最高裁第三小法廷令和7年6月3日 判決 警察庁保有個人情報管理簿一部不開示決定取消等請求事件
裁判官林道晴、同渡辺惠理子、同平木正洋の各補足意見、裁判官宇賀克也の意見があります。
「主 文
1 原判決中、別紙目録記載1から3までの部分に関する部分を破棄する。
2 前項の破棄部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は、上告人の負担とする。
理 由
第1 事案の概要
1 本件は、上告人が、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成28年法律第51号による改正前のもの。以下「情報公開法」という。)に基づき、警察庁長官に対し、行政文書の開示を請求したところ、警察庁の保有する保有個人情報管理簿122通(以下「本件各文書」という。)につき、それぞれの一部を開示し、その余の部分には、情報公開法5条3号又は4号所定の不開示情報(以下「本件各号情報」という。)が記録されているとして、これを不開示とする旨の決定を受けたため、被上告人を相手に、そのうち不開示部分の取消し等を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
⑴ 本件各文書は、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成28年法律第51号による改正前のもの)10条2項1号又は2号に掲げるものに該当するとして個人情報ファイル簿の作成及び公表の対象外とされている個人情報ファイル1件ごとに、同一の様式を用いて、当該ファイルに関する所定の情報を表形式で記録した文書であり、「名称」、「利用に供される事務をつかさどる係の名称」、「利用の目的」、「記録される項目」、「本人として記録される個人の範囲」、「記録される個人情報の収集方法」、「記録される個人情報の経常的提供先」、「保有開始の年月日」、「保存場所」及び「備考」の各欄から成る。
⑵ 警察庁長官は、上告人から、行政文書の開示請求を受け、平成28年7月15日付けで、本件各文書につき、各欄の項目名の部分を開示し、各項目の内容の部分には、本件各号情報が記録されているとして、これを不開示とする旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。
上告人は、平成30年3月、被上告人を相手に、本件決定のうち不開示部分の取消し及び本件各文書中の不開示部分の開示決定の義務付けを求めて本件訴えを提起した。
⑶ 警察庁長官は、上告人ほか1名から、それぞれ行政文書の開示請求を受け、平成30年1月及び令和元年7月、本件各文書のうち30通につき、それぞれの一部を開示する旨の各決定(以下「別件各決定」という。)をした。
⑷ 警察庁長官は、令和4年4月28日付けで、上告人に対し、本件決定を変更し、本件各文書につき、新たに、原判決別紙「本件変更決定による開示部分一覧」の各欄に「○」が付された部分を開示する旨の決定(以下「本件変更決定」という。)をした(以下、本件変更決定によっても開示されなかった部分を「本件不開示部分」という。)。
上告人は、その後、本件訴えのうち本件変更決定により新たに開示された部分に係る部分を取り下げた。
⑸ 本件変更決定又は別件各決定により開示された本件各文書の「備考」欄には、空白であるものや、「取り扱う権限を有する者の範囲」、「電気通信を利用して伝達する場合における注意事項」、「取り扱うことができる場所」、「保存すべき場所」、「関係法令等」、「関連通達」等の複数の小項目が設けられているものがある。また、本件変更決定又は別件各決定によっても開示されていない本件各文書の「備考」欄にも複数の小項目が設けられているものがあることがうかがわれる。
この点について、被上告人は、「備考」欄は、複数の小項目が設けられているものでも、それらが相互に密接な関連性を有しているから、各欄ごとにそれぞれ一体的に本件各号情報該当性について検討すれば足りる旨を主張している。これに対し、上告人は、原審において、被上告人に対し、各欄ごとではなく、各情報ごとにその概要と本件各号情報該当性について主張立証をするよう求めたが、被上告人はこれに応じず、原審も、被上告人に対し、上記主張立証を促すことをしなかった。
第2 上告代理人升味佐江子ほかの上告受理申立て理由第2について
1 原審は、前記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断した上で、本件各文書中別紙目録記載1及び2の部分に本件各号情報が記録されているとした警察庁長官の判断に違法はないとして、本件決定のうち上記部分に関する部分の取消請求を棄却し、別紙目録記載1及び2の部分の開示決定の義務付けを求める訴えを却下すべきものとした。
本件不開示部分に記録された情報の本件各号情報該当性については、本件変更決定時を基準に審理判断すべきであるところ、別紙目録記載1及び2の部分については、本件決定から本件変更決定までに加筆又は変更がされたものである。したがって、上記部分については、加筆又は変更後の情報の本件各号情報該当性について審理判断すべきである。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
