弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

カテゴリ:司法( 220 )

「東電OL殺人事件」の再審開始を!

b0206085_7423742.jpg一般に「東電OL殺人事件」と言われていますが,OLという言葉がジェンダー差別であり,かつ,勤務先を表示するのは被害者のプライバシーに対する配慮を欠く表現ですので,本当は使いたくないのですが,すでに定着しているので,やむをえず使用します.

被害者は総合職です.被害者の亡くなった父親は東電の幹部で反原発の意見を表明したため左遷された,被害者も反原発のレポートを書いていた,などとネット上で騒がれています.
しかし,問題はそこにあるのではありません.

真犯人は誰かは不明ですが,受刑者ゴビンダさんが犯人であるという証拠がないのに有罪とされたことなのです.

東京地裁は無罪,東京高裁刑事4部(高木俊夫裁判長)は有罪,最高裁第3小法廷は上告棄却(有罪確定)としました。.

東京高裁が有罪とした物的証拠はDNA鑑定のみと言ってよいでしょう.それがゴビンダさん以外の人のものとなれば,有罪の判断に疑問がでてきます.
ゴビンダさんが事件後に10万円を持っていたなどの状況証拠だけでは有罪と認定できないと思います.
むしろ,状況証拠は無罪方向のものが結構あります.

日弁連は,平成18年10月19日,本件について冤罪の可能性が高いとし,日弁連支援事件としています.
再審開始決定を期待いたします.

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-22 07:36 | 司法

最高裁判所第3小法廷平成23年6月21日決定(君が代起立事件)

b0206085_1046886.jpg広島県立高校の教諭42名が,入学式,卒業式などで「君が代」斉唱時に校長の命令に反して起立せずに戒告処分を受けたことを不服として処分の取り消しを求めた事案です.

多数意見は,上告棄却で,3つの最高裁決定多数意見と同じです.
多数意見は,憲法学の常識と異なります.
また,結論ありきの事実認定になっています.

田原睦夫裁判官の反対意見は,一部の教諭らが斉唱まで命令され,内心の核心的部分を侵害する可能性があるとし,審理を高裁に差し戻すべきとiいうものです.

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-22 00:03 | 司法

バーネット事件の米国連邦最高裁判決はお早めに

b0206085_1115056.jpgバーネット事件(West Virginia State Board of Education v. Barnette)の1943年の米国連邦最高裁判決は,国旗と内心の自由についての先例となっている重要な判決です.

国旗敬礼と宣誓を強制するウエストバージニア州当局の行為は,その権限について憲法上の制約を超えており,米国憲法修正第1条がすべての官憲の統制から守ろうとしている知性と精神の領域を侵すものである,と判示しました.

これは,第2次大戦中の,愛国心高揚の世論の高かった時代の判決です.
そして,これは,今でも,維持されています.

バーネット事件判決の原文と福岡県教育法研究会の訳文のサイトは,6月末で消されるとのことですので,お早めの閲覧をお奨めいたします.

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-21 01:14 | 司法

最高裁3決定の補足意見,反対意見

b0206085_994079.jpg

第3小法廷の決定が出て,これで最高裁判所裁判官15人の意見が分かりました.
第2小法廷,第1小法廷,第3小法廷の多数意見は合憲としていますが,それぞれの補足意見を読むと,ぎりぎり合憲としたことが分かります.

東京新聞「君が代命令 三たび合憲 「賛成」判事も強制慎重」が,以下のとおり,各意見を簡潔にまとめています.

「◆3つの判決 補足意見7人、反対2人 

 君が代の起立斉唱命令をめぐる最高裁の三つの判決では、三小法廷の計十四人の判事のうち、二人が反対意見を述べた。合憲の結論に賛成した十二人の判事からも、教育現場に「寛容さ」を求めるなど七人が補足意見を述べた。憲法が保障する精神的自由の重みを印象づけた。

 強制されて起立斉唱することが、人間の「内心(思想・良心)」をどのくらい侵害するのか-。多数意見と反対意見を分けたのは、この点をめぐる判断の差だった。

 多数意見は、君が代に敬意を示せない教員にとって起立強制が精神的苦痛になると認めた上で、儀礼的行為ととらえ、内心に与える影響を重くみなかった。

 しかし、反対意見を述べた二人は、起立斉唱行為を内心の「核心」により近いものと位置付けた。

 田原睦夫判事(弁護士出身)は「斉唱命令は内心の核心的部分を侵害しうる」と指摘、宮川光治判事(同)も「斉唱する行為は教員らの歴史観で譲れない一線を越える行動で、思想・良心の核心を動揺させる」と説明。ともに、やむを得ない強制と言えるかどうか厳格に審査すべきだとし、審理の差し戻しを訴えた。

 一方、補足意見を述べた七人の多くが、命令に従わない教員の処分などに慎重さを求めた。「思想・良心の自由」が憲法上、厳しく守られる基本的人権である上、起立を強いる行政と反発する教員との対立が子どもに悪影響を与えるのを憂慮したからだ。

 須藤正彦判事(弁護士出身)は「教育は、強制でなく自由闊達(かったつ)に行われるのが望ましい。強制や不利益処分は可能な限り謙抑的であるべきだ」とし、教育行政に「寛容の精神」での工夫、配慮を求めた。

 ともに裁判官出身の千葉勝美、大谷剛彦両判事は、君が代斉唱は「自発的な敬愛」に基づいて行われるべきだと強調。金築誠志判事(裁判官出身)も教育環境が悪化し、生徒らに影響を及ぼす恐れを念頭に「すべての教育関係者の慎重、賢明な配慮が必要だ」とくぎを刺した。」


谷直樹
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by medical-law | 2011-06-15 09:00 | 司法

最高裁判所第3小法廷平成23年6月14日決定(日の丸.君が代事件)裁判官田原睦夫の反対意見

谷直樹
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裁判官田原睦夫の反対意見を紹介いたします.

