弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

新型コロナウイルス感染症患者が事件、事故により亡くなった可能性がある場合の解剖

令和2年4月下旬に新型コロナウイルス感染症患者が事件、事故により亡くなった可能性があるにもかかわらず、解剖されなかったことが報道されました。
新型コロナウイルスに感染して兵庫県内の病院に入院し、その後死亡した男性について、医療機器を使う際にミスがあった可能性も否定できないとして警察が司法解剖を検討したところ、少なくとも4つの大学が感染対策が不十分で受け入れが困難などと答え、解剖が行われなかったという事態が報じられました。
久保真一教授はNHKの取材に答えて「新型コロナウイルスに感染した遺体を解剖する体制が整っている大学は全国的に少なく、地域によっては司法解剖ができないケースも出てくる可能性がある。感染した人が事件や事故に巻き込まれた時に解剖ができないと真相解明が進まず、捜査に支障をきたすおそれがある」と指摘しました。

NHK「新型コロナ感染男性 医療ミス可能性も司法解剖できず」(2020年5月16日)御参照

日本病理学会は、「今回の緊急事態宣言解除を受け、病理解剖指針の規制をさらに緩和するとともに、一方で、医療の検証としての病理解剖を安全に安心して行うために、新たな指針を提唱いたします。」として、令和2年5月27日「新型コロナウイルス感染症等に関する日本病理学会の病理解剖指針」を公表しました。「臨床的に感染が疑われる患者さんについては、たとえPCR検査結果が陰性の場合であっても国立感染症研究所の感染予防策に従って病理解剖を実施することを推奨いたします。」というものでした。

令和2年度の「遺体における新型コロナウイルスの感染性に関する評価研究」(研究代表者 斉藤久子)は、次のとおり報告しました。

「1)アンケート調査に回答した227施設中,剖検実施は10施設であった.多くの施設において,設備の不十分な感染対策や個人防護具の不足などにより,解剖実施において消極的にならざるを得なかったと考えられた.
2)スマートアンプ法は,ご遺体の鼻咽頭及び口咽頭でPCR法と同じ結果であった.本法は,検出がPCR法より短時間であり,モバイル型の機器の使用により解剖現場や遺体安置所でも有用であると思われた.
3)感染動物死体と非感染動物の同居により,ウイルスは死体から生体へ伝播したが,感染動物死体の鼻腔,口腔及び肛門の封鎖を行った結果,死体から生体へのウイルス伝播を認めなかった.従って,COVID-19遺体の腔部への封鎖処置が重要であることが示唆された.
4)COVID-19遺体の鼻咽頭及び肺組織において,11例中6例,30検体中13検体で感染性ウイルスが残存した.ご遺体に残存する感染性ウイルスの有無は,感染から死亡,死亡から発見までの温度や時間及び環境に影響されることが示唆された.
5)COVID-19解剖事例での典型的な死後CT所見は,組織学的にはびまん性肺胞傷害の所見とよく対応しており,この所見があれば,体内のウイルス量が多い傾向を認めた.鼻咽頭のウイルス検査と死後CTの組み合わせは,感染リスクを最小限に抑え,死因究明にも役立つものと考えられた.
6) COVID-19遺体の肺組織における感染病理学的解析手法を整備した.ネクロプシーは,複数の肺組織検体を用いた組織評価及び遺伝子検査にて正確な病態評価が可能となることが示唆された.
7)検視・検案時の課題点としては,濃厚接触者と接した関係者の暴露からの感染リスク,ご家族の心情への配慮やグリーフケアの観点などが挙げられ,ご遺体に携わる職種への感染症遺体の取扱いに関する指針や研修が必要であると思われた.
8)身元確認のための歯科所見採取は,口腔内写真より行なわれたため感染防護体制などは評価できなかったが,感染症蔓延時の災害時身元確認では各関係機関の連携体制が重要であると思われた.
9)COVID-19遺体のEM処置後では,鼻咽頭の抗原検査は陰性,PCR検査はほとんどの事例の外表では陰性となり,ご家族は対面での葬儀が可能となった.EMはご家族のグリーフケア効果にも繋がると思われた.
10)施設,個人防護具及び作業手順の3要素に基づく「新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方の解剖及びCT撮影に関する感染管理マニュアル」を策定した.新たな変異株の感染経路が従来と異なる場合には,本マニュアルの改訂を行うべきである.
11)COVID-19遺体の解剖では,電動ファン付き呼吸用保護具(Powered Air Purifying Respirator: PAPR)と感染対策用ロングガウンの組み合わせが望ましいと思われる.」


そして、新型コロナウイルス感染症の5類移行に伴い、令和 5 年5⽉8⽇から、新型コロナウイルス感染症の基本的な感染対策については個⼈や事業者の判断に委ねられることになりました。

国⽴感染症研究所感染病理部が令和5年4⽉21⽇に作成した「新型コロナウイルス感染症の病理解剖業務における感染予防策の考え⽅」は、新型コロナウイルス感染症確定例の病理解剖業務における感染対策の考え⽅を次のとおり示しています。

「Ø 新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが 5 類へと変更された後も、ウイルスの特徴が⼤きく変わることは考えにくく、市中では⼀定の流⾏が繰り返されることが想定される。
Ø ⼀般診療においても、感染者もしくは感染が疑われる者の診療等において、エアロゾルに曝露する可能性を考慮すべき状況では、N95 または同等品のマスクの着⽤が求められる。また⾶沫予防策としてアイシールド、ゴーグル、フェイスガードによる⽬の粘膜防護が求められる。感染者もしくは感染が疑われる症例の遺体の取り扱いについても上記同様の対策を講じることが求められる。
Ø 以上のような状況を踏まえ、感染性ウイルスが存在する可能性のある体腔内の臓器に切開や切削等を加える新型コロナウイルス感染症患者の病理解剖では、標準予防策に追加して接触・⾶沫予防策とエアロゾルによる感染への対策を講じることが推奨される。
Ø 接触・⾶沫予防策とエアロゾルによる感染への対策の具体的な内容については、各施設の判断に依るが、通常の病理解剖業務で使⽤する PPE(ガウン、防⽔エプロン、⼿袋、アームカバー、キャップ、⻑靴等)の着⽤に加えて、⾶沫対策として⽬の防護具の着⽤(アイシールド、ゴーグル、フェイスガード)とエアロゾルによる感染の予防としてN95 マスク(もしくは同等品)の着⽤が望ましい。」



新型コロナウイルス感染症患者が事件、事故により亡くなった可能性がある場合、解剖ができないと真相解明が困難になります。5類移行後も上記のような対策をとって解剖が行われることが必要でしょう。

谷直樹

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by medical-law | 2023-08-13 05:42 | 医療事故・医療裁判