開示請求に係る行政文書に情報公開法5条各号所定の情報(以下「不開示情報」という。)が記録されていることを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、当該不開示決定がされた時点において当該行政文書に不開示情報が記録されていたか否かを審理判断すべきものと解される。そして、前記事実関係等によれば、上告人は本件決定のうち本件不開示部分に関する部分の取消しを求めていることが明らかであるから、本件決定がされた時点において本件各文書に本件各号情報が記録されていたか否かを審理判断すべきものである。しかるに、原審は、別紙目録記載1及び2の部分について、本件決定から本件変更決定までに加筆又は変更がされたとした上で、加筆又は変更後の情報の本件各号情報該当性について判断したものであり、この原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨は、この趣旨をいうものとして理由がある。
第3 上告代理人升味佐江子ほかの上告受理申立て理由第3のうち「備考」欄に関する部分及び第4の4⑶について
1 原審は、前記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断した上で、別紙目録記載2及び3の部分に本件各号情報が記録されているとした警察庁長官の判断に違法はないとして、本件決定のうち上記部分に関する部分の取消請求を棄却し、別紙目録記載2及び3の部分の開示決定の義務付けを求める訴えを却下すべきものとした。
小項目が設けられている「備考」欄については、必ずしも全体として一体的に捉える必然性はなく、情報として可分なものも含まれると推測される。しかし、被上告人は、上告人から求められた「備考」欄についての主張立証をしないため、別件各決定によっても開示されていない「備考」欄である別紙目録記載2及び3の部分に、どのような小項目が設けられているか、各小項目の記録が関連しているか、一体的又は可分な関係にあるかなど、その記録内容を裁判手続において特定することは困難である。したがって、上記部分を更に細分化して本件各号情報該当性について検討することはできず、各欄ごとにそれぞれ一体的に検討するのが相当である。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
開示請求に係る行政文書は、不開示情報が記録されている場合を除き開示しなければならず(情報公開法5条)、その一部に不開示情報が記録されている場合であっても、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、当該部分を除いた部分につき開示しなければならないものとされている(同法6条1項)。このように、情報公開法において、開示請求に係る行政文書に記録された情報は原則として公開されるべきものとされていることに照らせば、上記行政文書が表形式のものであるからといって、常に各欄ごとに不開示情報該当性についての判断をすれば足りるということはできない。特に、文書に設けられた「備考」欄には、その性質上、当該文書に記録された主要な情報に付随し又は関連する多様な情報が記録されることが一般的に想定されるところ、前記事実関係等によれば、本件各文書の「備考」欄には、様々な小項目が複数設けられているものがあり、別紙目録記載2及び3の部分にも、複数の小項目が設けられているものがあることがうかがわれるというのである。現に、原審も、別件各決定により、小項目が設けられていることが判明し、その内容も明らかになっている「備考」欄については、必ずしも全体として一体的にに捉える必然性はないとして、これを細分化した部分ごとに本件各号情報該当性についての判断をしている。
これらの事情に照らせば、原審としては、別件各決定によっても開示されていない「備考」欄である別紙目録記載2及び3の部分についても、被上告人に対し、文書ごとに、小項目が設けられているか否か、小項目が設けられている場合に、それでもなお当該「備考」欄について一体的に本件各号情報が記録されているといえるか否か等について明らかにするよう求めた上で、合理的に区切られた範囲ごとに、本件各号情報該当性についての判断をすべきであったということができる。しかるに、原審は、上記の観点から審理を尽くすことなく、上記部分に記録された情報につき、その内容を特定することは困難であるから上記部分を更に細分化することはできないなどとして、それぞれ一体的に本件各号情報該当性についての判断をしたものであり、この原審の判断には、審理不尽の結果、判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。論旨は、この趣旨をいうものとして理由がある。
第4 結論
以上によれば、原判決中、別紙目録記載1から3までの部分に関する部分は破棄を免れない。そして、それぞれ説示したところに従って、別紙目録記載1から3までの部分に記録されている情報の本件各号情報該当性等につき更に審理を尽くさせるため、上記の破棄部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。なお、上告人のその余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
なお、裁判官林道晴、同渡辺惠理子、同平木正洋の各補足意見、裁判官宇賀克也の意見がある。
裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、別件各決定によっても開示されていない「備考」欄である別紙目録記載2及び3の部分についても、裁判所において、被上告人に対し、文書ごとに、小項目が設けられているか否か、小項目が設けられている場合に、それでもなお当該「備考」欄について一体的に本件各号情報が記録されているといえるか否か等について明らかにするように求めた上で、合理的に区切られた範囲ごとに、本件各号情報該当性についての判断をすべきであったのに、原審がこうした観点からの審理を尽くすことなく、上記部分に記録された情報について、その内容を特定することは困難であるから上記部分を更に細分化することはできないなどとして、それぞれ一体的に本件各号情報該当性についての判断をしたことは、破棄は免れないとした多数意見に賛成するものであるが、宇賀裁判官の意見で指摘された事項に関連して、多数意見が基礎としたところを敷衍して述べることとする。
1 宇賀裁判官は、原審をはじめとする下級審の裁判例には、情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟において行政文書の部分開示が問題となった際に、いわゆる情報単位論に基づき、必要以上に部分開示の範囲を狭める傾向が見られ、その弊害が顕著となっているため、本件においても実際上極めて不合理な結果をもたらしていると批判している。宇賀裁判官が指摘されるとおり、情報単位論の考え方に依拠した裁判例の中に、部分開示の範囲を必要以上に狭める結果となっている事案があることは否定できない。しかしながら、多数意見は、情報単位論の考え方自体に必要以上に部分開示の範囲を狭める問題があるとか、それを適用したことが原審の誤りであると指摘しているわけでないことは、その説示の表現や文言から明らかである。あくまでも情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟の審理の在り方を踏まえ、本件では裁判所側からの働きかけが十分ではなかった結果、本件各号情報該当性の判断方法を誤った点が問題であると指摘しているものである。つまり、多数意見は、情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟の審理や裁判所側の釈明の在り方に照らし、原審の審理や判断方法には問題があったとしているのである。そこで、以下、情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟の審理や判断方法について、具体的に検討をしたところを補足的に述べることとしたい。
2⑴ 情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟において、開示請求に係る行政文書(以下「対象文書」という。)に不開示情報が記録されていることについては、一般に被告が主張立証責任を負うものと解され、具体的には、対象文書中の不開示部分に、一般的・類型的にどのような情報が記録されているかを明らかにした上で、当該情報が不開示情報に該当すると判断する理由について、対象文書を実際に見分することができない裁判所や原告にも理解可能な形で、できる限り具体的に主張立証すべきものである。その際には、被告において不開示部分を一定の範囲に区切って、当該範囲ごとに上記のような主張立証をすることになるところ、多数意見が説示するような原則公開という情報公開法の趣旨に照らせば、被告においては、不開示部分をできる限り細かく区切って上記主張立証をすることが求められる。
⑵ 被告の主張立証に対し、原告から、不開示部分をより細分化して主張立証すべきである旨の指摘があった場合等には、裁判所は、情報公開法の上記趣旨等に加え、原告による的確な反論反証が可能であるかといった観点も踏まえ、被告に対し適切に釈明権を行使した上で、合理的な区切り方を見いだしていくことが求められる。対象文書を実際に見分することのできない裁判所において、被告による区切り方の合理性を判断することには相当に困難な面があるが、対象文書の体裁や行政文書としての性質等に加え、不開示情報を定めた情報公開法5条各号の趣旨や不開示部分に記録された情報の一般的・類型的な内容に照らして、被告による区切り方の合理性を客観的に検証していくほかないであろう。したがって、不開示情報該当性の主張立証から離れて、文や文章として社会的に意味を成す範囲がどこまでかの検討を先行させ、しかも、その範囲を過度に広く捉えた上で、その一部に不開示情報が含まれていれば当該範囲の全体を不開示とすることができるといった考え方は、情報公開法の上記趣旨等に照らして採用できないものというべきであり、情報公開制度に関する累次の当審判例も、このような考え方を採用したものではないものと解される。
3⑴ 以上のような情報公開法の趣旨等に照らした積極的な審理運営を通じて、適切に不開示部分が区切られた上で、当該区切られた範囲ごとに不開示情報該当性についての主張立証がされれば、裁判所としては、当該範囲ごとに不開示情報該当性についての判断をすればよい。そして、当該範囲に不開示情報が記録されているとは認められないと判断すれば、当該範囲についての取消請求を認容すべきこととなり、当該範囲に不開示情報が記録されていると判断すれば、当該範囲についての取消請求を棄却すべきこととなるが、この場合において、当該範囲を更に細分化して、独立して開示しても差支えのない字句や記述が含まれていないかを検討する必要はないものと解される。情報単位論も、このような趣旨を含むものであり、この限度においては妥当性を有するものといえる。情報単位論による弊害が生ずるのは、上記2⑵で述べたように、不開示情報該当性の判断において対象文書が過度に広く区切られた場合であると考えることができる。
⑵ 他方で、審理を尽くしても被告による不開示部分の区切り方が合理的であるとは認められない場合の判断の在り方については、以下のように考えることができよう。
