく、それに対する金品の交付も当該公務員の個人的属性に対する敬意・評価としての謝礼として社会通念上許容し得る範囲にとどまるなど、理由のある趣旨・目的に基づいて交付されたとみることができ、当該公務員の職務の公正さ等を損なうとはいえないときは、賄賂に当たらないというべきである。
これを本件についてみると、Aがしたアドバイス等は、前記のとおり実体を伴うことはもとより、その内容も、花粉症患者を対象としてMを使用して着衣の花粉を除去した場合の花粉症症状の改善効果を検証する臨床研究について、症例数や患者の群分け方法、観察期間、評価項目、記録方法などに関し、医学的・統計学的に有効な試験・評価方法がどのようなものであるかという観点から具体的な提言を行ったものであり、将来的にはデータの評価やその論文化等も予定していたものである。
L及び研究所という事業者の事業活動に対するアドバイス等ではあるものの、本件臨床研究自体は、対象者の花粉症の諸症状が改善されるかについて医学的な検証を行うという面で医学的・社会的な意義も有していたし、L及び研究所の利益を図るべく研究結果を歪め得るような不正なアドバイス等がされた形跡は何ら見受けられない。それゆえ、Aのアドバイス等自体に不正な点があるとはいえないし、医学専門家としてのA個人の知識、経験等の属性に対する敬意・評価が向けられてしかるべき前提は十分にあるといえる。本件臨床研究の研究計画書にLが出資していることの記載を欠いていることや、Aが本件に関連する兼業許可願を本件病院に提出していなかったという事実関係も、Aのアドバイス等自体の不正さを基礎付けるものとはいえない。
他方、本件金員が交付された経過についてみると、BがAにアドバイスを依頼した当初(1月29日)の時点では、Bにおいて、本件病院における臨床研究の実施を前提としていたわけではなく、Aとしても本件病院で臨床研究を実施することを前提にBの依頼に応じたものではないのであって、その日のAのアドバイス等が私人としての立場で行われたものであることは、前記のとおりである。この時点で、医学専門家としての知識、経験等を有するAに対してアドバイス等を依頼することや、その謝礼として金品の交付を考えることに不法な趣旨・目的は見受けられない。
その後、臨床研究を本件病院で実施することになったがために、Aが行うアドバイス等について、公務ないしその準備行為という性質を有する部分が生じたとはいえ、そのことから直ちに交付の趣旨・目的に変化が生じるとは考え難く、公務等の性質を有する部分との関係でも、いまだ医学専門家としての知識、経験等に対する敬意・評価としての謝礼として交付したとみる余地は残る。交付額についてみても、20万円という金額は、他の医学専門家による指導・助言への報酬例と比較して、高額とまではいい難いし、Aのアドバイス等には、本件病院における臨床研究の実施を必ずしも前提としない時点におけるアドバイスや、黄砂等との関係での臨床研究の実施の提言などといった、私人としての立場で行われたものも含まれていることからすると、医学専門家としての知識、経験等に対する敬意・評価としての謝礼として、社会通念上許される限度を超えた金額であるとは必ずしもいえない。交付方法としても、研究所名義の預金口座からA名義の預金口座に振り込まれたものであって、不正な金員を隠ぺいしようとする目的を疑わせるような方法が採られたわけではなく、その他、本件金員の交付につき、不法な趣旨・目的をうかがわせる事情
は見当たらない。
これらの事情を踏まえると、本件金員の交付は、私的労務に対する対価の支払いのほか、医学専門家としてのAの不正とはいえないアドバイス等に関し、その知識・経験等に対する敬意・評価としての社会通念上許容し得る範囲を超えない謝礼という理由のある趣旨・目的に基づいて交付されたものとみる余地があり、いまだ賄賂罪としての処罰を要するほどにAの職務の公正さやそれに対する社会一般の信頼を損なう行為とはいい難い。
したがって、本件金員の交付は、Aの職務に関する賄賂の供与・収受に当たるとは認められず、贈収賄罪が成立するとはいえない。」
事案は職務に関連し対価を受け取ったことになりますが、医学専門家として専門知見を提供する行為については、この判決のように、その実質から賄賂性を検討する必要があると思います。
谷直樹
ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
↓