私は,多数意見が本件上告のうち,東京都人事委員会がした裁決の取消請求に関する部分を却下するとの点については異論はない。しかし,多数意見が,本件各職務命令は上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びにその制約の態様等を総合的に較量すれば,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるとして,本件各職務命令は,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当であるとして,上告人らのその余の上告を棄却するとする点については,以下に述べるとおり,賛成し難く,本件は更に審理を尽くさせるべく,原審に差し戻すのが相当であると考える。

第1 本件各職務命令と憲法19条との関係について

1 本件各職務命令の内容

上告人らに対して各学校長からなされた本件各職務命令の内容は,入学式又は卒業式における国歌斉唱の際に「起立して斉唱すること」というものである(多数意見は,本件各職務命令の内容を「起立斉唱行為」を命ずる旨の職務命令として,起立行為と斉唱行為とを一括りにしているが,私は,次項以下に述べるとおり,本件
各職務命令と憲法19条との関係を検討するに当たっては,「起立行為」と「斉唱行為」とを分けてそれぞれにつき検討すべきものと考えるので,多数意見のように本件各職務命令の内容を「起立斉唱行為」として一括りにして論ずるのは相当ではないと考える。)。なお,多数意見にても指摘されているとおり,本件町田市通達
には「教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること」も含まれていたが,X1に対する職務命令には,「国旗に向かって」の部分は含まれていない。

この「起立して斉唱すること」という本件各職務命令の内容をなす「起立行為」と「斉唱行為」とは,社会的事実としてはそれぞれ別個の行為であるが,原判決の認定した事実関係によれば,本件各職務命令は,それら二つの行為を一体として命じているように見える。

しかし,上記のとおり起立行為と斉唱行為とは別個の行為であって,国歌斉唱時に「起立すること」(以下「起立命令」という。)と「斉唱すること」(以下「斉唱命令」という。)の二つの職務命令が同時に発令されたものであると解することもできる。

そして,本件各職務命令に違反する行為としては,①起立も斉唱もしない行為,②起立はするが斉唱しない行為(これには,口を開けて唱っている恰好はするが,実際には唱わない行為も含まれる。),③起立はしないが斉唱する行為,がそれぞれあり得るところ,本件の各懲戒処分(以下「本件各懲戒処分」という。)では,上告人らが本件各職務命令に反して国歌斉唱時に起立しなかった点のみが処分理由として取り上げられ,上告人らが国歌を斉唱したか否かという点は,記録によっても,本件各懲戒処分手続の過程において,事実認定もなされていないのである。

そこで以下では,本件各職務命令を「起立命令」部分と「斉唱命令」部分とに分けて,その憲法19条との関係について検討するとともに,本件各職務命令における両命令の関係について見てみることとする。

2 起立命令について

私は,多数意見が述べるとおり,公立中学校における儀式的行事である卒業式等の式典における,国歌斉唱の際の教職員等の起立行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものというべきであって,上告人らの主張する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものではなく,したがって,上告人らに対して,学校の卒業式等の式典における国歌斉唱の際に起立を求めることを内容とする職務命令を発することは,直ちに上告人らの歴史観ないし世界観を否定するものではないと考える。

また,「起立命令」に限っていえば,多数意見が述べるとおり,上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びにその制約の態様等を総合的に較量すれば,なお,若干の疑念は存するものの,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性を有することを肯認できると考える。

しかし,後に検討する本件各職務命令における起立命令と斉唱命令との関係からすれば,本件各職務命令の内容をなす起立命令の点のみを捉えて,その憲法19条との関係を論議することは相当ではなく,本件各職務命令の他の内容をなす斉唱命令との関係を踏まえて論ずべきものと考える。

3 斉唱命令について

(1) 斉唱命令と内心の核心的部分に対する侵害

国歌斉唱は,今日,各種の公的式典の際に広く行われており,かかる式典の参加者が国歌斉唱をなすこと自体が,斉唱者の思想,信条の告白という意義まで有するものでないことは,前項で述べた起立の場合と同様である。また,多数意見が指摘するように,本件各職務命令当時,公立中学校の卒業式等の式典において国歌斉唱が広く行われていたことが認められる。

しかし,「斉唱」は,斉唱者が積極的に声を出して「唱う」ものであるから,国歌に対して否定的な歴史観や世界観を有する者にとっては,その歴史観,世界観と真っ向から対立する行為をなすことに他ならず,同人らにとっては,各種の公的式典への参加に伴う儀礼的行為と評価することができないものであるといわざるを得
ない。

また,音楽専科以外の教諭である上告人らにおいて,学校の卒業式等の式典における国歌斉唱時に「斉唱」することは,その職務上当然に期待されている行為であると解することもできないものである。なお,多数意見の指摘するとおり,学習指導要領では,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚す
るとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と定めているが,その故をもって,音楽専科以外の教諭である上告人らにおいて,入学式や卒業式における国歌斉唱時に,自ら国歌を「唱う」こと迄が職務上求められているということはできない。

以上の点よりすれば,国歌に対して否定的な歴史観や世界観を有する者に対し,国歌を「唱う」ことを職務命令をもって強制することは,それらの者の思想,信条に係る内心の核心的部分を侵害するものであると評価され得るということができる。

(2) 斉唱命令と内心の核心的部分の外縁との関係

憲法19条が保障する思想及び良心の自由には,内心の核心的部分を形成する思想や信条に反する行為を強制されない自由が含まれることは当然である。

また,それには,自らの思想,信条に反する行為を他者に求めることを強制されない自由も含まれると解すべきものと思われる。そして,その延長として,第三者が他者に対して,その思想,信条に反する行為を強制的に求めることは許されるべきではなく,その求めている行為が自らの思想,信条と一致するか否かにかかわら
ず,その強制的行為に加担する行為(加担すると外部から捉えられる行為を含む。)はしないとする強い考え,あるいは信条を有することがあり得る。

上記のような強い考え,あるいは信条は,憲法19条が保障する思想,信条に係る内心の核心的部分そのものを形成するものではないが,その外縁を形成するものとして位置付けることができるのであり,かかる強い考え,あるいは信条を抱く者における,その確信の内容を含む,上記外縁におけるその位置付けの如何によっては,憲法19条の保障の範囲に含まれることもあり得るということができると考える(最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁(以下「ピアノ伴奏事件判決」という。)における藤田宙靖裁判官の反対意見参照)。

ところで本件では,「斉唱命令」と憲法19条との関係が問われているのであり,(1)で論じたとおり,「斉唱命令」は上告人らの内心の核心的部分を侵害するものと評価し得るものと考えるが,仮に,本件各職務命令の対象者が,国歌については価値中立的な見解を有していても,国歌の法的評価を巡り学説や世論が対立し
ている下で(国旗及び国歌に関する法律の制定過程における国会での議論の際の関係大臣等の答弁等から明らかなとおり,同法は慣習であるものを法文化したものにすぎず,また,同法の制定によって,国旗国歌を強制するものではないとされている。),公的機関が一定の価値観を強制することは許されないとの信条を有している場合には,かかる信条も思想及び良心の自由の外縁を成すものとして憲法19条の保障の範囲に含まれ得ると考える。

4 本件各職務命令と起立命令,斉唱命令との関係

1に述べたとおり,本件各職務命令は,「起立命令」と「斉唱命令」の二つの職務命令が同時に発令され,本件各懲戒処分では,「斉唱命令」違反の点は一切問われていないことからして,そのうちの「起立命令」違反のみを捉えてなされたものと解し得る余地が一応存する。

しかし,原判決が認定する本件各職務命令が発令されるに至った経緯からすると,本件各職務命令は「起立して斉唱すること」を不可分一体の行為と捉えて発せられたものであることがうかがわれ,また,上告人らもそのようなものとして捉えていたものと推認される。

