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大学病院が関節リウマチの治療中、免疫抑制剤等によりB型肝炎ウイルスが 再活性化し、肝不全から死亡に至った事例を公表

大学病院が関節リウマチの治療中、免疫抑制剤等によりB型肝炎ウイルスが 再活性化し、肝不全から死亡に至った事例を公表しました。

名古屋大学医学部附属病院のサイトに「名古屋大学医学部附属病院(以下「当院」という。)において、2008年8月から2021年4月にかけてB型肝炎ウイルス(HBV)既往感染者の患者さんに対し関節リウマチの治療を行っていたところ、2021年5月に患者さんのHBVが再活性化し、肝不全を発症、亡くなられた事例が発生しました。本事例について、当院の診療行為が不適切であったと考え、2025年5月8日に患者ご遺族に対し説明を行い、併せて謝罪と共に賠償の約束をいたしました。このたび、ご遺族のご許可をいただきましたので、調査報告書の概要を示し、本事例の経緯等について皆様にご報告申し上げます。」と掲載されています。

関節リウマチの治療中,免疫抑制剤等によりB 型肝炎ウイルスが再活性化し,肝不全から死亡に至った事例

「4.総括」に次のとおり書かれています。

「本事例は,関節リウマチの治療中に HBV が再活性化し,重篤な肝不全にて死亡に至ったものである。

患者は,2009 年 4 月から HBV-DNA 量,及び肝機能の異変を認めていたが,担当医師らはその原因を薬剤による肝障害あるいは脂肪肝等と捉え,HBV 再活性化への対処を開始しないまま,約 12 年の看過を許した。本患者に HBV 既往感染患者としての適切なモニタリングがなされ,早期からの異常の把握と,適切な治療が行われれば,死亡を回避することができたと考える。

2009 年 4 月以降,患者の HBV-DNA 量が 0 値から変動を示し,基準値を超える値となった際に,また,肝機能が基準値を超えた際に,消化器内科への相談など,特段の対応がなされなかったことは適切ではない。
さらに,2016 年 7 月,患者が発熱で予約外受診をした後,定期外来予約時に HBV-DNA 定量検査がオーダーされなかったこと,その後も継続して HBV-DNA 定量検査が行われなかったこと,2016 年 8 月以降の肝機能(AST/ALT)の変動への対応,2019 年 11 月の乳がん治療のための入院時も,HBV-DNA 量の定期的な確認が行われなかったことは適切ではない。また,2021 年 4 月,患者の肝機能異常に対し,十分な原因精査,鑑別診断が行われないまま免疫抑制剤が急激に減量されたことは適切とは言えない。
さらに,2021 年 5 月,Z 病院の医師団が検査項目を誤認し,HBV 再活性化の診断に 10 日以上を要したことは標準的とは言えない。また,2019 年 9 月,院内で HBV 再活性化のリスクについての注意喚起が行われた際に,リウマチ診療に関係する医師団に十分伝達できていなかったことは適切とは言えない。

また,2008 年当初に行われた患者への HBV 既往感染に関する説明,及びその記載は改善の余地がある。
2019 年 11 月,乳がん治療のための入院時に,関係した医療者らが患者の HBV-DNA定量検査が中断されていることに気が付かなかったことは,標準からの逸脱とまでは言えないが,改善の余地がある。
さらに,HBV 再活性化のリスクについて多職種連携によるセーフティネットが構築されていなかったこと,電子カルテ上で,HBV 既往感染の有無を知らせるシステムや,モニタリング項目の採血未実施を警告するシステムなどが構築されていなかったことは標準から逸脱したものではないが,改善の余地がある。

これらの背景には,担当した医療者が HBV 既往感染者の初期管理において,正確な知識に基づく極細かな対応ができていなかったこと,やがて HBV 既往感染者情報を失念したこと,診療科内における当該リスクに対する認識の乏しさ,Z病院における電子カルテの視認性の問題が指摘された。
また,名大病院では HBV 再活性化のスクリーニングは化学療法(抗がん剤)を行う患者を主たる対象としており,その他の薬剤については時宜をみながら段階的に導入する方針としていたこと,電子カルテシステム上での未然防止対策について国内のばらつきが大きく,同院においても対策の優先順位を上げるには至っていなかったことなどが挙げられた。」

「5.再発防止策の提言」に次のとおり書かれています。

「【名大病院に対する再発防止策】

(1) HBV 既往感染者の管理における正確な知識の共有と適切な教育HBV 既往感染者に対し,添付文書上 HBV 再活性化について注意喚起のある薬剤(抗リウマチ剤,生物学的製剤,免疫抑制剤等も含めて)を使用する際の注意点において,正確な知識
の共有が求められる。
特に,

