弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

医療事故の再発防止に向けた提言 第18号 股関節手術を契機とした出血に係る死亡事例の分析

日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)は、2023年9月15日、「医療事故の再発防止に向けた提言 第18号 股関節手術を契機とした出血に係る死亡事例の分析」を公表しました。

https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen18.pdfhttps://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen18.pdf

対象事例20例の特徴は、次のとおりです。
「・低体重の事例は、14 例(30 kg 台が 5 例、40 kg 台が 9 例)であった。
・ドリルやスクリューなどの手術操作による血管損傷を認めた(疑いを含む)事例は、9 例であった。
・ショックインデックスを算出すると、全ての事例の経過の中で、「1」を超えていた。
・術後 24 時間以内の死亡事例は、15 例であった。」


6つの提言は、以下のとおりです。

「【出血リスクの把握と術前準備】
提言 1 股関節手術では、骨折部位、再手術などの術式、血液凝固能の低下により出血量が増加しやすい。また、高齢、低体重、貧血、アルブミン低値であると出血に対する予備力が低く、ショックを来しやすい。術前にこれらのリスクを把握し、出血がショックに移行しないように、出血に備えた術前準備を講じる。

【術前に共有する輸血開始の目安】
提言 2 術式により予想される出血量、患者の体重から算出される循環血液量、院内の輸血用血液製剤の供給体制を勘案して、患者ごとに輸血の準備開始や投与開始の目安(出血量、ヘモグロビン値など)を設定する。術前のタイムアウトで、設定した目安と輸血準備量を共有する。

【目視困難な血管を損傷するリスク】
提言 3 ドリルやスクリューなどの回転する器具を挿入した際に、血管を損傷するリスクがある。回転する器具による血管損傷は、大腿骨接合術では大腿骨のスクリュー挿入部対側、人工股関節全置換術では寛骨臼の骨盤内側で生じることが多い。このため、出血を術野から目視で確認することが困難であると認識する。

【術中の循環血液量の評価】
提言 4 術中、輸液・輸血や昇圧薬投与を行っても、血圧低下や頻脈などが持続する場合は、目視が困難な出血が生じている可能性がある。ショックインデックスを確認し、「1」 を超える場合は、出血性ショックが疑われるため、チーム全員で術中にタイムアウトを行い、循環血液量を評価し対応する。

【手術室から帰室する際の画像確認】
提言 5 術中の血圧低下や頻脈が手術を終了しても持続している時は、術中出血量が少なくても、大腿深動脈や骨盤内の血管を損傷している可能性がある。血圧低下などが持続する場合は、出血の有無を確認するため、手術室から帰室する際に、CT 検査や超音波検査の実施を検討する。

【術後の出血性ショックへの迅速な対応】
提言 6 術後は、血圧低下や頻脈、尿量減少、頻呼吸などのショック徴候を観察し、ショックインデックスの上昇や出血量の増加、大腿部の腫脹、腰痛や腹痛があれば、出血性ショックを強く疑う。循環血液量を確保し、原因検索と治療を開始する。」


提言4に関連し、「現状では、術中に血管損傷を疑った時の診断方法や血管損傷が判明した時の対応について、ガイドラインで明確には示されていないため、今後、学会で検討されることを期待する。」と記述されています。

学会・企業等には以下の課題に取り組み、さらなる医療安全の向上につながることを期待する、として具体的な要望を記載しています。

「●学会への要望
以下は、日本整形外科学会および関連学会に検討および周知を期待したい事項である。
①股関節手術における血管損傷に対する診断・対応方法の検討大腿骨接合術における大腿深動脈などの血管損傷や、人工股関節全置換術における骨盤内の血管損傷に対する診断・対応方法について、ガイドラインなどへの記載を検討いただきたい。
②股関節手術を受ける患者への説明のあり方の検討
股関節手術における出血リスクや、血管損傷、出血の特徴について、術前説明の考え方や具体的な説明のあり方について検討いただきたい。
③術前に血管走行を把握するための造影 CT 検査を推奨する症例の明示、股関節手術での血管損傷を防ぐために、どのような症例において、造影 CT 検査結果で三次元構築を行い、血管走行と大腿骨および骨盤との位置関係を確認しておくとよいのか、具体的に明示していただきたい。

●企業への要望
①血管損傷を回避するためのドリルの開発と普及ドリルが大腿骨や寛骨臼を貫通して血管損傷に至らないように、骨の貫通後、自動的にドリルの回転が停止する機能の開発と普及を検討いただきたい。
②血管損傷を回避するためのナビゲーションや手術支援ロボットの開発現在、血管損傷を回避するためにドリルやスクリューの挿入方向や深度をリアルタイムに確認したり、ドリルを制御できる機能はない。関節変形や骨破壊が高度な場合に対応する、血管損傷を回避する機能を有するナビゲーションや手術支援ロボットなどの開発を検討いただきたい。」


股関節手術は整形外科領域では common surgery であり、今後も手術件数の増加が見込まれる。その対象の多くが併存疾患を有した高齢者であり、出血に対する予備力が低下していることを認識する必要がある。また、手術手技に伴う大腿深動脈や骨盤内血管の損傷のリスクは十分に認知される必要がある。手術はあらゆる規模の医療機関で行われているのが現状であるが、輸血用血液製剤の常備がなく、取り寄せに時間がかかる小規模医療機関もあり、患者の術前の全身状態、予想出血量、術式の難易度などによっては、しかるべき医療機関への転送が可能な体制の構築も必要である。」と蒸すんでいます。

この提言を機に、股関節手術の事故が減少することを期待します。


谷直樹

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by medical-law | 2023-09-17 22:40 | 医療事故・医療裁判