そして,上告人らにとっては,2,3において検討したとおり,上告人らの思想,信条に係る内心の核心的部分との関係においては,「起立命令」と「斉唱命令」とは明らかに異なった位置を占めると解されるところ,本件各職務命令が,上記のとおり「起立して斉唱すること」を不可分一体のものとして発せられたものであると上告人らが解しているときに,その命令を受けた上告人らとしては,「斉唱命令」に服することによる上告人らの信条に係る内心の核心的部分に対する侵害を回避すべく,その職務命令の一部を構成する起立を命ずる部分についても従わなかったと解し得る余地がある(本件では,上告人らが,国歌を「斉唱」する行為につき如何なる考えを抱いていたか,国歌斉唱の際の起立行為と斉唱行為との関係をどのように関係付けていたかについて,原審までに審理が尽くされていない。)。

また,仮に本件各職務命令が「起立命令」と「斉唱命令」の二つの職務命令を合体して発令されたものであり,二つの職務命令を別々に評価することが論理的に可能であるとしても,本件各職務命令が発令された経緯からして,上告人らが本件各職務命令が「起立して斉唱すること」を不可分一体のものとして命じたものと捉えたとしても無理からぬものがあり,本件上告人らとの関係において,本件各職務命令違反の有無の検討に当たって,本件各職務命令を「起立命令」と「斉唱命令」とに分けることは相当ではないといわなければならない。

5 小括

以上検討したとおり,本件各職務命令は,「起立して斉唱すること」を一体不可分のものとして発せられたものと解されるところ,上告人らの主張する歴史観ないし世界観に基づく信条との関係においては,本件各職務命令のうち「起立」を求める部分については,その職務命令の合理性を肯認することができるが,「斉唱」を求める部分については上告人らの信条に係る内心の核心的部分を侵害し,あるいは,内心の核心的部分に近接する外縁部分を侵害する可能性が存するものであるといわざるを得ない。

本件において,上告人らが本件各職務命令にかかわらず,入学式又は卒業式の国歌斉唱の際に起立しないという行為(不作為)を行った理由が,国歌斉唱行為により上告人らの信条に係る内心の核心的部分(あるいは,内心の核心的部分に近接する外縁部分)に対する侵害を回避する趣旨でなされたものであるとするならば,かかる行為(不作為)の,憲法19条により保障される思想及び良心の自由を守るための行為としての相当性の有無が問われることとなる。

しかし,原審までの審理においては,「起立命令」,「斉唱命令」と上告人らの主張する信条との関係につきそれぞれを分けて検討することはなく,殊に「斉唱命令」と上告人らの信条との関係について殆ど審理されていないのであり,また,本件各職務命令と「起立命令」,「斉唱命令」との関係や,「斉唱命令」に従わない
こと(不作為)と「起立命令」との関係,更には,上告人らの主張する信条に係る内心の核心的部分(あるいはその外縁部分)の侵害を回避するための行為として,上告人らとして如何なる行為(不作為)をなすことが許されるのかについての審理は,全くなされていないといわざるを得ない。

第2 本件における職務命令とピアノ伴奏事件判決における職務命令との関係について

私は,本件に係る先例としてしばしば論議される,市立小学校の校長が音楽専科の教諭に対し,入学式における国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うことを命じた職務命令が憲法19条に違反するか否かが問われた前記ピアノ伴奏事件判決において,同職務命令は憲法に違反するものではないとした多数意見に同調しているところから,同事件の多数意見につき私が理解するところと,本件における私の反対意見との関係につき,以下に両事件の相違点を踏まえて,若干の説明をすることとする。

1 ピアノ伴奏事件判決における職務命令の対象者

ピアノ伴奏事件判決における職務命令の対象者は,公立小学校の音楽専科の教諭である。小学校における音楽専科の教諭は,音楽を学習する各クラスの児童に対して専科として音楽の授業を行うほか,クラブ活動の指導や,学校行事として行われる入学式,卒業式,運動会,音楽会等の諸行事において,ピアノの伴奏をなし,あるいは,歌唱の指導を行うこと等が求められる。

音楽専科の教諭に対して各クラスに対する音楽の授業以外に,学校の行事等に関連して音楽専科の教諭としての技能の行使が求められる上記の職務の内容は,小学校における教育課程の一環として行われるものである以上,それらの職務の遂行は音楽専科の教諭としての本来的な職務に含まれると解される。したがって,同事件において,校長が音楽専科の教諭である同事件の上告人に対して,入学式において参列者一同による歌唱の際にその伴奏を命じることは,音楽専科の教諭としてなすべき当然の職務の遂行を命じるもの
にすぎない。

2 音楽専科の教諭の職務

同事件の論点は,ピアノ伴奏の対象が「君が代」であり,同事件の上告人が「君が代」を唱ったり,ピアノ伴奏したりすることが,同上告人の思想及び良心の自由を侵害するとの理由でそのピアノ伴奏を拒否することができるかという点であった。

ところで,公立小学校の音楽専科の教諭は,小学校の教科書に採択されている曲目はもちろんのこと,教科書に採択されていなくとも,一般に公立小学校において諸行事の施行等の際に演奏がなされ又は歌唱される曲目について,そのピアノ演奏やピアノ伴奏をなすことは,通常の職務の範囲に属するものといえる。

そして,音楽専科の教諭が,その行事の式次第においてかかる曲目の歌唱をなすことが定められた場合に,そのピアノ伴奏を求められれば,それをなすべきものであり,そのピアノ伴奏につき職務命令まで発令された場合には,その命令に従うべき義務を負うものというべきものである。

3 音楽専科の教諭と思想及び良心の自由

ピアノ伴奏事件判決において,同事件の上告人は,「君が代」を公然と唱ったり,ピアノ伴奏することは,同上告人の歴史観ないし世界観に反し,そのピアノ伴奏をなすことは同上告人の思想及び良心の自由を侵害するものである旨主張したが,同判決の多数意見が述べるとおり,公立小学校における入学式や卒業式におい
て国歌斉唱として「君が代」が斉唱されることが広く行われていたことは周知の事実であり,客観的に見て,入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をするという行為自体は,音楽専科の教諭として通常想定され,期待される行為であって,その伴奏行為自体が当該教諭が特定の思想を有することを外部に表明する行為であると評価され得る類のものではなく,殊に職務上の命令に従ってなされる場合には,当該教諭が特定の思想を有することの外部への表明と評価することは困難なものであり,したがって,かかる伴奏行為については,憲法19条により保障されるべき行為であるとはいえないものというべきである。

