弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

薬害オンブズパースン会議 ゾコーバの承認取消し等を求める要請書

薬害オンブズパースン会議は、2024年5月8日、厚生労働大臣に「ゾコーバの承認取消し等を求める要請書」を提出しました。

「要請の趣旨

1 ゾコーバ錠 125mg について、承認を取り消すこと
2 ソコーバをめぐる経緯を検証し、緊急承認制度のあり方を見直すこと
を求める。

要請の理由

第1 はじめに

塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症治療薬ゾコーバ錠 125mg(一般名エンシトレルビルフマル酸、以下「本剤」という)は、2022 年の薬機法改正によって創設された緊急承認制度の下における第1号として 2022 年 11 月 22 日に緊急承認され、2024 年 3 月5 日に通常承認された。
薬害オンブズパースン会議は、2022 年 6 月 20 日および同年 11 月 21 日の2度にわたって、厚生労働省に対し、本剤の緊急承認に反対する意見書を公表している1,2。その理由の要点は以下のとおりである。

・ 本剤については抗ウイルス効果は認められるが、臨床症状の改善に関する有効性が認められない。治験の途中で 12 症状の改善という主要評価項目が達成できない可能性が指摘されたため、主要評価項目を当初の5症状に類似した別の5症状に変更したが、これは後付け解析であり有効性を推定する根拠とはできない。
・ 緊急承認時において既に感染は終息に向かっており、緊急性の要件を満たさない。
・ 緊急承認時において既に他の治療薬が承認されており、代替性の要件も満たさない。
・ 本剤の有効性が新型コロナの5つの症状が回復するまでの期間がプラセボに対して約 1 日短縮するだけであるのに比して、催奇形性という深刻な副作用があり、「申請に係る効能又は効果に比して著しく有害な作用を有することにより医薬品として使用価値がないと推定されるものでないこと」(薬機法 14 条の2の2の第1項第3)の要件を満たさない。
このように本来緊急承認されるべきでなかった本剤が通常承認を得たが、以下の理由で取り消されるべきであり、また、緊急承認制度のあり方としても、重大な問題を有している。

第2 本剤の正式承認の問題点

1 日本人に対する有効性が示されていない

(1)審査報告書によれば、通常承認の審査に当たっては、緊急承認時までに提出された資料に加え、有効性及び安全性に関する主な資料として、国際共同第Ⅱ/Ⅲ相試験(T1221 試験)の第Ⅲ相パートの成績が提出され、審査された3。
審査結果について、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、主要評価項目である治験薬投与開始時点から新型コロナウイルス感染症の 5 症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、倦怠感または疲労感)が快復するまでの時間において、本薬 375/125 mg 群(全体集団)においてプラセボと比較して有意差をもって示されたとしている。

(2)しかし、治験当初のプロトコルの主要評価項目であった 12 症状では有意差を示せていない。治験の途中で有意差が出せることが見込まれる 5 症状に主要評価項目を変更することによって、臨床症状を 1 日程度短縮できるという点において、有意差を出している。これは、臨床試験の原則に反する後付けの解析であり、このような変更に基づく有効性評価は認められない。
この点について、PMDA は流行株の変異が激しく、発現する臨床症状にも変化が生じたこと、プロトコル変更後は盲験下で試験を行っていることを理由に認めているが、これは事後解析を正当化する理由にはならない。事後解析の問題の本質は、2023 年 7 月20 日の厚生労働省の薬事・食品衛生審議会の薬事分科会と医薬品第二部会の合同会議において、PMDA の藤原理事長が次のように指摘したところに示されている。
「これは今回、事後解析といって塩野義さんは後から何度も何度も解析しているのですが、生物統計学的には、山口先生とか佐藤先生に後から説明してもらったほうがいいかもしれませんが、何度も何度も解析するとバイチャンスで有意になるというのはよくあるのですね。例えばpが 0.05 だったら、20 回に1回は間違った結果になるというのは自明の理でして、そんなに繰り返して統計解析するときには有意にするp値はすごく小さくするとか、これが先ほど事務局が多重性の調整というように言っていましたけれども、そういうことをちゃんとやらないといけないのですが、それをやらずに何度も何度も解析して、どこかで有意差が出たからいいのではないのと言っているのが塩野義さんかなと私は理解しております。4」

