裁判官林道晴の補足意見、裁判官岡正晶の補足意見,および裁判官石兼公博の補足意見
私は、多数意見に賛同するものであるが、その憲法適合性判断の趣旨等について補足して意見を述べることとする。
1 被保佐人であることを警備員の欠格事由として定める本件規定は、職業活動の内容・態様に対する規制にとどまらず、狭義における職業選択の自由そのものに
規制を課す強力な制限となっており、しかも、制限の理由が被保佐人の精神上の障害であることから、憲法22条1項の適合性が問題となるものである。一方で、本件規定は、障害者である被保佐人を被保佐人でない者と区別して規制の対象としていることから、憲法14条1項適合性も問題となる。そして、この憲法22条1項適合性と憲法14条1項適合性の判断は、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通するものであることから、憲法の各条項ごとに適合性を判断すること(もちろん、それも可能であるが、)よりも、両方の条項の趣旨を総合した形で検討することが、より事柄の性質に合った判断が可能となると考えられる。
2 多数意見では、本件規定に係る立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱するに至ったという判断において、障害者権利条約の署名(平成19年9月)から批准(平成26年1月)に至る経過を重要な事情として挙げている。そして、障害者権利条約やその批准に向けてされた国内法の制定・改正を通じて、障害者の人権が保障されその尊厳が尊重されるべきとされたことなどから、社会における障害の捉え方が変化したことを指摘している。具体的には、いわば障害者を保護の「客体」とし、福祉や保護を中心としたものであった障害者施策から、むしろ障害者を権利行使の「主体」とし、その法的な権利の保障を充実させる障害者施策を中心としたものへ転換させていった(前者の施策も継続されていくべきであることはいうまでもない。)ことに注目すべきであろう。こうしたパラダイム転換の明示的な契機となり推進力となったのは、障害者権利条約の批准やその批准に向けてされた国内法の整備等の一連の動きであるが、その動きが進むことと並行して、社会や国民の意識もこうしたパラダイム転換が当然のことであると認識し、転換を踏まえた障害者施策が今後も推進されていく(その結果、トータルとしての障害者保護施策が充実したものとなる)べきであるとの意識が時間をかけて浸透し深まっていったものと考えられる。そして、この一連の法的な整備等の動き、それとあいまって進んだ社会・国民の認識・意識の深化によって、本件規定により一律に被保佐人が警備業務から排除されることの不利益が看過し難いと評価されるものとなり、本件規定の規制措置の必要性・合理性についての立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱すると確定的に判断できる状態となっていったというべきである。本件規定の違憲性は、このような時間の経過をたどって高まり確定的なレベルに達したと評価できるものであることから、憲法違反となった時期を一義的に捉えることは困難である。
多数意見が、本件の憲法判断の基準時である本件退職時点において本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたとする一方、それ以前に本件規定が違憲となるに至った具体的な時期を明示していないのは、以上のような理由によるものである。
裁判官岡正晶の補足意見は、次のとおりである。
1 私は多数意見に賛同するものであるが、「第3 本件立法不作為の国家賠償
法上の違法性の有無について」につき、次のとおり多数意見に付加して私見を述べる。
2 多数意見第3の2⑴記載の判断枠組みのうち「法律の規定が憲法の規定に違反することが明白であること」については、国会議員の立法不作為が例外的に違法の評価を受ける場合を画する要件の要素となるものであり、次のような事情をも考慮の上、慎重に判断することが相当と考える。
まず第1に、違法か否かが問題となる行為の主体は、立法府(国会議員)である。いうまでもなく、立法府は、三権分立の一つの機関であり、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。また、立法府がいついかなる立法行為を行うかは、本来、立法府の裁量に属する問題であるのに対し、立法不作為が国家賠償法上違法と評価されるのは、立法府が一定の立法義務を負うことを前提に、これを怠ったと評価される例外的な場合である。
第2に、法律の規定が憲法の規定に違反する場合、本来は、立法府自らが当該法律の規定の改正ないし廃止を行うことによってその是正を図るべきであり、これがとるべき対応の基本であり原則である。国会議員の立法過程における行動について、国が個々の国民に対して国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うのは、上記対応だけでは不十分な場合の例外的な救済措置というべきである。
第3に、国会議員の立法不作為につき国家賠償法に基づく損害賠償責任を認めるということは、国会議員に、個々の国民に対し、特定の法律の改正等を行う法的注意義務が生じていたことを前提として、国庫から損害賠償金(金銭)を支払うことを意味する。そしてこの場合に支払請求をすることができる者は、法律の規制が通常一定の広がりを持つことから、通常、一人ではなく、複数又は多数になる場合が多いと思われ、この点も考慮する必要がある。