また,公立小学校の音楽専科の教諭は,前記のとおり,教科書に採択され,あるいは,一般に小学校の行事等で広く演奏され,又は唱われている曲目については,たとえその音曲の演奏をなすことが音楽家としての信条に反し,そのピアノ演奏をなすこと自体が心理的苦痛を伴うものであったとしても,そのピアノ演奏は職務と
しての演奏であって芸術としての演奏ではないから,その演奏行為をもって,当該教諭の思想及び良心の自由についての制約に当たるものと評価されるべきものではなく,したがって,憲法19条により保障される範囲に含まれるとはいえないのである。

4 本件とピアノ伴奏事件判決との相違点

ピアノ伴奏事件判決は,上記のとおり公立小学校の音楽専科の教諭に対し,本来の職務に属するピアノ伴奏をなすことを求めて職務命令が発せられたものであるのに対し,本件各職務命令は,入学式や卒業式に出席するという公立中学校の教諭としての本来の職務を滞りなく遂行しようとしていた上告人らに対して,更にその職務に付随して発せられた命令であり,その職務命令に服従しない行為と憲法19条による保障との関係が問われている点において,事情を大きく異にするのである。

第3 裁量権の濫用について

本件では,論旨においては,専ら本件各職務命令の合憲性の有無のみが主張の対象とされ,本件における各学校長が本件各職務命令を発令したことが学校長に認められる裁量権の濫用に当たるか否か,また,都教委が上告人らに対してなした本件各懲戒処分が裁量権の濫用に当たるか否かという点は論旨に含まれていない。

もっとも,本件においては,本件各職務命令と上告人らの思想及び良心の自由との関係が問われているのであるから,本件各職務命令が憲法19条との関係においてその合憲性が肯定される場合であっても,同条との関係において本件各職務命令及び本件各懲戒処分が裁量権の濫用に当たるか否かが問題となり得るのであって,本件においては,かかる観点からの検討を加える余地も存したのではないかと考えるので,それ自体が法令違反の有無として当審の審判の対象となるものではないものの,以下その点について若干付言する。

1 職務命令の発令と裁量権の濫用

公立中学校の校長が,その学校に所属する教諭や職員に対して,学校教育法等の法令に基づいて職務命令を発することができる場合において,その職務命令には,その内容に応じて質的に様々の段階のものがある。

例えば,学校における校務運営上教職員が職務命令に従って行為することが不可欠であり,その違反は校務運営に著しい支障を来すところから,その違反に対しては,懲戒処分による制裁をもって臨まざるを得ない性質を有するものから,その職務命令に係る対象行為それ自体の校務運営上の重要性や必要性の程度,あるいはその行為を職務命令の相手方自身によって遂行させる必要性の有無等からすれば,通常は指導としてなされ,また,それをもって足りるものであるが,指導に代えて職務命令を発令しても違法とはいえない程度にとどまるものまで様々のものがあり得る。

そして,公立中学校の校長が,通常は相手方に対する指導をもって対応すれば足りる行為につき職務命令を発令したときには,裁量権の濫用が問題となり得る。

殊に,職務命令の対象とされる行為が,その相手方の思想及び良心の自由に直接関わる場合には,職務命令を発令すること自体,より慎重になされるべきである。

2 職務命令違反と制裁

公立中学校の校長が,学校における校務運営上発令することができる職務命令のうち,通常は,教職員に対する指導をもって十分に対応することができるものの,職務命令を発令しても違法ではないという程度の職務命令に対する違反行為については,その違反の内容がその質において著しく到底座視するに耐えないものであるとか,その違反行為の結果,校務運営に相当程度の支障を生じさせるものであるなどの事情が認められない限り,かかる職務命令に違反したとの一事をもって懲戒処分をなすことは,原則として裁量権の濫用に当たるものといえよう。殊に,職務命令の対象行為が,職務命令を発する相手方の思想及び良心の自由に関わる場合には,なおさらであろう。

次に,その職務命令を発令することは適法であり,その発令の必要性が肯定される場合であっても,その職務命令の内容が相手方の思想及び良心の自由に直接関わる場合には,懲戒処分の発令はより慎重になされるべきであり,かかる場合に職務命令の必要性やその程度,職務命令違反者が違反行為をなすに至った理由,その違反の態様,程度,その違反がもたらした影響等を考慮することなく,職務命令に違反したことのみを理由として懲戒処分をなすことは,裁量権の濫用が問われ得るといえよう。

ところで,本件各職務命令との関係についていえば,第1にて検討したとおり,本件各職務命令は起立行為と斉唱行為とを不可分一体のものとしてなされており,斉唱行為を命じる点は,上告人らの思想,信条に関わるところから,裁量権の濫用以前の問題である。しかし,その点は別として,多数意見の立場に立ってみるに,本件各職務命令のうち国歌斉唱時における「起立命令」のみを取り上げれば,入学式あるいは卒業式の式典の進行を,あらかじめ定められた式次第に従い秩序立って運営することを目的とするものであると解され,かかる行事が,式次第に従って秩序立って進行が保たれることが望ましいことであり,その必要性,相当性が認められる。

しかし,式典の進行に係る秩序が完全に保持されることがなくとも,その秩序が大きく乱されない限り,通常は,校務運営に支障を来すものとはいえないものであり,他方,上告人らがその職務命令に反する行為をなすに至った理由が,上告人らの思想及び良心の自由に関わるものであることからすれば,懲戒処分が裁量権
の濫用に当たるか否かにつき判断するには,上告人らの職務命令違反行為の具体的態様如何という質の問題とともに,その職務命令違反によって校務運営に如何なる支障を来したかという結果の重大性の有無が問われるべきものと考える。

第4 結論

以上第1において詳述したとおり,原審は,本件各職務命令が入学式又は卒業式等の式典における国歌斉唱の際に「起立すること」と「斉唱すること」を不可分一体のものとして命じているものであるか否か,また,国歌の「斉唱命令」が上告人らの信条に係る内心の核心的部分と直接対峙し,侵害し得る関係に立つものであるのか否か,あるいは内心の核心的部分との直接対峙関係には立たないものの,その核心的部分に近接する外縁を成し,その侵害は,なお憲法19条によって保障されるべき範囲に属するといえるか否かという諸点について審理し,判断をなすべきところ,かかる諸点について十分な審理を尽くすことなく判決をなすに至ったものといわざるを得ない。

よって,本件は,原判決を破棄の上,更に上記諸点について審理を尽くさせるべく,原審に差し戻すのを相当と思料する次第である。
by medical-law | 2011-06-15 08:37 | 司法

法の支配指数(Rule of Law Index)発表

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World Justice Projectは,6月13日,年次報告書「Rule of Law Index2011」 (法の支配指数2011)を発表しました.

AFP「「法の支配」実態調査,露中米などに問題指摘」によると,「法の支配」指数が最も高かったのはスウェーデンとノルウェーとのことです.