この指摘こそが事後解析に基づいて主要評価項目を絞る問題の本質であり、その後の変節ともいえる PMDA の審査報告書の記載は認めがたい。

(3)また、変更後の 5 症状による評価でさえ、日本人部分集団では、本薬 375/125 mg 群とプラセボ群との群間差は小さく、有意差を示しているとは言いがたい(審査報告書の12 頁の表 14 において、日本人部分集団では Wilcoxon 検定の結果を表示していないうえ、ハザード比はどちらも 1 をまたいでいる)。
PMDA は群間差が小さいことは認めつつも、「改善する傾向は認められており、全体集団における有効性が示されている点を踏まえると、上記の結果は日本人における本剤の有効性を否定するものではない」としているが、これはいかにも苦しい「ごまかし」と言わざるをえず、承認に値する有効性が有意差をもって示されているとする理由を説明したことにはならない。

2 催奇形性がある

一方、本剤には催奇形性がある。そのため緊急承認時においても「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」は禁忌とされていたが、2024 年 1 月 23 日の薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会への報告では、ゾコーバの投与後に妊娠が判明した症例が計 34 例(疑い 3 例含む)である5。
以上の妊娠症例は、緊急承認時におけるものであるが、緊急承認薬については文書による説明と同意が求められており、それでもこれだけの投与例が報告されているのであるから、通常承認となって文書による説明と同意がなくなれば投与例が増えることが懸念される。4

3 小括

以上のとおり、本剤については日本人に対する有効性が示されているとはいえない一方、深刻な副作用があり、リスクとベネフィットのバランスを著しく欠き、薬機法 14条2項 3 号ロに該当するから、同法 74 条の2に基づいて承認を取り消すべきである。

第3 緊急承認制度のあり方を見直すべき

1 緊急承認制度をめぐる国会の審議

当会議は、2022 年、緊急承認制度の創設について意見書を公表6し、通常の承認の例外として既に制度化されている条件付き承認制度、再生医療等製品の条件・期限付き承認制度、及び特例承認制度の運用における問題点の批判的な総括をするべきであり、それなくして制度を創設することには反対であると述べると共に、米国 EUA と同様、承認ではなく使用許可とするべきであること、緊急性や代替性などの適用要件等を厳格にするべきであること等を指摘した。
また、第 208 回国会の衆参両院の厚生労働委員会では不当な適用の拡大がなされないように審議がなされ、当会議のメンバーが参考人として述べた意見7,8は、衆参両院の附帯決議に一定程度反映された。

2 制度趣旨に反するゾコーバをめぐる経緯

しかしその後、緊急承認制度適用の第 1 号となったゾコーバは、前記のとおり緊急承認時において、有効性と安全性、代替性、緊急性の要件を満たさなかったにもかかわらず緊急承認され、今般の通常承認時においても、前記のとおり有効性と安全性を欠いたまま承認され、全体として緊急承認制度のあり方を著しく歪める結果を招いている。
また塩野義製薬は、当初本剤を早期承認制度のもとで承認を得ようしていたが、その申請前に、自由民主党の前幹事長(当時)の甘利明氏が「塩野義製薬が開発中のワクチンと治療薬の治験報告に来ました。日本人対象の治験で副作用は既存薬より極めて少なく効能は他を圧しています。・・・外国承認をアリバイに石橋を叩いても渡らない厚労省を督促中です」とソーシャルメディアで発信し9例外的な承認制度を商品の承認販売の戦略に位置付けて利用し、製薬企業幹部が政治家へ未承認薬のトップセールスをしかけるという企業姿勢が問題となった。
さらに塩野義製薬は、本剤について、後遺症に対する効果があるとする研究結果が得られたとして、承認適応がないにもかかわらず、学会のランチョンセミナーやプレスリリース等を活用して積極的に情報提供し、その結果、医療現場では、後遺症予防の目的で本剤を投与される患者が生じている。5

