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弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

裁判官高須順一の反対意見

裁判官高須順一の反対意見は、次のとおりである。

1 はじめに

私は、多数意見とは異なり、本件立法不作為は国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項の適用上違法であり、被上告人の損害賠償請求は認容されるべきと考えている。もっとも、私の考える判断枠組み自体は、多数意見とおおむね同じであり、本件規定の憲法適合性について検討した上で、国賠法1条1項の違法性を判断するというものである。私も、本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反するものであるが、その違憲性は平成11年整備法により本件規定が制定された当時から生じていたのではなく、その後の立法事実の変遷によって本件退職時点には違憲となっていたと考えている。そして、国会が本件規定を改廃しなかった本件立法不作為に関して、遅くとも平成22年頃には本件規定が憲法に違反するものとなっており、障害者基本法の改正がなされた同23年には違憲であることが国会において明白となったというのが私の意見である。その結果、本件退職時点においては、国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠ったものと認められ、本件立法不作為について国賠法1条1項の違法性が認められる。以上が私の意見の骨子であり、以下、その理由について述べる。

2 本件規定が違憲となった時期

⑴ 憲法適合性の判断基準

本件退職時点において本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するものとなっていたことは多数意見も認めるところであり、私もこれと異なる意見を持つものではない。本件規定は、障害者である被保佐人について精神上の障害を理由として狭義における職業選択の自由そのものを制約するものであり、同時に被保佐人と被保佐人でない者(精神上の障害を有しない者のほか、精神上の障害を有するが保佐制度を利用していない者が含まれる。)とを区別するものである。したがって、本件規定を合憲と判断するためには、多数意見も指摘するとおり、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するというべきである。また、その判断に当たっては規制の合理性を支えるだけの立法事実が存在するか否かを検討する必要があり、警備業務の実態や保佐を含む成年後見制度の在り方、精神上の障害を有する者を取り巻く状況、さらには立法目的を達成し得る代替措置の有無等に関する諸事実を具体的に検討する必要があると考えている。
なお、本件訴訟は被上告人の退職をめぐる紛争であるから、本件退職時点における本件規定の憲法適合性がまずは検討されることになる。この限りでは本件退職時点における立法事実の存在の有無を明らかにすべきこととなるが、本件訴訟では本件規定の憲法適合性の判断のみならず、本件立法不作為の国賠法上の違法性の有無に関する判断が求められているため、上記1で言及したように、国会が長期にわたって立法措置を怠ったと評価されてもやむを得ない程度の時点までに本件規定が憲法の規定に違反するものであることが明白になっていたといえるか否かをさらに検討しなければならない。そこで、違憲であることが明白となった時期の判断が必要不可欠となり、その前提として違憲となった時期がそもそも問題となる。この点は、少なくとも明白となった時期以前であれば足りることとなるが、具体的な時期を判断し得るのであれば、その時期を明示することが本件事案の解決に当たりより有意義であると考える。

⑵ 平成14年当時までの状況

違憲となった時期について多数意見は、本件前身規定が設けられた昭和57年改正の当時、平成11年整備法の制定当時、さらには7号規定が新設された平成14年改正の当時のそれぞれの立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったとはいえず、違憲ではないとした上で、その後の本件規定を取り巻く諸事情の変化によって、本件退職時点にはその合理的裁量の範囲を逸脱し、違憲となっていたと判断している。もっとも、本件前身規定が設けられた昭和57年改正の当時、成年被後見人等(当時の用語は禁治産者及び準禁治産者)の警備員就業を一律に規制することの合理性が国会において十分に検討されていたのか否かに関しては、疑問の余地がないではない。また、その後の平成11年整備法の制定、平成14年改正の時点においても同様に十分な検討がなされることなく本件規定が維持されたように思われる。取り分け、平成14年改正の時点においては、7号規定が設けられ、障害の程度に関する個別具体的な判断が可能となったのであるから、成年被後見人等を一律に欠格者と定めることの合理性は必ずしもなくなったとも考えられる。その意味では既にこれらの時点、取り分け、平成14年改正時点において、本件規定の憲法適合性に関してはそもそも疑問を挟む余地があったとも思料される。ただ、平成14年当時までの社会的、経済的、あるいは政治的な諸状況に鑑みれば、この当時の段階で本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反すると判断することは困難であったといわざるを得ず、本件規定の違憲性の判断は、平成14年以降の本件規定を取り巻く立法事実の変遷を待たざるを得なかったというのが
私の意見である。⑶ 違憲となった時期の確認上記⑵で指摘したように、多数意見は、遅くとも本件退職時点までには本件規定に関する立法府の判断はその合理的裁量の範囲を逸脱するに至り、本件規定は違憲になっていたと判示している。しかしながら、私はこの点に関し、本件に係る立法事実をより丁寧に検討することにより、違憲となった時期をより具体的に特定することが可能であり、本件規定は、より早い時期に憲法22条1項及び14条1項に反するに至っていたと考えている。平成21年から22年にかけて生じた以下の諸事実の存在が重要と考える次第である。