まず、不開示情報が記録されていると認められる範囲と記録されているとは認められない範囲とに更に区分できると判断した場合には、前者と後者とを区分した上で、前者について取消請求を棄却し、後者について取消請求を認容すべきことになる。なお、判決の主文において、文書の項目や段落で形式的に範囲を特定して両者を区分することが困難な場合には、被告の主張との対応関係等により不開示情報の内容の実質を概括的に示した上で、その余の範囲に限り請求を認容するといった運用を検討する余地もあるように思われる。
次に、被告が区切った範囲に、不開示情報が記録されていると認められるが、不開示情報に該当しない情報も含まれていると認められ、かつ、両者を特定して区分することができるとはいえない場合には、原則公開という情報公開法の趣旨にも照らし、当該範囲に不開示情報が記録されているとの被告の主張立証が成功していないとして、当該範囲の全体につき取消請求を認容するのが相当であろう。なお、この場合には、判決理由中において、以上のような取消しの理由が示されるため、改めて処分をすべき立場に置かれた処分庁としては、必ずしも当該範囲の全部を開示する義務を負うことにはならず、区切り方を再検討した上で、当該範囲の一部に限って開示決定をすることもできるものと解される。
4 いずれにせよ、本判決も参考にして、不開示決定の取消訴訟における裁判所の釈明を含む審理の在り方や不開示情報該当性の判断方法について、行政文書の部分開示の問題に限らず、各論的に具体的で踏み込んだ議論がされることが期待されるところである。
裁判官渡辺惠理子、同平木正洋は、裁判官林道晴の補足意見に同調する。
裁判官宇賀克也の意見は、次のとおりである。
私は、多数意見の結論に賛同するものであるが、判示第2につき、多数意見の理由について補足的に意見を述べるとともに、判示第3につき、原判決が採用したいわゆる情報単位論の誤りについて私見を述べておきたい。
1 違法判断の基準時について
本件で上告人は、本件決定のうち不開示部分の取消し及び本件各文書の不開示部分の開示決定の義務付け訴訟を提起して、その後、原審において、本件訴えのうち本件変更決定により新たに開示された部分に係る部分を取り下げたのみであり、訴えの変更はしていない。原審も、上告人の取消請求の対象を本件決定のうち本件不開示部分に係る部分と整理しているものと解される。
情報公開制度は、開示決定時点において存在する文書について不開示情報該当性を判断して開示できるものは開示を義務付ける制度であり、その後に、記載の追加・削除があっても、開示決定時点において存在する文書を対象にして不開示情報該当性の判断をすべきである。公文書等の管理に関する法律施行令9条1項4号が、「行政機関情報公開法第4条に規定する開示請求があったもの」については、「行政機関情報公開法第9条各項の決定の日の翌日から起算して1年間」経過するまでは保存期間を延長するものとしているのは、開示・不開示決定の違法性の判断基準時が、開示・不開示決定時点であることを前提としていると解することができる。
行政処分の違法性の判断基準時については、当審は瑕疵の治癒、違法行為の転換が認められるような例外的場合を除き、処分時説を採用している(最高裁昭和29年(オ)第132号同34年7月15日第二小法廷判決・民集13巻7号1062頁等)。瑕疵の治癒や違法行為の転換は、法律による行政の原理の例外を認めるものであるので、きわめて限定的な要件の下でのみ認められるものであって、本件がそのような例外的要件に該当する場合であるとは考えられない。したがって、本件においても、本件決定時が違法判断の基準時となるべきであり、本件変更決定時を違法判断の基準時とした原判決には誤りがあり、この点で論旨には理由がある。なお、本件変更決定は本件決定の一部取消しと位置付け得るので、本件変更決定により本件決定の取消しを求める訴えの利益は失われていない。
2 情報単位論について
論旨は、明示的には情報単位論(独立一体説)が誤りであると主張するものではないが、情報の単位の認定の誤りがあると述べており、欄やその中の小項目ごとではなく、情報ごとにその概要と不開示事由を主張立証するよう被上告人に求めるべきという主張は、実質的にみれば、原判決が採用した情報単位論が誤っているという主張にほかならない。
情報公開法5条3号及び4号が不開示情報としているのは、「おそれ」のある部分のみであり、その不開示情報に当たらない部分は、不開示情報と容易に区分できるときは開示が義務付けられているのである(同法6条1項)。そして、同じ欄や小項目の中に、「おそれ」のある部分とそうでない部分の双方が含まれ、かつ、後者を前者から容易に区分して開示できる場合があることは、当然想定できる。しかし、本件では、別件各決定により開示された文書では、警察庁長官が開示して支障がないとして開示し、上告人も裁判所も実際にその部分を見て開示に支障がない情報であることを確認できているにもかかわらず、欄を独立した一体の情報ととらえ、その一部にでも不開示情報が含まれている可能性があれば全体を不開示にするという情報単位論を原審が採用しており、情報単位論の弊害が顕著に現れている。情報単位論については、すでに、最高裁平成18年(行ヒ)第50号同19年4月17日第三小法廷判決・裁判集民事224号97頁における藤田宙靖裁判官の補足意見、最高裁平成29年(行ヒ)第46号同30年1月19日第二小法廷判決・裁判集民事258号1頁における山本庸之裁判官の意見により厳しく批判されている。最高裁令和2年(行ヒ)第340号同4年5月17日第三小法廷判決・裁判集民事267号53頁における私の補足意見も、実質的には情報単位論の問題を指摘するものである。このように、最高裁判決における個別意見において繰り返し情報単位論の問題が指摘されているにもかかわらず、下級審裁判例においては、原審を含め、情報単位論に基づき、必要以上に部分開示の範囲を狭める傾向がみられ、その弊害が顕著になっているため、改めて、情報単位論が立法者意思とまったく反するのみならず、実際上も、きわめて不合理な結果をもたらすことについて敷衍しておきたい。
