弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

院内調査報告「喀血(吐血)後気管支鏡検査の後死亡した事例」

兵庫県内にある私的病院の院内調査報告書の1つに「喀血(吐血)後気管支鏡検査の後死亡した事例」があり、公表されています。
事例の概要、事例検証、総括、および再発防止策の提案が示されています。
なお、これは私が担当した事例ではありません。


「2.事例の概要等

(1) 患者様の年齢・性別

80 歳代前半男性

(2) 事例概要

本事例は、COPD(肺気腫)に合併した誤嚥性肺炎で入院した 80 代男性が、肺炎治療中にたこつぼ心筋症、脳梗塞、コロナ感染を発症し、その後、気道出血疑いの症状が現れ、出血源の精査のために気管支鏡検査を実施したものである。検査後、呼吸不全を引き起こし、半日の経過で死亡に至った。

【臨床経過概要】
患者は COPD(肺気腫)、下肢 ASO、陳旧性肺結核があり、誤嚥性肺炎で入院歴あり。2023年 9 月 19 日に呼吸苦で救急搬送され、誤嚥性肺炎と診断され入院。治療を続ける中、9 月26 日に失語症と脳梗塞を発症。同時に心不全が疑われ、たこつぼ心筋症と診断された。脳梗塞、たこつぼ心筋症の治療のため一般病棟から HCU へ転棟。9 月 27 日に新型コロナ陽性となり、酸素投与や新型コロナウィルスに対する薬剤投与を実施。10 月 5 日酸素 2L 投与にて Spo2:95%以上保たれていた為、病院の判断で HCU から一般病棟へ転室し隔離や酸素投与を継続していた。
10 月 6 日に喀血が発生。喀血後の経過は以下。
19:08 喀血後、吸引で血性の痰を回収。SpO2 は一時的に回復するが、その後再発。呼吸状態が悪化し、酸素流量を増加。
21:00 出血元精査のため気管支鏡検査を実施する(1 時間)も視界不良で中止。造影 CT 検査を実施し、患者を HCU へ移動。造影 CT 検査の結果、明らかな出血元は認められず。
22:50 HCU に入室後、酸素化が悪化。酸素流量を 12L に増量するも、呼吸状態が悪化。
23:28 ご家族への病状説明及び患者本人の家族と面会したいとの強い要望があったため、テレビ電話にて本人と家族が面談。本人の希望で人工呼吸器装着をしない旨の意思を確認。
10 月 7 日
1:00 酸素流量を 4L に減量し、呼吸困難が増強。意識レベルが低下し、PEA(無脈性電気活動)と判断。
1:57 心停止を確認。
2:25 家族が立ち会いのもと死亡確認。

(3) 関係機関への報告

本事例については、提供した医療に起因し、予期されない死亡の可能性があることから、医療法に基づく医療事故調査制度の対象事案として、医療事故調査・支援センターに報告を行った。

3.事例検証

(1) 患者様の死因について

本事例は、COPD(肺気腫)に合併した誤嚥性肺炎で入院した 80 代男性の肺炎治療中にたこつば心筋症、脳梗塞、コロナ感染を発症し、気道出血疑いの出血後に呼吸不全をきたし、半日の経過で死亡した事例である。急激な呼吸不全に至った原因としては、もともとのCOPDによる呼吸予備能低下に加え、上気道もしくは消化管からの出血を誤嚥し、呼吸状態が急速に悪化したことが主因と考えられた。懸案となった気管支鏡に関してはご本人へのご負担になったのは間違いないが、主死因ではないと判断した。また出血の誘因として脳梗塞治療薬の影響が考えられた。

(2) 臨床経過に関する医学的検証

①初期対応が適切であったか

患者の口腔内から出血を確認した際、当直中であった医師 A に看護師はコールし、医師 Aはすぐに病棟に駆けつけている。その後、出血源を確認するために検査を検討したことについては適切であったと考える。