3 「法律の規定が憲法の規定に違反する」か否かを判断する際には、当該法律における規制の目的、対象、方法等の性質及び内容、さらには立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱するか否かなどを総合的に考慮することを要し、複雑な判断を伴う場合が多い。「法律の規定が憲法の規定に違反する」という判断・認識は、「憲法の規定との関係が問われる」、「憲法解釈上疑義がある」、「違憲の疑いが濃い」などの認識や、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために法改正が望ましい」といった立法政策上の判断・意見とは大きく異なるというべきである。
また、上記2のとおり、「明白である」ことは、国会議員の立法不作為が例外的に違法の評価を受ける場合を画する要件の要素となるものである。このことからすると、「明白である」か否かの判断においては、基準となる時点において、国会議員の多数が「法律の規定が憲法の規定に違反する」と判断・認識すべきであったといえるか否かが問題とされるべきであって、国会議員の多数が現実にそのように判断・認識していた場合のほか、現実の判断・認識がない場合でも、仮に、当時、国会議員が意識的かつ合理的に検討したならば、容易に、上記の判断・認識に到達していたであろうといえる場合等が含まれると考えられる。ただし、上記2記載の各事情を踏まえると、この点の判断は慎重に行う必要があるというべきである。
4 これを本件についてみると、本件退職時点において、本件規定が憲法の規定(22条1項及び14条1項)に違反することが明白であったとはいえないと考える。その理由としては、多数意見第3の2⑵記載のもののほか、次の事情が挙げられる。
⑴ 私も、多数意見第2のとおり、本件退職時点において、本件規定は憲法の規定に違反していたと判断するものである。
しかし、これは現時点における判断であって、本件退職時点において上記のように判断していたものではない。
上記3記載のとおり、「法律の規定が憲法の規定に違反することが明白であるか否か」の判断においては、基準となる時点において、国会議員の多数が、「法律の規定が憲法の規定に違反する」と判断・認識すべきであったといえるか否かが問題となるところ、本件退職時点で、多数意見第2のように具体的な分析・検討に基づき「本件規定は、立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱しており、憲法の規定に違反している」と判断・認識していた者が、国会議員、学者及び中央省庁(内閣法制局も含む。)の職員等の中にいたことはうかがわれない。
⑵ 成年被後見人等に係る欠格条項に関する立法の経緯を見ると、平成11年時点で、禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする規定は150余存在したところ、平成11年整備法による検討後であっても110余については、成年被後見人等に係る欠格条項として存続させる旨の立法判断がなされた(多数意見第1の3⑴イ参照)。その中には、国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業法など極めて多くの人数・職種を対象とするものがあり、他にも行政書士法、水道法(給水装置工事を適正に施行することができると認められる者の指定)など多種多様な職業を対象とするものがあり、これらに従事する者の人数も多数に及んでいた。
国会は、その後も、新たに、成年被後見人等に係る欠格条項を設けることがあり、成年被後見人等に係る欠格条項を設ける法律の数は増えていった。
国会は、多数意見第1の3⑵、⑶のような経緯を経て、平成28年には成年後見制度の利用の促進に関する法律(利用促進法)を制定するに至り、成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度(成年被後見人等に係る欠格条項)について検討を加え、必要な見直しを行うこととした。そして、この見直しの検討を経て、令和元年に一括整備法等を制定し、本件規定を含む成年被後見人等に係る欠格条項の全て(この時点では170余の法律に設けられていた。)を削除した。国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業法における欠格条項が削除されたのもこの時である。なお、利用促進法制定の後である平成29年6月までの間においても、成年被後見人等に係る欠格条項が設けられた法律があった。
このような成年被後見人等に係る欠格条項に関する立法の経緯からすると、国会議員の多くは、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために望ましい法改正をする」という判断・認識から、利用促進法を制定し、欠格条項の見直しを行ったものであり、成年被後見人等に係る欠格条項が「憲法の規定に違反する」ので直ちに削除等しなければならないという判断・認識には立っていなかったことがうかがわれる。上記3記載のとおり、この両者は大きく異なるものである。前者の判断・認識に至っていたことから、直ちに、後者の「憲法の規定に違反する」との判断・認識に至ることが容易であったという評価をすることはできないし、相当でない。