ロシアは,抑制均衡が政府各省庁で深刻に不足しており(55位),結果として汚職や刑事免責,政治介入などに特徴づけられた体質がもたらされていると指摘されました.また,言論の自由や結社の自由,プライバシーの恣意的な侵害など,基本的人権の侵害もみられると評価されました.

中国は,法制度の質や効率,説明責任が「大幅に改善」されたと評価.一方で,司法の独立という領域ではさらに改善が必要だと指摘されました,また,労働権(61位),集会の自由(66位),言論の自由(66位)など,基本的人権の指標が弱かった,とのことです.

米国は,ランクが高く,特に抑制均衡や,市民的自由の保障,司法制度の独立性などが高く評価されました.一方で,司法制度の利用の点で所得による差がみられ,一般的な認識として,少数民族や外国人が警察や裁判所で不平等な待遇を受けている点も指摘された,とのことです.

日本については,AFPは報じていません.
そこで,報告書をみると...

Japan is one of the highest-ranking countries in 
the East Asia and Pacific region. The country’s
institutions and courts rank among the best in
the world. Japan places 2nd in the region and 4th
globally for the effectiveness and transparency of
its regulatory agencies. Security is high (ranking
4th in the world) and the criminal justice system is
effective (ranking 11th), although concerns remain
regarding due process violations. Japan’s lowest
score is in the area of accessibility and affordability
of civil procedures, mainly because of high litigation
costs. The high costs imposed by courts and lawyers,
for instance, place Japan 44th out of 66 countries
in terms of accessibility and affordability of civil
procedures.

刑事司法制度は,適正手続き違反の問題がありますが,実効的で,11番目に格付されています.
他方,裁判費用と弁護士費用が高額なため,民事裁判へのお手頃なアクセスでは,66国中44位となっていると指摘されています.

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-14 16:12 | 司法

日弁連,「司法制度改革審議会意見書10周年に当たっての会長談話」

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日本弁護士連合会(日弁連)は,平成23年6月8日,「司法制度改革審議会意見書10周年に当たっての会長談話」を発表しました.

「司法制度改革審議会意見書」の3つの柱について,ふりかえって,まとめています.

◆ 質量ともに豊かな法曹養成

日弁連会長は,「質量ともに豊かなプロフェッションとしての法曹を確保すること」という第2の柱について,つぎのとおり述べています.

第2の柱については、法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度が導入され、この制度により誕生した法律家はすでに約6500人に及んでいる。しかし、司法試験合格率の低迷、経済的負担の増大、急増する法曹人口に見合った職域拡大の遅れ等の要因から、法科大学院の志願者は当初に比べ大幅に減少し、新たな法曹養成制度全体が困難に直面している。この点については、新たに始まった「法曹養成に関するフォーラム」で議論される予定であるが、当連合会としては司法修習生の給費制維持とともに、法科大学院の総定員削減等の具体的改善策が合意されるよう努力したい。

対策として,司法修習生の給費制維持と法科大学院の総定員削減程度しか考えていないようです.
もうすこし,理念と現実をみすえて,根本的な議論をおこなうことが必要ではないか,と思います.

◆ 法曹の養成に関するフォーラム

文部科学省は,内閣官房,総務省,法務省,財務省及び経済産業省と共同で,「法曹の養成に関するフォーラム」を開催しています.
委員はつぎのとおりです.

伊藤鉄男 弁護士(元次長検事)
井上正仁 東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授
岡田ヒロミ 消費生活専門相談員
翁百合 株式会社日本総合研究所理事
鎌田薫 早稲田大学総長・法学学術院教授
久保潔 元読売新聞東京本社論説副委員長
田中康郎 明治大学法科大学院法務研究科教授(元札幌高等裁判所長官)
南雲弘行 日本労働組合総連合会事務局長
丸島俊介 弁護士
宮脇淳 北海道大学公共政策大学院長
山口義行 立教大学経済学部教授

委員は,上記のとおり,法科大学院推進派あるいは法科大学院関係者が多数です.
しかも,会議は非公開です.したがって,報告書の内容はあまり期待できないでしょう.

◆ 法科大学院の崩壊

法科大学院は,経済的負担が大きい.しかも,法科大学院を卒業し新司法試験を受けても合格できる確率は高くない,さらに,弁護士になっても法律事務所に就職できない人もいる,というのが現状です.
そのため,法科大学院受験者が減っています.つまり,高い学費を払って法科大学院に行って,新司法試験を受けて,法律家になろうとする人が減っているのです.
法科大学院は,崩壊しつつあります.

また,法律家の質について言えば,私の感覚ですが,低下傾向にあると思います.若い法律家には,驚かされることが,しばしばありますから.

法科大学院・新司法試験の失策は,明らかでしょう.

法科大学院は,従前の法学部にはなかった専門的な教育ができるところですから.法科大学院を大学のコースに組み込み,法律実務家志望の学生が選択できるコースの1つとすれば,過剰な経済的負担を避け専門的な教育を受けることができるようになります.これは仙台の坂野先生がブログに書いていた方法です.

そもそも米国では大学に法学部は存在しない。新たに法科大学院制度を導入した韓国では、大学が法科大学院を設置する場合は代わりに法学部を廃止しなければならないとしている。大学法学部教育と法科大学院教育の二階建ての制度をとっているのは日本だけである。このような二階建ての制度は、法曹養成の期間の面でも学生の経済的負担の面でも非常に不合理なものである。大学にとっても法科大学院専用の施設や専任教員確保という無用な負担が生じている。現在の法科大学院は社会人入学者でも3年間で終了しうる制度設計になっているが、それなら大学法学部に法曹専門課程を設けて4年間で法科大学院の社会人コースと同様の教育を行えば足りる話である。このような制度設計が可能かどうか一度真剣に検討してみる必要があろう。
(坂野智憲先生「陽の目を見なかった弁護士人口問題の答申」より)

◆ 法律実務家になりたい人へ

法科大学院に行かないでも,予備試験に合格すれば,新司法試験を受験できます.
新司法試験と予備試験の択一問題は,8割ちかく一致しています.
法科大学院に行けない人でも,あきらめることはありません.

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-10 09:14 | 司法

最高裁判所第1小法廷平成23年6月6日決定(日の丸.君が代事件)多数意見

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最高裁判所第1小法廷平成23年6月6日決定(日の丸.君が代事件)の多数意見もご紹介いたします.

