日本再生医療学会「再生医療等のリスク分類・法の適用除外範囲の見直しに関する提言」
「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」は、施行後5年以内に必要があると認めるときは所要の措置を講ずることになっており、令和4年6月3日に厚生科学審議会再生医療等評価部会から「再生医療等安全性確保法施行5年後の見直しに係る検討のとりまとめ」が提出されています。
エクソソーム自体は細胞ではなく、「細胞断片」として整理されているlことから、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」の対象外とされていますが、学会は、細胞由来の多様なタンパク質が含まれている物であって、現状の取扱に鑑み、再生医療等安全性確保法第二条 4 で「人又は動物の細胞に培養その他の加工を施すこと」と規定される細胞加工物の範疇として扱うことが可能であること、患者が適正な情報を受けられず、判断を誤ったり、利益を上回る不利益を受けたりする可能性も危惧されることから、同法の対象とすることを求めています。
「提言」は以下のとおりです。
「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(平成 25 年法律第 85 号。以下「再生医療等安全性確保法」という。)は、その附則第2条で「政府は、この法律の施行後五年以内に、この法律の施行の状況、再生医療等を取り巻く状況の変化等を勘案し、この法律の規定に検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」ことを規定している。令和4年6月3日に厚生科学審議会再生医療等評価部会によって「再生医療等安全性確保法施行5年後の見直しに係る検討のとりまとめ」(以下「とりまとめ」という。)が提出されている。一般的にエクソソームを含む細胞外小胞(ExtracellularVesicles: EVs)(広義には培養上清も含む)について、急速な勢いで発展する再生・細胞治療の現状を鑑み、EVs を今回の見直しの対象とし、再生医療等安全性確保法の対象とすることを提言する。
本会では、今後進むエクソソーム治療の健全な発展のため、2021 年 3 月 10 日に「エクソソームの調製、治療に関する考え方」を発表し、また、その英文版の Position Paper を Regen Ther. 2022 May 19;21:19-24. PMCID: PMC9127121.に発表してきた。その中では、原材料になる細胞の確保、細胞からエクソソームの抽出方法の標準化、また安全性、有効性確保の上でのリスクの明確化、制度からなる科学的な治療の根拠を下にした法規制の整備の重要性を提言してきた。
「とりまとめ」は 2020 年度に実施された厚生労働省特別研究班「再生医療等安全性確保法における再生医療等のリスク分類・法の適用除外範囲の見直しに資する研究」(以下「見直し研究」という。)での議論が基盤となっている。今回、本提言を作成するにあたって、現時点で当学会における EVs の議論を基盤として「見直し研究」の検討を行った。
まず、EVs が再生医療等安全性確保法の対象として検討するに値するかという点について、「見直し研究」においては「細胞」ではなく「細胞断片」として整理され、細胞加工物という概念には当てはまらないこと、また、EVs は最終的なヒトへの投与の際の投与物としての概念が、現状においては確定的に定義付けできるわけではないと結論づけている。
EVs が持つ表面抗原の状態などから鑑みて、細胞断片として取り扱うことは妥当性があるが、細胞が産生する抗体医薬のように最終製品は一意に定まらず、産生細胞の起源や培養条件といった由来細胞の持つ特性とリンクする形で性質の差となって現れることが理解されてきている。また現在 EVs 製品の多くは、標準化された取り扱いが確立しない中で、バイアルなどに封入されて出荷されたのち、各医療施設において生理食塩水などで懸濁し、注射や点滴などの剤形での投与が一般的となっている。こうしたことから、EVs は再生医療等安全性確保法第二条 4 で「人又は動物の細胞に培養その他の加工を施すこと」と規定される細胞加工物の範疇として扱うことが可能であると考えられる。
次に、各国における臨床試験の概況などの情報収集を行った上で、臨床での利用に関する問題点の検討を行った。EVs に関連した臨床研究・治験の現状について臨床研究・治験ポータルサイトであるClinicalTrials.gov において、“Intervention”および“Phase1-4”で設定、"exosome"および"Extracellular Vesicle"を keyword として検索を行ったところ、「見直し研究」では 24 件(2021 年 3 月 16 日現在)であったものが 151 件(2023 年 10 月 21 日現在)となり、検証相である phase 3、市販後調査である phas4 として登録されているものもそれぞれ 11 件、8 件となった。これらのデータは EVs による治療を試みるもののほか、マーカーとして用いているものも含まれるが、いずれにせよ EVs が臨床に近しい場面で用いられるものになりつつあると考えられる。