前述のとおり「憲法の規定に違反する」という判断・認識が複雑な判断を伴うものであること、明白性の判断は慎重に行う必要があることを踏まえると、利用促進法制定時又は本件退職時点において、仮に国会議員が意識的かつ合理的に検討したならば、容易に上記の判断・認識に到達していたであろうというためには、そのような複雑な判断に到達することを可能にするような客観的な契機、事情等が必要であるというべきである。
⑶ 国会以外の状況を見ると、多数意見第3の2⑵イのとおり、本件規定につき、具体的な分析・検討に基づき「本件規定は、立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱しており、憲法の規定に違反している」との判断・認識を発表していた学説は、本件退職時点までにはうかがわれない。記録によれば、平成26年に、成年被後見人等に係る欠格条項を念頭に、欠格条項制度が基本的人権の侵害にもなり得る重大な不利益を本人に与えると問題提起した学説も、その憲法適合性については憲法学の議論を待ちたいという指摘にとどまっていた(これらの指摘・認識は、上記3記載のとおり、「本件規定が憲法の規定に違反する」というものではなかった。)。
また、本件規定の憲法適合性やこれに関連する問題について、当審はもちろん下級審の裁判例もなかった。平成25年東京地裁判決も、選挙権に関するものであって、本件規定のような職業の欠格条項に関するものではなかった。
利用促進法の制定(平成28年4月)、「成年後見制度利用促進基本計画について」等の閣議決定(平成29年3月)に対しても、これにより憲法適合性が回復されたなどという指摘、学説があったことはうかがわれない。
⑷ 上記⑵、⑶記載の諸事情を踏まえると、本件退職時点(平成29年3月)において、国会議員の多数にとって明白であったことは、本件規定を含む欠格事由の見直しは、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために望ましい」という判断・認識であったというべきである。そして、このような判断・認識の下、国会は、現に、利用促進法を制定し、本件規定だけでなく全ての成年被後見人等の権利に係る制限について、必要な見直しに着手し、その後も着実にその検討を進め、令和元年6月には、一括整備法を制定して、本件規定の削除を実現したものである。
そうすると、本件退職時点において、国会議員の多数が「本件規定は憲法の規定に違反している」と現実に判断・認識していたとは認められないのはもとより、本件退職時点において、仮に、国会議員が本件規定の憲法適合性につき意識的かつ合理的に検討したならば、容易に、上記の判断・認識に到達していたであろうといえるだけの客観的な契機、事情等があったことはうかがわれない。
以上述べたことから、本件退職時点において、「本件規定が憲法の規定(22条1項及び14条1項)に違反することが明白であった」とはいえないと考える。
裁判官石兼公博の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、障害者権利条約(以下、本意見において「条約」ともいう。)との関連で若干の補足意見を述べる。
1 平成18年12月に国連総会において採択され、平成20年5月に発効した障害者権利条約は、1条において、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする。」と規定しており、保護の客体としての障害者から自己決定を行う存在としての障害者へと、ある意味での障害者の権利に関わるパラダイムシフトを画するものであった。そして、平成19年9月に条約に署名した我が国も、こうした条約の意義を踏まえ、国際社会と協調しつつ所要の準備を経て、平成26年1月に批准を行った。
平成23年に改正された障害者基本法が1条において「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重され- 25 -
る」としたことは、上記のパラダイムシフトを踏まえたものであると考えることができるし、5条において「第一条に規定する社会の実現は、そのための施策が国際社会における取組と密接な関係を有していることに鑑み、国際的協調の下に図られなければならない。」としたことは、我が国における取組と国際社会における動きとの関係の一端を物語るものということができよう。
