弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

長官・所長会同の今崎幸彦最高裁長官の挨拶

長官・所長会同の今崎幸彦最高裁長官の挨拶は、最高裁の考え方を知るために重要です。

「近年の科学技術の発展を契機とした社会経済の各分野の活動は、まさに日進月歩の速度で進展しており、少子高齢化等の人口動態の変化やこれに伴う社会経済構造の変化も加速度的にその歩みを早めています。このような中、国民の価値観や行動様式の多様化もかつてなく進み、経済活動の在りようも目まぐるしく変わってきており、そこで生起する法的紛争は、多様性や複雑性を増すとともに、意見や利害の対立の激化も伴って解決を一層困難にする傾向があるように思われます。裁判所がこれらを適正かつ迅速に解決する使命を負っていることは、過去もこれからも一貫して変わりませんが、この大きくかつ予測困難な環境の変化の中で、裁判制度が国民から信頼され、法の支配を支える基盤であり続けるためには、裁判所を取り巻く状況や社会の期待を鋭敏に捉えつつ、裁判の本質を絶えず問い直しながら、裁判運営上の諸課題に対応していくことが求められるのはもちろん、そのような裁判運営の維持発展を支える裁判所の組織そのものがこのような変化に十全に対応できるよう、変化への耐性を持ったしなやかな組織であることが重要です。

このような裁判所の役割を着実に実践し、強化するためには、裁判官を含む裁判所職員が、変化に応じて柔軟・機敏に対応できるような環境を作り上げていくことが不可欠です。これまで、各分野の裁判運営の改善に向けた検討が続けられ、担当する事務の経験年数の少ない者や種々の事情を抱える者を含め、無理なく適正な事務を遂行できるよう、必要な支援を検討、実施してきました。今後もそのような取組を継続することが重要ですが、それにとどまらず、私たち裁判所職員自身が多様な視点を持ち、先例や先入観にとらわれずに現実を直視し、経験を重ね、それを持ち寄って、その時どきの最善を目指して力を合わせることが大切です。

その意味でも、様々な課題について、経験や世代の違いを超えた率直な意見交換を重ね、十分な認識共有と建設的な検討を進めるとともに、失敗を恐れることなく、実践とそれに基づく改善を繰り返していく姿勢が重要であり、とりわけ裁判官や幹部職員、そして最高裁をはじめとした上級庁の意識的な対応が不可欠であると考えています。

裁判所における現下の最重要課題の一つであるデジタル化については、現在、ほぼ全ての裁判手続においてシステム開発を進めており、それを支える情報通信インフラの刷新も並行して進めているところです。
裁判手続のデジタル化の目的は、利用者である国民の利便性を向上させ、裁判所の紛争解決機能を全体的に強化することによる、より良い司法サービスの提供にあり、デジタル化を契機とした事務の合理化・効率化も、このような裁判手続の機能の強化に向けた取組であることを改めて確認したいと思います。年初には、民事訴訟手続における e 事件管理システム(RoootS)が全庁に導入されて一つの節目を迎えましたが、そこに至るまでには、計画変更をはじめとした様々な課題が生じ、関係する職員が一体となってそれらの課題に取り組んできたものと承知しています。今後も、訴訟記録の電子化等のいわゆる民事訴訟手続のフェーズ3に対応するシステムのほか、民事非訟手続、家事手続、刑事・少年手続のシステムの開発その他の重要なデジタル化のプロジェクトが続きます。システム開発では大小の紆余曲折が生じることがあるかもしれませんが、そのような場合においても、このような目的の下、職員が協力し、機動的かつ柔軟に対応することによって、デジタル化を着実に実現していくことが大切です。

