日弁連「刑事訴訟法の一部を改正する法律の成立に当たっての会長声明」
「本日、刑事再審手続に関する「刑事訴訟法の一部を改正する法律」(以下「本改正法」という。)が参議院本会議で可決され、成立した。
まずは、長年にわたり再審制度の改革を求め続けてきたえん罪被害者とその御家族、支援団体、市民の方々、国会議員の方々、地方自治体首長、地方議会など、再審法のより良い改正に向けて、様々な形で並々ならぬ御尽力をいただいた全ての皆様に深甚なる敬意を表する。
本改正法は、1948年(昭和23年)に現行刑事訴訟法が制定されて78年を経て初となる刑事再審手続に関する改正であり、その点では大きな意義を有する。本改正法は、①これまで裁判所の裁量に委ねられていた刑事再審事件の審理の進め方に関して一定の規律を設けている点、②再審請求の対象となる確定判決に関与した裁判官を再審請求の審理から除斥している点、③一定の要件を満たす場合には、裁判所が検察官に対して証拠の提出を命じることを義務付けている点、④再審開始決定に対する検察官の不服申立てを原則として禁止している点など、肯定的に評価できる面もある。
しかしながら、本改正法は、えん罪被害者の適正かつ迅速な救済という再審法改正の目的の根幹を成す部分について、検察官の裁量に委ねる部分を多く残している。そのため、本改正法は、今まで以上にえん罪被害者の救済を困難にするおそれすらあり、いまだに多くの問題点を内包している。
本改正法の主要な問題点を挙げると、次のとおりである。
本改正法では、捜査機関が保管する証拠について、再審請求理由に関連し、裁判所が再審請求の判断のために必要かつ相当と判断した証拠の提出を命じる証拠提出命令制度が設けられた。しかし、証拠の持つ価値を正しく理解できるのは第一に再審請求人や弁護人であり、これらの者による分析・検討と、それに基づく主張がなければ、裁判所が証拠の関連性や必要性を的確に判断することができず、無罪につながる証拠の提出命令が発せられないおそれがある。したがって、まずは再審請求人や弁護人に対して、主張立証を準備するために必要な証拠が幅広く開示される必要がある。もとより、職権主義の下では、裁判所は、検察官に対して、必要と認める証拠の提出や開示を要請する権限があると解され、従来の運用においても、裁判所の要請に応じて検察官が証拠を開示することはあった。ただし、本改正法ではそのことが明記されておらず、過去のえん罪事件における検察官の対応に照らせば、検察官が証拠提出命令の発令を受けない限り、無罪につながる証拠の提出や開示の要請に応じないことが懸念される。
その上、本改正法では、証拠一覧表の作成・提出を検察官に命じる制度が設けられていない。証拠一覧表は、検察官が保管する証拠の全体像を明らかにするものであり、再審請求人や弁護人に対して証拠の提出・開示を請求するための手がかりを与えるものとして重要であると同時に、検察官が証拠の保管状況を把握する上でも有用なものである。この点に関し、過去のえん罪事件では、検察官が「不見当」、「不存在」と回答した証拠について、後日、その存在が判明した事例も複数あり、検察官による証拠の保管が適切に行われていないことを示している。それにもかかわらず、本改正法では証拠一覧表に関する制度が設けられていないため、証拠の提出・開示に向けた手続が円滑に進まなかったり、再審請求の審理のために必要な証拠の提出・開示に漏れが生じたりすることが懸念される。
さらに、本改正法では、検察官から裁判所に提出された証拠の複製を再審請求やその準備以外の目的で使用することを一律に禁止し、その違反に対して罰則を設けている。しかし、被害者等関係者の名誉・プライバシーの保護は必要であるものの、証拠の内容に応じて適当と認める利用の条件を付するなど、個別に対応すれば足りるのであって、弊害の有無・程度を問うことなく、全ての証拠について一律に使用を禁止するのは過度の制約といわざるを得ない。このような目的外使用の一律禁止により、再審請求人や弁護人が証拠の内容を支援者や報道機関に提供することを躊躇し、事件の問題点を広く知らせることや、新証拠の獲得に向けた活動に支障を来すことが懸念される。
また、本改正法では、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが原則として禁止されたものの、再審開始決定が「取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠」がある場合には、例外的に不服申立てを行うことを許容している。検察官による不服申立てを制限するという趣旨に照らせば、「十分な根拠」なく不服申立てが行われた場合、裁判所は、実体審理を行うことなく、直ちに不服申立てを棄却すべきものと解される。しかし、本改正法にはそのことが明記されておらず、かえって法務省事務当局からは、この規定は検察官が遵守すべき行為規範であって、裁判所による判断事項とする趣旨ではないとの説明がなされている。そのため、過去のえん罪事件における検察官の対応に照らせば、検察官が今後も不服申立てを自制せずに行うことが懸念される。
