弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

広島弁護士「刑事法廷内での手錠・腰縄使用についての会長声明」

広島弁護士は、2025年3月27日、「刑事法廷内での手錠・腰縄使用についての会長声明」を発表しました。

「第1 声明の趣旨

刑事法廷内での刑事被疑者・被告人に対する手錠・腰縄使用に関し、裁判所及び拘置所をはじめとする関係諸機関において、弁護士会や個々の事件の弁護人とも協議のうえ、憲法及び国際法に従って、被疑者・被告人の尊厳と無罪推定の権利に十分配慮した措置を早急に採るよう求める。

第2 声明の理由

1 わが国の刑事事件における法廷内では、現状、身体拘束されている刑事被疑者・被告人は、手錠・腰縄姿で公判廷に入出廷することを余儀なくされ、同人の家族を含む傍聴人をはじめ、裁判官らの法廷内の人々にその姿をさらされている。

このことは、①個人の尊厳の保障(憲法13条、国際人権自由権規約7条、10条)、②刑事被疑者・被告人は、有罪判決を受けるまでは、無罪として取り扱われる権利(無罪推定の権利、憲法31条、国際人権自由権規約10条2項a、14条2項)との関係で、極めて問題ある取り扱いである。特に②に関し、日本も批准している国際人権自由権規約に基づいて設置された規約人権委員会が2007年(平成19年)に採択した一般的意見32は、「疑わしきは被告人の利益にとの原則が適用されることを確保し、刑事上の犯罪行為の嫌疑を受けている者が本原則に従って取り扱われることを要求している」とし、「危険な犯罪者であることを示唆するかたちで出廷させられたりしてはいけない」と述べている。

2 日本弁護士連合会は、2019年(令和元年)10月15日、「刑事公判を担当する裁判官は、被疑者又は被告人について、個別・具体的根拠に基づき逃走、自傷、他害又は器物損壊の行為を行う現実的なおそれがあると認められる例外的な事情のない限り、入廷前の開錠及び退廷後の施錠を原則とし、被疑者又は被告人の手錠及び腰縄姿が、傍聴人や裁判官を含めた訴訟関係人をはじめ、誰の目にもさらされないようにするべきである」とする意見書を発出した。その中では、被疑者・被告人が手錠・腰縄姿で入出廷をさせられる現在の運用は、前述の個人の尊厳、無罪推定の権利との関係で問題があり、かつ、国連の被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)にも反し、国際的に見ても極めて異例な取り扱いであることを明らかにしている。

3 しかるに、この手錠・腰縄問題に関し、弁護人からの事前の要請にも拘わらず、勾留理由開示公判期日において手錠・腰縄姿で入出廷をさせられたことについて、被疑者が自身の尊厳や無罪推定の権利を侵害されたとして国家賠償請求訴訟を提起した事件において、最高裁判所は、2024年(令和6年)5月24日、上告棄却・上告不受理決定を行い、原審である広島高等裁判所の判断を理由を示すことなく是認した。なお、広島高等裁判所判決は、「一般に、手錠腰縄を装着した姿を衆目にさらされることにより被疑者の人格的利益が害されるおそれがあること」を認めながらも、「担当裁判官が、逃走防止の観点から本件措置を講じたことにつき、法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、またはその方法が甚だしく不当であるとはいえない」、「逃走可能性についての判断も、当該法廷の状況等を最も的確に知り得る立場にある担当裁判官の広範な裁量にゆだねられる」と判示し、被疑者側が「指摘する法令、判例、国際ルール等も、本件期日の勾留理由開示手続の開始前において、控訴人が主張する措置を法的措置として執るべきことを一義的に求めるものとは解され」ないとも判示していた。

しかしながら、このように刑事法廷内での手錠・腰縄使用について裁判官の広範な裁量に委ねられるべきである旨の判断は、前述の個人の尊厳、無罪推定の権利、とりわけ一般的意見32に反するものであり、国連の被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)にも反する我が国の異例な取扱いを是認するものであって、極めて不当である。

4 日本弁護士連合会は、2024年(令和6年)10月に開催された第66回人権擁護大会において、「刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議」を満場一致で採択した。そこでは、裁判官に対し、「刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法第287条第1項ただし書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しない」等の措置を早急に講じるよう求めるとともに、弁護士・弁護士会としても、「今後も手錠・腰縄問題を始め、被告人等の人権保障に資する弁護活動に努める決意を表明」したところである。

5 わが国の刑事法廷内における手錠・腰縄の使用は、長年にわたって憲法や国際準則をないがしろにした慣行が重ねられてきた重大な問題である。当会としても、上記最高裁判決や人権擁護大会決議を契機として、手錠・腰縄問題の改善に全会員をあげていっそう取り組みを強めていく所存であるが、裁判所及び拘置所をはじめとする関係諸機関においても、弁護士会や個々の事件の弁護人とも協議のうえ、上記国際法に従って、被疑者又は被告人の尊厳と無罪推定の権利に十分配慮した措置を早急に採るよう求める。

以上」



大阪地裁令和元年5月27日判決(大須賀寛之裁判長)は、以下のとおり判示し、手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待について人格的利益として法的な保護に値するとしました。

「現在の社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された被告人の姿は、罪人、有罪であるとの印象を与えるおそれがないとはいえないものであって、手錠等を施されること自体、通常人の感覚として極めて不名誉なものと感じることは、十分に理解されるところである。また、上記のような手錠等についての社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された姿を公衆の前にさらされた者は、自尊心を著しく傷つけられ、耐え難い屈辱感と精神的苦痛を受けることになることも想像に難くない。これらのことに加えて確定判決を経ていない被告人は無罪の推定を受ける地位にあることをにもかんがみると、個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し、個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法一三条の趣旨に照らし、身柄拘束を受けている被告人は、上記のとおりみだりに容ぼうや姿態を撮影されない権利を有しているというにとどまらず、手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており、かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値するものと解することが相当である。」「原告Xに関する刑事事件については、判決宣告期日を含む四回にわたる公判期日のいずれについても、弁護人から手錠等を施された被告人の姿を入退廷に際して裁判官や傍聴人から見られないようにする措置を講じられたい旨の申入書が提出され、各公判期日においても、弁護人から同旨の申立てがされたにもかかわらず、担当裁判官は、いずれの申立てについても、具体的な方法について弁護人と協議をすることもなく、また理由も示さないまま特段の措置をとらない旨の判断をし、手錠等を施された状態のまま原告Xを入廷させ、また手錠等を使用させた後に退廷させたものである。これらのことからすると、本件裁判官らの執った措置は被告人の正当な利益に対する配慮を欠くものであったというほかなく、相当なものではなかったといわざるを得ない。」


ところが、その後も何らの措置をとらない裁判所が多く、人権違反の状態が続きました。さらに、勾留されている被告人等が手錠・腰縄を付けられた状態のまま公判廷で入退廷させられたことの違憲性・違法性を求めて提起された国家賠償請求を、広島地裁判決、広島高裁判決は退け、その上告審で、最高裁第二小法廷は、令和6年5月24日、上告棄却・上告不受理を決定しました。

裁判所による人権侵害を裁判所が容認するという異常な事態は改められるべきでしょう。


谷直樹

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by medical-law | 2025-03-30 07:29