① ガイドラインに沿って HBV-DNA 定量検査を定期的に行い,HBV 再活性化の早期発見に努めること
② 肝機能が基準値を超えてからでは遅く,HBV-DNA 量が 0 値から変動を示した際に消化器内科など,専門科への相談が必要となること
③ 肝機能が上昇した際に,薬剤性肝障害などを疑い,投与中の免疫抑制剤を急激に減量した場合,肝炎の増悪を来すことがあるため,十分な原因精査,鑑別診断を行ったうえでの対応が必要となること
④ 添付文書上 HBV 再活性化について注意喚起のある薬剤は多くの診療科で使用する可能性があるため,上記の注意事項は薬物療法に関わるすべての医療者が熟知しておく必要があること

等について,関係する医療者に周知・伝達することが求められる。

(2) 添付文書上 HBV 再活性化について注意喚起のある薬剤を使用する際の多職種によるスクリーニング体制の構築

名大病院では,化学療法(抗がん剤)中の患者に対しては多職種による HBV 再活性化のスクリーニングを導入していたが,それ以外の免疫抑制剤を使用中の患者については導入できていない。仮に担当医が HBV 既往感染者であることを失念したとしても,多職種によるセーフティネットが働く連携機能の構築が望ましい。
具体的には,以下の対策を推奨する。

① 患者に入院治療が必要となった場合,その入院を担当する医師団は HBV 既往感染,及びその管理状況の確認を行う
② 患者に入院治療が必要となった場合,薬剤師は持参薬鑑別や処方監査時において HBV既往感染,及びその管理状況の確認を行う
③ 外来患者の院外処方に対し,保険薬局薬剤師は HBV 既往感染,及びその管理状況の確認を行う
④ 医療者は,患者に対し,HBV 既往感染であること,その危険性などについて丁寧に説明して,患者と管理上の注意点を十分に共有し,患者自身も HBV 再活性化に注意が払える環境を整える

(3) ヒューマンエラーを事故につなげないための組織的対応

上記(1),(2)は,医療者の注意に依存した対策であるが,できる限り人力に依存しないシステム上の再発防止策を導入することが望ましい。
他施設等で取り入れられている対策を参考に,以下の取り組みを推奨する。

① 免疫抑制剤の使用や化学療法前に,HBV キャリアおよび既往感染者のスクリーニング検査が実施されていないケースに対し,電子カルテ上で警告を発する仕組みを構築する
② HBs 抗原陽性の場合は電子カルテ上で消化器内科への受診勧奨を表示する仕組みを構築する
③ 電子カルテ内に HBV 既往感染者であることを明示する
④ 感染症検査オーダセットを作成し,主治医の検査項目漏れを防止する
⑤ HBV 既往感染者において定期的な HBV-DNA 定量検査が実施されていないケースに対し,電子カルテ上で警告を発する仕組みを構築する
⑥ HBV-DNA 量が0値から変動を示した際に,「1.8 未満,検出あり」「増殖有」など異常と明確に認識できる表記とし,消化器内科への受診勧奨を表示する仕組みを構築する
⑦ 院外処方箋に HBV-DNA 定量検査結果を印字し,患者や保険薬局薬剤師が異常の早期発見を可能とするような体制とする(電子処方箋にも印字する)
⑧ 上記のアラートに対応していないケースを電子カルテ上で抽出できるようにし,第三者部門が管理する仕組みを導入する

名大病院では 2023 年 4 月,HBs 抗原,HBs 抗体,HBc 抗体結果(HBV キャリア,もしくは既往感染の判断材料)を電子カルテ上で表示し,確認できる仕組みを導入した(上記(3)-③)。
また同月,HBs 抗原陽性患者に対し,電子カルテ上で「肝炎受診勧奨アラート」として消化器内科への受診を促すシステム(上記(3)-②)と,添付文書上,HBV 再活性化について注意喚起のある薬剤を処方する際,HBs 抗原,HBc 抗体,HBs 抗体が 365 日以上未検査の患者には検査を促すアラートを発出するシステムを構築した(上記(3)-①)。さらに,HBs 抗原,HBc 抗体,HBs 抗体のいずれかが 1 つでも陽性であり,90 日以上 HBV-DNA 量の測定がされていない患者にアラートを発出するシステムを構築した(上記(3)-⑤)。
2021 年 1 月より HBV-DNA 定量検査結果を院外処方箋に印字する取り組みを開始している。
さらに,2025 年 4 月からは電子処方箋の備考欄にも表示をしている(上記(3)-⑦)。
以上の取り組みは有用と考えられるが,更なる改良の余地があるため早期の手当てを検討されたい。

(4) 患者安全における「重要伝達事項」の伝達精度の向上と浸透

リウマチ科は,患者安全部門からの重要伝達事項を適切に伝達し,定期的に科内での浸透を図る必要がある。

【Z 病院に対する再発防止策】
電子カルテの視認性の改善
HBsAb(HBs 抗体)と HBsAg(HBs 抗原)等,名称が類似した検査項目(特に略語や記号で表記されたもの)における視認性の問題が指摘される。職員への注意喚起,及びシステム上の対策が求められる」



谷直樹

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by medical-law | 2025-05-29 01:17 | 医療事故・医療裁判