なお、本年7月10日には、名古屋高等検察庁作成に係る調査結果報告書(いわゆる福井女子中学生殺人事件について)が公表された。しかし、同報告書では、主要関係者の供述が客観的事実と明らかに矛盾することを示す捜査報告書の存在及び内容を複数の検察官が知りながら、これを弁護人に開示するなどの適切な是正措置を講じなかったことは反省すべきであると認めつつも、その改善策としては、検察庁において適切な指導・対応を行うと述べるだけで、再発防止のための制度・運用の改革にまでは踏み込んでいない。また、同報告書は、上記のような適切な是正措置を講じることなく、第一次再審請求の再審開始決定に対して検察官が不服申立てを行ったことについても、「これが取り消されるべき十分な理由があるものと判断した」と評価しており、本改正法が再審開始決定に対する検察官の不服申立てを原則として禁止することとした趣旨が理解されていないのではないかとの印象を拭えない。このような検察庁の姿勢も、本改正法の下での検察官の対応に不安を残すものである。
以上のとおり、本改正法にはなおも不十分な点が多く存在している。もっとも、本改正法が成立した今、必要なことは、本改正を、えん罪被害者の適正かつ迅速な救済という再審法の本来の目的に沿って適切に運用していくことである。この点については、本改正法の附則や附帯決議において、検察官による証拠の提出・開示が十分に行われるべきこと、証拠の目的外使用禁止規定の運用においては正当な弁護活動や国民の知る権利にも配慮がされるべきこと、再審開始決定に対する検察官の不服申立ては抑制的に行われるべきことなどが述べられている。当連合会としても、法制審議会刑事法(再審関係)部会における議論や国会審議の内容を踏まえて、あるべき再審弁護の内容について調査研究を行い、同時に個々の刑事再審事件における弁護実践を通じて、本改正法の適切な運用が図られるよう尽力する所存である。
また、本改正法の附則では、政府は5年ごとに本改正法の施行状況等を勘案し、証拠の目的外使用の禁止に関する制度や検察官が保管する証拠の一覧表に関する制度を含む再審制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは所要の措置を講ずることが定められた。したがって、当連合会としても、本改正法の施行状況を検証し、その結果も踏まえ、証拠の保存・管理や国選弁護制度も含めて、あるべき再審手続の実現に向けた取組を今後も続けていく所存である。
加えて、本改正法が成立に至るまでの過程を見ると、当初、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が議員立法案を提出するなど、国会議員が積極的、主導的な役割を果たし、その後、法務省事務当局の主導する法制審議会刑事法(再審関係)部会によって改正法案の要綱が取りまとめられたものの、研究者や元裁判官から反対する声明が出されたほか、国会議員からの批判的な意見が相次ぎ、当初の要綱から3度にわたり修正されるという経過をたどっている。このことは、刑事司法制度の改革を、刑事訴訟の一方当事者である検察官が要職を占める法務省に委ねることには構造的な限界があることを示している。したがって、今後の制度改革に際しては、委員の選任方法や議事の公開など審議の在り方を含め、各段階で幅広い意見を取り込み、丁寧かつ充実した議論が積み重ねられることが求められる。
ところで、本改正法は刑事再審手続に関する改正であるところ、えん罪被害が生じたときに、これを速やかに是正する仕組みはもとより不可欠であるが、本来であれば、えん罪被害を未然に防ぐことこそが重要である。そのためには、取調べの録音・録画制度の全事件・全過程への拡大、供述しない意思を明らかにしている被疑者に対する取調べの規制、弁護人を取調べに立ち会わせる権利の保障、被疑者国選弁護制度の逮捕段階への拡大、迅速に幅広い証拠開示を受ける権利の保障、「人質司法」とも呼ばれる身体拘束の在り方の改革など、通常審も含めた刑事司法制度全体の改革が必要であり、その前提として、第三者機関による捜査手法の検証を中心としたえん罪被害の原因の究明を行うことも不可欠である。
当連合会は、この度の改正に基づく運用が適切に行われるよう注視するとともに、えん罪被害の防止・救済に向けた取組を引き続き進めていく。あわせて、再審制度がえん罪被害者救済の最後の砦として十分かつ確実に機能するよう、より良い制度の在り方を探求し、必要な再改正を含む制度の更なる充実を目指していく所存である。」
谷直樹
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