谷直樹
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1 本件は,都立高等学校の教職員であった上告人らが,卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること(以下「起立斉唱行為」という。)を命ずる旨の校長の職務命令に従わず,上記国歌斉唱の際に起立しなかったところ,その後,退職に先立ち申し込んだ非常勤の嘱託員の採用選考にお
いて,東京都教育委員会(以下「都教委」という。)から,上記不起立行為が職務命令違反等に当たることを理由に不合格とされたため,上記職務命令は憲法19条に違反し,上告人らを不合格としたことは違法であるなどと主張して,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めている事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの。以下同じ。)
43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの。以下同じ。)57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。
以下「高等学校学習指導要領」という。)第4章第2C(1)は,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定めている。
そして,同章第3の3は,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」において,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている(以下,この定めを「国旗国歌条項」という。)。

(2) 都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,都立高等学校等の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,① 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,② 入学式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱するなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること等を通達するものであった。

(3) 第1審判決添付別紙一覧表「職務命令の日」欄記載の日の当時,X1を除く上告人らは同表「学校名」欄記載の各都立高等学校に勤務する教員であり,X1は都立A高等学校に勤務する学校司書であったところ,上告人らは,それぞれ,同表「校長」欄記載の各校長から,本件通達を踏まえ,同表「行事」欄記載の卒業式又は創立記念式典に際し,平成15年11月5日から同17年3月7日にかけての同表「職務命令の日」欄記載の日に,同表「職務命令の内容」欄記載のとおり上記各式典の国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の各職務命令(以下「本件各職務命令」という。)を受けた。しかし,上告人らは,本件各職務命令に従わず,上記各式典における国歌斉唱の際に起立しなかった。

(4) 都教委は,平成16年2月17日にX1及びX2に対し,同年3月31日にX3,X4,X5,X6,X7,X8,X9,X10及びX11に対し,同17年3月31日にX12に対し,上記卒業式又は創立記念式典における上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反するとして,それぞれ戒告処分をし,また,同16年及び同17年の各3月31日にX13に対し,同様の理由で,戒告処分等をした。

(5) 定年退職等により一旦退職した教職員等について,都教委は,特別職に属する非常勤の嘱託員(地方公務員法3条3項3号)として新たに任用する制度を実施している。

X3,X4,X5及びX6は平成17年3月31日付けで定年退職し,X7は同日
付けで定年前に勧奨退職したところ,同上告人らは,これに先立ち,平成16年1
0月ころ又は同17年1月ころ,上記制度に係る平成16年度東京都公立学校再雇用職員(教育職員)の採用選考の申込みをしたが,都教委は,上記不起立行為は職務命令違反等に当たる非違行為であり,東京都公立学校再雇用職員設置要綱が選考要件として掲げる「正規職員を退職・・する前の勤務成績が良好であること」の要件を欠くとして,いずれも不合格とした。

また,X8,X9,X2,X10,X12,X11及びX1は平成18年3月31日付けで定年退職し,X13は同日付けで定年前に勧奨退職したところ,同上告人らは,これに先立ち,平成17年10月ころ又は同18年1月ころ,上記制度に係る平成17年度東京都公立学校再雇用職員(教育職員)の採用選考の申込みをしたが,都教委は,同様の理由で,いずれも不合格とした。

(6) 上告人らは,卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為を拒否する前提として,大別して,① 戦前の日本の軍国主義やアジア諸国への侵略戦争とこれに加功した「日の丸」や「君が代」に対する反省に立ち,平和を志向するという考え,② 国民主権,平等主義等の理念から天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美することに反対するという考え,③ 個人の尊重の理念から,多様な価値観を認めない一律強制や国家主権に反対するという考え,④ 教育の自主性を尊重し,教え子たちを戦場に送り出してしまった戦前教育と同様に教育現場に画一的統制や過剰な国家の関与を持ち込むことに反対するという教育者としての考え,⑤これまで人権の尊重や自主的思考及び自主的判断の大切さを強調する教育実践を続けてきたことと矛盾する行動はできないという教育者としての考え,⑥ 多様な国籍,民族,信仰,家庭的背景等から生まれた生徒の信仰や思想を守らなければならないという教育者としての考え等を有している。

3(1) 上記のような考えは,「日の丸」や「君が代」が過去の我が国において果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができるところ,上告人らは,卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,「日の丸」や「君が代」に尊重の意を表するものであって,上告人らの考えとは根本的に相容れないものであるから,このような考えを有する上告人らに対して職務命令によってこれを強制することは,個人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反する旨主張する。

しかしながら,本件各職務命令の発出当時,公立高等学校における卒業式等の式典において,国旗としての「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であって,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見て,これら式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,かつ,そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。

したがって,上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,その性質の点から見て,上告人らの有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず,上告人らに対して上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。

また,上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,その外部からの認識という点から見ても,特定の思想又はこれに反対する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるといえるのであって,本件各職務命令は,特定の思想を持つことを強制したり,これに反対する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。

そうすると,本件各職務命令は,これらの観点において,個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。

(2) もっとも,上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。

そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなる限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。

そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,社会一般の規範等と抵触する場面において,当該外部的行動に対する制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限によってもたらされる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。

そして,職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行動を求められることとなる限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,これによってもたらされる上記の制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。

したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

これを本件についてみるに,本件各職務命令に係る国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,前記のとおり,上告人らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むことから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人らにとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動となるものである。この点に照らすと,本件各職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができる。

他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。法令等においても,学校教育法は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法42条1号,36条1号,18条2号),同法43条及び学校教育法施行規則57条の2の規定に基づき高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり,また,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,公立高等学校の教職員である上告人らは,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあり,地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通達を踏まえて,その勤務する当該学校の各校長から学校行事である卒業式等の式典に関して本件各職務命令を受けたものである。

これらの点に照らすと,公立高等学校の教職員である上告人らに対して当該学校の卒業式や創立記念式典という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。

以上の諸事情を踏まえると,本件各職務命令については,前記のように上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。

(3) 以上の諸点に鑑みると,本件各職務命令は,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。


谷直樹
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by medical-law | 2011-06-07 07:11 | 司法

最高裁判所第1小法廷平成23年6月6日決定(日の丸.君が代事件)裁判官宮川光治の反対意見

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最高裁判所第1小法廷平成23年6月6日決定(日の丸.君が代事件)の事案は,最高裁判所第2小法廷平成23年5月30日決定の事案とほぼ同じです.

多数意見は,最高裁判所第2小法廷平成23年5月30日決定とほぼ同じで「間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。」としています.

なお,第3小法廷でも,14日と21日に決定が出される予定です.

今日の第1小法廷の決定には,宮川光治判事の反対意見が付されていますので,ご紹介いたします.
「本件各職務命令の合憲性の判断に関しては,いわゆる厳格な基準により,本件事案の内容に即して,具体的に,目的・手段・目的と手段との関係をそれぞれ審査することとなる。目的は真にやむを得ない利益であるか,手段は必要最小限度の制限であるか,関係は必要不可欠であるかということをみていくこととなる」というものです.
思想信条の自由については厳格な基準が用いられるべきである,というのは,憲法学では圧倒的な多数説です.

