弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

日弁連「「特定生殖補助医療に関する法律案」の慎重な審議を求める会長声明」

日弁連は、2025年3月12日、「「特定生殖補助医療に関する法律案」の慎重な審議を求める会長声明」を発表しました。

「本年2月5日、「特定生殖補助医療に関する法律案」(以下「本法案」という。)が参議院に提出された。本法案は、非配偶者間人工授精(AID)を含む特定生殖補助医療の適正な実施を確保するための制度等を定めるものであり、かかる法制度を整備することには意義がある。

しかしながら、人の手で新しい生命を作り出すことがどの範囲で許されるかは、生命倫理にかかわる根源的な問題である。この点、本法案は、パブリックコメントを求めるなど国民の意見を聴く機会を設けられないまま参議院に提出されたため、まずは本法案に関する国民的議論を喚起し、そこでの意見を踏まえながら慎重な審議を行うことが必要である。

また、出自を知ることは自らのアイデンティティを形成するための重要な基盤であり、子どもが自らの出自を知る権利は、子どもの権利条約第7条第1項で保障され、憲法第13条に規定される幸福追求権に含まれる権利である。その保障の必要性については、当連合会も、2000年3月の「生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言」や2014年4月の「「第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化についての提言」等において繰り返し指摘してきたところである。

しかしながら、本法案では、精子又は卵子の提供者の氏名及び住所等の特定情報については、成人した子どもが内閣総理大臣に対して提供者へ情報提供の要請をするように求め、内閣総理大臣の要請を受けた提供者が任意に回答した情報のみが子どもに提供される制度(要請請求)を通じてのみ開示されるものとされている(本法案第54条第1項)。この要請に応じて特定情報を回答する意思があることは、あらかじめ提供者となるための要件とはされていないため、結局、特定情報の開示の可否は、要請を受けた時点の提供者の意思のみで決められることとなり、出生した子どもが自らの出自を知る権利を保障するものとはなっていない。この点は本法案の重大な欠陥と言わざるを得ない。

本法案がこのような条項にされた背景として、出生した子どもによる提供者の特定情報の開示請求を認めた場合に提供者が減少するという懸念が指摘されることがある。しかし、最も早期に子どもの出自を知る権利を認めたスウェーデンでは、1985年の法制定直後には提供者の減少が生じたものの、その後、家族のいる提供者層の増加という質的変化を伴いながら提供者数は回復しているとの報告がある。日本においても、不妊治療を行うクリニックが、2022年に、出生した子どもが同クリニックの調整を通じて精子提供者と接触することを認める条件と認めない条件で精子提供者の募集を行った際、7割を超える提供者が接触を認める条件で提供を申し出たことなども公表されており、出生した子どもが自らの出自を知ることの重要性の理解は、提供を考える者にも広がっているといえる。出生した子どもの出自を知る権利の重要性に鑑みれば、その権利を制限するのではなく、出生した子どもが自らの出自を知ることの重要性を十分に周知し、これを理解した者が提供者となるようにすべきであり、前記状況に照らしてもそれは可能なものと考えられる。

なお、本法案附則では、特定生殖補助医療により出生した子どもが自らの出自に関する情報を知ることに資する制度の在り方について公布後5年を目処に検討を加えるものとされており、本法案の成立後に出生した子どもの出自を知る権利の保障を検討する余地を残してはいる。しかし、本法案がこのまま成立した場合、その後の改正によって出生した子どもによる提供者特定情報の開示請求が認められたとしても、改正前に出生した子どもとの間に不平等が生じかねない点は看過できない。したがって、本法案の審議においてこの欠陥を是正することが必要である。

当連合会は、本法案について、国民的議論を踏まえた慎重な審議を行うとともに、子どもが自らの出自を知る権利を保障するため、出生した子どもの請求によって特定情報を含む提供者の情報が開示される制度とするよう求める。 」



谷直樹

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by medical-law | 2025-03-15 14:26 | 弁護士会