弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

日弁連 「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、検察官に対して速やかな上訴権放棄を求めるとともに、政府及び国会に対して改めて死刑制度の廃止と再審法の速やかな改正を求める会長声明

日弁連は、2024年9月26日、「「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、検察官に対して速やかな上訴権放棄を求めるとともに、政府及び国会に対して改めて死刑制度の廃止と再審法の速やかな改正を求める会長声明」を発表しました。各単位会からも同趣旨の声明が発表されました。

「本日、静岡地方裁判所(國井恒志裁判長)は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巖氏に対し、再審無罪判決を言い渡した。


本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(当時)の味噌製造販売会社専務宅で一家4名が殺害されて金品が強奪され、住居が放火された住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、同年8月18日に袴田氏が逮捕され、後に起訴された。


袴田氏は、長時間の強制的な取調べにより一旦は自白したものの、公判においては否認し、以後一貫して無実を主張してきた。しかし、第一審の静岡地方裁判所は、事件発生から約1年2か月後に味噌タンク内で味噌漬けされた状態で「発見」された、いわゆる「5点の衣類」が犯行着衣であり、かつ、それらが袴田氏のものであると認めて死刑判決を言い渡し、その後、1980年(昭和55年)12月12日に死刑判決が確定した。


本日の判決は、「①被告人が本件犯行を自白した本件検察官調書は、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得され、犯行着衣等に関する虚偽の内容も含むものであるから、実質的にねつ造されたものと認められ、刑訴法319条1項の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たり、②被告人の犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は、1号タンクに1年以上みそ漬けされた場合にその血痕に赤みが残るとは認められず、本件事件から相当期間経過後の発見に近い時期に、本件犯行とは無関係に、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、1号タンク内に隠匿されたもので、証拠の関連性を欠き、③5点の衣類のうちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によってねつ造されたもので、証拠の関連性を欠くから、いずれも証拠とすることができず、職権で、これらを排除した結果、他の証拠によって認められる本件の事実関係には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない、あるいは、少なくとも説明が極めて困難である事実関係が含まれているとはいえず、被告人が本件犯行の犯人であるとは認められない」と判断し、袴田氏に無罪を言い渡した。本判決は、袴田氏及び弁護団の主張を認めるものであり、当連合会もこれを高く評価する。


袴田氏は逮捕から58年もの長きにわたって犯人であるとの汚名を着せられ、今や88歳となっている。また、袴田氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことである。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田氏が身体拘束を受けていた期間は実に47年7か月にも及び、そのうち33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごすことを余儀なくされた。そのため、袴田氏は第1次再審請求審の途中から拘禁反応により心身の不調を来たし、釈放後も妄想の世界にあり、本日の無罪判決を長年にわたり同氏を支えた姉と共に喜ぶことさえできない状態にある。


袴田氏は、正に人生の大半を誤った捜査・裁判による身体拘束と自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、袴田氏の権利救済にはもはや一刻の猶予も許されない。本件における数多くの論点は再審請求審段階から主張・立証が尽くされた上に、再審公判でも同様の主張・立証が繰り返され 、本日の判決も含めて数次にわたり検察官の主張を否定する裁判所の判断が示されている。よって、当連合会は、検察官に対し、速やかに上訴権を放棄して、本日の無罪判決を確定させるよう強く求める。


また、「袴田事件」は、死刑制度の危険性を改めて世に問うものとなった。


日本では、死刑判決が確定した後、再審によって無罪判決が出された事件が過去に4件あり(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)、「袴田事件」の無罪判決が確定すれば5件目となる。死刑は人の生命を奪う刑罰であって、死刑判決が誤判であった場合、これが執行されてしまうと絶対に取り返しがつかない。「袴田事件」は、その危険性に大きく警鐘を鳴らすものである。


当連合会は、2016年(平成28年)10月7日開催の人権擁護大会において、「arrow_blue_1.gif死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、その後も死刑執行に抗議する会長声明等を繰り返し発出してきた。誤った死刑判決に基づく死刑の執行を根本的に防ぐには、死刑制度を廃止する以外に道はない。


さらに、「袴田事件」は、現在の再審法の不備を改めて浮き彫りにした。


「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでに二度の再審請求を経ているが、第1次再審請求にかかる審理は約27年、第2次再審請求にかかる審理は約15年と、いずれも長期に及んでいる。また、「5点の衣類」の写真などの再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えた証拠が開示されたのは第1次再審請求から約30年も経過してからのことであった。これほどまでに長い時間を要した原因は、現在の再審法に再審請求審における手続規定、そして再審請求手続における証拠開示の制度が定められていないことにある。

「袴田事件」が長期化したもう一つの原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てである。これにより、再審開始決定から再審公判が開かれるまでに更に9年7か月もの期間を要した。

これらの問題は、他の再審事件でも同様に見られるのであって、正に制度的・構造的な問題である。

当連合会は、2023年(令和5年)6月16日付け「arrow_blue_1.gifえん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、再審法の速やかな改正を求める決議」等で再審法の速やかな改正を繰り返し訴えてきた。そして現在までに全国52の全ての弁護士会において、再審法の改正を求める総会決議が採択された。超党派の国会議員による「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が結成されたほか、再審法改正を求める地方議会の数も増え続け、地方自治体の首長や各種団体からの賛同も相次いでいる。再審法改正の世論は大きな高まりを見せており、これを実現するのは今をおいて他にはない。

当連合会は、「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、政府及び国会に対し、改めて、死刑制度の廃止並びに再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止及び再審請求審における手続規定の整備を含む再審法の速やかな改正を強く求める。

「袴田事件」は、死刑えん罪の残酷さを如実に物語るものであり、このような悲劇を今後二度と繰り返してはならない。

そして当連合会は、袴田氏が真の自由を得て、一人の市民として人間らしく穏やかな日々を過ごされることを切に願っている。」



谷直樹

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by medical-law | 2024-09-27 05:58 | 弁護士会