谷直樹
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◆ 裁判官宮川光治の反対意見

裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。

本件は少数者の思想及び良心の自由に深く関わる問題であると思われる。

憲法は個人の多様な思想及び生き方を尊重し,我が国社会が寛容な開かれた社会であることをその理念としている。

そして,憲法は少数者の思想及び良心を多数者のそれと等しく尊重し,その思想及び良心の核心に反する行為を行うことを強制することは許容していないと考えられる。このような視点で本件を検討すると,私は多数意見に同意することはできない。
まず,1において私の反対意見の要諦を述べ,2以下においてそれを敷衍する。

◆ 反対意見の要諦

1 国旗に対する敬礼や国歌を斉唱する行為は,私もその一員であるところの多くの人々にとっては心情から自然に,自発的に行う行為であり,式典における起立斉唱は儀式におけるマナーでもあろう。

しかし,そうではない人々が我が国には相当数存在している。それらの人々は「日の丸」や「君が代」を軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであるとみなし,平和主義や国民主権とは相容れないと考えている。

そうした思いはそれらの人々の心に深く在り,人格的アイデンティティをも形成し,思想及び良心として昇華されている。少数ではあっても,そうした人々はともすれば忘れがちな歴史的・根源的問いを社会に投げかけているとみることができる。

上告人らが起立斉唱行為を拒否する前提として有している考えについては原審の適法に確定した事実関係の概要中において6点に要約されている。

多数意見も,この考えは,「『日の丸』や『君が代』が過去の我が国において果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができる」としており,多数意見は上告人らが有している考えが思想及び良心の内容となっていること,ないしこれらと関連するものであることは承認しているものと思われる。

上告人らが起立斉唱しないのは,式典において「日の丸」や「君が代」に関わる自らの歴史観ないし世界観及び教育上の信念を表明しようとする意図からではないであろう。

その理由は,第1に,上告人らにとって「日の丸」に向かって起立し「君が代」を斉唱する行為は,慣例上の儀礼的な所作ではなく,上告人ら自身の歴史観ないし世界観等にとって譲れない一線を越える行動であり,上告人らの思想及び良心の核心を動揺させるからであると思われる。

第2に,これまで人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者として,その魂というべき教育上の信念を否定することになると考えたからであると思われる。

そのように真摯なものであれば,本件各職務命令に服することなく起立せず斉唱しないという行為は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるとみることができ,少なくともこれと密接に関連しているとみることができる。

上告人らは東京都立高等学校の教職員であるところ,教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するということもあり得るであろう。その場合は,教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならない。
しかし,それ以上に生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては(式典もその一つであるといえる。),自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められるということはないというべきである。

なお,音楽教師が式典において「君が代」斉唱のピアノ伴奏を求められる場合に関しても同様に考えることができる。

国旗及び国歌に関する法律の制定に関しては,国論は分かれていたが,政府の国会答弁では,国旗及び国歌の指導に係る教員の職務上の責務について変更を加えるものではないことが示されており,同法はそのように強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。

しかしながら,本件通達は,校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとして,都立高等学校の教職員に対し,式典において指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを求めており,その意図するところは,前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制しようとすることにあるとみることができる。

本件各職務命令はこうした本件通達に基づいている。

本件各職務命令は,直接には,上告人らに対し前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を持つことを禁止したり,これに反対する思想等を持つことを強制したりするものではないので,一見明白に憲法19条に違反するとはいえない。

しかしながら,上告人らの不起立不斉唱という外部的行動は上告人らの思想及び良心の心の表出であるか,少なくともこれと密接に関連している可能性があるので,これを許容せず上告人らに起立斉唱行為を命ずる本件各職務命令は憲法審査の対象となる。
そして,上告人らの行動が式典において前記歴史観等を積極的に表明する意図を持ってなされたものでない限りは,その審査はいわゆる厳格な基準によって本件事案の内容に即して具体的になされるべきであると思われる。本件は,原判決を破棄し差し戻すことを相当とする。


谷直樹
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◆ 反対意見の詳細

2 上告人らの主張の中心は,起立斉唱行為を強制されることは上告人らの有する歴史観ないし世界観及び教育上の信念を否定することと結び付いており,上告人らの思想及び良心を直接に侵害するものであるというにあると理解できるところ,多数意見は,式典において国旗に向かって起立し国歌を斉唱する行為は慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,その性質の点から見て,上告人らの有する歴史観ないし世界観それ自体を否定するものではないとしている。多数意見は,式典における起立斉唱行為を,一般的,客観的な視点で,いわば多数者の視点でそのようなものであると評価しているとみることができる。およそ精神的自由権に関する問題を,一般人(多数者)の視点からのみ考えることは相当でないと思われる。なお,多数意見が指摘するとおり式典において国旗の掲揚と国歌の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であるが,少数者の人権の問題であるという視点からは,そのことは本件合憲性の判断にはいささかも関係しない。

前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する者でも,その内面における深さの程度は様々であろう。割り切って起立し斉唱する者もいるであろう。面従腹背する者もいるであろう。起立はするが,声を出して斉唱しないという者もいよう(なお,本件各職務命令では起立と斉唱は一体であり,これを分けて考える意味はない。不起立行為は視覚的に明瞭であるだけに,行為者にとっては内心の動揺は大きいとみることもできる。他方,職務命令を発する側にとっても斉唱よりもむしろ起立させることが重要であると考えているように思われる。)。しかし,思想及び良心として深く根付き,人格的アイデンティティそのものとなっており,深刻に悩んだ結果として,あるいは信念として,そのように行動することを潔しとしなかった場合,そういった人達の心情や行動を一般的ではないからとして,過小評価することは相当でないと思われる。

3 本件では,上告人らが抱いている歴史観ないし世界観及び教育上の信念が真摯なものであり,思想及び良心として昇華していると評価し得るものであるかについて,また,上告人らの不起立不斉唱行為が上告人らの思想及び良心の核心と少なくとも密接に関連する真摯なものであるかについて(不利益処分を受容する覚悟での行動であることを考えるとおおむね疑問はないと思われるが),本件各職務命令によって上告人らの内面において現実に生じた矛盾,葛藤,精神的苦痛等を踏まえ,まず,審査が行われる必要がある。

こうした真摯性に関する審査が肯定されれば,これを制約する本件各職務命令について,後述のとおりいわゆる厳格な基準によって本件事案の内容に即して具体的に合憲性審査を行うこととなる。