2 障害者権利条約によって設置された障害者の権利に関する委員会(以下「委員会」という。)は、その一般的意見によって条約の解釈についての見解を提示してきている。条約12条2項は、「締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。」としているが、委員会は、平成26年の一般的意見第1号において、同項にいう法的能力には、権利所有者(holder of rights)になる能力と、法律の下での行為者(actorunder the law)になる能力の両方が含まれ、個人の意思決定スキル(decision-making skills)である意思能力(mental capacity)とは異なるものであり、法的能力は障害者が社会への意味のある参加を行う上で鍵となるとの見解を示している。また、平等及び無差別について定める条約5条について、委員会は、平成30年の一般的意見第6号において、平等及び無差別は原則であり、権利であるとし、同条は、公的当局によって規制及び保護されるあらゆる分野における法律上又は事実上の差別を禁止しているとの見解を示し、さらに、締約国は、障害者に対する差別を伴う既存の法律、規制、習慣及び慣習が修正又は廃止されることを徹底しなければならない、としている。労働及び雇用について定める条約27条について、委員会は、令和4年の一般的意見第8号において、無差別と平等は同条の中核的義務であるとし、雇用に関するあらゆる場面を通じて適用されるとした上で、事実上の平等を達成するために、締約国は労働及び雇用に関連して障害を理由とする差別がないことを確保しなくてはならないと指摘している。
このほか、委員会は、条約履行状況にかかわる個別締約国の報告に対して総括所見の形で評価、勧告を行ってきており、上述の条約12条に関する一般的意見第1- 26 -
号の延長線上において、障害者が法律の前に人として認められることを否定ないし減殺する一切の法律、政策の撤廃を勧告したり、条約27条に関する一般的意見第8号と同様の見解に基づいて締約国の雇用に関する差別的法制の変更・削除を勧告したりしてきている。
こうした委員会の見解、勧告は法的に締約国を拘束するものではないが、委員会による見解の表明、それに至るまでの締約国と委員会とのやり取り、委員会の指摘事項に対する締約国の対応といった過程を経て、条約の解釈に対する各締約国の考え方が展開してきている側面があることは否定できず、我が国も例外ではないと考えられる。
我が国は、条約作成に当たっては、障害者や障害者団体の協力も得て、その起草段階から参加しており、署名の後は、批准に向けた取組を進める上で、諸外国における法制事情調査も入念に実施している。我が国に対する委員会の総括所見が出されたのは令和4年10月であるが、そこに至るまで、政府報告の提出(平成28年6月)、これを踏まえた委員会からの質問への回答提出(令和4年5月)、ジュネーブにおける委員会との間の建設的対話の実施(同年8月)、といった一連のプロセスを跡付けることができる。
3 平成23年の障害者基本法改正が、障害者権利条約で明確にされた障害者に関わる新たな人権像を基本理念として反映したものであることは、上述したところであるが、平成25年に制定された障害者差別解消法も、こうした基本理念を踏まえ、7条、8条において、行政機関等及び事業者における障害を理由とする差別を禁止している。さらに、同年に改正された障害者雇用促進法は、34条、35条などにおいて、労働者の募集・採用時等における障害を理由とする差別の禁止を明確にしているが、その審議過程においては、こうした法改正が障害者権利条約の批准に向けて重要であることが指摘されている。
また、成年後見制度に関連して、平成28年に制定された利用促進法は、3条1項において、成年後見制度の利用の促進が、成年被後見人等が成年被後見人等でな- 27 -
い者と等しく基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきであるという理念等を踏まえて行われることとし、11条において、成年後見制度の利用の促進に関する施策は、成年後見制度の利用者の権利利益の保護に関する国際的動向を踏まえ推進するものとしている。こうした内容に鑑みれば、同法は、成年後見制度の利用促進を目的とするとともに、同制度の運用を障害者権利条約の趣旨、理念に沿ったものとすることを目指すとの面もあったと考えられる。
もとより、一連の法整備、法改正は、国内におけるさまざまな議論を経て我が国が主体的に判断を行った結果ではあるが、我が国と障害者の権利に関わる国際社会の様々なプレイヤーとの間の一連の相互作用を経た結果でもあり、そうした相互作用を捨象して考えることは適当でない。
4 多数意見が指摘するとおり、障害者権利条約が採択され、国内法の整備を経て条約が批准に至ったという一連の動きとあいまって、障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化が進み、障害者の権利の保障の在り方が大きく変容しており、これにより、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至ったものであるが、そこに至るまでに、我が国と国際社会との間には、以上で述べたような相互作用が生じ、障害者の権利保障の在り方に関する国内の議論に反映されてきたということができる。そして、上記のような一連の動きが生じた時期との関係を踏まえると、障害者の権利の保障の在り方が大きく変容し、本件規定が違憲となるに至ったのは、本件退職時点に相当近接した時点であったというべきである。
また、このような我が国と国際社会の相互作用といった一連のプロセスを考えれば、上記時点において、本件規定は、障害者権利条約とも整合的でないものとなるに至っていたということができよう。
谷直樹
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