⑴ 情報単位論のリーディングケースの検討
情報単位論のリーディングケースとなった最高裁平成8年(行ツ)第210号同13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号530頁(以下「大阪府知事交際費第2次上告審判決」という。)は、当時の大阪府公文書公開等条例10条(「実施機関は、公文書に次に掲げる情報が記録されている部分がある場合において、その部分を容易に、かつ、公文書の公開の請求の趣旨を損なわない程度に分離できるときは、その部分を除いて、当該公文書の公開をしなければならない。」)の解釈について判示したものである。大阪府知事交際費第2次上告審判決は、情報公開法6条2項(「開示請求に係る行政文書に前条第1号の情報(特定の個人を識別することができるものに限る。)が記録されている場合において、当該情報のうち、氏名、生年月日その他の特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは、当該部分を除いた部分は、同号の情報に含まれないものとみなして、前項の規定を適用する。」)を参照している。そして、大阪府知事交際費第2次上告審判決は、個人に関する情報については、同項のような規定が置かれている場合に限り、個人に関する情報の中に含まれる特定の個人を識別することができることとなる記述等以外の部分について、開示が義務付けられる趣旨と解したことは、その補足意見から明らかである。しかし、情報公開法制定前に施行されていた情報公開条例の個人に関する不開示情報に係る規定においては、同法6条2項のような規定を設けているものは皆無であったが、これらの情報公開条例における個人に関する不開示情報の規定は、いずれも、情報公開法6条2項と同趣旨であり、実際にそのように運用されてきた。地方公共団体も、情報単位論のような考え方はまったく採用せず、個人に関する情報のうち、特定の個人を識別することができることとなる部分のみを不開示にし、それ以外の部分は開示が義務付けられるという解釈の下に、情報公開の実務が行われてきたのである。首長交際費に係る開示請求を例にとって説明すれば、「大阪府知事が、平成2年5月17日に、海外勤務することになるAに対して、餞別として2万円を知事交際費から支出した。」という記述のうち、Aの部分は特定の個人を識別することになるが、それ以外の部分を開示してもAが特定されない場合には、Aの部分のみを不開示にするのが、地方公共団体における情報公開の実務であったのであり、そのことは、地方公共団体の側においても自明とされていたのである。情報公開法6条2項は、かかる情報公開条例についての実務を当然視して、それを明確化する確認規定の性格を有し、情報公開条例の実務と異なる創設的規定ではないのである。仮に情報公開法6条2項の規定が設けられなかったとしても、同条1項の解釈運用として、個人に関する情報のうち、氏名、生年月日その他の特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められる部分は、開示義務があるとする解釈運用が行われたものと思われる。
それでは、なぜ、情報公開法が個人に関する情報についてのみ、特別に同法6条2項のような規定を設けたのかというと、同法5条3号から6号まで(平成28年法律第51号により追加された同条1号の2を除く。)は、いずれも、不開示情報の範囲が必要以上に広がらないように、事項的基準と定性的基準を組み合わせているのに対して、同条1号は、プライバシー情報型ではなく、特定個人識別情報型であり、同号イ~ハの例外的開示事由が置かれてはいるものの、「おそれ」という定性的基準が置かれていないからである。例えば、同条4号であれば、「犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ」のある部分のみが不開示情報であり、「おそれ」のない部分を「おそれ」のある部分と容易に区分して除くことができるときは、「おそれ」のない部分の開示義務が生ずることになる。これに対して、同条1号の場合、「個人に関する情報」の中には、特定の個人を識別する部分を除けば、開示により当該個人の権利利益を害さない部分についても、「個人に関する情報」として不開示になると読み得るので、そのような読み方がされることを避け、従前の情報公開条例の実務で行われてきたように、開示しても個人の権利利益を害さない部分まで不開示にする不合理な事態を招かないことを確実にするために、情報公開法6条2項の規定が置かれたにとどまり、それを反対解釈して、同項のような規定が置かれていない
同法5条2号から6号までについて、部分開示の範囲を狭める情報単位論のような解釈を採ることは、最大限の開示を実現するために同法6条2項を設けた立法の趣旨に真っ向から反するものである。
