弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

佐賀弁護士会「刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める会長声明」

佐賀弁護士会は、2025年5月1日、「刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める会長声明」を発表しました。

「勾留されている被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)が、手錠・腰縄をされた姿で刑事法廷内に入ってくる。その姿を目にしたら、あなたはどう思うだろうか。もし、あなた自身が被告人等であったら、どう感じるだろうか。近畿弁護士会連合会が2017年に行ったアンケートでは、刑事法廷内で手錠・腰縄を使用されることについて、6割以上の被告人等が「罪人であると思われていると感じた」、半数近くの被告人等が「恥ずかしかった」と回答した。一方、被告人等の手錠・腰縄姿を見た傍聴人の感想としては、4分の1近くが、「罰せられているように感じた」、「罪を犯したのだから当然/仕方がないと思った」であった。
このように、刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄を使用することは、被告人等の自尊心を傷つけ、羞恥心を抱かせるだけでなく、周囲に「この被告人は有罪である」との印象を与えるものであり、被告人等の人格権や無罪推定の権利を侵害する著しい人権侵害行為である。
それにもかかわらず、被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、私たち弁護士にとっても「日常」の光景になってしまっていた。この「日常」に疑問を投げかける事件が、2014年に大阪で発生した。ある被告人が、自らの自尊心や無罪推定の権利等の確保を理由として手錠・腰縄姿で入退廷することを拒否し、担当弁護人も入廷前に手錠・腰縄を解錠し、法廷から退出した後に施錠する措置を施すよう申入れを行ったが、裁判所がこれを認めなかったため弁護人も出廷を拒否した結果、裁判所が弁護人に対して過料3万円の決定を出したという事件である。
この事件を一つの契機にして、2018年、日本弁護士連合会は手錠・腰縄問題プロジェクトチームを立ち上げ、2019年10月15日付け「刑事法廷内における入退廷時に被疑者又は被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める意見書」を公表した。また、大阪地裁2019年5月27日判決は、刑事法廷内における入退廷時の手錠・腰縄使用の人権侵害性を指摘した。同判決後、手錠・腰縄を使用しないよう弁護人が裁判所に申し入れると、パーティションで被告人等を隠して手錠・腰縄の解錠・施錠を行うという運用の改善も一部見られたが、現在では申入れを行っても何らの措置も採られないことが常態化している。
しかも、勾留されている被告人等が手錠・腰縄を付けられた状態のまま公判廷で入退廷させられたことの違憲性・違法性を問題にした国家賠償請求訴訟では、下級審において一度も違憲性、違法性及び損害賠償請求が認められることがないまま、2024年5月24日、最高裁第二小法廷は上告棄却・上告不受理決定を出した。
しかしながら、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄使用は、明らかに憲法及び国際人権法等に違反するものである。
すなわち、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄使用は、憲法第13条が保障する個人の尊厳・人格権を侵害するのみならず、品位を傷つける取扱い等を禁止する自由権規約第7条、第10条第1項及び拷問等禁止条約第16条第1項に違反しているとともに、憲法第31条及び自由権規約第10条第2項(a)、第14条第2項が定める無罪推定の権利を侵害している。
また、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利及び公平・公正な裁判を受ける権利をも侵害しているものであるから、憲法第31条以下、第37条及び自由権規約第14条第1項にも違反している。
さらには、国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)にも違反している。
そもそも、裁判官は、良心に従って独立してその職権を行い、憲法及び法律のみに拘束され(憲法第76条第3項)、憲法尊重擁護義務(憲法第99条)を負っている。したがって、上記で列挙した被告人等の基本的人権が侵害されないよう、適切に法廷警察権を行使しなければならない。しかしながら、裁判官は、漫然と一律に入退廷時の被告人等に対して手錠・腰縄を使用して、被告人等の基本的人権を侵害している。
以上からして、当会は、裁判官及び国に対し、上記の被告人等の基本的人権が最大限保障され、被告人等が危険な犯罪者であることを示唆するような方法で入退廷させられることがないよう(自由権規約委員会一般的意見32参照)、以下の措置を早急に講じることを求める。

1 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、法廷警察権を適切に行使して、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法第287条第1項ただし書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
2 国は、刑事訴訟法第287条第1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に第287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
3 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)や暴行及び逃亡防止のための物的・人的整備を講じること。

当会は、私たち弁護士・弁護士会も、これまで刑事法廷内における手錠・腰縄問題に対して十分に自覚的ではなかったことを深く反省し、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄が使用されることがないよう、上記のとおり、裁判官の適切な法廷警察権の行使、新たな立法及び必要な物的・人的整備を求めるとともに、今後も手錠・腰縄問題を始め、被告人等の人権保障に資する弁護活動に努める決意を表明する次第である。


谷直樹

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by medical-law | 2025-05-02 14:56 | 弁護士会