弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2015年 06月 13日 ( 1 )

九州大学病院,UCD患者の肝生検後のアンモニア値検査不実施,死亡事案,3500万円で和解(報道)

毎日新聞「医療事故:女児遺族、九州大と和解」(2015年6月12日)は,次のとおり報じました.
 
「九州大病院(福岡市東区)が適切な検査を怠ったため、尿素サイクル異常症の女児(当時3歳)が死亡したとして、遺族が病院を運営する九大に約5300万円の損害賠償を求めた訴訟は12日、福岡地裁(青木亮裁判長)で和解が成立した。九大が和解金3500万円を支払う。

 訴状によると、女児は2012年5月28日、肝移植を検討するため、肝臓に針を刺して細胞を取る肝生検(かんせいけん)を受けた。母親は、女児が嘔吐(おうと)した翌日午前2時過ぎ、医師にアンモニア値を計る血液検査の必要性を尋ねたが実施されず、3日後に亡くなった。

 遺族側は「検査で高いアンモニア値が出れば対処法があり、検査が遅れた過失がある」と訴えた。九大側は「緊急性はなかった」としていたが、地裁は「検査を怠った過失が認められる可能性は極めて高い」と和解を勧めていた。

 尿素サイクル異常症は、毒性の強いアンモニアを無毒な尿素に変える肝臓の酵素が先天的に欠けるため、アンモニア値を正常に保つ必要があり、肝移植も治療法の一つ。

 女児の30代父親は「和解しても娘は戻ってこない。病院は娘の死を忘れず治療に生かしてほしい」と話した。九大は「コメントはない」としている。【山本太一】」


本件は,尿素サイクル異常症(UCD)患者肝生検実施後の血液検査の必要性,重要性について注意を喚起した和解です.
本件は,私が担当した事案ではありません.
東京地裁では,正当な理由なく公表しない,等の非開示条項がつくことも多く,和解事案をマスコミ公表できないことが多いのです.しかし,和解事案から学ぶことも多いので,むしろマスコミ公表を原則とすべきではないかと思います.

秋吉仁美判事編著「医療訴訟」162頁[浜秀樹判事執筆]では,
 「被告・医療機関側から,和解の成立及び内容等について,非開示条項を加えることを求める場合がある。和解は,紛争を最終的に解決するための合意であり,和解の内容等が公然と広まり,その対応等に追われることを懸念して,非開示条項を求める事情も理解できないわけではないから,相手方との調整を経て,可能であれば,条項に加えることも検討されるべきであろう。
なお,そのような場合,「正当な理由がない限り,第三者に公開しない。」などと,状況に応じた適切な対応の道を残す条項にする場合が多い。
 和解条項に非開示条項が含まれる場合,これを理由に,訴訟記録に秘密が記載されているとして,当該部分の閲覧等の制限を求める(民訴92条)ことが考えられるが,和解条項中の非開示条項の趣旨と,上記閲覧等の制限の要件とは必ずしも一致しないから,別途,検討することになるものと思われる。」

と記載されていました.

高橋譲判事編著「医療訴訟の実務」610頁[鶴岡捻彦判事執筆]では,
「和解による解決の前提として、被告側から、訴訟や和解の内容を外部に公表しない旨の条項を入れることを求められることが少なくない。原告側か、このような条項を入れることを全面的に拒絶することはほとんどないが、これまで相談してきた第三者や、支援者等に、和解により解決をしたことを報告することもできないのは困るといった反応をすることはしばしばある。このような原告の反応には、もっーともなところがあるので、和解条項としては、正当な理由なく公表しないといった文言にするのが妥当な場合が多いであろう。そこで、たとえば、当事者双方は、本件および本和解の内容を、第三者に正当な理由なく公表しないことを相互に約束する。などといった条項を入れることになる。
 なお、この条項に違反があった場合、違反をした当事者に損害賠償義務が発生する可能性はあり得よう。しかし、違反の立証は一般的には困難であろうし、損害についても立証が必要であろうから、その法的効力はそれほど強いものではないと言わざるを得ない。したがって、この条項に過大な期待を抱かせないよう配慮する必要はあると思われる。」

と記載されていました.

これに対し,最近の福田剛久判事(現高松高裁長官)ら編著「医療訴訟」241頁[森冨義明判事執筆]では,
「医療機関側が,マスコミ等による報道やインターネット上の書込みにより,信用が低下し,経営等へのダメージを被ることを防止するため,「原告と被告は,本和解に至る経過及びその内容を正当な理由なく第三者に公表しないことを相互に約束する」との文言(非開示条項)を入れるよう求めることがあり,インターネットによる情報発信が容易になったこともあって,そのような傾向は強くなってきているように思われる。
 何が「正当な理由なく」であるのか一概に判断し得ないこともあって,患者側が非開示条項を入れることに反対することもあるが,和解成立後のインターネット上の書込みが新たな紛争を招来することも想定されることから,非開示条項を入れたとしても,患者側において,親族や協力医に対し,訴訟が和解により終了したことを報告することまで禁止されるわけではない旨(医療機関側においても,当該医療機関の医療従事者や関係行政機関,保険会社等への報告が禁止されるわけではない。)を説明して,当事者の理解を得るようにしている。」

とややニュアンスが変わっているようです.

医療事故については,その事案を適切に解決するのみならず,その解決を医療現場(医師・患者家族)に返すことにより再発を防止することも視野にいれるべきで,「非公表により新たな事故・紛争が生じる可能性」と「公表により新たな紛争が生じる可能性」を比較検討すべきと思います.
私は,基本的に,新たな事故が生じることを防止する目的で公表することは正当な目的にあたり,その手段が相当であれば,「正当な理由」にあたると考えます.

患者さんに満足され医療人も満足する医療の提供ができる病院を目指すはずの九州大学病院が「コメントはない」は,医療者としてどうなんでしょうか.
「和解しても娘は戻ってこない。病院は娘の死を忘れず治療に生かしてほしい」という父親の気持ちに真摯に応えていただきたい,と思います.


谷直樹

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by medical-law | 2015-06-13 02:04 | 医療事故・医療裁判