ア 推進本部及び推進会議の活動に基づく基本的方向の明示

まず指摘すべきは、障害者権利条約の内容を国内において浸透、定着させるために平成21年12月に内閣に、「障がい者制度改革推進本部」が発足し、さらに、同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害者、学識経験者等からなる、「障がい者制度改革推進会議」が平成22年1月から開催され、計14回の審議の結果、一定の基本的方向性が示された点である。平成22年6月に公表された、「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」(以下「第一次意見」という。)がそれであり、この第一次意見には以下のような記述が存在する。
すなわち、まず、障害者権利条約策定の過程に言及し、「一般社会による保護的支配からの脱却と普通の市民としての権利を持つ人間であること」への思いが、すべての障害者に共通するものであること(第1の1)、「このような障害者のあたりまえの思いを一般社会が受け入れるまでには、長い歴史の時間を要した」こと(同箇所)が指摘され、我が国の障害者に一般市民以下の生活を強い、その権利が十分に守られていない状態がおよそ1世紀もの間、基本的に変わっていなかったことへの率直な反省が示されている。そして、「戦後、日本の障害者に関連する法制度は日本国憲法が保障する社会権を基盤としながら順次整備されてきたが、自由権を基盤とする権利を保障する法律は皆無に近い。その結果、社会権を基盤とするサービスは自由権的基盤を有しない無権利性と、自由権そのものを侵害しかねない一般社会からの排除ないし隔離的傾向をもたらしている。障害者権利条約の視点に立ち、自由権と社会権を二分する枠組みを越え、市民との実質的な平等を基礎とした人権法に向けたパラダイムの転換が求められている。」との方向性が示されたのである(同箇所)。この自由権としての人権の尊重、市民との実質的な平等の確保という視点を有するパラダイムの転換の必要性が政府レベルで提唱されたことは極めて重要というべきである。
第一次意見では、さらに、障害者を、「『権利の主体』である社会の一員としてその責任を分担し、必要な支援を受けながら、自らの決定・選択に基づき、社会のあらゆる分野の活動に参加・参画する主体としてとらえる。」こと(第2の1)、「何人も障害を理由とする差別を受けない権利を有することを確認するとともに、差別を禁止し、権利の侵害から救済を受ける法制度を構築し、差別のない社会づくりを目指すものとする。」こと(第2の2)との基本的な考え方が示される。そして、個別分野における検討課題として、「障害者が自らの能力を最大限に発揮し、障害のない人と同様に安全かつ健康的な労働環境を確保するためには、障害を理由とする差別が禁止され、職場において必要な合理的配慮や支援がなされる必要がある。」との問題意識が示されている(第3の4)。
これらの活動により政府レベルでの障害者基本法の改正作業が進められることになるが、そのことの意義は真に大きいものがある。取り分け、障害者基本法の抜本改正に当たり法律の性格を要保護者に対する対策法的な性格から人権の主体たる地位の確保のための法律へ変えるべきであるという議論が展開されたことは、本件規定との関係でも極めて重要な立法事実の変遷を物語る事実である。

イ 成年後見制度研究会の研究報告

次に、平成21年5月に、成年後見制度に造詣の深い学者、同制度に携わる関係団体、関係機関が一堂に会して成年後見制度研究会が組織された事実もまた重要である。同研究会においては、成年後見制度発足10年という節目における現状を的確に把握し、課題への対応策を協議する目的の下、約1年に及ぶ各種団体へのヒアリングや参加者間での意見交換がなされている。これらの活動に基づき、同研究会は平成22年7月に研究報告(以下「報告書」という。)を公表したが、この報告書には、「成年後見の類型は、主として財産の処分等に必要な判断能力に照らして決められているのであるから、成年後見等が開始したとしても、その余の能力が直ちに欠如しているとはいえない。」との記述がある(第2章第4の1⑵ア)。この点に、成年被後見人等に対する社会の一般的な認識の変化を見ることができる。さらに、報告書には、「平成11年に、ノーマライゼーションを基本理念とする成年後見制度が発足するに当たり、相当数の欠格条項は縮減された。しかし、現在においても、一定数の欠格条項が存する。」と記述され(第2章第4の1⑴)、その問題性が指摘されている。そして、「各法令において成年被後見人等に関する資格制限を設ける場合又はそれを維持する場合には、その資格制限を設けるものに必要な能力の性質やノーマライゼーションの理念に照らしその必要性等を慎重に検討する必要がある。」との明確な方針も示されているのである(第2章第4の1⑵ア)。
これは成年後見制度に関わる多くの関係者の間で、残存する欠格条項の問題性が広く認識されるようになったことを物語る事実である。