また、大阪府知事交際費第2次上告審判決補足意見では、知事の交際事務に関する情報であって交際の相手方が識別され得るものが記録された公文書の場合、相手方の氏名等の相手方識別部分のみを他の情報と切り離してみれば、それ自体では情報として意味のあるものではなくなると述べられているが、情報公開法6条2項のような特別の部分開示規定を有しない情報公開条例に基づく一連の首長交際費に係る情報公開請求に対して、地方公共団体の実施機関は、相手方の氏名等の相手方識別部分以外の部分を開示してきた結果、同じ交際費の費目(餞別、祝儀、香典等)の下で金額のランキングを設けている例があることが判明し、そのようなランキングを設けることが妥当であるかが議論になり、相当数の地方公共団体においてランキングを廃止するという改革につながった。また、交際費の費目と金額のみの開示であっても、当該費目の個々の交際費の額が世間相場に比して高すぎないかをチェックすることも可能になるし、交際費の支出時期のみの開示であっても、選挙間近の時期に交際費の支出の回数が多くなる傾向があれば、実質的に選挙対策ではないかという観点からチェックすることも可能になる。実際、首長交際費に係る情報公開請求に対し、地方公共団体が特定の個人を識別する部分以外は開示してきたことにより、首長交際費の在り方についての議論が活性化し、一般住民は容易に知り得なかった首長交際費の執行状況について、各地方公共団体がウェブサイトで公表することが当然のように行われるようになったし、首長交際費を公費で賄うことは問題であるとして、首長交際費を廃止した地方公共団体もある。このように、大阪府知事交際費第2次上告審判決がいう「独立した一体的な情報」をさらに細分化して、開示可能な部分を開示することには大きな意義が認められるのである。
本件で問題になった情報公開法5条3号及び4号について述べれば、本来、どの部分を開示すれば、開示による支障が生ずる「おそれ」があるか否かを判断すべきであるのに、全体として一つのまとまりを持った情報の単位は何かを行政機関の長が判断して、その中に開示すると支障が生ずる部分がわずかでもあれば、当該単位の全体を不開示にすることができるなどという解釈は、開示による支障がない部分については最大限の開示を実現するという情報公開法の精神に反するものである。
⑵ 情報単位論を採用した結果もたらされる弊害
情報単位論を採用しても、その単位を「おそれ」の範囲と一致させる運用がとられるのであれば、実際上、情報単位論の弊害は生じないのではないかという考え方もあり得ないわけではない。しかし、実際の裁判例をみると、そのような楽観的な意見に与することはできないことが明らかになっている。すなわち、情報単位論を採用した下級審裁判例をみると、行政文書に設けられた欄や項目単位で不開示情報該当性を判断する傾向が顕著であり、その結果、本来部分開示が可能な部分も開示されない事態が生じている。本件においても、警察庁長官が、別件各決定において、情報単位論によらずに、開示しても支障がないとして開示し、すでに開示請求者も裁判所も、その内容を確認している部分についてすら、1審判決が情報単位論を採ったため、被上告人は原審で、情報単位論に従い、すでに開示した部分まで不開示情報に当たると主張しており、情報単位論の弊害が顕著である。例えば、本件各文書のうち乙第27号証の85~100について、警察庁長官は、備考欄のすべてを開示しており、その小項目は、「1 取り扱う権限を有する者の範囲」、「2電気通信を利用して伝達する場合における注意事項」、「3 取り扱うことができる場所」、「4 保存すべき場所」、「5 その他」であり、警察庁長官が、このような情報を開示しても、問題はないと判断したのである。しかし、情報単位論によれば、このような内容の備考欄に、さらに不開示情報に該当する内容が「6」として付加されていれば、警察庁長官自体が開示しても支障がないと判断している上記「1」から「5」までも全体として不開示にできることになってしまう。乙第27号証の48~66については、備考欄のうち別件各決定で不開示とされたのは、「4 保存すべき場所」を示す記述のみであり、「1 取り扱う権限を有する者の範囲」、「2 電気通信を利用して伝達する場合における注意事項」、「3 取り扱うことができる場所」、「5 その他」の部分は開示されている。ところが、情報単位論によれば、「4 保存すべき場所」を示す記述が不開示情報に該当すれば、警察庁長官が開示しても支障がないとしてすでに別件各決定で開示し、開示請求者も裁判所も、実際に開示された文書を見てそのことを確認できるにもかかわらず、全体を不開示にできることになってしまい、その不合理さは誰の目にも明らかであろう。このような解釈が一般の常識からも著しく乖離し、行政文書を国民共有の財産と位置付け、開示しても支障がない部分は最大限開示するという情報公開法の趣旨に悖ることは多言を要しないであろう。
なお、原審で被上告人は、情報単位論を前提としたため、別件各決定における開示は、任意開示であるという説明をせざるを得なかったが、不開示情報に当たる場合は、開示が禁止されるのが原則であり、その例外は、情報公開法7条の公益上の裁量的開示として行われる場合に限られる。しかし、同条の公益的裁量開示は、開示が禁止されている情報について高度の政策的判断から開示する規定であり、きわめて例外的な場合にのみ用いられることを想定したものである。別件各決定により開示された内容を見れば、これを同条の公益上の裁量的開示とみることには無理がある。原審で被上告人がこのように無理な主張をせざるを得なくなった原因は、1審判決が情報単位論を採用したことにあり、本件では、情報単位論の弊害が顕著である。