②診断法・検査に関する判断が適切であったか

喀血の疑いがある患者に対して、低侵襲な CT 検査を行わず、高侵襲な気管支鏡検査が最初に実施された。気管支鏡検査は通常、喀血の診断において初めに行うべき手技ではなく、まず CT による評価が推奨されている。また、気管支鏡検査には患者への負担が大きく、特に止血手技が難しいとされている。本患者は COPD を患っており、呼吸予備能が低いため、適切な鎮静や準備が必要であったが、予期しない事態に備える準備は不足していた。
気管支鏡検査の目的は出血源の確認であり、出血源が気道か消化管かを特定することが優先されたが、気管支鏡検査を行うこと自体が禁忌ではない。しかし、侵襲度を考慮すれば、CT 検査を先行させるべきであった。当院には喀血に対応する専門医が少なく、対応マニュアルも整備されていなかったため、医師 A が単独で治療方針を決定した。これにより混乱が生じ、外科チーム内の連携不足も問題となった。最終的に医師 B(病院長)の指示で気管支鏡検査は中止され、CT 検査が行われた。
結論として、気管支鏡検査を最初に実施する判断は適切ではなかったと考える。

③行った医療行為と死亡との関連性

気管支鏡検査は約 1 時間を要し、準備不足や術者の経験不足が示唆される。検査中に気管や気管支の観察は行われず、鎮静や検査時間が呼吸・循環動態に影響した可能性がある。また、急変後に上級医への相談や患者・家族への十分な説明が行われなかった点も問題である。
ただし、患者は高齢で既往症があり、急変や転院搬送の難しさを考慮すると、非侵襲的検査(CT)を優先しても救命は難しかったと考えられる。また、内視鏡後の CT で誤嚥性肺炎は確認されず、検査中の循環呼吸動態にも問題はなかったため、気管支鏡検査が死亡の主因ではないと考える。

④病状説明について

担当医 A は気管支鏡検査に関して患者の口頭同意を得たと回答しているが、その記録は確認できない。また、急変後に検査まで約 1 時間の時間があり、ご家族への説明が行われなかった点も問題である。患者は肺炎治療中に新型コロナ感染や心筋症、脳梗塞を発症しており、病状が不安定であったが、急変時の対応について家族への説明が不足していた。
医師 A は DNAR について患者の口頭同意を得たと主張しているが、その記録がなく、急変時の治療選択に混乱が生じた。ただし、DNAR は心肺停止時の蘇生拒否を意味し、喀血などの病態において治療をしないことを示すものではない。この点については院内で再教育が必要である。

4.総括

本事例は、COPD(肺気腫)に合併した 80 代男性の、誤嚥性肺炎治療中にたこつば心筋症、脳梗塞、コロナ感染を発症した患者が、喀血を疑う症状を発生し、気管支鏡施行後に急変した事例である。一般的に非侵襲的検査から優先に行うべきところを、侵襲度の高い気管支鏡検査を選択し、結果的にもともとのCOPDによる呼吸予備能低下に加え、上気道もしくは消化管からの出血を誤嚥し、呼吸状態が急速に悪化したことで死亡したと考えられる。
気管支鏡検査を実施したことが直接的な死因とは考えにくいが、侵襲度の高い検査を選択したことが、患者へ負担を与え、呼吸・循環動態に影響した可能性は否定できない。また、状態の悪い患者に対する治療方針や連携体制、コミュニケーションの問題が指摘されており、以下における再発防止策が求められる。

5.再発防止策の提言

(1)喀血患者の治療プロトコールの作成

喀血疑いの患者に対して専門医のいない体制で行われた気管支鏡検査が患者に負担を強いた。喀血症例への治療プロトコールを作成し、検査や治療選択、転院基準を明確にする。

(2)医師間の連携体

急変時において主治医の連携が不足していた。緊急時の連絡相談手順を明確化し、判断が難しい場合には周辺スタッフからの連絡を可能にする。

(3)DNAR 取得方法とその理解

DNAR の取得方法や記録が不十分であり、家族との話し合いが行われなかった。DNAR の
手順を作成し、研修を通じて理解を深める。また、DNAR は蘇生拒否であり、治療を行わ
ないことを意味しない点を教育する。

(4)医師とその他職種の情報共有と連携

医師と看護師の意思疎通に問題があり、多職種間の連携強化が必要。チーム医療のトレーニ
ングやノンテクニカルスキルによる研修を実施し、改善を図る。

(5)医師の技術評価について

経験の浅い医師による気管支鏡検査が問題視された。技術評価を行い、各医師の実施可能な医療行為を明確にする。
以上、本事例については、医療過誤には該当しないと判断したものの、その重要性と再発防止の必要性を考慮し、公表させていただきました。
患者遺族様には、今回の経緯に至ったことについて改めてお詫び申し上げるとともに、上記調査報告書で示された提言を真摯に受け止め、再発防止に職員一丸となって取り組む所存です。
以 上」




谷直樹

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by medical-law | 2025-05-08 09:51 | 医療事故・医療裁判