糖尿病と望月の歌
平安時代は、「消渇」(しょうかち)と呼ばれていました。
藤原定家も消渇すなわち糖尿病でした。
また、「このよをばわがよとぞ思ふ もちづきの欠けたることもなしと思へば」を歌った関白藤原道長が糖尿病だったことはよく知られています。長身でありましたが、腹囲が100cmを超え、かなりの肥満だったそうです。
なお、「望月の歌」は、権勢を誇る歌と解されてきましたが、最近は、「このよ」は、「この世」と「この夜」の掛詞、「わがよ」は「こころゆく時間」を意味し、月は后つまり天皇家に嫁いだ娘威子、妍子、彰子とその宴会で回された「杯」(つき)の二重の意味という解釈があります。
その夜は満月ではなく16夜だったとのことです。
満月を過ぎた月は欠けていくだけですね。
谷直樹
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