欄や小項目単位で不開示情報該当性を判断する情報単位論がいかに不合理かは、欄や小項目の設け方は、行政文書を作成する者が操作できることを考えれば明らかである。裁判所が欄や小項目単位で不開示情報該当性を判断する立場をとり、一つの欄や小項目の中に開示しても支障がない部分を容易に区分できる場合であっても、全体を不開示にできるとしてしまえば、できる限り行政文書を不開示にしたい行政機関は、欄や小項目をできる限り用いない行政文書を作成する方法を選ぶことによって、恣意的に、開示できるはずの情報を不開示にすることが可能になってしまう。例えば、ある事業の報告をまとめた行政文書がA4で20枚にわたり、項目として、「1 事業の経緯」(1頁~10頁)、「2 事業の成果」(11頁~20頁)があるのみであり、「1 事業の経緯」、「2 事業の成果」の中で、情報公開法5条6号イに該当する情報はそれぞれ2行しかなく、他の部分はすべて開示してもなんら支障がない場合を想定してみることとする。欄や項目単位で情報単位論をとる原判決の立場では、この場合、不開示情報を判断する単位は、「1 事業の経緯」、「2 事業の成果」となり、それぞれの中に、ごくわずかでも不開示情報が含まれている以上、行政機関の長は、全体を不開示にすることができることになってしまうのである。「1 事業の経緯」、「2 事業の成果」のそれぞれについて、さらに、それらを小項目に分けて記述することがいくらでも可能であっても、いかなる小項目分けをするかは、行政文書作成者の裁量に委ねられているから、原判決のような情報単位論を裁判所がとれば、できる限り小項目分けをしない行政文書を作成し、大括りの項目の中にわずかな不開示情報が含まれるようにすることによって、全体を不開示にすることが可能になる。このように、行政文書作成者の裁量で操作可能な項目や欄の設け方によって、不開示情報の範囲が左右されることは、誰の目にも不合理であることは明らかであろう。
⑶ インカメラ審理ができないことが情報単位論を正当化しないことについて
最高裁平成20年(行フ)第5号同21年1月15日第一小法廷決定・民集63巻1号46頁によれば、情報公開訴訟においては、現行法下ではインカメラ審理ができないとされているが、そのことも、情報単位論を正当化するものではない。情報公開訴訟においてインカメラ審理が認められているアメリカにおいては、インカメラ審理を行うかは裁判所の広範な裁量に委ねられており、これを行うことが義務付けられているわけではない。実際の運用としては、一般的にいって、インカメラ審理を行うのは例外であり、連邦の情報自由法に係る大半の情報公開訴訟は、原告の訴状と被告の宣誓供述書(ヴォーン・インデックスを含む。)に基づき処理される。連邦の情報自由法に係る訴訟で最も頻繁に用いられているのはヴォーン・インデックスである。ヴォーン・インデックスは、(ア)記録のどの箇所に不開示情報が記録されているかについての記述、(イ)それぞれの不開示情報の条項、(ウ)不開示情報に該当する理由、をまとめた文書である。全体で2頁にわたる記録を仮定して例示すると以下のようになる。
「1頁の3行目から4行目にかけて 国家安全保障情報 5U.S.C. §552b)1)連邦政府に対するサイバー攻撃を抑止するために講じている対策が詳細に記載されており、これを開示すれば、対策の盲点を探究されて、有効なサイバー攻撃を行う端緒となり得ることが合理的に予見されるため。
1頁の14行目の最初の3文字目から9文字目にかけて 5U.S.C. §552b)7)(D) 外国からのサイバー攻撃に関する情報を連邦政府に提供する秘密の情報源の氏名が記載されているため、これを開示すれば、秘密の情報源の生命・身体の安全を脅かし、また、今後の協力が得られなくなり、連邦政府にとっての重要な秘密の情報源を失うことが合理的に予見されるため。
2頁の8行目の4文字目から10行目の7文字目まで 5U.S.C. §552b)7)(E)外国からのサイバー攻撃を行う者を捜査するための具体的な手続が記載されているため、これを開示すれば、捜査を潜脱するための方法を考案する端緒となり得ることが合理的に予見されるため。」
このように、連邦の情報自由法では、インカメラ審理により実際に記録を見分することをしないで不開示決定の適法性を判断することが多いが、それを可能にしているのがヴォーン・インデックスである。アメリカの連邦裁判所が、情報公開訴訟において、インカメラ審理の権限を有するにもかかわらず、判例により、ヴォーン・インデックスの提出を求めることができるとした理由は、単に部分開示の適法性についての裁判所の審理の負担を軽減し審理を促進するためのみならず、インカメラ審理による場合は、原告やその代理人は、当該不開示記録については十分な情報を与えられないため、被告の主張に対する反論が困難になり、対審構造を弱めることになるという問題があるからである。したがって、情報公開訴訟においては、ヴォーン・インデックスを提出させることにより、請求者に可能な限り多くの情報を与え、対審構造を維持することが不可欠と考えられているのである。そのためには、不開示記録の内容自体を明らかにしない範囲で、できるだけ詳細なヴォーン・インデックスが提出されることが望ましく、アメリカでは、提出されたヴォーン・インデックスが簡略にすぎると裁判所が判断する場合には、より詳細なヴォーン・インデックスの提出が命じられている。
不開示決定の取消しを請求する情報公開訴訟の大きな特色は、被告は当該行政文書を保有し、その内容を知っているのに対して、原告は、一般的には、当該行政文書を保有しておらず、その内容を知り得ないということである。したがって、アメリカにおいても、不開示情報該当性については、行政機関が立証責任を負うと解されており、ヴォーン・インデックスの提出は、その立証責任を果たすための有効な手段として位置付けられる。裁判所からヴォーン・インデックスの提出を求められたにもかかわらず、十分なヴォーン・インデックスを提出しなかった場合には、被告は立証責任を果たさなかったとして記録の開示を命じられることになる。