3 まとめに代えて

上記のような問題点をかかえるゾコーバが、緊急承認制度の第 1 号であることは、緊急承認制度、ひいては日本の承認制度の将来を危うくする汚点であると言っても過言ではない。
加えて、本剤については、通常承認後、臨床上の位置づけについて変更がないとして、緊急承認時と同じ 7407.40 円という高額の薬価が継続収載されることとなった。
しかし、緊急承認時において、新型コロナウイルス感染症に対する経口抗ウイルス薬としてはラゲブリオ、パキロビッドパックに次いで3番目、作用機序がメインプロテアーゼ阻害である薬としてもパキロビッドパックに次いで2番目であり、緊急承認時点ですでに代替薬が存在し、緊急承認の要件自体を備えていなかったうえ、新型コロナウイルス感染症が 5 類感染症となり、臨床上の位置づけは明らかに変化している。
またそもそも前記のとおり有効性があるとは言えない一方、危険性が大きく有用性が認められないのであるから、高額の薬価は本剤の臨床上の価値と著しくかけ離れている。ゾコーバは、承認制度を危うくするだけではなく、薬価制度においても大きな汚点を残したといえる。
なぜこのような不当なことがまかりとおるのか。2024 年 4 月 3 日に内閣官房内閣人事局によって公表された「民間から国への職員の受入状況」23 年 10 月時点)10によれば、製薬各社から 37 人が政府機関に出向・就職しているが、「製薬企業の出身者は 19年時点で 27 人だったが、新型コロナウイルス感染症が国内で流行し始めた 20 年以降に増加。塩野義製薬や MeijiSeika ファルマなど感染症治療薬を製造販売する企業の社名が目立つようになった。」「もともと塩野義からは内閣官房副長官補佐付と文部科学省の研究振興局に各 1 人がいたが、新型コロナ以降に内閣府の健康・医療戦略推進事務局と経済産業省の商務情報政策局でそれぞれ 1 人増えた。MeijiSeika ファルマは内閣官房の内閣感染症危機管理統括庁、外務省のアジア太平洋局、厚労省の健康・生活衛生局に各 1 人で、いずれも新型コロナが流行してから加わった。」11と報じられており、新型コロナウイルス感染症の蔓延を契機に、政府は製薬企業、とりわけワクチンメーカーに対する依存を深め、規制能力を失っているという懸念が払しょくできない。
緊急承認制度の適用第 1 号となったゾコーバをめぐる異常ともいえる経緯を検証し、迅速な承認のための例外的な制度のあり方を見直すことは、日本の承認制度の将来のため不可欠である。
よって、要請の趣旨のとおり求める。
以上


1 薬害オンブズパースン会議「塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症治療薬の緊急承認に反対する意見書」(2022 年 6 月 20 日)
https://www.yakugai.gr.jp/topics/file/20220620%20shionogi_shingata_koronayaku_kinkyuushounin
_hantai_ikensho.pdf
2 薬害オンブズパースン会議「塩野義製薬の新型コロナウイルス治療薬ゾコーバの緊急承認に反対する」(2022 年 11 月 21 日)
https://www.yakugai.gr.jp/topics/file/shionogi_Xocova_kinkyu_shounin_hantai.pdf
3 PMDA 審査報告書(令和 6 年 2 月 19 日)
https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20240306001/340018000_30400AMX00205000_A100_1.pdf
4 2022 年7月 20 日 薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会(薬事分科会・医薬品第二部会(合同開催)を含む) 議事録
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_27328.html
5令和5年度第 14 回医薬品等安全対策部会 安全対策調査会資料1-4 市販後安全性情報に関する報告(製造販売業者の公表資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001194723.pdf
6 薬害オンブズパースン会議「緊急承認制度に関する意見書」(2022 年 3 月 7 日)
https://www.yakugai.gr.jp/topics/file/kinkyu_shonin_seido_ikensho2.pdf
7 第 208 回国会衆議院厚生労働委員会議事録(2022 年 4 月 12 日)
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120804260X01220220412¤t=2
8 第 208 回国会参議院厚生労働委員会議事録(2022 年 5 月 10 日)
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120814260X01220220510¤t=3
9 甘利明氏ツイート(2022 年 2 月 4 日)
https://twitter.com/Akira_Amari/status/1489434639555248130
10 内閣官房内閣人事局「民間から国への職員の受入状況」
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jkj_ukeire_r060329.html
11RISFAX(2024 年 4 月 19 日)「政府出向など 37 人、新型コロナで続々 製薬各社 厚労
省や内閣府に集中、“人的交流”から民間依存に拍車」
https://risfax.co.jp/risfax/188181
※いずれも最終アクセス日 2024 年 5 月 8 日。



谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村


by medical-law | 2024-05-10 12:49 | 医療