4 平成11年8月に公布,施行された国旗及び国歌に関する法律は僅か2条の定義法にすぎないが,この制定に関しては,国論は分かれた。政府の国会答弁では,繰り返し,国旗の掲揚及び国歌の斉唱に関し義務付けを行うことは考えていないこと,学校行事の式典における不起立不斉唱の自由を否定するものではないこと,国旗及び国歌の指導に係る教員の職務上の責務について変更を加えるものではないこと等が示されており,同法はそのように強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。その限りにおいて,同法は,憲法と適合する。
これより先,平成11年3月告示の高等学校学習指導要領は,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定しているが,この規定を高等学校の教職員に対し起立斉唱行為を職務命令として強制することの根拠とするのは無理であろう。
そもそも,学習指導要領は,教育の機会均等を確保し全国的に一定の水準を維持するという目的のための大綱的基準であり,教師による創造的かつ弾力的な教育や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分にあるものであって(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照),学習指導要領のこのような性格にも照らすと,上記根拠となるものではないことは明白であると思われる。

国旗及び国歌に関する法律施行後,東京都立高等学校において,少なからぬ学校の校長は内心の自由告知(内心の自由を保障し,起立斉唱するかしないかは各教職員の判断に委ねられる旨の告知)を行い,式典は一部の教職員に不起立不斉唱行為があったとしても支障なく進行していた。

こうした事態を,本件通達は一変させた。本件通達が何を企図したものかに関しては記録中の東京都関連の各会議議事録等の証拠によれば歴然としているように思われるが,原判決はこれを認定していない。

しかし,原判決認定の事実によっても,都教委は教職員に起立斉唱させるために職務命令についてその出し方を含め細かな指示をしていること,内心の自由を説明しないことを求めていること,形から入り形に心を入れればよい,形式的であっても立てば一歩前進だなどと説明していること,不起立行為を把握するための方法等について入念な指導をしていること,不起立行為等があった場合,速やかに東京都人事部に電話で連絡するとともに事故報告書を提出することを求めていること等の事実が認められるのであり,卒業式等にはそれぞれ職員を派遣し式の状況を監視していることや,その後の戒告処分の状況をみると,本件通達は,式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく,前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができると思われる。

本件通達は校長に対して発せられたものではあるが,本件各職務命令は本件通達に基づいているのであり,上告人らが,本件各職務命令が上告人らの有する前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念に対し否定的評価をしているものと受け止めるのは自然なことであると思われる。

本件各職務命令の合憲性の判断に当たっては,本件通達やこれに基づく本件各職務命令をめぐる諸事情を的確に把握することが不可欠であると考えられる。

5 本件各職務命令の合憲性の判断に関しては,いわゆる厳格な基準により,本件事案の内容に即して,具体的に,目的・手段・目的と手段との関係をそれぞれ審査することとなる。目的は真にやむを得ない利益であるか,手段は必要最小限度の制限であるか,関係は必要不可欠であるかということをみていくこととなる。

結局,具体的目的である「教育上の特に重要な節目となる儀式的行事」における「生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ること」が真にやむを得ない利益といい得るか,不起立不斉唱行為がその目的にとって実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白で,害悪が極めて重大であるか(式典が妨害され,運営上重大な支障をもたらすか)を検討することになる。

その上で,本件各職務命令がそれを避けるために必要不可欠であるか,より制限的でない他の選び得る手段が存在するか(受付を担当させる等,会場の外における役割を与え,不起立不斉唱行為を回避させることができないか)を検討することとなろう。


6 以上,原判決を破棄し,第1に前記3の真摯性,第2に前記5の本件各職務命令の憲法適合性に関し,改めて検討させるため,本件を原審に差し戻すことを相当とする。


谷直樹
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by medical-law | 2011-06-06 21:39 | 司法

最高裁判所平成23年5月30日決定と大阪府君が代斉唱起立条例との関係

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平成23年6月3日,大阪府君が代斉唱起立条例(以下「本条例」といいます)が,維新の会の賛成多数で可決されました.
最高裁判所平成23年5月30日合憲決定(日の丸・君が代事件)により,本条例も合憲とされるのではないか,という誤解があるようです.

しかし,上記最高裁決定の事案は,卒業式の際の起立・君が代斉唱職務命令違反に違反した教諭が,非常勤嘱託員の採用選考の際,この職務違反を不利益に考慮され,不合格とされ,損害賠償を求めた事案です.その職務命令が合憲とされたからといって,本条例がただちに合憲となるものではありません.

谷直樹
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◆ 本条例の制定目的

上記最高裁決定は,次のとおり述べています.

「職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなり,その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,上記の制限を介して生ずる制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。

したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。」


この「職務命令」を「大阪府条例」と読み替えてみると,上記最高裁決定の立場は,

「間接的な制約が許容されるか否かは,大阪府条例の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該大阪府条例に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。」

ということになります.

本条例の制定目的については,服務規律の厳格化を図ることとされています.
橋下知事は,記者会見等で,日の丸,君が代を否定する者は公務員をやめればよい,違反を繰り返した場合に免職処分とする,等と述べています.
卒業式の円滑な遂行を目的としてだされた職務命令であっても,違憲論が強く,上記最高裁決定は,ぎりぎりのところで合憲としましたので,服務規律の厳格化を目的とする本条例を合憲と判断することは著しく困難でしょう.

また,日の丸,君が代を否定する自由は,憲法19条の「思想信条の自由」として保障されています.
上記最高裁判決は,「本件職務命令は,公立高等学校の教諭である上告人に対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするもの」として,ぎりぎり合憲としています.

これに対し,本条例は,日の丸,君が代を否定する者は公務員をやめればよい,というものですから,思想信条の強制を意図して制定されたものと言えるでしょう.ですから,上記最高裁決定の緩やかな判断基準をもってしても,本条例は違憲とならざるをえないでしょう.

◆ 府条例に基づく処分

本条例自体には罰則,処分の規定はなく,9月に提出される条例で定めるとのことです.

仮に繰り返し起立を拒み続けたとしても,免職処分は,違反行為に比し明らかに重すぎる処分ですので,合理性がなく,その処分は違法違憲になります.
飲酒運転を理由とする免職が裁判所で許されないものとして,行政側が敗訴し続けていることをみれば,このことは明らかでしょう.

◆ 条例制定権の限界(憲法94条違反)

条例で定めたため,憲法94条の「法律の範囲内」が問題になります.
日弁連会長声明は,次のとおり述べています.

「国旗・国歌法制定時には、上記の過去の歴史に配慮して、国旗・国歌の義務づけや尊重規定を設けることは適当でない旨の政府答弁が国会でなされ、同法に国旗・国家の尊重を義務づける規定が盛り込まれなかった経緯がある。こうした立法経緯に照らせば、君が代斉唱時に起立を義務づける条例は、条例制定権を「法律の範囲内」とした憲法94条に反するものである。」

国旗・国歌法に義務付け規定がないのは,意味があり,単純な空白ではありません.その法の趣旨に反する条例は,「法律の範囲内」とはいえません.


最高裁判所平成23年5月30日決定(日の丸・君が代事件)」ご参照
公立学校教職員に君が代斉唱の際に起立・斉唱を強制する大阪府条例案提出に関する日弁連会長声明」ご参照

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-04 10:54 | 司法