弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

高松の病院がジャクソンリースの取り扱いの知識・認識不足、ICUにおいて緊急コール要請の考えがなかったこと等からおきた医療事故を公表

高松赤十字病院は、令和5年11月22日、令和 3 年 11 月の医療事故を公表しました。
HCUフロアへの移動が注意になったのを知らず、ジャクソンリースの準備を行った看護師が、接続前の排気バルブの開放を行わないままジャクソンリースを別の看護師に手渡し、そのまま呼吸回路に接続され、急変しましたが、ICUにおいても緊急コールを要請するというの考えがなかったために対応が遅れ、患者が死亡した事案です。
ジャクソンリースの正しい取扱いを知らない医療者が少なからずいるようです。本件は、事故から学ぶことが多い事案で、他院での同種事故の再発防止のために公表は有意義です。できれば、もっと早く公表されたほうがよかったと思います。
なお、これは私が担当した事案ではありません。


「1. 事故の概要
令和 3 年 11 月に急性リンパ性白血病の治療中であった 30 歳代の患者さんが敗血性ショックにより当院に緊急入院されました。入院3日目に意識レベルの低下と持続性全身性痙攣が生じ、ICUに収容のうえ気管挿管、人工呼吸管理となりました。ICU収容から 3 日目の午前中には呼吸状態も安定し、人工呼吸器から T ピース回路に変更して酸素投与を行う状態となっていました。
同日、13 時 30 分に看護師 5 名にて、予定されていた当該患者さんのベッド交換の準備を始めました。この際、リーダー代行の看護師はベッド交換とともにHCUへのフロア間移動には酸素投与も必要と判断し、他の看護師に酸素ボンベとジャクソンリース回路を準備するよう依頼しました。その後、Tピース回路からジャクソンリース回路に変更した際、ジャクソンリースの圧調整用排気バルブを閉じたまま酸素が投与されたため、ジャクソンリース回路は閉鎖回路となり、同回路の過膨張とともに当該患者さんの急激な血圧低下を認めました。排気バルブを開放していないことに気づいた看護師はすぐに排気バルブを開放しましたが、ベッド交換後の 13 時 40 分にも血圧は上昇せず、酸素飽和度も低下したため主治医に状態の悪化を報告し、用手換気を開始しました。
状態悪化の報告を受けた主治医は、人工呼吸器の装着や昇圧剤を指示しながら急変の原因検索を行い、14 時 06 分に胸部レントゲン検査にて右緊張性気胸と診断しました。
しかし、依然、当該患者さんに血圧の上昇は認められず、肺の圧迫を早く解除する必要があることから救急外来で処置中であったICU医師に電話相談し、原疾患に伴う脱気処置による出血のリスクを考慮して外科医師に対応を依頼しました。依頼を受けて手術室から駆けつけた外科医師が脱気用のドレナージチューブを準備中であった 14 時 27 分にICU医師が注射針による緊急脱気を行いましたが、14 時 30 分に心停止となり心臓マッサージを開始しました。14 時 35 分に外科医師がドレナージチューブを挿入して脱気が開始されましたが十分ではなく、15 時 06 分にドレナージチューブを追加で挿入し、脱気が確認されました。14 時 36 分に心拍が再開してその後は不整脈の状態が続き、救命処置を続けましたが、16 時 31 分に再度心停止となり、16 時 39 分、お亡くなりになられました。

2.事故原因
1)コミュニケーションエラー
当該患者さんは、ICUの朝のミーティングで隣のHCUフロアに移動することが周知されていましたが、その後フロア間移動が中止になり、ベッド交換のみ行うことになりました。この情報がベッド交換に関わった看護師のうち、リーダー代行の看護師には伝わっておらず、ベッド交換後にHCUフロアに移動するものと思い、ジャクソンリースの準備を指示しました。ベッド交換のみであることを、関わった看護師全員で事前確認していれば、ジャクソンリースを使用せずにベッド交換が行われていたものと考えます。

2)ジャクソンリースの取り扱いの知識・認識不足
ジャクソンリースを使用する際には、患者さんの肺に過剰な圧がかからないよう接続前に排気バルブを適度に開放し、圧力の調整を行ってから接続するというマニュアル上の取り決めがあります。ジャクソンリースを準備した看護師は、手順である接続前の排気バルブの開放を行わないままジャクソンリースを別の看護師に手渡し、そのまま当該患者さんの呼吸回路に接続されました。準備をした看護師は、ジャクソンリースの使用手順について、排気バルブを閉じた状態で接続し、回路の膨らみを確認してバルブを開き調節するという間違った理解をしていました。

3)急変時の対応に関する院内体制
急変の報告を受けた主治医はICUにいましたが、緊張性気胸に対する呼吸管理、胸腔ドレーン挿入の緊急処置については専門ではありませんでした。救急外来で患者対応中の ICU医師に電話で報告をしましたが、緊急性などの情報が共有されませんでした。また、脱気の依頼を受けた外科医師は全員が手術中で、1 名が手術室から駆けつけ対応しました。これらにより、緊張性気胸の処置に遅れが生じました。当院では緊急コール体制が整備されており、ICU医師・看護師は出動要員となりますが、ICUは主に緊急コールの要請を受ける部署であることから他の医療スタッフの招集を求める緊急コール要請の考えに至りませんでした。

3.再発予防策
院内事故調査委員会において外部委員による調査結果を踏まえた提言から、次の事項を今後の再発防止策として実施していくこととしました。

1) 患者情報伝達の整備
① 患者さんのベッド移動時や医療行為中など、複数名の医療者が関わる場面では、リーダーとなる医師または看護師が生体モニター観察者、患者の全身状態観察者、ドレーンやチューブ類等の確認者など、それぞれの役割を声に出して共有認識し、各医療者が協力して実施する。
② 医療者間のコミュニケーションに関する職員研修の実施。
③ 復唱確認、2 チャレンジルールなど Team STEPPS のコミュニケーションスキルを使用した安全行動を実行する。院内巡視を行い、定期的に遵守状況を確認する。

2) ジャクソンリース取り扱いについて、ICU看護師への再教育
① ICU看護師に対して、ジャクソンリース取り扱いの知識・技術の再教育を行い修了後テストによって習得状況を確認する。
② 再教育修了後は定期的に技術トレーニングを継続して実施する。

3) ジャクソンリースを取り扱う医療者についての取り決め
① 基本的には医師が取り扱い、ICU看護師はトレーニングを受けて、テストに合格し、基準に達したものだけが、取り扱うこと。
② ICU以外の一般病棟では、これまで通り医師のみがジャクソンリースを取り扱うこと。
③ トレーニングを受けたICU看護師が、ジャクソンリースを取り扱えるのは、人工呼吸器のトラブルなどの緊急時、医師がジャクソンリースを必要と判断し、看護師の使用を許可した場合のみとする。
④ ジャクソンリース使用時は、常時マノメーター(過剰な圧力から肺を守るための圧力測定器)を使用する。
※ジャクソンリース取り扱いマニュアルを見直し、上記2)3)を追加記載。

4) 急変時の対応に関する院内体制
① 緊急コールの要請を受ける部署であるICUにおいても患者急変時に医療スタッフの招集が必要とされる場面では、緊急コールを行うこと。」


谷直樹

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by medical-law | 2023-11-24 10:43 | 医療事故・医療裁判