アメリカにおいても、ヴォーン・インデックスについては明文の規定があるわけではなく、これは判例で形成されたものである。それでは、わが国において、アメリカと同様に、裁判所は、ヴォーン・インデックスの提出を被告に求めることができるであろうか。情報公開・個人情報保護審査会設置法9条3項は、情報公開・個人情報保護審査会にヴォーン・インデックスを作成して提出するよう諮問庁に求める権限を明示的に付与しているが、情報公開法には明文の規定はない。しかし、それは、当時の民事訴訟法の下でも、裁判所の訴訟指揮権に基づく釈明により、ヴォーン・インデックスの提出を求めることができるから、あえて規定を設ける必要は<ないと考えられたからである。
不開示決定取消訴訟においては、一般的には、原告は、当該行政文書を保有しておらず、その内容を知り得ないのであるから、本件各号情報に係る不開示決定が裁量権の逸脱・濫用であることを立証する手掛かりを得ることはきわめて困難であるのに対して、被告は当該行政文書を保有しており、その内容を知っているのであるから、どの行政文書のどこに不開示情報が記録されており、それがいかなる理由で不開示情報に当たるかを、不開示情報の内容自体を明らかにしない範囲で説明することは容易なはずである。このような情報公開訴訟の特色に鑑みれば、本件各号情報についても、被告が不開示情報該当性の立証責任を負うのは当然である。本件各号情報該当性についての行政機関の長の判断に裁量が認められることから、行政裁量が認められる一般の行政処分の取消訴訟における立証責任についての判例の射程を吟味することなく、情報公開訴訟にも適用すべきではない。このように、本件各号情報についても、被告は、本件各号情報該当性の立証責任を負うので、その立証責任を果たすためにヴォーン・インデックスを提出すべきであり、すでに述べたように、それは、欄や小項目単位ではなく、「おそれ」のある部分を具体的に特定して(〇頁の△行目の◇文字目から□文字目まで等)行う必要がある。情報公開訴訟においては、行政機関の長から、開示請求対象文書における不開示情報が存在する箇所と、該当する不開示情報の条項、当該条項に該当する理由が示されなければ、原告は、それが違法であること(本件各号情報については裁量権の逸脱・濫用があること)を主張する手掛かりすらつかめない。したがって、被告から欄や小項目単位ではなく、開示により支障が生ずる「おそれ」のある部分を具体的に特定して、不開示情報に当たる理由が説明されていない場合には、裁判所は、釈明権を行使して、それを説明させる釈明義務を負うと考えられる。本件においては、上告人が被上告人に対して、各欄・小項目単位ではなく、情報ごとにその概要と具体的な不開示事由の主張立証を求めたところ、原審は、被上告人に対して、これに応ずるか否かを検討するよう求めたが、被上告人がその必要がないと回答すると、それ以上の釈明を求めないという消極的な対応にとどまった。本件各号情報についても、その立証責任は被告が負うのであるから、上記のような消極的対応をすべきではなかったといえる。そして、アメリカにおいて、裁判所が、行政機関が不開示情報該当性の立証責任を負うことを根拠として、明文の規定なしにヴォーン・インデックスの提出を認めているように、わが国においても、行政機関に不開示情報該当性の立証責任を果たさせるため、開示により支障が生ずる「おそれ」のある箇所を特定して、ヴォーン・インデックスの提出を求めることができ、それはインカメラ審理ができなくても可能であるから、インカメラ審理ができないことと、情報単位論を採用する必要性は、何ら論理的に結び付くものではない。
行政機関の長が不開示の理由を詳細に説明すると、不開示情報を事実上開示する結果になることも、情報単位論の採用を正当化するものではない。なぜならば、欄や小項目単位ではなく、開示により支障が生ずる「おそれ」のある部分を具体的に特定することを求めても、当該「おそれ」の理由については、不開示情報の内容自体が明らかになるような理由の提示を求めるわけでは決してなく、ヴォーン・インデックスについての上記の例で示した程度の理由を提示すれば足りるからである。
したがって、インカメラ審理ができないからといって、当該行政文書の欄や小項目という体裁や構成に従って、それらを単位として判断せざるを得ないということにはまったくならない。アメリカにおいて、多くの情報公開訴訟でインカメラ審理を行わずに、欄や小項目の単位ではなく、実際に不開示情報に該当する部分を行の中の文字単位(例えば、3頁7行目の3文字目から8文字目まで)で特定することを裁判所が行政機関に求めていることから明らかなように、わが国においても、インカメラ審理ができないことは、裁判所が欄や小項目の単位で不開示情報を判断せざるを得ないという理由にはなり得ないのである。
(裁判長裁判官 宇賀克也 裁判官 林 道晴 裁判官 渡辺惠理 子 裁判官石兼公博 裁判官 平木正洋)
(別紙)
目 録
1 原判決別紙「本件変更決定による開示部分一覧」記載の文書番号48~53及び55~66の各文書中の各「名称」欄
2 原判決別紙「本件変更決定による開示部分一覧」記載の文書番号67、68、74、75及び77~80の各文書中の各「備考」欄
3 原判決別紙「本件変更決定による開示部分一覧」記載の文書番号1~13、16~35、38~47、54、69~73、76、81、101~113、121及び122の各文書中の各「備考」 」
谷直樹
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