これらの臨床試験について下記のように問題点が指摘されている(Duong et al., Cytotherapy, 25, 939-
945, 2023)。
・製品特性の不明瞭さ: 多くの臨床試験で、細胞外小胞(特に MSC 由来のもの)の特性評価や分離方法についての詳細が報告されていない。
・メタアナリシスの困難さ: 製品特性や分離方法が不明瞭であるため、個々の研究結果をメタアナリシスで統合する際に問題が生じる可能性がある。
・効果の評価の異質性: 効果に関するアウトカム(結果)が非常に異質であり、それがデータの解釈を複雑にしている。
・安全性と有害事象の報告: 安全性と有害事象は多くの試験で主要なアウトカムとして考慮されているが、それ以外のアウトカムに関する報告が一貫していない。
・試験設計の不明瞭さ: 一部の臨床試験では、ランダム化、盲検化、介入モデルなどの試験設計に関する詳細が不足している。
・資金調達と進行状況: 多くの試験が資金不足や低い参加者数などの理由で進行が遅れているか、中止されている。
ガ イ ド ラ イ ン の 不 足 : 細 胞 外 小 胞 の 研 究 に お け る 最 小 限 の 情 報 提 供 に 関 す る ガ イ ド ラ イ ン(MISEV2018)に準拠していない研究が多い。
こうした問題点の指摘は、「とりまとめ」において指摘されている「細胞外小胞としてのエクソソーム等について、ある程度は定義づけできるかもしれないが、最終的なヒトへの投与の際の投与物としての概念(内容物の品質、作成プロセス等)が現状において確定的に定義づけできるわけではない」(11 ページ)ことが現状においても同様な状況を示している一方で、「ほとんどが探索相(Phase 1, Phase 1/2, Phase2)に該当するもの」(同)という状況からは大きく変化し広範な EVs の利用が実施されうる状況にあると考えられ、急速に治療に向けた方向性に理解が進んできている。PMDA では科学委員会報告書「エクソソームを含む細胞外小胞(EV*)を利用した治療用製剤に関する報告書」を作成し、治療の際に考慮すべき項目を整理している(2023 年 1 月 17 日)。前掲の当学会の提言もあわせ、EVs を今回の見直しの範囲とすることについて根拠の一つを構成するものである。
一方、「見直し研究」および「とりまとめ」においては検討されていない、我が国の EVs を用いた実臨床での応用状況についての検討を行った。まず、インターネット上において、我が国の EVs に関する情報の概況を収集するために、google 検索を用いて“エクソソーム”+“クリニック”+”再生医療“、および“エクソソーム”+“病院”+”再生医療“という語句に加え、期間現時点と 2021 年 4 月 1 日までの期間とでの比較を行ったところ、2023 年 10 月現在では検索結果件数が 91900 件であったのに対し、2021 年 4 月の時点では 7450 件であった。また、こうした情報サイトの中には著名人のブログなどで、再生医療や幹細胞という単語とともにエクソソームについて好意的に述べる記事も見出すことができた。こうした状況下では、EVs を用いた行為を受けようとする患者が適正な情報を受けられず、判断を誤ったり、利益を上回る不利益を受けたりする可能性も危惧されるため、製造工程や EVs の品質も含め、提供プロセスの安全性や同意取得の正当性などに関して、第三者による確認が必要と考えられる。
以上のことから、EVs について、「見直し研究」および「とりまとめ」の段階では、再生医療等安全性確保法の範疇として取り扱うことが時期尚早として判断された根拠が、急速な研究の発展や、社会からの関心や実臨床での応用件数の急速に高まりという条件下においては、再生医療等安全性確保法の範疇として取り扱うことの蓋然性を高める内容となっていると考える。そのため、本提言では再生医療等安全性確保法における再生医療等行為として、安全性確保について十分な確認を行うとともに、国が実施状況を把握し、モニタリングが可能な状況として取り扱うことを提言する。この分野は急速に進歩しており、細胞培養上清から単純に抽出したのみの天然型の EV に加えて、遺伝子導入や修飾を加えた改変型EV も開発がすすんでおり、更には EV の供給源となる細胞も不死化細胞、iPS 細胞等様々な細胞源が考慮されており、現在の状況はこれらの健全な発展に際して、危惧される状況である。
付言すれば、こうしたことは、「見直し研究」や「とりまとめ」の正当性を損なうものではなく、ラトゥールの言う「作動中の科学(Science in Making)」の実例とでも言うべき科学的知識の急速な発展から生じる不可避のものといえる。現時点での科学的知識を取り込むことを厭わず、再生医療等安全性確保法に規定された「見直し」条項の精神に立ち返り、再生・細胞治療の健全の発展による公共の福祉の向上のため、柔軟な検討をされることを望む。」
谷直樹
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