ウ 成年後見法世界会議と横浜宣言

さらには、平成22年10月に第1回成年後見法世界会議が横浜で開催され、「横浜宣言」が発出されている。この会議は日本成年後見法学会が中心となり、16か国から多くの参加者を迎え開催された成年後見に関する本格的な国際会議である。そして、3日間に及んだ討議の内容を総括する形で公表されたのが横浜宣言であり、これは成年後見法分野における世界初の「宣言」とされる。この横浜宣言においては、平成18年12月に国際連合総会で採択された障害者権利条約に対する
賛意が表明され、日本政府に早期の批准を要望している。障害者権利条約には、あらゆる形態の雇用に係る全ての事項に関し、障害に基づく差別を禁止すること等の措置をとることにより、労働についての障害者の権利が実現されることの保障及び促進等が定められていることは多数意見でも指摘されているところである(多数意見第1の3⑵ア)。この条約に対する積極的な賛意が上記世界会議及び横浜宣言において示された事実の重要性を看過してはならないと考えている。さらに横浜宣言は、取り組むべき日本の課題の一つとして、「現行成年後見制度に多く残されている欠格事由は撤廃すべきである。」と記述している(Ⅱ1.⑸)。上記宣言は同箇所においてより要急の課題として成年被後見人からの選挙権の剥奪の問題を指摘しているが、そのことゆえに職業上の欠格事由の撤廃の必要性が減じられるものではなく、欠格事由の撤廃が明確にうたわれていることは注目に値する。横浜宣言の発出は欠格事由の撤廃の必要性が研究者の間においても、そして、国際的にも認知されていることを物語るものである。

エ 一連の事実を一体的に捉えることの必要性

これら三つの事実はいずれも平成21年から22年当時のものである。政府、成年後見実務に関わる関係者、研究者の認識や国際的な動向という様々な社会領域において、同時期に、障害者の人権の保護、そして、多くの法令に存在する成年被後見人等の資格制限に関する規定の見直しの必要性が指摘された事実は極めて重要な立法事実というべきである。これらをそれぞれ諸事情の一つとしてのみ捉えるのは本件規定の憲法適合性に関する立法事実の変遷を的確に把握することを困難にする。これらの一連の活動一体的に俯瞰することにより、障害者に対する一般社会の意識の変化、すなわち、第一次意見が明示するところの、市民との実質的な平等を基礎とした人権法に向けたパラダイムの転換の動きが我が国社会の多方面において生じるに至ったということができる。
もとより立法事実はいずれかの権力機構なりが明確な形で社会に供与するものではなく、社会の諸所においてその状況の中から自然発生的に生じてくるものであるから、これを明確な形で説明することは難しい。しかし、このような社会状況の変化を注意深く検討するならば、平成21年から22年に生じたこれらの一連の出来事を一体的に捉え、立法事実の変遷をこの時点で認めることが可能というべきである。
以上より、私は、遅くとも平成22年には立法事実の変遷が認められ、この時期に本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反する違憲な規定となったと考えるものである。

3 違憲であることが明白となった時期

その上で、国賠法1条1項の違法の有無を検討するためには上記2⑴に指摘したとおり、違憲であることが国会において明白になっていたことが必要であり、その時期を明らかにする必要がある。この点について私は、上記の障がい者制度改革推進本部及び障がい者制度改革推進会議の活動等に基づき障害者基本法の改正(平成23年法律第90号。以下「改正障害者基本法」という。)が実現した平成23年7月であると考えている。同法は、社会的障壁により社会生活に制限が加えられているものもまた障害者であると規定し(同法2条)、障害を理由として差別し権利利益を侵害することを禁止し(同法4条1項)、社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって上記1項の規定に違反することにならないよう、その実施に
ついて必要かつ合理的な配慮が義務付けられると規定している(同法4条2項)。
本件規定は、成年被後見人等が何故に警備員となることができないのかについて必ずしも十分な検討がなされないままに、これを容認する往時の社会的風潮、すなわち、障害者もまた普通の市民として権利を有していることへの社会の理解の不十分あるいは関心の欠如という状況の下に、多年にわたり存続していたものと思料されるが、上記の立法事実の変遷に鑑みるならば、遅くとも平成22年には、憲法22条1項及び14条1項に反するものとなっていたというべきである。そして、障害者基本法は文字通り障害者に関する法規の基本たる法律であり、かつ、改正障害者
基本法は上記2⑶で言及したように法律の性格を要保護者に対する対策法的な性格から人権の主体たる地位の確保のための法律へと抜本的に変えたものであるから、このような改正を国会が自ら行ったことは、違憲であることが国会において明白となった旨を根拠付けるというべきである。
以上より、私は、遅くとも改正障害者基本法が成立した平成23年7月には、本件規定が憲法に反する違憲なものであることが国会にとって明白となっていたと思料するものである。

4 長期間放置の要件について

実際に本件規定が一括整備法により削除されたのは令和元年6月のことであり、改正障害者基本法の公布・施行から約8年の期間を要したことになる。被上告人が警備員退職を余儀なくされた本件退職時点まででも5年半余の期間を経過している。この間多数の立法がされながら本件規定に関する何らの改正もなされなかった以上、国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠っていたと判断されてもやむを得ないというべきである。令和元年には一括整備法により本件規定が削除されたわけであるが、それによって本件立法不作為の違法性が遡って否定されると考えることもできない。

5 結論

以上より、私は、本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反するものであり、国会が本件退職時点までに本件規定を改廃する立法措置をとらなかったことは国賠法上違法であり、上告人は損害賠償義務を免れることができないと考えるものである。

谷直樹

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by medical-law | 2026-02-21 05:53 | 司法