民事訴訟の分野では、令和8年5月までにはフェーズ3による全面的なデジタル化がスタートする予定であり、いよいよ1年を切りました。民事訴訟手続の全面デジタル化は、先に述べた他の裁判分野に先立つ大きなチャレンジであり、全力で取り組むべき課題です。円滑にフェーズ3を迎えるためには、利用者に対する周知を含め、e 提出・e 記録管理システム(mints)の習熟・定着に向けた準備を行うことが必要不可欠であり、さらには、改正民訴法等を踏まえた具体的な運用について、裁判官が中心となって主体的、積極的に議論を進め、その結果を踏まえて弁護士会等の関係機関とも協議をしていかなければなりません。デジタル化を見据えた審理運営改善については、これまでの議論により、デジタルツールを活用しながら核心を捉えたコンパクトな審理判断を目指すべきことが確認されたところですが、今後は、各裁判官の実践を通じて汎用性のある各種手法を定着させることにより、利用者や裁判官の負担を合理的なものとしつつ、紛争解決機能の向上を目指していくことが重要です。

刑事の分野でも、デジタル化に対応するための刑事訴訟法等を改正する法律が先般成立し、今後、施行に向けて、様々な準備を進めていかなければなりません。他方で、現下の刑事裁判をみると、社会情勢の変化を背景にした事件の内容の変容や、科学技術の進展等による客観的証拠の増加などにより、裁判員裁判をはじめ、刑事裁判全体が複雑化・困難化している状況がうかがわれます。手続を主宰する裁判所としては、迅速な裁判を求める国民の声に的確に応えるため、裁判官同士で議論を深化させていく必要があることはもとより、検察官・弁護人との間でも、個別事件の振り返り等の場を通じて、より質の高い裁判の実現に向けた意見交換を積極的に行い、実践的な取組を着実に進めていくことが期待されます。

家事の分野では、家族法制に関する民法等の一部を改正する法律が昨年5月に成立しました。離婚後に父母双方を親権者と定めることを可能とするなどの親権・監護に関する規律の見直しをはじめとして、養育費、親子交流、財産分与等の離婚に際し問題となる事項について幅広く見直しを図る改正であり、調停運営を含めた裁判実務にも大きな影響を与えると考えられます。来年5月までに施行される改正法の運用について重要な責務を担う家庭裁判所においては、残された期間の中で、調停委員への研修等も含め、引き続き、着実に準備を続けるとともに、期日間隔の短縮に向けた取組やウェブ会議の更なる活用などの調停運営改善の取組を深化させ、改正法施行後の適切な審理運営につなげていくことが必要です。また、家事の分野でも、民事非訟の分野とともに、オンライン申立て、記録の電子化等を内容とするデジタル化を図るための規定の整備を行う改正法の施行に向け、合理的、効率的な事務の在り方について引き続き検討を進めていく必要があります。少年事件についても、非行を取り巻く社会情勢の変化を踏まえつつ、事件の内容や個々の少年の問題に応じた必要な調査・審理の在り方を検討・実践し、適切な運用を行うことが求められています。

裁判所に様々な職責が委ねられ、また、事件も複雑化・困難化していく状況において、裁判所が今後も社会の期待に応えていく基盤となるのは、裁判官を含む裁判所職員が無理なくやりがいを持って職務に傾注できる環境であり、ワークライフバランスや柔軟な働き方の実現に向けた取組は重要です。情報通信技術の進展を踏まえた執務における種々の工夫、合理化・効率化・標準化には大きな意義があり、様々な課題を一つ一つ解決しながら、職員が中核的・核心的な事務に注力する態勢の構築に向けて検討を進めていく必要があります。
司法の果たすべき役割はより一層高まっています。裁判所は、多様化する利用者、さらには国民全体の目線に立ってそのニーズを見極めるとともに、これまで以上に、多角的な視点でその運営を進めていかなければなりません。そのためには、日頃から、形式にとらわれることなく実質を重んじる柔軟で合理的な思考を持って、仕事に取り組んでいくことが大切です。
裁判所が、変化する時代の中にあっても、不変の信頼を国民から得られるよう、裁判所職員一人一人が、国民から負託された裁判所の紛争解決機能を支えているという自覚を持ち、活力を持って日々の職責を果たしていくことを期待して、私の挨拶とします。
以上


谷直樹

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by medical-law | 2025-06-11 12:42 | 司法